四人はテントを張って中に入り、ロンが紅茶を入れた。
寒々とした狭く黴臭いテントの中でも、ここだけが安息地だと思うと体や脳を支配していた緊張が解け、ようやく四人はほっと息をつく。
「ああ……やっぱりあなたが正しかったわ、ハリー。ゴドリックの谷の二の舞だった。まったく時間の無駄!死の秘宝、だなんてくだらない……」
ハーマイオニーは大きくため息を吐き、鞄の中からビードルの物語の本を取り出すと乱雑に机の上に置いた。ゼノフィリウスの元へ行くことをハリーは最後まで渋っていたのだ。何か敵がいるかもしれないと言ったがそれでも向かいたいと言ったのはハーマイオニーとソフィアだった。
「──もしかして、全てあの人の作り話だったんじゃないかしら?ゼノフィリウスは、たぶん死の秘宝なんて全く信じてないんだわ。死喰い人が来るまで、時間稼ぎをしたかったのよ!」
「それは違うと思うな。緊張している時にでっちあげの話をするなんて、意外と難しいんだ。人攫いに捕まったとき、そう思わなかったか?僕はスタンのフリをする方が、まったく知らない誰かをでっちあげるよりもずっと簡単だった。だって、少しはスタンのことを知っていたからね。ラブグッドも僕たちを足止めしようとして凄くプレッシャーがかかってたはずだ。本当のことを言ったと思うな。──本当だと思っていることをね」
「でも、どっちみちでたらめだって事は間違いないわ。死の秘宝だなんて有り得ないもの」
ハーマイオニーはもう一度ため息をつくと温かい紅茶を飲んだ。
ハリーとソフィアは、透明マントが実際にあることから他の死の秘宝も──ほとんどあり得ないかもしれないが──あるのかもしれない。と思っているが、現実主義であり、さまざまな文献を読みそんな言葉一つ見たことがないハーマイオニーは全く信じていなかった。
「でも、待てよ?秘密の部屋だって伝説上のものだと思われていたんじゃないか?」
「でも、ロン。死の秘宝なんて有り得ないわ!」
「でも、そのうちの一つは本当にあるものでしょう?」
ソフィアは体がむず痒くなりだし、居心地悪そうにそわそわとしながらハーマイオニーを見下ろした。いつもより視線が低い場所にあるハーマイオニーはソフィアを睨み上げ「三人兄弟の話は御伽話よ」と言い切る。
「マグルの方でも同じような御伽話はあるでしょう?えーっと……シンデレラとか?でも、それも実際にあった話を元に作られたって先生は言っていたわ。同じようにビードルは実際にあった事を御伽話にしたんじゃないかしら」
「それは──」
「ダンブルドア先生は死の秘宝について私たちに知らせたかった。それは間違いないわ。まさかグリンデルバルドの元へ向かって欲しいだなんて思えないし……なら、死の秘宝が……分霊箱に繋がるヒントで、私たちの旅に必要なものだと考えるべきよ。そうね、たとえば蘇りの石は死者を蘇らせるんじゃなくてどんな怪我や病気も治せる石の事で、ニワトコの杖は最強の杖じゃなくて、分霊箱を破壊できる材料を芯とした杖だと考えてみるのはどう?」
「うーん……それなら、まぁ、賢者の石もあるしバジリスクの毒牙を芯に使っているのなら有り得なくもないかもしれないわ」
ソフィアも全てを信じているわけではないが、死の秘宝と呼ばれるものが膨大な年月を重ねていくうちに過大評価されてしまったのかもしれない。死の秘宝の元になった伝説上の物が分霊箱を破壊するために必要な物なのかもしれない──そう考えるとまだ現実味が湧く。
ハーマイオニーもそれならばまだ自分の中の常識と照らし合わせたとしても「ない事はない」と言え、渋々頷いた。
「私もハーマイオニーと同じで死の秘宝全てを信じているわけではないわ。でも、馬鹿馬鹿しいとは思わないの。ペベレル家のことについてもっとわかればよかったんだけど……」
「その人のこと、何もわからないの?」
「ええ」
「私とソフィアで探したんだけど、たった一箇所しか名前がなかったわ」
ハリーの疑問にソフィアとハーマイオニーは頷き残念そうにしながら答えた。
「生粋の貴族、という魔法界の純血家系図に載っていたわ。ペベレル家は、もう早くに男子の血筋が途絶えてしまったらしいの」
「男子の血筋が途絶える?」
あまり聞き覚えのない言い回しに、ロンは怪訝な顔をしながらハーマイオニーを見る。ハーマイオニーは紅茶の中に角砂糖を一つ落とし、ティースプーンでゆっくりと混ぜながら「つまりね」と教師のように説明を始めた。
「氏が絶えてしまったということよ。ペベレル家の場合は何世紀も前にね。子孫はまだいるかもしれないけど、違う姓を名乗っているわ」
違う姓を名乗っている。
その言葉を聞いた途端、ハリーの頭に閃くものがあった。ペベレル姓の名を聞いたときに揺さぶられていた記憶だ。そうだ、確かあれは昨年、魔法省の役人の鼻先で醜い指輪を見せびらかしていた汚らわしい老人が言っていた──。
「マールヴォロ・ゴーント!」
ハリーの叫びに、ソフィアとハーマイオニーとロンは「えっ?」と同時に聞き返した。
「マールヴォロ・ゴーントだ!例のあの人の祖父の!憂いの篩の中で、ダンブルドアと一緒に見た!マールヴォロ・ゴーントはペベレルの子孫だと言っていた!
