ゼノフィリウスからの通報で、トラバースとセルウィンはマグル生まれの尋問を渋々切り上げ彼の家へと向かっていた。
「本当にポッターがいると思うか?」
「まさか。しかし通報は通報だ。行かねばならん」
「先週はあの馬鹿馬鹿しい髪飾りと娘を交換したい、その前はクソの役にも立たない角と交換したい。──今度はポッターに似た庭小人を見つけたと言うに10ガリオン賭ける」
「は!残念だが賭けは成立しないな」
死喰い人にとって邪魔になる思想の種は摘まねばならない。その見せしめとしてザ・クィブラーの編集長の娘を攫ったが、ハリー・ポッターに対する有効な情報は一切無く、妄言ばかり吐き空想を書き写す事しかしていなかった。
どうせ今回も娘を返してほしいと嘆願し、その代わりに何か別の物を差し出すと言うだけだろう。とセルウィンとトラバースは考え、苛立ちながら眼下に広がる奇妙な家の前に降り立った。
「時間の無駄だと思うがね」
「それなら──あの小娘の指を一本返却するのもいいかもしれんな」
箒を苔むした壁に立てかけながらトラバースは喉の奥で低く笑った。セルウィンは不揃いな前歯を見せながら卑しく笑い、自分の小指をくい、と折り曲げた。
「ラブグッド、入るぞ」
乱暴にノックをしたトラバースは、ゼノフィリウスの返答を聞く事なく扉を開ける。
「──
彼は扉を開き切る前に白い光線に撃ち抜かれ体を大きく硬直させた。セルウィンは倒れるトラバースの体をスローモーションのように滑稽なほどゆっくりと呆然と見ていた。
──何が、まさかラブグッドが娘を返してもらうために我々に刃向かったのか?
セルウィンは杖を抜きながら、特徴的なボサバサ頭のゼノフィリウスに向かって呪文を放とうと思った。しかし、ゼノフィリウスの顔は引き攣り、呆気に取られたように口を開いている。今魔法を放ったのはこいつではない。その証拠に、こいつの杖先は別の方向を向いている。ならば、誰が──?
「
その呪文は防ぐことができず、セルウィンの腕を貫き杖は大きく弧を描き、そこにいるはずのない男の手の中に落ちた。
「──そんな、よくも裏切ったな!ラブグッド!」
絶望と怒りに満ちた鋭い声が響いた。
部屋の奥に憎悪と困惑の表情を浮かべているのは、指名手配の写真よりも痩せこけ汚れていたが、意思の強そうな瞳と、額に張り付いた前髪の奥に見える特徴的な傷痕は変わらない──ハリー・ポッターだった。
セルウィンは──トラバースもだが──腕に闇の印の無い雑多の下っ端ではない。何度か闇祓いとの戦闘経験もあり、本来ならばハリーに遅れをとり無様に気絶し、杖を奪われるような魔法使いではなかった。
それでも、彼らがこうなってしまったのは──ゼノフィリウスに呼び出され、娘を返してもらいたいゼノフィリウスから馬鹿げた提案を受けたのは一度ではなく、彼が編集長を勤めているザ・クィブラーの雑誌の妄言や戯言を知っていたからだ。
つまり、彼らは本当にここにハリー・ポッターがいるわけがない。と油断していたのだ。
「ハリー・ポッター……!」
「早くポッターを捕まえてくれ!ルーナを──私の娘を返してくれ!」
ゼノフィリウスは引き攣った声で叫び、口先から泡を飛ばしながらハリーを指差す。
ハリーが憎々しげにゼノフィリウスを見て杖を振り上げた瞬間、セルウィンは気絶しているトラバースに飛びつきそのポケットの中に手を突っ込んだ。
「
「うっ──」
「ぐあっ!!」
ハリーはゼノフィリウスに忘却呪文を、セルウィンに爆破呪文を唱えた。セルウィンがトラバースの杖を掲げるよりも先に、セルウィンとトラバースの間で爆破が起こり、赤と白の火花が瞬時に彼らを炎で包み込む。
爆破の勢いで弾かれたセルウィンは開いたままだった扉の向こうにひっくり返り、燃え爆ぜるローブと痛みに悲鳴をあげ土の上を転げ回る。
気絶したままのトラバースは、ぴくりとも動くことなくぱちぱちと背中を燃やしていた。
