【完結】スネイプ家の双子   作:八重歯

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417 修復不可能!

 

 

 

ハリーを連れて姿くらましをしたソフィアは、体に感じる衝撃で呻き目を開いた。

すぐに起き上がり、杖を辺りに向けるが周りに広がるのは雪化粧を施した白い森であり、大蛇や大鷲の姿はない。

 

 

「ハリー!」

 

 

息をつく暇もなくソフィアは雪が積もる地面に這いつくばっているハリーの肩を揺する。しかし、ハリーは苦しげな呻き声を上げるだけで目を覚ます事はない。額には大きな汗が浮かび、顔は苦悶の形相で歪められている。

唇をぐっと噛んだソフィアは、身体に走る痛みと倦怠感で倒れそうになるのをなんとか堪え──それでもその場に膝をつきながら──鞄の中からテントを取り出し、杖を振り一気に建てるとそのまま流れるように認識阻害魔法とマグル避け、防音魔法をかけた。

考えられる限り最大の護り魔法をかけたソフィアはハリーを引き摺りテントの中に連れていった。浮遊魔法をかけ、ソファの上に寝かせた途端、ふっと体の力が抜けそのままハリーの体に覆い被さるようにして倒れ込む。

 

とく、とくと一定の音を聞きながら、ソフィアはなんとか窮地を脱することが出来た安堵と、予想もしなかった悍ましい魔法から逃れることが出来たのは奇跡だったと考え──体の奥底から恐怖が湧き起こり、そのままハリーの胸に顔を埋め体を震わせた。

 

 

「うっ──」

 

 

泣いている場合じゃない。ハリーは気絶している。いつ敵が襲いかかってくるかわからない。なんとかして護らなければならない。

ソフィアは奥歯を食いしばり体を起こすと目元を乱暴に拭き、鞄の中から魔法薬が入った小瓶を取り出した。

 

身体中に残る裂傷に薬を垂らし、痛みが引いたのを確認してすぐにハリーの治療に取り掛かる。

一番大きな傷はやはり大蛇に噛まれた右手だろう。噛まれた場所に変色や腫れは見られないが、何らかの毒を持っている可能性もある。

まずは水で傷口を洗い流そう──そう思ったソフィアはハリーのボロボロになった服を魔法で脱がせ、右腕を見て息を呑んだ。

 

 

「つ、杖が──」

 

 

ハリーは気を失っても握りしめたままの杖を離すことはなかった。その杖は──今までハリーを幾度も救ったその杖は──蛇に噛まれた時に巻き込まれたのか、上半分が折れている。細々とした不死鳥の羽の一筋がなんとか分解しないように繋いでいるが、少しでも引っ張ればすぐに真っ二つになるだろう。

 

ソフィアは繊細なガラス細工を手にするように、固まったハリーの指を一本ずつ優しく解き、折れた杖を丁寧に手に取るとそっと机の上に置いた。きっと、ハリーはこの杖を見て愕然とするだろう。魔法使いにとって杖がないのは致命的であり、死喰い人やヴォルデモートから逃げている今、杖が無い──紛れもなく、途方もない痛手だ。

 

それでも杖を元通りにする事は出来ない。優秀な杖職人ならば可能かもしれないとソフィアは考えたが、すぐに唇を噛み締め辛そうに顔を歪める。オリバンダーはヴォルデモートに捕えられた、きっともう亡くなっているだろう。グレゴロビッチも襲われたと聞いている。その二人の他に、著名な杖職人などいるのだろうか?──それに、壊れた杖を直すことなど、可能なのだろうか?

