ハリーはソフィア達を振り返ったが、灯りの消えた暗闇の中では輪郭がぼんやりと見えるだけだった。ソフィアは杖を強く握り直し、瞬時に思考を巡らせる。
──どうすればいい?戦う?ハリーだけなら逃すことができるかもしれないわ。でも、ロンとハーマイオニーを見捨てる事なんてできない!それに、私は姿を見られるわけにはいかない!
その逡巡は僅か数秒だっただろう。硬直し動けないソフィアの代わりにハーマイオニーがハリーに向かって杖を上げ、ハリーの顔目掛けて呪いを放った。
白い光がハリーの目の前で炸裂し、激痛が顔を中心に襲った。立っていられずその場に膝をつき両手で顔を覆ってみれば、顔全体が膨れ上がっているのがわかる。
「変わって!」
ハーマイオニーがソフィアの方を見ながら小さく叫ぶ、混乱していたソフィアはびくりと体を震わせると、その意味に気付き素早く小さなフェネックへと姿を変えた。
ソフィアが姿を変えた直後、六人の魔法使いがテントを切り裂きながら侵入し、跪くハリーを取り囲む。ハーマイオニーはフェネックになったソフィアを抱き上げ、怖がるようにその体に顔を埋めた。
「あなたは知られてはいけない。何があっても──誰がどうなっても」
侵入者の足音に紛れ、ハーマイオニーは小声で囁く。ソフィアは自分を抱きしめるその震える手にしがみつき頷いた。
ソフィアは存在を知られるわけにはいかない。死んだことになっているソフィアが、死を偽装してまでハリー・ポッターと旅に出ていることが敵に知られたら、ドラコの側にいるルイスの命が危険に晒されるのだ。それだけで済むのならば、まだマシだろう。そこから調べられ、ジャックに──さらにはセブルスにも繋がる可能性もある。
「立て、虫ケラめ」
怒鳴りながら一人の男がハリーを立たせ、ポケットに入れていたリンボクの杖を奪った。
手荒にテントから押し出された衝撃で眼鏡が落ちてしまい──ただでさえ瞼が腫れよく見えないというのに──ハリーの視界には四、五人のぼやけた人影が見えるだけになってしまった。
ハーマイオニーとロンも同じように乱雑に扱われ無理やり外に連れ出される。背中を乱暴に蹴られたハーマイオニーはソフィアを抱きしめたまその場に倒れ込み小さく呻く。腕や頬が砂利や尖った岩で擦れ、真っ赤になり血が流れた。
「っ──!」
「放せ!──やめろ、その人に触るな!」
ロンが叫んだ途端、ロンを捕まえていた男がロンの頬と腹を殴る。肉を打つ重い音とロンのくぐもった呻き声に、ハーマイオニーは悲鳴を上げ叫んだ。
「やめて!その人を放して、放して!」
「お前のボーイフレンドが俺のリストに載っていたらもっと酷い目に遭うぞ。ああ──うまそうな女だ……なんというご馳走だ……俺は柔らかい肌が楽しみでねぇ……」
ガラガラとしたしゃがれ声で男──狼人間であり、死喰い人であるグレイバックはそう言いながらハーマイオニーの顎を大きな手で掴み上げ、くんくんと匂いを嗅いだ。
ハーマイオニーは必死に顔を背けようとしたが大人の男の力には勝てず、グレイバックのむっとした汗と血と生臭い腐臭を必死に耐えた。
「テントを探せ!」
別の声が言い、ハリーを押さえていた男はハリーを地面に向かって放り投げ、他にも隠れている者が居ないか、はたまた金目のものが無いかと複数の男達が残忍な笑い声を上げながらテントへ向かった。
這いつくばったロンの背に座っていた男も足でロンを蹴り転がし、テントの中へと入っていく。
グレイバックはハーマイオニーの顎から手を離し──ハーマイオニーはすぐにロンとハリーの元へ駆け寄った──怯える彼らを見て満足げに笑う。
足音や物がぶつかり合う音と椅子を押し除けて獲物がいないか探す音、それにハリーとロンの荒くなった呼吸と呻き声が静かな森の中に響いた。
「さて、獲物を見ようか」
グレイバックはうつ伏せになっていたハリーを仰向けに転がし、杖灯りで顔を照らす。
ハーマイオニーの魔法によりハリーの顔と瞼は何倍にも膨れ上がり、目は線のように細くなり顎にはぷつぷつと髭が生えていた。その無様な顔を見てグレイバックは低く笑う。
「コイツを飲み込むにはバタービールが必要だな。どうしたんだ醜男?──聞いてるのか!」
すぐに答えなかったハリーの腹にグレイバックの靴先がめり込む。痛みで体をくの字に曲げながら、ハリーは込み上げてくる吐き気をなんとか耐えた。
「どうしたんだ?」
「──刺された。刺されたんだ」
「ああ、そう見えらぁな」
