「どういうことだ?シシー、何が起こったのだ?」
現れたのは女性だった。長く波打つ黒髪の魔女は客間から漏れ出た言い争う声を聞き、足早に捕虜に近づく。
魔女──ベラトリックス・レストレンジは捕虜の周りをゆっくりと回り、ナルシッサの隣に並びじろじろとハリーを見た。
「グレイバックは、この男がポッターだと言うの」
「ポッター?確かなのか?それではすぐに闇の帝王にお知らせしなければ!」
「確証は無いわ。杖は別物。人相は──違いすぎて、ドラコにもわからないの。もし闇の帝王を呼び出して無駄足だったら……」
ベラトリックスは左の袖を捲りかけていたが、緊張が孕むナルシッサの言葉を聞き、舌打ちをすると腕を下ろす。
「これがポッターだという証拠は他にないのか?」
「この穢れた血はどうだ?ポッターと旅をしているハーマイオニー・グレンジャーだ!」
グレイバックはハーマイオニーを立たせ、ベラトリックスの前に突き出した。怯えるハーマイオニーをじろじろと見たベラトリックスは、狂気が孕む笑顔を見せ「そうだ!」と叫ぶ。
「間違いない!この顔はリストにデカデカと載っていた──間違いない!」
捕虜の一人はハーマイオニー・グレンジャーであると確信したベラトリックスは、他にも闇の帝王を呼び出す確実な証拠はないかと捕虜たちを観察する。
その奥で、人攫いの男が抱えている銀色の剣を見つめる。あの剣はなんだ?どこかで──。
ルシウスはこの女が間違いなくハーマイオニー・グレンジャーならば、この男はハリー・ポッターであると考え有頂天になって自分のローブの袖を捲り上げた。
「──待て!触れるな。今闇の帝王がいらっしゃれば、我々は全員死ぬ!」
ベラトリックスの甲高い叫び声に、ルシウスは闇の印の上に人差し指を浮かせたまま硬直した。ベラトリックスはハリーとハーマイオニーの隣を通り過ぎ、後方にいた男へ近づく。
「これは、なんだ?」
「剣だ」
「私によこすのだ」
「あんたのじゃねぇよ、奥さん。俺のだ。俺が見つけたんだぜ?」
渡してたまるかと男は強く剣を抱き一歩下がる。しかし、赤い閃光が走り男の胸を貫き、二歩目を下がる事はできなかった。
ベラトリックスにより失神呪文で気絶させられた仲間を見た男たちは喚き怒り、杖を抜いたが──一対四であっても、人攫い如きが叶う相手ではなかった。
ベラトリックスは簡単に三人を失神させ、グレイバックだけは両腕を差し出した格好で無理矢理跪かせた。屈辱的な状況にグレイバックは唸り、必死に体を動かそうとするがその首は勝手に垂れ下がり、それ以上上がることはない。
床に落ちたグリフィンドールの剣を、ベラトリックスは蒼白な顔で拾い上げ震える手で柄を撫でる。そこに刻印されたゴドリック・グリフィンドールの名を見て──脳の奥がジリジリと痺れるほどの不安と恐怖を感じた。
「この剣をどこで手に入れた?」
「よくもこんなことを!」
剣を易々ともぎ取りながらベラトリックスが聞いたが、グレイバックは唸り声を上げるだけだ。
くい、とベラトリックスが杖を上げればグレイバックはベラトリックスを見上げる姿勢を取らされる。口しか動くことを許されていないが──グレイバックは牙を剥き出しにして威嚇し、その目に憤怒を滲ませる。
「術を解け、
「どこでこの剣を見つけた?これは、スネイプがグリンゴッツの私の金庫に送った物だ!」
「アイツらのテントにあったものだ、解けと言ったら解け!」
ベラトリックスが杖を振り、グレイバックは跳ね上がるように立ち上がった。杖を奪われたグレイバックはベラトリックスには近づかず、油断なく肘掛け椅子の後ろに周り汚らしい捻れた爪で椅子の背を掴んだ。
「ドラコ、このクズ共を外に出すんだ。そいつらを殺ってしまう度胸がないなら、私が片付けるから中庭に打ち捨てておきな」
「ドラコに対して、そんな口の聞き方を──」
「お黙り!」
ナルシッサは激怒したが、ベラトリックスの恐怖が滲む甲高い声に押さえ込まれた。──ナルシッサは、こんなにも姉が狼狽しているのを初めて見た。
「シシー、お前なんかが想像する以上に事は重大だ!深刻な問題が起きてしまったのだ!──もし、本当にポッターなら、傷つけてはいけない」
ベラトリックスの変貌に、捕虜たちは沈黙し、身を寄せながら何が起きているのかと視線を交わした。
「闇の帝王は、ご自身でポッターを始末することをお望みなのだ……しかし、このことをあの方がお知りになったら……私はどうしても……確かめなければ……」
ベラトリックスは暗い瞳でぶつぶつと呟く。柄を握る自分の手のひらがじんわりと嫌な汗をかいているのを感じた。
──もし、これが私の金庫にあった物ならば、他の物も奪われているかもしれない。あの方から預かった、あれはただのカップに見えただろうか?グリフィンドールの剣を失ったとしても、私は全く困らない。しかし──いや、まさか──。
「私がどうするが考える間捕虜たちを地下牢にぶち込んでおくんだ!」
「ベラ、ここは私の家です。そんな風に命令する事は──」
「言われた通りにするんだ!どんなに危険な状態なのか、お前にはわかっていない!」
ベラトリックスはヒステリックに叫び、恐ろしい狂気の形相で杖を振り下ろす。一筋の炎が噴き出し、毛並みのいい絨毯に焼け焦げた穴を開けた。
ナルシッサは一瞬戸惑ったが、やがてグレイバックに「捕虜を地下牢に連れていきなさい」と命令した。
「待て。……女の穢れた血を残していけ」
「やめろ!代わりに僕を残せ。僕を!」
ハーマイオニーは狂気が滲む目で見下ろされ、喉の奥で悲鳴をあげた。ロンはハーマイオニーを拷問させるわけにはいかないと叫んだが、ベラトリックスは一瞥くれることもなくロンに向かって杖を振り、肉を打つ高い音が響いた──ロンの顔は透明な何かで殴られたかのように赤く腫れた。
「この子が尋問中に死んだら、次はお前にしてやろう。血を裏切る者は、穢れた血の次に気に入らないね。グレイバック、捕虜を地下へ連れていって逃げられないようにするんだ。ただし、それ以上は何もするな──今のところは」
ベラトリックスはグレイバックに杖を投げ返し、ローブの下から銀の小刀を取り出した。ハーマイオニーは他の捕虜から切り離され、髪を掴まれ部屋の中央へ引き摺り出されていく。
グレイバックが前に突き出した杖により、ハリーたちは抵抗し難い見えない力で無理矢理歩かされ、暗い通路を進んだ。ソフィアもまた、半分宙に浮き脚を引き摺りながらその後ろに従き、捕虜たちが押し込まれたのはじめじめとした暗い地下牢だった。