 

 

今はそれを考えてもどうすることが出来ないとソフィアは首を振り、ハリーの腕全体に水をかけ治療を始めた。解毒薬も、どんな毒かわからなければ使用する事はできない。どうか猛毒なんてありませんように──ソフィアは祈ることしかできず、自分の力の無さに苦しいほどの歯痒さを感じながら、ただハリーが目覚めることを願った。

 

 

「う──」

「ハリー?──ハリー!」

「だ──めだ──」

 

 

目が覚めたのかとハッとしてハリーの顔を覗き込んだが、ハリーの目は硬く閉じられ口からは苦しみの声が漏れている。悪夢を見ているのか、それならば起こした方がいいのか──いや、蛇の毒のせいなのだろうか。

瞬時に色々なことを考えながら、ソフィアは流れるハリーの汗をタオルで拭き取った。

 

 

「ハリー、大丈夫よ」

「だめ──だめだ──」

「大丈夫、もうあなたを傷つけるものは──」

 

 

続きの言葉は口から出なかった。

気休めだとしても──本人が気を失っていても──とても言えなかった。

ぐっと顔を歪め、ソフィアは「大丈夫よ」と何度も同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。その言葉は自分を慰めているようで、寒々しくソフィアの体の中に響く。

気が付かぬうちに声は震え、ぽたぽたと涙が頬を伝っていたが──今はまだ、ハリーが目を覚ましていない。誰にも気づかれる事はない。

そう、自分に言い聞かせソフィアは声を殺して泣いた。

 

 

 

 

ソフィアの涙は数時間前に止まり、頬に涙の跡が痛々しく残っている。悲しみと後悔の変わりに浮かんでいるのは焦燥感だろう。

 

ハリーは一度も目を覚まさなかった。あの場から逃げ出してから何時間も経過し、もう夜明けが近いのかテントの天井を通して寒々とした薄明かりが見え始めている。

大蛇に即効性の毒が無かった事はソフィアにとって多少の慰めになったが、だとしてもハリーは何時間も魘され、狂ったように叫び、苦しんでいる。

 

分霊箱のせいで精神的に不安定になり悪夢を見ているのかと思い、外したがそれも簡単にはいかなかった。

分霊箱であるロケットは、ハリーの皮膚を溶かし張り付いていて、それを取るためにソフィアは仕方がなくハリーの胸とロケットの間に切断魔法をかけ皮膚ごと取り除くしかなかったのだ。勿論すぐに薬をかけたが新しい皮膚が盛り上がりハリーの胸にはロケット型の痕がくっきりと残ってしまった。

 

分霊箱を外してから多少はハリーの表情がマシになったとは思うが、それでもハリーが目覚める事はない。

 

 

「う──僕が──僕が落としたんだ──」

「ハリー、大丈夫……大丈夫よ」

 

 

ソフィアは再び魘され出したハリーに優しく声をかける。荒い呼吸で「うぅ、」と唸り拒絶するように首を振っていたハリーにソフィアは何度も声をかけた。

 

 

「ハリー、大丈夫──だから、目を覚まして」

「う──ううっ──」

「ハリー、お願い……起きて!」

 

 

ハリーは勢いよく目を開いた。

は、は、と浅い呼吸を繰り返し、薄明かりが透けて見える天井を呆然と見る。

 

 

──そうだ、僕はハリー。ハリー・ポッターだ。大蛇でも、ヴォルデモートでもない。

 

 

ハリーは夢の中──と言っていいのだろうか──で、大蛇であり、ヴォルデモートであり、ハリー・ポッターだった。

視界が何度も変わり、ヴォルデモートの気持ちが自分の気持ちのように感じられるようになり、ジェームズとアリッサに杖を突きつけ死の呪いを放ったのは過去の自分であり、横たわる幼子の遺体を跨いだのも、自分だった。

そう思い込んでいたが、目を覚まして──ようやく我に返りあれは夢なのか、ヴォルデモートと強く繋がったあまりに起きた感情の洪水に飲まれたのか……ハリーはきっと後者だと考えながら割れそうに痛む頭を押さえながら体を起こした。

 

 

「ハリー!……あぁ、よかった……気分は悪くない?」

「ん。……最悪な感じ」

 

 

心配そうに覗き込み囁くソフィアに、ハリーは笑いながら肩をすくめた。

ソフィアは一瞬目を見開いたが、泣きそうに顔を歪めると「大変ね」と軽く言いながらハリーの肩を優しく押し、ソファの上に戻して毛布を顎の下までかけた。

 

 