何かに刺されアレルギー反応が起こったかのように腫れているハリーの顔を見て、一人の男がゲラゲラと笑う。
グレイバックは唸るように「名前は?」とハリーに問うた。
「ダドリー」
「苗字じゃねえ。名前だ」
「僕──バーノン・ダドリー」
咄嗟に浮かんだのは自分の従兄弟である彼らの名前だった。ハリーはロンが咄嗟の時に全て嘘をつくことができない、と言っていた意味を今になって理解した。──緊張と不安と痛みで、頭がうまく回らない。
「リストをチェックしろ。スカビオール」
グレイバックはスカビオールと名乗る男に告げ、今度はハリーの隣で鼻を押さえうずくまっているロンを見下ろす。
「赤毛、お前はどうだ?」
「スタン・シャンパイク」
「でまかせ言いやがって!スタン・シャンパイクならよぅ、俺たち知ってるんだぜ?こっちの仕事をちいっとばかりやらせてんだ」
前回人攫いに捕まった時と同じ偽名をロンは伝えたが、不幸にもスカビオールはスタンのことをよく知っており、嘘を吐いたロンの頬を強く足で蹴り上げる。人を殴る鈍い音に、ハーマイオニーは喉の奥で悲鳴をあげた。
「バ──バーネーだ。バーネー・ウィードリー」
衝撃でどこかの歯が欠けたのか、口の中が血だらけになったロンはくぐもった声で答える。名前は言わなかったが──それでもグレイバッグは聞き取り難いロンの言葉を聞き愉しげに笑った。
「ウィーズリー一族か。それなら穢れた血でなくとも、お前は血を裏切る者の親戚だ。さーて、最後、お前の可愛いお友達……」
舌なめずりをし、妙な猫撫で声で言うグレイバックの言葉にハーマイオニーは腕に鳥肌を立て、必死に顔を見られまいと抱きしめるソフィアの毛に顔を埋める。
「急くなよ、グレイバック」
「ああ、まだいただきはしない。バーニーよりは早く名前を思い出すかどうか、聞いて見るか。──お嬢さん、お名前は?」
「ペネロピー・クリアウォーター」
ハーマイオニーは怯えていたが、説得力のある声で答えた。
それでも頑なに顔を上げようとしないハーマイオニーに、グレイバックは片眉を上げ嘲笑うと彼女が抱きしめていたフェネック──ソフィアをむんずと掴み上げた。
「ああ?なんだって?──こんな獣に隠れられるとでも?」
「──や、やめて!大切な子なの、返して!」
グレイバックに首根を掴まれたソフィアは宙に浮き痛みに叫ぶ。その悲痛な声を聞きハーマイオニーが哀願し叫んだが、グレイバックは笑いながらソフィアを乱暴にぶらぶらと振った。
「お嬢さん、名前と血統は?」
「ペネロピー・クリアウォーター!半純血よ!」
ハーマイオニーは左右に揺れるソフィアを見ながら叫ぶように答える。にやりと笑ったグレイバックは、腕を高く上にあげ──勢いよく振り下ろした。
「ぎっ──」
「いやああっ!」
地面に勢いよく叩きつけられたソフィアは小さな悲鳴をあげる。全身が爆発したかのように痛み、呼吸が詰まった。すぐにハーマイオニーが痙攣するソフィアに縋り、激しく震える手で抱き寄せる。
その瞬間、痛みにソフィアがまた悲鳴を上げてしまいハーマイオニーは「ああっ、ほ、骨が──」と泣きながら叫び、ハリーとロンは考えられる侮辱をグレイバックに放つ。
視界が点滅するなか激痛を耐え、ソフィアは冷たいハーマイオニーの手に頬を寄せる。「大丈夫よ」という思いを込めて頭を擦り付け、緑色の瞳で大粒の涙を流すハーマイオニーを見上げた。
「ひ、酷い──酷い──」
「半純血かぁ、チェックするのは簡単だ。だが、こいつらみんなまだホグワーツの年齢みてえに見えらぁ」
動物が虐げられたとしても、彼らはちっとも心は痛まない。むしろ涙を流すハーマイオニーと憎々しげに自分達を睨むロンとハリーの視線に愉悦すら感じているのだろう。ニタニタと笑いながらスカビオールがハリー達の顔をじろじろと見た。
「っ──ホグワーツは、やめたんだ」
「赤毛、やめたってぇのか?そいで、キャンプでもしてみようって決めたのか?そいで、面白れぇから闇の帝王の名前でも読んでみようと思ったぇのか?」
口の中の血を吐き出しながら答えるロンに、スカビオールは意地悪げに笑いながら丸まった背中を足で蹴った。
「面白いからじゃない、事故──」
「事故?」
嘲笑がさらに大きくなる。彼ら人攫いは、こうして人の辻褄が合わず焦り絶望に染まる顔を見るのが何よりも好きだった。
「ウィーズリー、闇の帝王の名前を呼ぶのが好きだった奴らを知ってるか?不死鳥の騎士団だ。何か思い当たるか?」
汚れた手でグレイバックは笑いながらロンの頬を叩く。ロンは「別に」と呟いたがそれを信じるグレイバックではなかった。
