ソフィアとハリーは一晩そこで過ごしたが、次の日には別の場所に移動する事に決めた。
夜遅く、「誰かが外で歩き回っているような音が聞こえた気がするの。人影のようなものも見た気がするわ」とソフィアが緊張を孕んだ声でハリーに伝え、ハリーもそんな気配をぼんやりと感じていたため否定することはなかった。
ロンとハーマイオニーと別れる原因になったのも、理由はわからないが死喰い人に居場所を知られ保護魔法が破れてしまったからだ。また同じような事がある可能性を捨てきれず、明け方早くに全てを片付け痕跡を消し、念のため二人は透明マントを被ったまま姿現しをして、できるだけ雪のあまり積もっていない森へと向かった。
「ここはどこ?」
「南の方の森よ、雪が少ないところがいいと思って……」
ソフィアは新たにテントを張り直しながら木々の生い茂った森を見回した。
先程までいた場所とくらべ、この森は確かに雪は少ないがそれでも木々や地面は凍結し、うっすらと白くなっている。木々に囲まれているとはいえ暖かさはなく、一陣の風が吹き刺すような寒さが体を襲った。
ぶるりと身を震わせた二人はすぐにテントの中に入った。
備え付けられている暖炉に火を灯し、一日中のほとんどテントの中で過ごした。
ソフィアとハリーは互いを慰め合うように寄り添って過ごし、ただ本を読んだり、火を見つめていた。
ハリーは、心情の一端をソフィアに話し、思いを言い当てられた事により冷静さを取り戻しかけていた。あれからソフィアはダンブルドアについて何も言わず、ただ寄り添い気遣いを見せた。色々思うことや考えなければならないことは多い。しかし、今は──せめて数日は、心を整理する時間がとりたかった。
午後にはまた雪が舞い、二人がいる木々に囲まれた空き地も粉を撒いたように新雪で覆われた。
ふた晩、殆ど寝ていないせいかハリーの感覚はより研ぎ澄まされていた。ゴドリックの谷から逃れはしたが、あまりにも際どいところだったために──杖も失ってしまった──ヴォルデモートの存在が前より身近に、より恐ろしいものに感じられた。
「ハリー、夜の見張りに行くわ。あなたは少し寝た方が──」
「ううん、大丈夫。眠くないんだ」
その日が暮れかかったとき、ソフィアはそう言ったがハリーは首を振りソフィアの手を取った「一緒に行こう」の言葉に、ソフィアは心配そうにしながらも頷く。
「外は冷えるから、たくさん着込んで──クッションも持って行きましょう。もし、眠くなったら寝ていいからね?」
「ソフィアも、寝ていいんだよ」
セーターの上にコートを着込むソフィアに、ハリーは大きく古いクッションを二つ抱きかかえながら言う。ソフィアは小さく笑い「二人とも寝ちゃわないようにしなきゃね」と肩をすくめた。
ハリーとソフィアはテントの入り口にクッションを二つ置き、拾った枝に火をつけ暖まりながら暗くなりゆく空を見上げた。
刻一刻と闇が濃くなるにつれ気温はどんどん下がり、たくさんのセーターを着込んでいるにも関わらず二人はぴったりと身を寄せ合う。
「星が綺麗ね」
「本当だ」
「あ──あれ、ほら、おおいぬ座よ」
「え?」
ソフィアが指差した場所をハリーは探したが、輝く星が多すぎてハリーにはどれがおおいぬ座であるかいまいちわからなかった。真面目に天文学を学んでいれば、きっと一目で判断できるだろうが、ハリーは天文学の授業を全く真面目に受けていなかったのだ。
「ほら、あの一番明るい星」
「うーん……あ!あれかな。じゃあ、あれがシリウスなんだ」
「ええ、そうよ」
一番明るい星。そう言われてようやく星々の中で一際強烈な光を発している星を見つける事ができたハリーは遥か遠くに輝く一等星を見つめる。
「シリウス、無事かなぁ。……どこにいるんだろう」
「きっと無事よ。新聞を時々チェックしているけど何も書いてないし……少なくとも、あのシリウスよりは近い場所にいて、あなたを護っているわ」
自分の身代わりとなり世界を旅しているシリウスと別れたのが、もう何年も昔の事のように感じた。実際はまだ半年も経っていないだなんて、とてもそうは思えない。
ソフィアの言葉に、ハリーはそうだといいと願いながらソフィアの肩に頭を寄せ、ぼんやりと広大な森を見つめた。
真冬であっても夜行性の野生動物は活動しているのか、時折鳴き声や木の葉が掠れる音が聞こえた。人が出す音が少ないこの場所ではその小さな音や生き物の気配ですら何か大きなもののように聞こえてしまう。
全て動かずに静かにしてくれればいいのに、とハリーは考えながら動物が徘徊する足音を聞いていた。
ハリーは何年も前に、落ち葉の上を引き摺るマントが立てる不気味な音を聞いたのを思い出し、その時と似た音を聞いた気がしたが──きっと、動物が出す音を聞き間違えたのだろう。
