「──きゃああっ!!」
箱をめちゃめちゃに振っているかのようにテントが前後左右に揺れ、中にいるソフィア達は立っていることができず転げ回り至る所で体をぶつけた。
いや、回っているのは自分たちだけではなく、家具や食器も同じだ。
ハリーはまさかハリケーンでもやってきてテントが飛んでいったのかと一瞬思ったが、すぐに馬鹿なことだと思い直し、無我夢中に杖を抜きながら目の前に飛んできたフライパンを弾いた。
「ハリー!──敵だわ!」
ハーマイオニーはロンにしがみつきながら叫んだ。
今まで無事だったのは偶然だったのか、あの川岸にいたトンクスの父達を追いかけてきて、たまたまこのテントを見つけてしまったのかはわからないが、間違いなくただ事ではなく敵からの奇襲を受けている。
ソフィアは額を机の端で打ちつけてしまい、目の前が白く点滅し痛みでうまく体勢を立て直すことができず、這いつくばり必死に捕まるところを探して手を伸ばす。
何かに手を触れ、ぐっと持ち上げられた。「ソフィア」と緊張をはらんだ声が聞こえ、自分を支えているのがハリーだとわかり、ソフィアは一瞬突き飛ばしそうになったが唇を噛んで耐え杖を振る。
すぐにいつもの鞄がソフィアの元へ飛んできた、鞄を掴みパッと口を開き杖を鋭く振れば、机の上に置いていた本や食器や毛布がごちゃごちゃと押し合いながら鞄の中に飛び込んだ。
全てを片付ける時間は無く、すぐに鞄の口を閉ざしたソフィアは頭を振りハーマイオニーを素早く探した。霞む視界の端でハーマイオニーも同じように鞄を引き寄せているのが見えた。一瞬、ソフィアとハーマイオニーの視線が絡み合う。すぐにこの場から逃げ出さなければならない、護りが突破されてしまったのだ──。
「手を──!」
ハーマイオニーとソフィアは腕を必死に伸ばしたが、次の瞬間にはさらにテントの中が大きく揺れ引き離された。体を打ち、転げ回り、今足をつけているのが床なのか天井なのか、ソフィアにはわからなかった。
雨の音に混じり、魔法の発射音が響き、テントの入り口がパッと開いた。刹那、赤い光が筋となってソフィア達を襲う。
ソフィアはハーマイオニーが表情を強張らせそのままロンと共に内側に巻き込まれるようにして姿くらましをしたのを確認し、自分を抱きしめるハリーの腕を強く握り、そのまま同じように姿くらましをした。
ぐらりと世界が揺れているのは、テントの中が揺れているからだろうか?いや、この閉塞感、通り過ぎる周りの風景──姿くらましだとハリーが気づいた時にはチクチクとした雑草が頬を突き、眼鏡の上に大量の雨粒が落ちていた。
「うっ──ここ、は?」
「姿をくらましをしたの、ハリー。透明マントをかぶって」
ソフィアは自分を抱きしめるハリーの腕の中から這い出すと、じくじくと痛む額を押さえたまま鞄の中に手を突っ込み銀色の絹のような透明マントを引っ張り出しハリーの上に被せ、自分自身も中に収まった。
そのまま目配せをして大きな巨木へと向かい、ぽっかりと空いた
その虚は暗く、カビと動物臭い匂いがした。今近くに野生の動物はいないが、枯れ草や落ち葉が地面に敷き詰められているところを見ると、何かが寝床にしていたのかもしれない。
「ハーマイオニーとロンは?」
ハリーはあたりにハーマイオニーとロンの姿が見えないことに気づき、焦燥感に駆られながらソフィアに囁く。
ソフィアはぐっと唇を噛み、苦しそうに「いないわ」と呟いた。
「ハーマイオニーはロンと姿くらましをしてどこかへ行ってしまったわ。ハリー、あなたも見たでしょう?」
「うん──でも、この場所を知ってるんじゃあ──」