「いいか、奴らは闇の帝王に敬意を払わない。そこで名前を禁句にしたんだ。騎士団の何人かは、そうやって追跡した。──まあいい。さっきの捕虜と一緒に縛り上げろ」
グレイバックの言葉に、男がハリーの髪を掴み無理矢理立たせ、すぐ近くまで歩かせて地面に座らせ、既に捕虜となっていた者たちと背中合わせに縛り上げた。
ハリーは眼鏡を失ったうえに腫れ上がった瞼で殆ど何も見えず、ソフィアの怪我がどのようなものなのかもわからず必死に奥歯を噛み締めて耐えた。近くにハーマイオニーとロンも縛られているのを感じながら、ハリーはグレイバック達の足音が離れていくのを聞き、小声で話しかける。
「怪我は、あの子の──」
「多分、骨がいくつか折れているわ。すぐに治療しないと──動かすと、痛むみたいで、もし内臓に刺さったら……」
きゅう、と小さなソフィアの鳴き声が響く。その声を聞き、とりあえず生きているのだとわかったが、それでもその声は背筋が凍るほどか細く、弱々しかった。
どの骨が折れたのか、重傷なのかとハリーの脳の奥が焦燥感と後悔で埋め尽くされる。
「誰が、まだ杖を持ってる?」
「ううん」
「僕のせいだ。名前を言ったばかりに、ごめん──」
禁句だとわかっていたが、あの興奮した状態ですっかり失念していた。後悔しても仕切れないミスにハリーが苛まれていると、ハーマイオニーの左側に縛られている男が息を呑み小声で囁いた。
「ハリーか?」
「まさか──ディーン?」
「やっぱり君か!君を捕えた事にあいつらが気づいたら──連中は人攫いなんだ、賞金稼ぎに学校を登校していない学生を探しているだけのやつらだ」
ディーンも酷い扱いを受けたのか服は汚れ顔には打撲の痕がついていた。人攫いたちはまだ自分が捕らえた者がハリーであると気づいていない。この先送られるのが魔法省だとしても、何とかしてそのことを知られずにハリーは逃げ出さなければ。ディーンは縄を解こうと一縷の望みをかけて懸命に腕を動かしたが、強く結ばれた紐は少しも緩むことはなかった。
「一晩にしては悪くない上がりだ」
グレイバックが人と小鬼の数を数えながら満足げに笑う。
わざとらしく足音を立てハリーたちの近くをゆっくりと歩いているのは、彼らの恐怖心を与えようとしているからだろう。
「穢れた血が一人、逃亡中の小鬼が一人、学校を怠けてる奴が三人。──スカビオール、まだこいつらの名前をリストと照合していないのか?」
「ああ、バーノン・ダドリーなんてぇのは、見当たらないぜ、グレイバック」
「面白い。──そりゃあ、面白い」
グレイバックは喉の奥でくつくつと笑いながらハリーの側にかがみ込んだ。
ハリーは腫れ上がった瞼のわずかな隙間からグレイバックの顔を思うだけで呪えたらいい──そう考えながら強く睨む。
「それじゃ、バーノン。お前はお尋ね者じゃないと言うわけか?それとも違う名前でリストに載っているのかな?ホグワーツはどの寮だった?」
「スリザリン」
ハリーは反射的に答えたが、その言葉にスカビオールがげらげらと笑った。
「おかしいじゃねぇか、捕まったやつぁみんな、そう言やぁいいと思ってる。なのに、談話室がどこにあるのか知ってるやつぁ、一人もいねぇ」
「地下室にある。壁を通って入るんだ。髑髏とかそんなものがたくさんあって、湖の下にあるから明かりは全部緑色だ」
ハリーは数年前に変装し、スリザリン寮に侵入していた。その時見た光景を思い出しながら狼狽することなく冷静にはっきりと言えば、一瞬、スカビオールとグレイバックは嘲笑を止めた。
「……ほう、ほう。どうやら本物のスリザリンのガキを捕まえたみてぇだ。よかったじゃねぇか、バーノン。スリザリンには穢れた血があんまりいねえからな。親父は誰だ?」
「魔法省に勤めている。魔法事故惨事部だ」
完全にでまかせだった。
少し調べられたら嘘は全てバレてしまうだろう。どうせ時間稼ぎなのだ、この顔の腫れが引けば全て終わりなのだから。
「そう言えばよう。グレイバック。あそこにダドリーってやつがいると思うぜぇ」
スカビオールの言葉に、ハリーは息が止まりそうだった。バーノンに感謝したくなったのは、おそらくこれが最初で最後に違いない。もしダドリーが別の名前だったならば、全て嘘だとバレていたかもしれないのだ。
運が良ければ、ここから無事逃れられるかもしれない、とハリーの心に僅かな希望が灯る。