あの指輪。分霊箱になったあの指輪だ。マールヴォロ・ゴーントが、ペベレルの紋章がついていると言っていた!魔法省の役人の前で、ゴーントがそれを振って見せていた。ほとんど鼻の穴に突っ込みそうだった!」
「どんな紋章だったの?覚えてる?」
「いや、はっきりとは……僕の見た限りでは、派手なものはなかった。引っ掻いたような線が二、三本だったかもしれない。本当によく見たのは、指輪が割れたあとだったから」
「どんな風に割れたの?」
「真っ二つだったよ。真ん中から」
「線は、横に三本?縦?──それとも、石をもし合わせたら……こんな風だった?」
ソフィアは真剣な顔で指先で小さく空に三角形を描いた。ハリーはハッとして息を飲み、ハーマイオニーも目を見開き言葉を無くした。
ハリーが見たのは縦に三本でも横に三本でもない、もしそんな単純な線ならばよく覚えていただろう。あの石は割れていたが、頭の中でパズルのように組み合わせると──確かにソフィアが指先で描くような形だった気がしたのだ。
「おっどろきー……それがまたしても例の印だって言うのか?秘宝の印だって?」
ロンは驚愕し、目を瞬かせながらハリーとソフィアを交互に見る。ソフィアとハリーは同じ顔で何度も同時に頷いた。
「その可能性は高いわ」
「そうだ!マールヴォロ・ゴーントは畜生みたいな暮らしをしていた無知な老人で、唯一自分の家系だけが大切だった。あの指輪が何世紀にも渡って受け継がれていたものだとしたら、ゴーントはそれが本当は何なのかを知らなかったのかもしれない。あの家には本なんかなかったし。あいつは間違っても子供たちに御伽話を聞かせるようなタイプじゃなかった。それが紋章で、自分は純血で貴族だということが重要だったんだ!」
「それは、それで面白い話だわ。でも、ハリー、あなたの考えていることが私の想像通りなら──」
「そう、そうだよ。そうなんだ!」とハリーは慎重さを投げ捨てて叫んだ。ハリーの怒りに触れないよう──冷静に話すことができるように──慎重に低い声で言ったハーマイオニーの言葉を遮り、ハリーは応援を求めるように徐々に元の姿に戻りつつあるソフィアを見た。
「あれが石だったんだ。そうだろう?」
「それな──ら──」
ハリーの低い声から元のソフィアの高い声にいきなり戻り、ソフィアは何度か喉の奥で小さく咳をした後、喉元を揉みつつハリーの緑の目をじっと見た。
「それなら、壊れた石はどこにあるの?あれが秘宝の一つだとして、分霊箱だったんでしょう?」
「どこに──いま、どこに……ダンブルドアは指輪を割った後、どこにやったのかな……」
ハリーは座っていられず立ち上がり、狭いテントの中をうろうろと歩き回った。
ハーマイオニーはなおも有り得ないと疑念を抱く顔で黙り込み、ロンは呆気に取られ動き回るハリーを目で追い、ソフィアは考え込みじっと紅茶を見下ろし自分の唇を無意識のうちに指先で撫でた。
三つの品。つまり、秘宝はもし三つ集められれば、持ち主は死を制するものとなる。死を制する、征服者──最後の敵なる死もまた滅ぼされん──。
秘宝を所有する者として、ヴォルデモートと対峙しろと言うことだろうか?ダンブルドアはそれを伝えたかったのか?ソフィアが言うように、分霊箱は秘宝には敵わないのか?一方が生きる限り他方は生きられぬ、これがその答えだろうか?
僕が最後に勝利者になるためには死を征服しなければならない。死の秘宝の持ち主になれば、僕は安全なのだろうか?