その証拠にソフィアはその音に気付かなかったのか、気付いていて気にしていないのか特に緊張はせず焚き火の火に手を当てている。
それでもハリーはその音がした方に意識を向けながら、ソフィアの腰に手を回しじっと闇を見つめた。
ソフィアはふと、自分の肩に乗っているハリーの頭が重くなった気がして目を動かし隣を見た。
いつものようにボサボサの黒髪しか見えないが、先ほどより俯いている──きっと寝てしまったのだろう。
──ふた晩も寝ていなかったもの。とっくに限界だったはずだわ。寝れなかったのは、色々考えていたからね。
ソフィアはハリーがずれて落ちないようにそっと腰に手を回し、ゆっくりとクッションに深く体を沈めながら心の中で「おやすみなさい、ハリー」と呟いた。
いつ敵が襲ってくるかわからない緊張感はある。それでも夜の静けさと隣から感じる暖かな熱と重みに、ソフィアも何度かかくりと頭が船を漕いでしまい、ついにそのまま浅い眠りについてしまっていた。
はっと意識が覚醒したのは突然足に衝撃を感じたからであり、一瞬敵襲かと身構えたソフィアだったが、視線を足下に下ろして肩にこもっていた緊張を解いた。
ソフィアの肩にもたれかかっていたハリーは、どうやらバランスを崩しソフィアの足の上に落ちてしまったようだった。
ハリーもまた身じろぎしながら低くうめき、それでもまだ眠いのかソフィアの腹に顔を押し付け無意識のうちに安眠を求めて抱き寄せる。
「──ふふっ」
その微妙なくすぐったさに、ソフィアが思わず小さく笑えば、ようやくハリーは目を覚ましズレた眼鏡を掛け直しながら体を起こした。
「あ──僕、寝ちゃってたんだ。おはよう、ソフィア」
「おはよう、ハリー」
目を擦り大きく欠伸をするハリーを横目に、ソフィアはぐっと腕を伸ばし長時間同じ姿勢で固まってしまった体をほぐした。
まだ暗いが、遠くの空が白みはじめ、朝の訪れを告げている。夜のうちにたくさんの雪が降ることは無く、地面はうっすらと雪化粧が施され火の光を浴びて銀色に輝いていた。
ソフィアが殆ど消えかけている焚き火の炎を起こし、朝の紅茶でも淹れようかと立ち上がった──その時だ。
ソフィアとハリーの目の前に明るい銀色の光が現れ木立の間を動いた。光の正体はわからないが音もなく動き、間違いなく二人に近付いている。
すぐに二人は警戒しハリーは杖を抜きまっすぐ構え、ソフィアを自分の背の後ろに隠した。
真っ黒な木立の輪郭の影で、光は眩いばかりに輝き始めソフィアとハリーは目を細める。その何者かはますます近づき、ついに姿を現した。
一本のナラの木陰から現れたのは、明るい月のように眩しく輝く白銀の狐だった。
音もなく、粉雪の上に足跡も残さず、狐は一歩一歩進んできた。睫毛の長い大きな目をした美しい頭を少し傾け、ソフィアとハリーを見つめ──そして間違いなく、ソフィアを見てたおやかな尻尾を一振りした。
呆然と狐を見ていたソフィアは何かを悟ったように息を呑むと、一歩踏み出す。
それを見た狐は向きを変え、去り始めた。
「──待って!」
「ソフィア!」
ソフィアは弾かれるように走り出した。一瞬遅れてハリーがソフィアの名を叫び手を伸ばしたが、ソフィアは止まることなく白銀の狐を追いかけ森へと突き進む。
ハリーは罠かもしれない、そう思ったが──それでも杖を持たずに森の奥へ独り走るソフィアを見捨てることはできず追いかけた。
「ソフィア!」
「行かないで!戻ってきて!」
ソフィアは必死に叫び、走る。しかしそれを笑うかのように、狐は跳ねながらどんどん森の奥へと進んだ。
暗い森を走るのは容易ではなく、ソフィアは何度も木の根に足を取られ、凍る落ち葉に滑りながら必死に走った。冷たい空気を吸い込み、肺が凍えるようだ。荒い呼吸を吐き出しながらソフィアは走り、その狐に誘われるまま森の暗い部分へと向かう。
ついに、狐は止まった。
振り返り、「こっちへおいで」とばかりに尻尾を振る。ソフィアは両手を伸ばし、その狐の前に跪きながら強く抱きしめたが──。
ソフィアと狐が重なった瞬間、狐はキラキラとした光の残滓を残して溶けて消えてしまった。
それでもソフィアはその光の粒であっても大切なものを胸に抱えるように、強く抱きしめ続けた。
「っ──ソフィア!」
「ハ……ハリー……」
「今のは?とにかく、戻ろう。罠かもしれない」
ソフィアに追いついたハリーは注意深く辺りを見回しながら囁き、ソフィアのそばにしゃがみ込む。
ソフィアは泣きそうに顔を歪めながら勢いよく首を振った。
「わ──罠じゃないわ。あれは守護霊よ」
「守護霊?──そうか!」