一瞬、ハリーは動揺したが──すぐに杖を振り杖先から水を出すとトラバースの体や床に燃え広がっていた炎を鎮火させ、そのまま踵を返し部屋の奥へと走り手を伸ばした。
ハリー以外見ることは無かったが、何もない空間から白い手が現れ、それはハリーの腕を掴むと中へ引き込むようにし──ぐるりと回転してその場から消えた。
ハリー──いや、ポリジュース薬によりハリーに変身していたソフィアは草を踏み締めよろめいた。辺りは夕暮れ色に染まる草原であり、先ほどまでいた場所からかなり距離があるのか気温が少し高い。
すぐに目の前の透明な空間が歪み、蒼白な顔をしたハーマイオニーが現れると何も言わずソフィアを強く抱きしめ──その体は小さく震えていた──ソフィアが息を吐き出すよりも前にぱっと体を離すと杖を振り、周りに円を描いて走り出した。
「
ハーマイオニーが保護魔法をかける声を聞きながら、ようやく無事逃げおおせたのだとわかり、その場に崩れるようにしてしゃがみ込み胸を強く押さえ大きく息を吐いた。
途端に心臓がどくどくと嫌な音を立て、額や背中にドッと汗をかく。
「ソフィア、きみって凄いや!」
「大丈夫!?」
「ええ……ありがとう、ロン、ハリー」
ロンは目の前で繰り広げられた魔法に興奮しきりソフィアの勇気を讃え、ハリーは心配そうにソフィアの肩に手を乗せ顔を覗き込んだ。
まだソフィアの姿はハリーのままであり、ハリーは少し複雑な気持ちをしながらも自分の顔が弱々しく微笑んでいるのを見て胸を痛めた。
「ゼノフィリウスさんは今日の記憶を失ったわ。──もしかしたら二、三日かもしれないけれど──あの場にいた二人はしっかりとこの姿を見たし、ゼノフィリウスさんが嘘をついて呼び出したとは思わない。きっと裏切ったとバレないはずよ」
ソフィアはハリーの姿に変わり、死喰い人達にその姿を見せる意味があった。そうすればゼノフィリウスは彼らにとって有益な情報を渡した事になり、きっと捕えられているルーナの処遇も幾分かマシになるだろう。これですぐ解放されたならいいが、そればかりはソフィア達にはわからなかった。
ソフィアが一人で行ったのも、ハリー本人に慣れない杖で行わせる事はできず──そもそもハリーはオブリビエイトを上手く使うことができない──ロンとハーマイオニーの姿も彼らに見せる事はできない。
ハリー・ポッターは一人で逃げていると思わせなければいけないのだ。両親の記憶を消し外国へ逃したハーマイオニーはともかく、魔法省で勤務しているアーサーが父であり、病気で寝たきりだと思われているロンや、死亡した事になっているソフィアの姿を敵に晒す事はできない。
「ルーナはどこで捕まっているんだろう」
「うーん、アズカバンかもな。だけど、あそこで生き延びられるかどうか……大勢がだめになって……」
本当ならばルーナを助けに行きたいハリーの呟きに、ロンは難しい表情で答える。アズカバンはヴォルデモートが支配してから再び吸魂鬼が看守となっている。幸福な気持ちを吸い、廃人化させてしまう吸魂鬼にはたしてルーナは無事ゼノフィリウスの元に帰ることができるのだろうか。最悪、魂を失い抜け殻となった状態で戻されるかもしれない。
「ルーナは生き延びるわ!」
保護魔法をかけ終わったハーマイオニーがテントを鞄から引っ張り出しながら決然と言った。
「ルーナはタフだ。僕たちが思うよりもずっと強い。きっと監獄に囚われている人たちにラックスパートとかナーグルのことを教えているよ」
ハリーはルーナの芯の強さを知っている。他人に嘲笑され後ろ指を刺されようが、同級生からの虐めに遭おうがルーナは堂々と胸を張り自分の世界を大切にしながら生きている。
そんなルーナがぶるぶると震え廃人になっている姿は想像できず──想像、したくない──ハーマイオニーとソフィアは彼女のことを思い、いつも通りの夢心地の声で話す様子を思い少しだけ笑った。