「……蘇りの石の子孫がゴーント家で代々伝わっていたのなら、もしかして──ポッター家は……」
ぐるぐると思想が湧いては混沌と積み上げられていく中、ソフィアの小さな呟きがハリーの耳に飛び込んだ。
「──そうだ!これは僕のお父さんのものだった。代々伝わっていたのなら、僕はペベレル家の血筋なのかもしれない。イグノタス・ペベレルは、ゴドリックの谷に埋葬されている。それに──それに──今気づいたんだけど……」
ハリーは勢いよくソフィアを振り返り──ソフィアの姿はすっかり元に戻っていた──大股で駆け寄るとその華奢になった両肩を強く掴んだ。驚き目を見開くソフィアの瞳を見ながら、ハリーは数週間前ゴドリックの谷から逃げおおせたときにヴォルデモートの記憶と繋がりそのときに見た光景や、一年生の時、透明マントについてダンブルドアから聞いた事を思い出していた。
「例のあの人が僕の両親とソフィアの家族を殺した時、誰も隠れていなかった。あの場に透明マントはなかったんだ!僕も、君のお兄さんも、母さんも、誰も隠されていなかった!透明マントは、ダンブルドアが持っていたんだ。一年生の時に僕の父さんから預かっていたって僕に言った!ダンブルドアは調べたかったんだ、これは本物の透明マントで、三番目の秘宝じゃないかって!」
「そんな!──で、でも……あ、あり得るわ。ダンブルドア先生は、シリウスが守り人だと思っていた。あの場所が安全だと信じていたから、死から逃れることができる透明マントを借りたのね……ダンブルドア先生は、死の秘宝を信じていた、だからどうしても調べたかった……」
「そうだ!そうに違いない。これは本物の透明マントで、僕はイグノタスの子孫だ。本当に秘宝は存在する!これで全ての辻褄が合う!」
ハリーは秘宝を信じることにより確実に武装されたように感じた。秘宝を所有するだけで、死から守られるかのように感じ興奮しながらも思考だけは高速で回転させる。ダンブルドアは、蘇りの石をどこに隠したのだろうか、全てはダンブルドアから遺贈されたものに繋がっている──?
素晴らしい発見がハリーの脳に舞い降りた。
ハリーはソフィアの肩から手を離すと、服の下に隠してある巾着を手繰り寄せその中からもうほとんど動かなくなったスニッチをつかみ出した。
「この中だ!ダンブルドアは、きっと僕に指輪を残した──この中だ!」
衝撃と驚きが体の中から噴き出し、ハリーは勢いのまま叫び黙ったままのハーマイオニーとロンを振り返る。
しかし、二人の表情はハリーが期待していたような明るいものではなく何故か不意を突かれたように固まっていた。なぜ二人がそんな表情をするのかわからず、ハリーは焦ったくなりながら自分の意見を後押ししてくれる事を期待してソフィアを見た。
「ソフィア、そう思うよね?」
「──ええ、そうだといいと思うわ」
ソフィアはハリーの気持ちを低下させないように慎重に言葉を選び、強く握りすぎて白くなっているハリーの手を優しく包み込んだ。
「マントはある、蘇りの石はこの中だ。あとはニワトコの杖──」
ニワトコの杖の事を考えた時、急激に今までの興奮や喜びが萎んでいってしまった。煌びやかな舞台の幕が降りたように、輝かしい希望や興奮や幸福感も一挙に消えたかのようだ。
ハリーは力が抜けたかのようにソフィアの隣に座るとがくりと頭を垂れ、顔を手で覆う。ソフィアは心配そうに覗き込み、ハーマイオニーとロンはあまりのハリーの起伏の激しさに恐々と様子を伺った。
「やつが狙ってるのはそれだ。例のあの人がニワトコの杖を狙っている」
ハーマイオニーとロンはまだ疑わしげな顔だったが、ハリーには確信があった。ヴォルデモートは杖職人を襲い、新しい杖を入手するのではなく最も古く強力な杖を求めているのだ。
しかし、ヴォルデモートは歴史上に何度か出てくる強力な杖を求めているだけで、それが死の秘宝であるとは
死の秘宝の事を知っていたのなら、ヴォルデモートは何をおいても三つの秘宝を探しただろう。何よりも死を恐れ、死から逃れたいと望む男なのだから。
「あの人がニワトコの杖を望んでいる……十分に有り得るわ。杖職人ばかりが襲われているのも、きっと──きっと、その杖の手がかりを手に入れるためよ」
「うん。でも、あいつはそれが秘宝だとは知らないと思う。ビードルの物語を読んで聞かせる人なんてそばにいなかったんだから。それに、もし知っていたら死から逃れられる秘宝を手に入れようと躍起になるはずだから。……とにかく、死の秘宝は存在する。これは間違いない。僕たちはなんとかニワトコの杖を探し出さないと……」