どこかで見た事がある光だと思っていた。確かにそう言われてみればあの光の残滓や優しげな雰囲気は守護霊特有のものだ。しかし、それがわかったところで次に新たな疑問が浮かび、ハリーはソフィアの肩に手を乗せながら眉を寄せた。
「でも、誰の?ロンとハーマイオニーじゃないし……」
「狐の守護霊は──私が知っているのは、ジャックと──」
ソフィアはまだ腕の中に光の残滓があると信じているかのように体を抱きしめながら、嬉しそうに──それでも、どこか悲しそうに──笑った。
「──父様よ」
「えっ──でも、なんで……?」
何故セブルス・スネイプの守護霊がこんなところに?──そうハリーは狼狽し、まさか近くにいるのかと辺りを見たがソフィアも何故こんな場所にセブルスの──ソフィアはそう信じている──守護霊がいるのかわからなかった。
眩い光が消えた事により、一層森の闇が濃く二人を包み込む。ハリーは網膜に焼き付いた光の残滓を求めるように「ルーモス」と唱えた。
杖先に灯りが点り、暗い森の中が明るさを持つ。
野生動物達はいきなり現れたソフィアとハリーを警戒しているのか、静まり返り何の音も立てなかった。
何かここにあるのでは、誰かがいるのではないかと二人は辺りを見回し、杖灯りに反射する何かを見つけた。
ハリーはソフィアの腕を掴み立たせるとしっかりと片腕で抱きしめながら無言のまま顎でその光の場所を指す。ソフィアは緊張した面持ちで頷き、寄り添いながらゆっくりとその場へ向かった。
杖灯りに反射したのは小さな池の湖面であり。寒さのあまり表面が薄く凍っていた。
枯れた落ち葉や雑草が白い霜をつける中、近付いた二人の明かりを反射し別の物が一層強い輝きを返す。
「──っ!?」
それを見た瞬間、ソフィアとハリーは駆け出していた。呆然とそれを見下ろし、ハリーは恐る恐る指先で触れる。
「な、なんでこんなところに?」
興奮と困惑からハリーの声は震えていた。
指先に触れたそれは幻ではなくしっかりとハリーの指に触れた。
銀色の刀身、柄には大粒のルビーが嵌め込まれている。見間違えようもないそれは、ハリーとソフィアが求めていたグリフィンドールの剣そのものだった。
ハリーは呆然としながら杖をポケットにねじ込み自由になった両手にしっかりと剣を持ち、掲げる。
まさか、小鬼が言っていた偽物だろうか?いや、あれはグリンゴッツにあるはずだ。ならば、これは本物なのか?そうだとしても、何故こんなところに──。
──まさか、スネイプが?
ハリーがそう思いながら美しい刀身を見つめた時、目に見えない何かがハリーの体を引っ張った。
叫ぶ間も無く、池の辺に立っていたハリーの体は水面に叩きつけられ、氷が蜘蛛の巣状にひび割れた。
「ハリー!」
ソフィアは慌ててハリーの元へ駆け寄った。咄嗟にポケットに手が伸びたが、今杖を持っているのはハリーだと思い出すとそのまま極寒の池に飛び込んだ。
池はそれほど深いわけではなく、溺れることはない。せいぜい肩あたりまでだろう。身を切り裂くような冷たさがはあるがしっかりと足は底につく。だが、ハリーは口から息の泡を吐き出し悶え、今にも溺れそうなほど暴れていた。
「ハリー!し、しっかりして!」
ソフィアは寒さに凍えながら必死に手を伸ばしハリーの胴体を掴み持ち上げようとする。しかし、大量にセーターを着込んだまま飛び込んでしまったハリーの重さはソフィアが持ち上げられるレベルを越していた。
首に手を当てて必死にもがいている。何が、何が起こったの──。
「ハリー!!」
魔法を使うこともできず、半ばパニックになったソフィアは悲鳴を上げ叫ぶ。
その時、後ろから何かが飛び込みソフィアと共にハリーの胴体を掴み持ち上げた。ソフィアは目を見開き、突如現れた赤毛を見る──。
「ウィンガーディアム レヴィオーサ!」
鋭い声と共にハリー達は浮かび上がり、そのまま地面に叩きつけられた。ハリーは喉を掻きむしり、苦しげに喘ぐ。すぐにソフィア達はハリーに駆け寄り、その首に食い込んでいるスリザリンのロケットに繋がる鎖を強く引っ張った。
「げほっ──げほっ!あ、ありがとう、ソフィア──」
ハリーは何が起こったのはわからなかったが、ソフィアが助けてくれたのだと思いながら息も絶え絶えに人影のある方を見る。
「おいおい、礼を言うんなら僕らにだろ?」
しかし、その場所にいたのは同じように濡れていた男であり──。
「一体何事なの!?なんで急に飛び込んだのよハリー!」
その隣に心配そうにしながらも信じられないとばかりに叫ぶのは、ソフィアとは違うふわふわとした髪を持つ女だった。
「ロ──ロン……?ハーマイオニー……?」
ハリーは掠れた声で呟いた。