捕虜たちはどこか郊外の小道に着地し、よろめいてぶつかり合った。
ハーマイオニーは必死にソフィアを抱え直し、落ちないように後ろにいる捕虜との間に挟みながら「どうか死なないで」と何度も何度も心の中で祈る。
ハリーの両眼はまだ腫れていて、周囲に目が慣れるまで時間がかかったが、やがて長い場車道と大きな門が見えて内心でほっと安堵した。ここにヴォルデモートはいない。ヴォルデモートはどこか遠くの見知らぬ要塞のような場所にいるのだ。まだ、最悪の事態は起こっていない、ただ、どれほどの猶予があるのかが問題だった。
「どうやって入るんだ?鍵がかかってる。グレイバック、俺は入れ──おおっと!」
門を強く揺さぶっていた男は、鉄が歪んで象徴的な曲線や渦模様が恐ろしい顔に変わったのを見て驚いて両手を離し勢いよく下がった。少しの沈黙の後、恐ろしい顔の閉じられていた黒い口がぱかりと開き、「目的を述べよ!」と、響く声で話し出す。
「俺たちはポッターを連れてきた!ハリー・ポッターを捕まえた!」
グレイバックは勝ち誇った声で叫ぶ。それを聞き門がパッと開いた。
捕虜はグレイバックにより引かれ、門から中へ、そして場車道を歩かされた。暫くして両側に高い生垣が現れ、白いアルビノの孔雀がハリーたちの頭上を悠々と飛び立つ。
ハリーは腫れぼったい目を閉じ、暫く傷痕の痛みに集中する事にした。ヴォルデモートが何をしているのか、自分たちがもう捕まった事を知っているのかどうかを知りたかったのだ。
塔の頂上にある小さな部屋で幽閉されていたのは、やつれ果てた老人だった。
薄い毛布の下で寝返りを打ち、骸骨のように骨と皮になった顔で目を見開く──目の前にヴォルデモートがいる事に気づいたのだ。
老人はヴォルデモートを見据え、上半身を起こし、笑った。
「やっと来たか。来るだろうと思っていた……そのうちにな。しかし、お前の旅は無意味だった。私がそれを持っていたことはない」
「嘘をつくな!」
ヴォルデモートの怒りがハリーの中でドクドクと脈打ち、まるで自分の怒りのように感じた。傷痕は張り裂けそうなほど痛み、ハリーは心をもぎ取るようにして必死に自分の感情を取り戻した。
生垣が終わり、古いが巨大な屋敷が姿を現す。
扉が開き、中から漏れた灯りで捕虜たち全員が照らされた。
「何事ですか?」
「我々は名前を言ってはいけないあの人にお目にかかりました」
怪訝な顔をして現れたのはナルシッサだった。肩にショールをかけ、手には杖を持ち冷たい目でグレイバックを見据え眉を寄せる。
「お前は誰?」
「あなたは私をご存知でしょう!フェンリール・グレイバックだ!我々はハリー・ポッターを捕らえた!」
グレイバックは憤りながらハリーをぐいっと掴んで半回転させ、正面の明かりに顔を向けさせた。
「この顔が浮腫んでいるのはわかっていますがね、マダム。しかしこいつはハリーだ!ちょいとよく見てくださりゃあ、こいつの傷痕が見えまさぁ。それに、ほれ、娘っ子が見えますかい?穢れた血でハリー・ポッターと一緒に旅をしてるやつでさあ。それに、ポッターの杖も取り上げたんで。ほれ、マダム」
スカビオールが口を挟み、ハーマイオニーの髪を掴んでナルシッサの方へと向けた。
ナルシッサはハリーの腫れ上がった顔を確かめるように眺め、素早く他の捕虜たちを見た。
これが本当にハリー・ポッターなのか?人相が全く違う。けれどもしポッターなら──ソフィアは?
グレイバック穢れた血だと言っているのはハーマイオニー・グレンジャーという娘だろう。しかし、他に女は見当たらない、ソフィアはこの場にいない?ならば、私は──。
ナルシッサの脳内を素早くさまざまな思考が過ぎる。ソフィアがいるのなら、何とかして救い出さなければならない。しかし、ソフィアがいないのなら、騎士団とソフィアに対する裏切りにはなっても──セブルスに対する裏切りにはならない。あの男は、ソフィアとルイスさえ生きていれば良いはずだ。
「──その者たちを中に入れなさい」
スカビオールに押し付けられたリンボクの杖を受け取りながら、ナルシッサは顎を上げ、身長の高い彼らに見下した視線を送る。
グレイバックは地面に唾を吐いたが悪態をつくことはなく、捕虜たちを引っ張り蹴り上げながら玄関ホールに入った。
「従いてきなさい。息子のドラコがイースター休暇で家にいます。これがハリー・ポッターなら、息子にはわかるでしょう」
ハリーとロンとハーマイオニーは──心の底から嫌だったが──ドラコ・マルフォイに賭けるしかなかった。
彼は今までの愚行を悔い、騎士団側に着いたはずだ。ならば、ハリーだと気づいても黙っておくに違いない──そう、信じるしかない。
広々とした客間は明るく照らされ、美しいクリスタルのシャンデリアが一基天井から下がっていた。深紫色の壁には肖像画が何枚も掛かり、グレイバックたちが捕虜を部屋に押し込むと、見事な装飾の大理石の暖炉の前に置かれた椅子から二つの姿が立ち上がった。
「何事だ?」
「この者たちは、ハリー・ポッターを捕まえたと言っています。ドラコ、こちらに来なさい」
大勢の訪問者に怪訝な顔をするルシウスの隣にいたドラコはさっと顔色を無くし、ナルシッサと同じように先頭にいるハリー──らしき男──ではなく、捕虜たちを見る。
グレイバックはハリーの肩を掴み無理矢理押し付け跪かせる。肘掛け椅子から立ち上がったドラコはじっとハリーを見つめ、ハリーもドラコの顔を見上げた。
「さあ、坊ちゃん?」
グレイバックが期待と興奮が籠る声で囁く。ルシウスも「ドラコ、どうだ?」と声を上擦らせながら聞いた。
「そうなのか?ハリー・ポッターか?」
「……」
「どうだ?」
「……わからない、こんな顔じゃ、自信を持てない。……背は、ポッターより──低い気がする」
その一言にグレイバックとルシウスが唸り、ナルシッサは落ち着きなく何かを訴えるようにドラコを睨んだ。ソフィアがいない今、──何故いないのかわからないが──本当にポッターならば、裏切ればいい、そうすれば自分たちの立場はよくなる。まさか、ジャックとの破れぬ誓いの関係で──?
