ハリーとソフィアが玄関ホールに入った時、皆は居間にいた。話をしているビルに、皆は注目している。ソフィアはすぐに向かおうとしたが、ハリーが入り口に立ったまま動かないのを見て首を傾げる。
「どうしたの?」
「泥が……」
ドビーの墓を掘ったハリーの服には泥が沢山ついていた。柔らかい色調の居間や、綺麗な絨毯に泥を落とすのが嫌なのだろうとソフィアはわかり、軽く杖を振るってハリーの服についている泥を一掃した。
「ジニーが休暇中で幸いだった。ホグワーツにいたら、我々が連絡する前にジニーは捕まっていただろう。──ジニーも今は安全だよ」
ビルは説明をしていたが、ハリーとソフィアが戻ってきて心配そうな表情をしている事に気付きすぐに一言付け加えた。
「僕は、みんなを隠れ穴から連れ出しているんだ。ミュリエルのところに移した。死喰い人はもう、ロンが君と一緒だという事を知っているから、必ずその家族を狙う──謝らないでくれよ」
ハリーの表情を読んだビルがすぐに首を振る。
「どのみち、時間の問題だったんだ。父さんが何ヶ月も前からそう言っていた。僕たち家族は、最大の血を裏切る者だから」
「どうやってみんなを守っているの?」
「忠誠の呪文だ。父さんが秘密の守人。この家にも同じ事をした。僕が秘密の守人なんだ。誰も仕事に行く事はできないけれど、今はそんなこと小さな事だ。
オリバンダーとグリップフックがある程度回復したら、二人ともミュリエルのところに移そう。ここじゃあまり、場所がないけれど、ミュリエルのところは十分だ。グリップフックの脚は治りつつある。フラーが骨生え薬を飲ませたから。多分、二人を移動させられるのは一時間後くらいで──」
「だめ!」
ハリーは鋭く叫び、居間にいるビルの元へと駆け寄る。ハリーが拒絶するとは思わず、ビルは驚いた目でハリーを見つめた。
「あの二人はここにいて欲しい。話をする必要があるんだ。大切なことで」
ハリーは自分の声に力があり、確信に満ちた目的意識がこもっているのを感じる。それはドビーの墓を掘っている時と同じであり、意識した目的だった。
「──その前に、顔を洗ってくる」
確信付いてはいたが、自分の考えをまとめるためハリーは小さなキッチンまで歩いて行き、海を見下ろす窓の下にある流しの前に立った。暗い庭で浮かんだ考えの糸を辿りながら手を洗い、顔に水をかける。小さな傷があるのか、ちくりと頬が痛んだ。
水平線から明け初める空が桜貝色と淡い金色に染まっていく──。
ドビーは、もう誰に言われて地下牢に来たのか話してくれることはない。その機会は一本の小刀により未来永劫失われてしまった。
──ホグワーツでは、助けを求める者には必ずそれが与えられる。
ハリーはその言葉を思い出し、夜明けの海を眺めながら自分が核心に迫っているのだと感じていた。
額の傷跡は未だ疼いている。きっと、ヴォルデモートも同じように核心に迫っているのだろう。その核心を、頭ではわかっていたが、心で納得していたわけではなかった。本能と頭脳が別々にハリーを促し急かす。
頭の中のダンブルドアが、祈りの時のように組み合わせた指の上からハリーを観察し、いつもの瞳で見つめ、微笑んでいた。
──あなたはワームテールを理解していた。僅かに、どこかに後悔の念があると……。ロンの灯消しライターも、ハーマイオニーのビードルの物語の本も、ソフィアとスネイプの気持ちも、マルフォイの罪も全て……。
もし、あなたが彼らを理解していたとすれば、ダンブルドア、僕のことは何を理解していたのですか?
僕は知るべきだった。でも、求めるべきではなかったのですね?僕にとって、それがどれだけ辛いことか、あなたにはわかっていたのですね?
だから、あなたは何もかもをこれ程まで難しくしたんですね?自分で悟るために、自分で道を見つけ出すために……そうなさったのですね?