グレイバックはスカビオールの事を信用している。彼らは長く共に人攫いやさまざまな悪行に手を染めてきた。スカビオールは粗暴で知的ない計画を立てる事はできない馬鹿な男だが、記憶力は悪いわけではない。
「なんと、なんと」
まさか、本当に魔法省の役人の息子を縛り上げてしまったのだろうか?微かに動揺したが、この男だけを生かせば、最悪な事にはならない。少なくとも一人は血を裏切る者の親戚で間違いないのだ。
「もし本当のことを言っているなら、醜男さんよ、魔法省に連れて行かれても何も恐れることとはないだろ?お前の親父が息子を連れ帰った俺たちに褒美をくれるだろうよ」
「でも──もし、僕たちを放して──」
「──おい!これを見ろよグレイバック!」
ハリーがなんとか縄だけでも外してくれないかと交渉しようとした時、テントの中からグレイバックを呼ぶ大声が聞こえた。その声は歓喜と興奮に満ちており、グレイバックは隠れているやつでもいたのかとニヤリと笑う。
黒い影が急いでグレイバックの元に駆け寄り、杖灯りで照らしながら手に持っているものを突き出した。
それは銀色に輝く、グリフィンドールの剣でありハリーたちに緊張が走る。あれを取られるわけにはいかない。
「すっげぇもんだ」
「いやあ、立派なもんだ。ゴブリン製らしいな、これは。こんなものどこで手に入れたんだ?」
「僕のパパのだ。──薪を切るのに借りてきた」
剣の鍔のすぐ下にはゴドリック・グリフィンドールの名前が刻まれている。ハリーは周りの暗さでその文字はグレイバックには読めないように願った。
「グレイバック、ちょっと待った!これを見てくれ、預言者新聞をよ!」
スカビオールがそう叫んだ時、ハリーの膨れ上がった額の引き伸ばされた傷跡に痛みが走った。ヴォルデモートが強い感情を抱いているのか、数週間ぼんやりとしていた想念が今や鮮明なり、今いる場所が暗い森なのかそれとも聳え立つ不気味な要塞なのかがわからなかった。
グレイバックは幸運にもスカビオールの方を見ていてハリーが苦しみ呻いている事に気づいていない。ハリーは地面に額を擦り付け、必死に意志の力を振り絞りヴォルデモートの思念に対して心を閉じた。
「ハーマイオニー・グレンジャー。ハリー・ポッターと一緒に旅をしていることがわかっている。穢れた血」
スカビオールは預言者新聞が発行している写真付きリストを見ながら、はっきりと告げる。
ソフィアはハーマイオニーの膝の上で彼女が息を呑み、小さく震え出したのを感じた。
グレイバックは写真に写っているハーマイオニーと、目の前でペネロピーと名乗った人物を見比べ──黄色く汚れた歯を剥き出しにして笑った。
「嬢ちゃんよ、驚くじゃないか。この写真は、なんともあんたにそっくりだぜ」
「違うわ!私じゃない!」
ハーマイオニーの怯えた金切り声は、告白しているも同じだった。グレイバックはこの女がハーマイオニー・グレンジャーであると確信し、穢れた血ならばさらに賞金を得ることができると笑い──そして引っ掛かりを覚えスカビオールからリストを奪うと、そこに書かれている文をもう一度読んだ。
「ハリー・ポッターと一緒に旅をしていることがわかっている……」
グレイバックの低い声に、あたりがしんと静まりかえる。
傷痕が激しく痛んだが、ハリーはヴォルデモートの思念に引き摺り込まれないよう必死に争った。自分の心を保つのが今ほど大切だったことはない──もし、今ヴォルデモートが見ている光景を彼らの前で言ってしまえば、怪しまれてしまう。
「すると、話は全て違ってくるな」
グレイバックは囁き、ハリーを見下ろす。
ただの逃げている学生や、穢れた血を捕まえたどころではない。この男があのハリー・ポッターならば、ヴォルデモートから多額の賞金を得ることができる。
「額にあるこれは何だ、バーノン?」
「触るな!」
グレイバックの汚らしい指が歪んだハリーの額の傷を突く。割れそうな激痛と、グレイバックの悪臭にハリーは耐えられず叫ぶがグレイバックは尋問を緩めることはない。
「ポッター、眼鏡をかけていたはずだが?」
「眼鏡があったぞ!」
テントの周辺を歩き回っていた一味の一人が叫び、ハリーの眼鏡を掲げる。
「テントの中に眼鏡があった。グレイバック、ちょっと待ってくれ──」
男は駆け寄り、ハリーの顔に眼鏡を押し付けた。人攫いの一味は今や全員が集まり、ハリーを乗り囲みその顔を覗き込んでいた。
ハリー・ポッターだろうか?面影はある。この顔の腫れがなければ──いや、この額の傷と、ハーマイオニー・グレンジャーといるという事が何よりの証明だ!