「僕たち、逃げられたんだ」

「ええ……。ねえ、本当に大丈夫?蛇に噛まれていたでしょう?暗かったし、一瞬だったから種族も分からなくて……多分、毒蛇じゃ無かったと思うんだけど……」

「多分、大丈夫。──逃げたのはどのくらい前?」

「えっと、もう8時間以上前よ。今はもう夜明けだわ」

 

 

そんなに長い時間が経っていたとは思わず、ハリーはゆっくりと瞬きをし、ジクジクと痛む額を撫で──はじめて、自分が汗まみれであることに気づく。

ソフィアの隈の濃い心配そうな顔と、あの現実のこととしか思えないビジョンや思いのことを考えれすぐになぜこんなにも汗まみれなのか理解ができる。

 

 

「酷く魘されていたわ。それで、分霊箱を外したんだけど……ごめんなさい、あなたの胸に貼り付いていて、切断魔法をかけるしかなかったの。痣が残ってしまうかもしれないわ……右腕の怪我にはハナハッカを薄めたものを塗ったわ。痛みはもうない?」

「うん、ありがとう」

 

 

ハリーは着ていた汗まみれの服を引っ張り中を覗く。心臓の上にはロケットが焼き付けた赤痣が残り、腕には白い包帯が巻かれている。腕や胸の痛みは意識しなければ気にならない程度であり、それよりもやはり痛むのは額の傷だった。

額の傷痕を指でなぞってみても、そこはいままでと同じような痕があるだけだ。てっきり割れて流血しているだろうと──それほどの痛みだった──思ったが、さらに傷痕が濃くなる事はなさそうだ。

 

 

「分霊箱はどこにあるの?」

「鞄の中よ。今はあなたも──私も、身につけるべきじゃないと思って」

 

 

ソフィアのやつれた土気色の顔を見たハリーは「そうだね」と頷きながら、ソフィアの細かい怪我や汚れがついた手を握った。

 

 

「ゴドリックの谷に行くべきじゃなかった。僕が悪かった。みんな、僕が──ごめんね、ソフィア」

 

 

あの場から逃げ出すことができたのは紛れもなく奇跡だ。そして、ソフィアのバチルダへの警戒や的確な魔法があったからこそだ。

ソフィアは緩く首を振り、安心させるために少しだけ微笑みハリーの手を握り返した。

 

 

「あなたのせいじゃないわ。私も行きたかったんですもの。……それに、結果的にあそこにはゴドリックの剣はないって分かったしね」

「うん、まあね……また探さなきゃ」

「ええ……でも、人の皮を被った大蛇なんて、聞いたことがないわ。あんな魔法……見たことも──」

「あの蛇は、アイツの蛇だ──あの蛇が出た時、アイツの声が聞こえた。僕を捕らえておくように言ってた」

「そんな──そうだったの。だから、一言も話さなかったのね。蛇語だったから……噛み殺さなかったのも、命令されていたから……」

 

 

ソフィアは納得したが、同時に薄寒い恐怖を感じていた。リーマスはこの旅で、想像もしない危険な魔法と出会うだろうと忠告していた。その一部をまざまざと見せられたのだ、きっとこれ以上に非道な魔法に自分達は立ち向かわなければならない。──ハリーの、力無しで。

 

 

「魔法を弾いたのは……もしかして──」

「うん。あの蛇がダンブルドアが言っていた分霊箱の一つだと思う」

「分霊箱には、バジリスクの毒牙しか効かないものね。牙で刺すよりは、グリフィンドールの剣の方が安全に倒せそうだけど……」

 

 

そうだ、もしあの場で蛇を捕らえることができたならば、分霊箱の一つを確保する事ができた。そうすればこれからの旅の問題が一つ解消されていたんだ。

深刻な顔で黙り込んでしまったソフィアを見て、ハリーはぐっと体を起こす。

 

 

「ハリー、寝てなきゃ駄目よ」

「僕は十分寝たよ。ソフィアは少しも休んでないだろう?君こそ寝たほうが良いよ。すごく疲れた顔をしてる。僕は大丈夫。暫く見張りをするよ、僕の杖はどこ?」

 