ハリーは水平線に登り始めた眩い太陽の金色に輝く縁をぼんやりと見つめながらじっと佇んでいた。いつの間にか手が清潔なタオルを握っていたことに驚きながら、ハリーはタオルで顔と手を拭いた後流しに置き、居間に戻った。
その時、ほんの一瞬、ヴォルデモートの怒りで傷跡が疼き、水面に映るトンボの影のようにハリーがよく知っているあの建物の輪郭が心をよぎった。
居間では、ビルとフラーが硬い表情でハリーを待ち受けていた。
「グリップフックとオリバンダーに話がしたいんだけど」
「いけませーん。ハリー、もう少し待たないとだめでーす。二人とも病気で、疲れていて──」
「すみません。でも、待てない。今すぐ話す必要があるんです。秘密に──二人別々に。急を要することです」
戸惑うフラーの言葉を遮り、ハリーは冷静に伝えた。
「僕が最後に課せられた。ダンブルドアとの約束に関わります。すみません、詳しく説明はできないんです」
ビルとフラーも騎士団の一員だ。ハリーがヴォルデモートを倒すために何かを求め、旅に出ているのは知っている。それでもその末にハーマイオニーは拷問され、ソフィアは重症を負い、ハウスエルフは死んでいた。一体何故そこまで秘匿とするのか──。
フラーは苛立ち不服そうな声を上げたが、他の騎士団員がハリーを自由にさせていると知っている。陰で彼の行動を探っていないわけではないが、それでも彼は──彼たちはまだ一人前とは言えない中、厳しい旅に出ているのだ。
ビルは視線で不満を訴えるフラーの方を見ることは無く、ハリーをじっと見つめた。深い傷跡に覆われたビルの顔から表情を読むことは難しかったが、ハリーは視線を逸らすことなくその目を──ロンと同じ色の目を見つめる。
「──わかった。どちらと先に話したい?」
しばらく黙った後、ビルはようやく伝えた。ハリーは自分の決定の先に何が待っているのかを知っていて──時間は少ない──僅かに迷った。
今こそ決断すべきなのだ、分霊箱か?秘宝か?
「グリップフック──グリップフックと話します」
その決断を出した時。今しがた巨大な障害物を乗り越えたかのようにハリーの心臓は早鐘を打っていた。
「それじゃ、こっちだ」
ビルは階段の方を顎で指し、その先に続く部屋へとハリーを案内した。階段をニ、三段上がったところでハリーは立ち止まって振り返る。
「君たちにも来て欲しいんだ!」
居間の入り口で半分隠れながら様子を伺っていたソフィアとロンとハーマイオニーに向かってハリーが呼びかけた。
三人はほっとしたように表情を緩め、すぐにハリーの元へ駆け寄った。
「ソフィア、傷は大丈夫?」
「ええ、薬が効いてきたわ」
ソフィアはフラーから借りたカーディガン越しに疼く脇腹を押さえながら笑う。まだ本調子では無さそうだが、それでもしっかりとした視線の強さにハリーは心から安堵した。
「ハーマイオニー、具合はどう?きみってすごいよ。あの女がさんざんきみを痛めつけている時にあんな話を思いつくなんて──」
ハーマイオニーは弱々しく微笑み、ロンは片腕でハーマイオニーをぎゅっと抱き寄せた。
「ハリー、今度は何をするんだ?」
「今にわかるよ」
ハリー、ロン、ハーマイオニー、ソフィアはビルについて急な階段を上がり、小さな踊り場に出る。そこは三つの扉へと続いていた。
「ここで」
ビルが自分たちの寝室の扉を開いた。
海が見えるその部屋は、机の上には花瓶があり鮮やかな美しい花が生けられていた。キラキラと輝いて見えるのは太陽の金色の光を浴びているからだけではなく、おそらくフラーが彼女らしい魔法をかけているのだろう。
ハリーは窓に近寄り、その先の壮大な風景に背を向けて傷跡の疼きを意識しながら腕組みをして待った。ハーマイオニーとソフィアは二人掛けの小さな青いソファに座り、ロンはその肘掛けに腰を下ろした。──流石に、ビルとフラーのベッドに断りなく座る無遠慮さをソフィアたちは持っていなかった。