最強の杖をヴォルデモートが手に入れてしまえば、もう自分達に勝機は無くなる。ダンブルドアはそれを防ぐために死の秘宝を全て手に入れよと伝えているのだ。死から逃れるために。
ハリーは確信の光を胸に宿していたが、ハーマイオニーとロンはハリーとソフィアを心配そうな目で見つめていた。なぜ二人がこうも理解できないのか、とハリーは少々苛立ちながら「これで辻褄が合うだろう?」と二人に言った。
「ハリー、ソフィア。あなたたちは勘違いをしているわ。何もかも勘違い──」
「でも、どうして?これで辻褄が──」
「合わないわ。あなたたちはただ空想の世界に夢中になっているだけ」
「どうしてそう思うの?私は、ハリーの考えを否定できないと思うわ」
ソフィアは死の秘宝について、正直全てを信じていなかった。それでも死の秘宝のヒントをダンブルドアは遺し、透明マントは手元にある。ダンブルドアはジェームズが持つ透明マントを調べていた。ヴォルデモートは杖職人ばかりを狙っている。──全ての情報を聞いた上で、死の秘宝の存在を否定はできないと考えたのだ。
しかしハーマイオニーはごくりと固唾を呑むと、硬い表情で口を開いた。
「もしも、死の秘宝が存在するのなら、そしてダンブルドアがそれを知っていたのなら、三つの品を所持するものが死を制すると知っていたのなら。ハリー、どうしてダンブルドアはあなたに話さなかったの?」
切なる言葉だったが、ハリーにその言葉は響かず何の衝撃も感じなかった。むしろ、そんなことを気にしているのかと拍子抜けしてしまったほどだ。
「ダンブルドアはいつも僕自身に何かを見つけださせた。自分の力を試し、危険を冒すように仕向けた。これは僕が自分で見つけなければならないことなんだ」
ダンブルドアは常にたくさんの材料を用意し、それをどう使うかはハリーに任せていた。作られたレールではなく、自分でレールは作らなければならない。
ヴォルデモートを倒すと決めたのも、親の仇討ちでも、自分が奇跡の子だったからでもない。──僕がそうしたいと思ったからだ。
ハーマイオニーは眉を吊り上げ、反論しようと口を開いたが、それよりも先にソフィアが呟いた。
「それに──きっと、ハリーを愛していたから言えなかったのよ」
「なに──愛?」
想像もしなかった言葉に、ハーマイオニーは反論するのも忘れてソフィアを見る。ソフィアは少し言い淀んだが──決意と確信の宿った目でハーマイオニーとロンを見た。
「ダンブルドア先生はハリーを愛していた。今まで、言わなければならなかったこともハリーが傷付くのを恐れて言えなかった。ダンブルドア先生は──死の秘宝の存在を伝えることが、ハリーを傷つけ失望されると思ったのよ」
「失望?」とロンは眉を寄せ首を傾げたが、ハーマイオニーはソフィアの言いたい事を理解しばつの悪そうな表情で黙り込む。
「さっき言ったでしょう。ダンブルドア先生は秘宝を調べたかった──透明マントを調べたかった。そうしなければ、あの悲劇はあの形では起こらなかったかもしれないのよ」
もし、あの時ダンブルドアが透明マントをジェームズから借りていなければ。
もし、あの場に透明マントがあれば。
四人の間に張り詰めた沈黙が落ちた。
ハリーはソフィアに言われて理解していたが言葉には出さずに現実にしたくなかった限りなく真実に近い言葉を突きつけられてしまい、胸に燻る感情を爆発させないために立ち上がり大股でテントの入り口へ向かうと、無言で外に出た。
残されたソフィアとハーマイオニーとロンは、暫く無言のままだった。
「……辻褄が合うと思わない?」
「それは──確かに、ダンブルドアがハリーのお父さんから透明マントを借りていたことは事実よ、秘宝かもしれないと調べたかったのかもしれない。でも、でも──少なくとも蘇りの石やニワトコの杖なんて存在しないわ!」
「その二つが存在しなくてもさ、多分、そういう事じゃないんだろ」
ロンは静かに言いながら、かなりぬるくなった紅茶を啜り、大きくため息を吐きながらソファの背に身を委ねた。
もちろんこれはソフィアの考えであり、ダンブルドアはもっと別のことを考えていた可能性がある。ソフィア達では考えも及ばないほどの複雑に絡み合った事情が、全てを隠していたのかもしれない。
ソフィアも透明マントがあるだけでヴォルデモートから全員が生き延びられたとは思っていないが、全員が死なずに済んだのかもしれない──。
死の秘宝が存在せずとも、それを信じたダンブルドアが透明マントを借りていた。そのことが重要なのだと、ハーマイオニーはロンに言われるまでもなく理解し、ぐっと唇を噛んだ。