「咄嗟だったから、知らないわ。一応、万が一離れ離れになってしまった時のことを考えて、ハーマイオニーと落ち合う場所は相談してあるけれど……すぐに移動するのは難しいわね……」
ソフィアは痛そうに顔を歪め、額をごしごしと擦りながら口籠った。
ハリーは頭を掻きむしりながら呻き、ハーマイオニーとロンに何かあったら、間違いなく自分のせいだと考え──心臓が早鐘を打ち額に嫌な汗が滲み、胸が苦しくなるほどの痛みを感じた。
今はすぐに動くべきではないだろう。近くに人の気配はないが、またいつ死喰い人が現れるかはわからないのだ。そんな中ハーマイオニーとロンを無事に探し出すのは無謀にも思えた。
「とりあえず、今日はここで過ごしましょう。この木の周辺に護りをかけて──」
ソフィアは透明マントから腕だけを出し、複雑に動かしながらぶつぶつと魔法を唱えた。
先ほど破られてしまったのは、逃げ出した小鬼達を探していた者が、たまたま魔法痕に気付き護りを突破したのだろうか?だとすれば、こんな護りは意味をなさないのかもしれない。
そんな不安な気持ちで胃を痛めながらソフィアは魔法をかけ終わるともう一度額を手の甲で撫でた。
「ソフィア、額が──すごく、赤く腫れてる」
「机でぶつけてしまって……。冷やすしかないわね」
心配そうなハリーの視線から目を逸らし──額に強い視線は感じていたが──ソフィアは鞄の中から割れずに残っていたマグを取り出すと杖を振り水で満たし、そのままもう一度杖を振り凍らせた。ぴたり、と額にマグごと当てればほんのわずかに痛みが引き、寄せられていた眉も和らいだ。
ハリーはソフィアの表情が少し和らいだのを見て胸を撫で下ろし、そのまま肩を抱き寄せ身を寄せ合う。ソフィアはぴくりと一瞬肩を震わせたが、何も言わずにそのまま身を寄せた。
四人で旅をしていた。
魔法省に侵入し、一つの分霊箱を入手することは出来たが、それ以降は何週間も何もできない日々が続いていた。
手がかりがなく不穏な空気を感じたのは一度や二度ではない。それでも、四人は離れ離れにならず一緒だった。同じ先を見ていた。
情報が手に入ったかと思えば、分霊箱だけではなく本物のグリフィンドールの剣も探し出さなければならなくなった。──そして、ロンとは喧嘩別れのようになってしまった。
「ソフィア」
ハリーは木の虚から暗い空を見上げ、ざあざあと降る雨を見ながらソフィアの名を呼ぶ。
「全てが終わる時も、終わってからも──僕のそばにいて」
ソフィアは同じように雨粒を見ながら一度ゆっくり瞬きをし、口を微かに開いたがすぐに閉じた。
答えることはなかった──答えられなかった──が、ソフィアは自分を抱きすくめるハリーの腕にそっと手を伸ばし、指を絡めた。
降り続く雨音を聞きながら、ハリーは今からハーマイオニーとロンと合流することは不可能なのだと薄々気づいていた。万が一別れてしまえば、よほどの奇跡がない限り再び出会うことはできないのだ。
もし、ハーマイオニーとロンがこれから二人で旅を続けるのならば同じように木の虚や岩肌の割れ目で身を潜め、保護魔法をかけているだろう。それなら、そばを通り過ぎないかぎり互いの存在に気付くことはできない。
楽しい旅ではなかったが、それでも四人でいることがハリーにとって何よりも重要であり、まさに半身が無くなってしまったかのような空虚感と耐え難い痛みに襲われた。
どうか、無事であってほしい。
ハーマイオニーがいるんだ、きっと無事に逃げ出すことができたはず。どうか、隠れ穴でもどこでもいいから身を潜めて、生きていてほしい。
ハリーはソフィアの髪に顔を寄せ、「う、」と小さく声を震わせた。