 

ハリーはいつも杖をしまっているポケットにも、右手にも杖がない事に気づき、首を傾げる。ソフィアはじっとハリーの顔を見て唇を噛んだ。

その辛そうな顔を見て、胸の奥が冷えていくような寒々とした焦燥感が湧き上がるのをハリーは感じた。

 

 

「ハリー、杖は──」

 

 

ソフィアは言い淀んだ。

その声を聞き、ハリーは自分の何も握られていない右手を見て──唐突に思い出した。

 

 

「蛇に噛まれた時──ぼ、僕の腕は折れていたよね?」

 

 

あの時、何かが折れるのを聞いた。

強烈な痛みを感じ、きっと自分の腕が折れたのだと思った。今腕が動くのはソフィアが薬で治してくれたからだと思っていたが、ソフィアはハナハッカを塗ったと言っていた──ハナハッカに、骨折を治癒する効能は無い。

 

 

「……いいえ、ハリー。あなたの腕は折れていなかったわ。……折れたのは──折れてしまったのは──」

 

 

ソフィアは悲痛に満ちた顔で机に手を伸ばし、折れかけている杖を丁寧に掴むとハリーに見せた。

 

 

「──あなたの杖なの、ハリー」

 

 

ハリーは目の前にある杖の状態が信じられず、呆然としながら深傷を負った生き物を扱うような手つきで杖を受け取った。

吐き気が込み上げるほどの言いようのない恐怖で、全てがぼやけ酷く耳鳴りがする。

魔法使いだと知り、この世界に足を踏み入れてから何度も窮地を救ってくれた杖は、細々とした羽で繋がっているだけでほとんど割れていた。

 

 

「そんな──お願いだ、直して」

「ハリー、できないわ……こんなに折れて──」

「お願いソフィア、やってみて!」

 

 

ハリーは上擦った声で叫びながらソフィアに杖を突き出す。

あまりの切羽詰まったハリーの表情に、ソフィアは苦しげに眉を寄せたまま自分の杖を振った。

 

 

レパロ(直せ)!」

 

 

ぶら下がっていた半分がくっついた。一抹の希望に縋り、ハリーは「ルーモス(光よ)」と唱えたが、杖先に灯ったのは心許ない弱々しい光で数秒後にはふっと消えてしまった。

 

 

エクスペリアームス(武器よ去れ!)!」

 

 

今度はソフィアの杖に向かって武装解除を唱えたが、ソフィアの杖はぴくりと震えるように動いただけでその手から離れる事はない。

弱々しく魔法をかけようとした杖は、負荷に耐えられずまた二つに折れてしまった。

 

 

「ハリー……」

「そんな──でも、修理する方法を見つける。きっとあるだろう?」

「それは──ロンの杖が折れた時は、修理できなくて……新しい杖を──」

 

 

二年生の時、車に乗り暴れ柳に衝突した衝撃でロンの杖が今のハリーの杖と同じような状況になってしまったことを思い出しハリーはぐっと奥歯を噛み締めた。そうだ、あの時は新しいものを買っていた──今、新しい杖を手に入れることなんて可能なのだろうか?

それに、この杖は他の杖とは違う、何度も僕を救ってくれた、何よりも大切な杖だ。

 

 

「──まあね」

 

 

ハリーは平気な声を装い、首にかけたハグリッドの巾着袋の中に杖をそっとしまい込んだ。

 

 

「それじゃ、いまはソフィアのを借りていい?見張りをする間」

「ええ……使えるかどうか、試してみて?」

「うん──ルーモス(光よ)

 

 

受け取ったソフィアの杖は、不具合なく杖先を輝かせた。

光を消したハリーは、ソフィアの顔を見ないままに「大丈夫そうだ」と答え立ち上がる。

 

「ハリー」とソフィアが心配そうに囁いたが、その声を振り払いハリーは外へ向かった。

今、ソフィアの優しさに甘えてしまえば──杖を失った悲しみに狂い、ソフィアを傷つけてしまうと、そう理解していたのだ。

 

 

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