翌朝、外の天気は回復し、肌を切り裂くような寒さはあったが雪は止んでいた。灰色の雲に覆われていない空は久方ぶりに太陽の光を降り注ぎ、薄らと積もった雪が朝日を浴びて輝く。
一晩中見張り役をしたハリーは、脳の奥が痺れているかのような眠気を感じていたが、奇妙に目だけは冴えていた。そうだとしても思考は鈍く、ソフィアがいれた濃いめの紅茶を少しずつ飲み、ぼんやりとした思考をゆっくりと働かせる。
ソフィアとハリーが持っていた食料は殆どつきかけてしまっていたが、ハーマイオニーとロンはビルの家である程度の食料を手に入れる事ができ、久しぶりにソフィアとハリーはまともな朝食──といっても薄いベーコンとスコーンと豆スープだけの質素なもの──にありついた。
「これを食べたら、今後どうするか決めなければならないと思うの」
熱い豆スープを飲みながら、ソフィアはぐるりとハリー達を見回し言った。四人が再び会うことができ、分霊箱を壊すための道具を手に入れることができた今、残りの分霊箱探しをしなければならない事はハリーとロンもわかっていたため神妙に頷く。
「昨日の夜に、ハーマイオニーに伝えたんだけど……」
ソフィアは机の上にあるパン屑が乗った皿に向かって杖を振り──皿は机の端に積み重なった──開いたスペースに『アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘』と『吟遊詩人ビードルの物語』の本を並べて置いた。
「この2冊の本と、数日前にいったゴドリックの谷にある一つのお墓には、一つの共通点があったの」
「共通点だって?」
ロンは驚いて『アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘』の本の表紙を開き、ペラペラとページを捲っていたが、目に飛び込んでくるのは辛辣なほどのダンブルドア批判の文字ばかりだ。
この本については嘘っぱちだと思う人が大半で、この衝撃的ともいえる内容を読んだとしてもアルバス・ダンブルドアを信頼し続ける人が殆どだった。
確かに手紙の内容は目を疑うものだったが──まだ青い青年期だったのだと支持者達は自分自身を納得させていた。
世論をビルやフラーから聞いて知っていたロンは怪訝な顔をしながら「何だい?」と首を傾げる。
「その墓地にはたくさんの家のお墓があったわ。その中に──そういえば、あの後色々なことがあってハリーに言うのを忘れていたんだけど──この、マークが彫られているお墓があったの。
ハーマイオニーがダンブルドア先生から遺贈された吟遊詩人ビードルの本にも同じマークが何度も出てくるでしょう?それに、このリータが書いた本の……ダンブルドア先生の手紙の最後の署名。アルバス、の頭文字のAの代わりにそのマークが使われているわ」
「え?──本当だ」
ハリーは全く気が付かなかったが、言われてみればAではなくあの不思議な三角のマークが書かれている。
何がどう繋がるのかわからないハリーとロンの困惑した顔を見て、ハーマイオニーは「つまりね」と仰々しく言い、二人の顔を真剣な目で見つめ返した。
「このビードルの本に書かれたマークは、ダンブルドアが書いた可能性が高いわ。灯消しライターもそうだったけど、遺贈の品が分霊箱を探す何か手掛かりになるのだとしたら、私たちはこのマークについて知らなければならない。二度続く事は偶然だとしても、三度目は偶然じゃないわ」
必然よ。と断言するハーマイオニーの隣でソフィアも賛同するように大きく頷き、ビードルの物語に書かれているマークを指でなぞった。
「このマークは、グリンデルバルドのマークだってクラムは言っていたわ。でも、それだけじゃないのかもしれない──あの朽ちかけたお墓は、どう考えてもダンブルドア先生とグリンデルバルドが生まれるよりもっと昔のお墓だったもの。このマークがどんな意味を持つのか私たちは知らなければならないと思うの。だから、ルーナのお父さん……ゼノフィリウス・ラブグッドに会いに行く必要があるわ。マークについて知っているのなら、教えてくれる可能性があるのはゼノフィリウスさんだけだもの」
言い切ったソフィアに、ハリーとロンは気まずい沈黙を返した。
確かにこのマークは何度も出てくる。ダンブルドアと無関係ではないのだろう。ただ、分霊箱と繋がっていると考えるにはいささか突飛な話のように思えたのだ。
数日前、ゴドリックの谷に向かいきっとそこに何かがあると思い込み──痛い目にあったのは記憶に新しい。
「またゴドリックの谷のようにならないかな」
「勿論、道中は警戒しなければならないわ!でも、ザ・クィブラーはずっとあなたに味方していて助けるべきだって書いてるの!」
「ゴドリックの谷は、私たちがあの場所に何かあるだろうと信じたの。けれど、このマークは間違いなくどこかに続いているわ。それがどこなのか知るために、ゼノフィリウスさんに会いに行きたいの」
ハーマイオニーとソフィアの熱のこもった言葉と強い視線にハリーはたじろぎながら視線を落とし、本に書かれている目のような奇妙なマークをじっと見た。
「でも、もしこのマークが分霊箱に関係あるのなら、ダンブルドアが死ぬ前に僕に教えてくれたと思わない?」
「それは──」
