捕虜を押し込んだグレイバックは遠くから聞こえてくるハーマイオニーの悲鳴にくつくつと笑いながら階段を上がる。
「ハーマイオニー!」
ロンが大声を張り上げ縛られている縄を解こうと身悶えし、同じ縄で繋がっているハリーはよろめき、地面に横たわるソフィアの側に膝をついた。
「ソフィア──ソフィア、起きて……死んじゃだめだ」
「きゅ……」
「ハーマイオニー!」
気絶していたソフィアはハリーの呼びかけに目をうっすらと開く。意識を覚醒させたものの、身体中が酷く痛みすぐに呻く。ソフィアは目だけを動かし周りの状況を把握しつつ──ハーマイオニーの恐ろしい長い悲鳴と、ロンの必死な声を聞き力を振り絞り体を起こし、元の人の姿に戻った。
「ソ──」
ハリーは口の端からだらだらと血を流し、ソフィアの目が虚になっているのを見て息を呑む。ソフィアは何度も怪我をしたことがある、この目と、この水音混じりの呼吸は、過去に背中に怪我を負った時と同じだった。
「じょう、きょうは……」
ソフィアは腹を押さえ、浅く呼吸をし喘ぎ喘ぎハリーに聞いた。何度か気絶していたソフィアは全ての記憶が繋がっている訳ではなかったのだ。喉の奥から血が込み上げる。呼吸をするたびに、体の内側が酷く痛む──。
「ハーマイオニーが捕まった、今、上で──」
「ハリー?ロン?ソフィア?あんた達なの?」
暗闇から囁く声が聞こえ、ハリーは声のした方を勢いよく振り向き、ロンはハーマイオニーの名を叫ぶのをやめた。
細い声で──どこか眠そうな声で──自分の名を呼ぶのは、薄汚れた格好をしたルーナだった。
「ルーナ?」
「そうよ、あたし!ソフィア、やっぱり死んだっていうのは嘘だったんだね!──ああ、あんた達には捕まって欲しくなかったのに!」
ルーナはアズカバンではなく、ここに幽閉されていたのか。生きていた事にほっと安堵はしたが、それでもこの状況は最悪と言って過言ではない。
「ソフィア、ロープを解ける?」
ハリーの言葉にソフィアは頷き、ポケットから杖を出すと無言で振った。パッとハリーの縄が切れて解け、すぐにソフィアはロンたち他の捕虜の縄も切断する。
「ハーマイオニー!!」
再び聞こえたハーマイオニーの悲鳴に、ロンは鉄格子がついた小さな窓に縋り、強く揺さぶる。ハーマイオニーの悲鳴は、肉体的な痛みとなってソフィア達を襲った。ハリーは傷痕の痛みを忘れ、無我夢中に扉を叩き、ソフィアはぐっと奥歯を噛み締め立ち上がる。
──痛みなんて、今は気にしてられない。ハーマイオニーを、ハーマイオニーを助けないと。
ソフィアは杖を振るい牢屋の外に姿現しをしようとしたがソフィアはその場で緩く回るだけで一歩も動くことができなかった。
呆然として自分の杖を見下ろし──強く歯を食いしばり憎々しげに呟く。
「姿現し、できないわ。阻害魔法が──」
「くそっ!何か──何とかしないと──」
ハリーはソフィアの言葉を聞き絶望を滲ませながら必死に駆け回り、牢屋の壁という壁を手探りで探したが心の奥では無駄な事だとわかっていた。ルーナや奥にいる他の捕虜が今までここに居るのだ、逃げられるのなら、逃げ出しているはずだ。
「──他には何を盗んだ?答えろ!
