数分後、ビルが小鬼を抱えて再び現れ、そっとベッドに下ろした。
グリップフックは呻き声でビルに礼を言い、ビルは小さく首を振り労るように小鬼の肩を撫でてドアを閉め立ち去った。
「ベッドから動かしてすまなかったね、脚の具合はどう?」
「痛い。でも、治りつつある」
グリップフックはハリーの問いに小さな声で答え、ちらりとハリーを見る。グリフィンドールの剣を抱えたままの小鬼は半ば反抗的で、半ば好奇心に駆られた不思議な表情をしていた。
ハリーは小鬼の土気色の肌や、長くて細い指、黒い瞳に目を留めた。フラーが靴を脱がせていたため小鬼の大きな足が汚れているのが見える。──ハウスエルフより体は大きかったが、それほどの差はない。
ふと、ハリーは今目の前にいる小鬼とは初対面ではないのだと思い出した。
「……きみは多分、覚えてないだろうけど──」
「あなたがグリンゴッツを初めて訪れた時に、金庫にご案内した小鬼が私だということですか?──覚えていますよ、ハリー・ポッター。小鬼の間でも、あなたは有名です」
ハリーとグリップフックは見つめ合い互いの腹の中を探っていた。ハリーは早く話し合いを終えてしまいたかったが、同時に誤った動きをしてしまう事を恐れていた。自分の要求をどう伝えるのが最善かと決めかねていると、グリップフックが先に口を開いた。
「あなたは妖精を埋葬した。隣の寝室の窓から、あなたを見ていました」
意外にも、恨みがましい口調だったがハリーは深く気にせずに「そうだよ」と頷く。
「あなたは変わった魔法使いです、ハリー・ポッター」
「どこが?」
「墓を掘りました」
「それで?」
グリップフックは吊り上がった暗い目でハリーを見つめるだけで、言葉の真意を伝えることはなかった。ハリーはマグルのような行動をとった事を軽蔑されているのかと感じたが、グリップフックがドビーの墓を受け入れようが受け入れまいが、ハリーにとってはあまり重要な事ではない。要件を話し出すために、ハリーは覚悟を決め唇を舐めて濡らした。
「グリップフック。僕、あなたに聞きたいことが──」
「あなたは、小鬼も救った」
「えっ?」
「あなたは私をここに連れてきた。私を救った」
「でも、別に困らないだろう?」
「ええ、別に、ハリー・ポッター。……でも、とっても変な魔法使いです」
グリップフックは人差し指を髭に絡ませて、細く黒い顎髭を捻りながらハリーを見つめる。ハリーは出鼻をくじかれた思いがして少し苛立ちながら、改めて切り出した。
「そうかな。──ところでグリップフック、助けが必要なんだ。きみにはそれができる。僕は、グリンゴッツの金庫破りをする必要があるんだ」
ハリーの言葉に驚いたのは小鬼だけではなく、ソフィアたちもだった。何故今になってグリンゴッツへと向かう必要があるのかとソフィア達は困惑し、顔を見合わせる。
「グリンゴッツの金庫破り?──不可能です」
グリップフックはベッドの上で体の位置を変えながら低く呟く。
グリンゴッツはホグワーツの次に安全な場所であることは誰もが知っていた──しかし。
「そんな事ないよ。前例がある」
「うん。きみに初めて会った日だよグリップフック。七年前の僕の誕生日」
ハリー達はもちろんその事を覚えていた。グリンゴッツに保管されていた──と敵は信じていた──賢者の石を盗むためにグリンゴッツは初めて侵入を許したのだ。
ロンとハリーの言葉に、小鬼はありありと不快だという表情を見せる。グリンゴッツを去ったとはいえ、銀行の防御が破られるという考えは腹に据えかねるのだろう。
「問題の金庫は、そのとき空でした。最低限の防御かしかありませんでした」
「うん、僕たちが入りたい金庫は空じゃない。相当強力に守られていると思うよ。──レストレンジ家の金庫なんだ」
驚愕し唖然と口を開くソフィアとハーマイオニーとロンを無視し、ハリーは真っ直ぐにグリップフックを見て言葉を続ける。今、彼らに説明するよりもグリップフックの答えの方が大切だった。
「可能性はありません。まったく、ありません。『おのれのものに非る宝、わが床下に求める者よ──」
「──盗人に気をつけよ』うん、わかってる。覚えてるよ。でも、僕は宝を自分の物にしようとしているんじゃない。自分の利益のために、何かを盗ろうとしているわけじゃないんだ。信じてくれるかな?」
グリップフックは横目でハリーを見た。そのとき、ハリーの額の傷跡が疼いたがハリーは痛みを無視し、引き込もうとする思いをも拒絶した。
数秒、沈黙が流れたがようやくグリップフックが口を開いた。