「間違いない!俺たちはポッターを捕まえたぞ!」
グレイバックはしゃがれ声で叫ぶ。
一味は自分がした事に呆然として、全員が数歩退いた。
ヴォルデモートの思念と現実の二つの世界が見え、現実に留まろうとしていたハリーは何も言うべき言葉が見当たらなかった。
目を閉じても、目の前に黒い要塞が見え、自分は滑るように登っていく──いや、僕はハリー・ポッターだ、これは現実じゃない──一番上まで行くのだ、一番高い塔だ──違う、僕はハリーだ、一味は低い声で自分の運命を話し合っている──。
「……魔法省へ行くか?」
「魔法省なんてクソ喰らえだ。あいつらは自分の手柄にしちまうぞ。俺たちの分前は何もない。……俺たちであの人に直接渡すんだ」
「あの人を呼び出すのか?ここに?」
グレイバックの提案に、スカビオールが恐れ慄きながら呟く。
ここにヴォルデモートが来る、その予感にこの場にいる全員が凍りついた。
「いや──違う。俺にはそこまで──あの人はマルフォイのところを基地としていると聞いた。こいつをそこまで連れて行くんだ」
ハリーはグレイバックがなぜヴォルデモートを呼び出さないか、わかるような気がした。
人狼は死喰い人が利用したい時にだけそのローブを着ることを許されはするが、闇の印を刻印されるのはヴォルデモートの内輪の者だけで、グレイバックはその最高の名誉までは受けていないのだ。
「こいつが本人だってぇのは本当に確かか?もし違えば、俺たちは死ぬ」
「指揮を執ってるのは誰だ?」
グレイバックは一瞬の弱腰を挽回すべく、声を張り上げ一味を見回し睨む。
「こいつはポッターだと、俺が言ってるんだ!ポッターとその杖、それで即座に二十万ガリオンだ!しかしお前ら、どいつも一緒にくる根性がなけりゃあ賞金は全部俺のもんだ!うまくいけば、小娘のおまけもいただく!」
「──よし!乗った!どっこい他の奴らはどうする?」
「いっそ纏めて連れて行こう。穢れた血が二人、それで十ガリオン追加だ。その剣も俺によこせ。そいつがルビーならそれでまた一儲けだ」
捕虜たちは引っ張られて立ち上がった。
ハーマイオニーの膝からソフィアが落下し、また弱々しい鳴き声が上がる。ここでソフィアだけでも逃すべきか──いや、何もできないと死んでしまうかもしれない。それなら、マルフォイ家にいるだろうナルシッサ・マルフォイが、ソフィアを助けてくれる事に期待するしかない。
ハーマイオニーはその場にしゃがみ込み──つられて小鬼が膝をつき呻いた──後ろで拘束された手を必死に動かし、触れたソフィアの前足を強く掴んだ。
「掴め。しっかり掴んでろよ。俺がポッターをやる!」
興奮し切ったグレイバックや他の男たちは、ハーマイオニーが膝をついていても気にする事はなかった。グレイバックはハリーの髪の毛を荒く掴み、声を張り上げる。
「三つ数えたらだ──一、二、三──」
グレイバックたちは捕虜を引き連れて姿くらましをした。
ハリーは逃れようともがいたが、キツく縛られている縄は緩むことはない。息ができぬほど肺が絞られ、傷痕の痛みはいっそう強くなった。