「お前、立つんだ!──さあ、よく見るんだ!もっと近くに寄って!──ドラコ、もし我々が闇の帝王にポッターを差し出したとなれば何もかも許され──」
「いいや、マルフォイ様。こいつを実際に捕まえたのが誰かを、お忘れではないでしょうな?」
「勿論だ。勿論だとも!」
ルシウスは興奮を滲ませながら、怒れるグレイバックを必死に宥めた。
明確な答えを出さないドラコにもどかしく思ったルシウスは自分自身でハリーに近づきその顔を眺める。
「いったいこいつに何をしたのだ?」
「我々がやったのではない」
「むしろ、蜂刺しの呪いに見えるが──ここに何かある。傷痕かもしれない。ずいぶん引き伸ばされている……ドラコ、ここに来てよく見るのだ!どう思うか?」
「わからない……」
興奮し我を忘れているルシウスとは違い、ドラコはあくまでハリーたちを救うために視線を逸らした。
この中にソフィアはいないのか?ポリジュース薬で変身しているのか?もしかして、どこかで別れてしまったのか、それとも──。
捕虜を見ていたドラコは、嫌な予感を振り払いながら血だらけになっているロンと、蒼白な顔をしているハーマイオニーを見る。その後ろにいるのは、たしかグリフィンドール生の男だ──。
「あれは──?」
ドラコは、捕虜の間に挟まっている塊を見て呟いた。
ルシウスは何かハリー・ポッターに関するものを見つけたのかと、ドラコの視線の先を追い捕虜の間にある黒いものを掴む。
「なんだ──狐か?」
ルシウスが片手で掴み上げたのは、ぐったりとして動かない
「止めて!乱暴にしないで!お願い、ひどい怪我をしているの!」
ハーマイオニーは後ろに隠していたソフィアを奪われ、涙声で叫ぶ。
ルシウスもこんなに汚れ、血が滲み汚いものを持ち続ける気はなく──軽く杖を振り浮遊させながらドラコに近づける。
「ドラコ、ポッターのペットか?」
「ペット……?」
だらんと頭を垂れているフェネックは、ピクリと耳を動かし閉じていた目を開けた。
その目は鮮やかな緑色であり、それを見た途端、ドラコは一瞬呼吸を止めた。
「ち──がう。ポッターのペットは、たしか、白フクロウだ」
「その子は私の子よ!お願い、乱暴にしないで!死んじゃう!」
ハーマイオニーは他の捕虜と縛られていることを忘れ、前のめりに倒れ込みながら必死に訴える。
ルシウスはハリー・ポッターに繋がるものでないのなら興味はなく、すぐにハーマイオニーの足元に物のように投げ飛ばした。
腕を縛られてソフィアを拾い上げることもできないハーマイオニーは、ソフィアの体に頭を寄せ嗚咽を漏らした。
「っ……ひどいっ……」
「そんな獣はどうでもいい!こいつはポッターじゃないのか?!」
痺れを切らしたグレイバックが唾を撒き散らしながら怒鳴り、ルシウスもまた死にかけているフェネックに興味はなくすぐにハリーへと向き合う。
ドラコは小さく震えるフェネックをじっと見下ろし、離れたところでこちらを見ているナルシッサに視線を向けた。
「ソフィアだ」と、ドラコの口が声を出さず動く。ドラコはソフィアのアニメーガスとなった姿を見た事はないが、彼女がアニメーガスを取得したという事はルイスを通して知っていた。ナルシッサは目を見開き──苦渋に満ちた顔で唇を噛んだ。
──これが、ソフィア?何故?ソフィアは、アニメーガスになれる?……わからない、でも、ドラコがそういうのならば、ドラコはこの男がポッターだとしてもきっと認めないわ。
ナルシッサは深く息を吐き、低い声で呟いた。
「……確実な方がいいわ、ルシウス。闇の帝王を呼び出す前に、これがポッターであることを完全に確かめたほうがいいわ……。この者たちはこの杖がこの男の物だと言うけど、でも、これはオリバンダーの話とは違います。もし私たちが間違いを犯せば──もしも帝王をお呼びしても無駄足だったら……ロウルとドロホフがどうなったか覚えていらっしゃるでしょう?この男の顔の腫れが引くまで、地下牢に入れておくべきだわ」
ナルシッサの言葉にルシウスは目に怯えを見せた。既に失敗し、ヴォルデモートの怒りに触れている自分たちがさらに失敗を重ねれば重い罰だけでは過ぎない。確実に殺されるだろう。
自分の死体が転がっている様を想像し、ルシウスたちが沈黙した時、ハリーたちの背後で客間の扉が開いた。