「ああああああっ!!」
「ハーマイオニー!!」
嗄れたハーマイオニーの悲鳴が長く響き渡る。
ロンは壁を拳で叩きながら泣き叫び、ソフィアは阻害魔法を解除しようと思いつく限りの魔法を唱え、ハリーは居ても立っても居られず、首にかけたハグリッドの巾着を掴み中を掻き回した。
ダンブルドアのスニッチを引っ張り出し何を期待しているのかも分からずに振ったが何も起こらない。二つに折れた不死鳥の尾羽の杖も振ってみたが、やはり何も起こらない。
シリウスの両面鏡がガチャリと鞄から滑り落ちた──あれから何度名前を呼んでも、シリウスは顔を見せなかった。当然だ、あの晩に持っていくことができなかったと言っていた──。
それでも、誰かと繋がっていることを期待し──敵ではなく、自分たちの味方がこの鏡のそばにいることを期待し、ハリーは叫んだ。
「シリウス、助けて!──誰でもいいから!助けて!僕たちはマルフォイの館の地下牢にいます、助けて!」
ハリーの願望だったのか、その瞬間何かが鏡に映った気がした。人影だったのか、誰かの顔だったのか。ハリーはわからなかったが縋るように何度も角度を変えて鏡を傾ける。しかし、目の錯覚だったのか映るのは牢獄の壁や天井ばかりだった。
ハリー達が必死に争っているうちにもハーマイオニーの叫び声はますます酷くなっていく。
「どうやって私の金庫に入った?」
「ああああっ!!」
「地下牢に入っている薄汚い小鬼が手助けしたのか?」
「小鬼には、今夜会ったばかりだわ!あ、あなたの金庫になんか入った事はないわ、それは本物の剣じゃない……ただの模造品よ、模造品なの!」
ハーマイオニーは息も絶え絶えに啜り泣き、必死に叫ぶ。
「偽物?ああ、うまい言い訳だ!」
「いや、簡単にわかるぞ!小鬼なら剣が本物かどうかあいつなら分かる!」
ベラトリックスは模造品だと聞き一瞬安堵したが、すぐに奥歯を噛み締め部屋中を見渡し叫んだ。
「ドラコ!ドラコ、どこだ!」
しかし、客間の中にはいつの間にかドラコとナルシッサの姿はなかった。きっと拷問を見ることに耐えられなかったのだろう。ナルシッサは、穢れた血が部屋中に飛び散るのを見たくなかったのかもしれない。
時間がない、ルシウスに行かせるか──そう思った時、蒼白な顔をしたドラコが扉を押し開け顔を覗かせた。
「ドラコ!今すぐに地下牢に行き、小鬼を連れてこい!」
「わ──わかった」
ベラトリックスのただならぬ剣幕にドラコは顔をこわばらせ頷くと、すぐに地下牢へと向かう。
ハリーはグリップフックが蹲っているところに飛んでいき、その尖った耳に向かって囁いた。
「グリップフック。あの剣が偽物だって言ってくれ。やつらに、あれが本物だと知られてはならないんだ。グリップフック、お願いだ──」
地下牢を降りてくる足音が聞こえ、次の瞬間、ドラコの震える声がした。
「みんな下がれ。一言も話すな。……後ろの壁に並んで立つんだ。おかしな真似はするな」
ハリーとソフィアは顔を見合わせ、小さく頷いた。ドラコは味方だが──敵の本拠地でそれを言うことはできない。流石にそれはルーナにも、知られてはならない。
皆命令に従った。ソフィアは杖を振り灯りを消し、再びフェネックの姿になり横たわる。
扉がパッと開き、杖を構えたドラコが青白い決然とした顔で入る。
すぐに足元で倒れているフェネックを見つけると片腕で抱き──その扱い方はとても優しかった──ハリーに目配せをし、小さく頷く。ハリーもまた、声に出さずに頷いた。彼がソフィアを救い、ここから逃がしてくれるつもりなのだとわかったのだ。
もう片方の手でドラコは小さなグリップフックを掴み、小鬼を引き摺りながら後ずさりした。
扉が閉まると同時に、バチンという大きな音が地下牢に響く。ロンはポケットから灯消しライターを取り出しカチッと鳴らし、光の玉を出現させる。ハリーは光の玉に照らされた地下牢の中に現れた者を見て、──腫れた目をできる限り──大きく見開いた。