「わからないわ。言いたくても言えなかったのかもしれないし。言いたくなかったのかもしれないわ。グリンデルバルドと友人だったなんて、マグルの支配を望んでいたなんて知られたら、あなたが失望すると思ってね」
ソフィアは『アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘』の本をぴしゃりと閉じ、表紙の中で悲しそうな顔で微笑むダンブルドアの顔を指先で撫でた。
「勿論、分霊箱に何の関係もないマークの可能性もあるわ。でも、私たちは今残りの分霊箱についてなんの手がかりもないの。少しでも不審に思ったことや引っかかったことは調べるべきだわ」
決然と言うソフィアに、ロンは難しい顔をして黙り込んだ。ハリーは隣にいるロンが、きっと自分が行くといえばそうするし、拒絶すれば同じように拒絶するのだろうと彼が醸し出す空気で理解した。
ハリーはビードルの本を取り、短い寓話の表題にいくつか書かれているマークを睨み見る。
確かに、このマークには引っかかるところはあるが、分霊箱に関係しているとは思えない。むしろ──さらに隠されているダンブルドアの過去を、悍ましい彼の思考を曝け出してしまうのではないかという予感さえした。
これ以上ダンブルドアについて失望したくない。確かに、過去と今は違うのかもしれないが、これ以上ダンブルドアを疑いたくなかった。
しかし──ソフィアの言うように、残っている分霊箱の手掛かりは一切ない。ならばわずかな可能性に賭けてこのマークを調べなければならない事もわかっている。
「僕は、このマークが分霊箱に繋がっているとは思えないけど……他に手掛かりもない。──ラブグッドに会いに行こう。でも、どこに住んでるんだ?」
「ああ、僕の家からそう遠くないところだ。正確には知らないけど、パパやママがあの二人のことを話す時はいつも丘の方を指差していた。そんなに苦労しなくても見つかるだろう」
ハリーとロンの言葉に、ソフィアとハーマイオニーはあからさまに安堵の表情を浮かべながら残っていたスープを飲み干した。
翌朝、ソフィア達は風の強い丘陵地に姿現しをし、オッタリー・セント・キャッチポール村が一望できる場所に現れた。
見晴らしの良い地点から眺めると、雲間から地上に斜めにかかった大きな光の架け橋の下で、村は美しく光り輝いているように見えた。
四人は手をかざして隠れ穴の方を見ながら一分ほどじっと佇んでいたが、見えるのは高い生垣と果樹園の木だけだ。それに隠されて、隠れ穴はマグルの目には晒されないのだろう。
「こんなに近くまできて、家に帰らないのは変な感じだな」
「あら、帰りたいの?今ならクリスマスの料理がまだ残ってるかもしれないわよ」
ハーマイオニーの揶揄い混じりの言葉にロンは肩をすくめ「いや」と否定し隠れ穴に背を向けた。
あの場所に帰りたい気持ちは強い。家族は無事だとビルから聞いているが、本当に無事なのか不安な気持ちは消すことができない。しかし、自分一人だけあの場所に帰ることなんてできるわけがない。
「ここを行ってみよう」
ロンは丘の頂上を越える道を先立って歩いた。
ハーマイオニーとソフィアが続き、ハリーは念の為透明マントに隠れながらその後ろをしっかりと続く。二、三時間は歩いたが、低い丘陵地には一軒の小さなコテージ以外に民家はなく、あまりにまともなコテージの外観に「おそらくラブグッドの家はこれじゃない」と皆が考えた。
ルーナが暮らしている家だ。きっと、一目見てそれがルーナの家であると断言できる外観だとソフィア達は皆同じことを思い、そこから数キロ北へ姿くらましをした。
「ほら、見ろよ!」
強い風が四人の髪や服をはためかせる中、ロンは叫び声を上げ丘の一番高いところを指差した。
そこには奇妙に縦に長い家が、くっきりと空に向かって聳え立っていた。巨大な黒い塔のような家の背後には、午後の薄明かりの下空に大きな月がぼんやりとかかっている。
「あれがルーナの家に違いない。ほかにあんな家に住むやつがいるか?巨大な城だぜ!」
「お城、かしら?」
「お城には見えないわ」
ソフィアとハーマイオニーは長く聳える家を見て首を傾げたが、ロンは「城は城でもチェスの
そう言われてみれば、たしかにチェスに出てくるルークの形によく似ていた。
ソフィア達は顔を見合わせ頷き合い、辺りを警戒しながらその家が建つ丘へと向かった。
その丘の頂上には手描きの看板が三枚、壊れた門に建て付けてあり、一枚目は『ザ・クィブラー編集長 X・ラブグッド』二枚目は『ヤドリギは勝手に積んでください』三枚目には『スモモ飛行船に近寄らないでください』と書いてあった。
間違いなくルーナの家であると判断し、ロンが門に手をかけゆっくりと押し開けた。錆びついているのか高い音を立てながら門は開き、玄関までのジグザグとした道には様々な変わった植物が所狭しと植えられている。
ルーナが時々イヤリングにしていたオレンジ色のカブのようなものがたわわに実る灌木もあり、ソフィアは指先でその実を突きながら、くすりと微笑む。
風に吹きさらされて傾いた豆りんごの古木が作るアーチを通り抜けた後、ソフィアは厚く黒い扉を見上げる。扉には鉄釘が打ちつけられ、ドアノッカーは鷲の形をしていた。
ソフィアは扉を三度、ノックした。