「個人的な利益を求めない人だと、私が認める魔法使いがいるのならば──それは、ハリー・ポッター、あなたです。小鬼やハウスエルフは、今夜あなたが示してくれたような保護や尊厳には慣れていません。杖を持つ者がそんな事をするなんて」
「杖を持つ者」と、ハリーが繰り返す。グリップフックは僅かに目を伏せ、自分の細い指先を見ながら「杖を持つ権利は、小鬼と魔法使いの間で、長い間討論されてきました」と静かに呟いた。
「でも、小鬼は杖無しで魔法が使えるじゃないか」
ロンはつい、思った事をそのまま口に出した。杖無しで魔法が使えるのならばその方が良い。杖を奪われ魔法が使えず無力になることに怯えなくても済むのだから。とロンは考えていたがその安易な考えは小鬼の逆鱗でもあり、すぐにグリップフックは険しい表情でロンを睨んだ。
「それは関係のないことです!魔法使いは、杖の術の秘密を他の魔法生物と共有することを拒みました。我々の力が拡大する可能性を否定したかったのです!」
「だって、小鬼も自分たちの魔法を共有しないじゃないか。剣や甲冑をきみ達がどんなふうにして作るかを、僕たちには教えてくれないぜ。金属加工については、小鬼は魔法使いが知らないやり方を──」
「そんなことはどうだっていいんだ。魔法使いと小鬼の対立じゃないし、その他の魔法生物との対立でもないんだ」
ロンの言葉でグリップフックの顔に血が上ってきたことに気づきハリーはすぐ彼を収めようとロンの言葉を遮り話題を修正しようとしたが、グリップフックはくつくつと意地悪な笑い声を上げハリーを見上げた。
「ところがそうなのですよ。まったくその対立なのです!闇の帝王がいよいよ力を得るにつれてあなたたち魔法使いはますます我々の上位に立っている!グリンゴッツは魔法使いの支配下に置かれ、ハウスエルフは惨殺されている!それなのに、杖を持つ者の中で誰が抗議していますか?」
「私たちがしているわ!」
ハーマイオニーは背筋を正し、目に確かな意志を込めてグリップフックを見た。
「私たちが抗議しているわ!それに、グリップフック、私は小鬼やハウスエルフと同じくらい厳しく狩り立てられているのよ!私は穢れた血なの!」
「そんな──」
「自分の事をそんなふうに──」
ソフィアとロンはつい自分で穢れた血だと宣言するハーマイオニーに驚き反論しようとしたが、彼女は強い瞳で二人を見て「どうしていけないの?」と問い詰める。
「穢れた血、それが誇りよ!」
胸を張り、ハーマイオニーは虚勢でもなく言い放った。
ロンはそれでも浮かない顔をしていたが、ソフィアはその言葉に込められた意味を、彼女が何を伝えたかったのかを理解した。
魔法族にとって、穢れた血は差別用語であり魔法界のタブーだ。純血であるというたった一つのプライドによって自己を保っている純血主義の思想により劣るも者を見下すため生み出された蔑称だ。
だが、それでもハーマイオニーはその言葉の本意を理解した上で一蹴する事ができるのだ。
劣っている?生まれが穢れている?──それがどうした。あなた達の蔑みも、下らぬ思想も、私の心を挫けさせ歩みを止める理由にはならない。魔法族の穢れた血だからこそ、できる事や見える事があるのだ。
マグル生まれである事を隠すことはない、隠すべきではない。それを、私は誇っていいのだ。──誇るべきだ!
「新しい秩序のもとでは穢れた血である私の地位は、あなたと違いはないわ!マルフォイの館で、あの人たちが拷問にかけるために選んだのは私だったの!」
話しながらハーマイオニーは部屋着の襟を横にひいて、細い傷──ベラトリックスにつけられた傷を見せた。
「ドビーを解放したのがハリーだという事を、あなたは知っていた?私たちが何年も前からハウスエルフを解放したいと望んでいた事を知っていた?
グリップフック、例のあの人を打ち負かしたいという気持ちが私たち以上に強い人なんていないわ!」
一気に叫ぶように話したハーマイオニーは肩を上下し、荒い呼吸をしたままグリップフックを見つめる。グリップフックも、ハリーを見た時のような好奇の瞳でハーマイオニーを見た。
「……レストレンジ家の金庫で、何を求めたいのですか?」
グリップフックが唐突に聞き、自身の手に持つ剣を少し上げながらハリーへ視線を移した。
「中にある剣は偽物です。こちらが本物です。あなた達はその事をもう知っているのですね。あそこにいるとき、私に嘘をつくように頼んだ」
「でも、金庫にあるのは、偽の剣だけじゃないだろう?君は多分、他の物も見ているよね?」
ハリーの心臓はこれまでにないほど激しく打っていた。それに呼応するように傷跡が疼いたが、なんとかそれを無視しようと手を強く握る。
「……グリンゴッツの秘密を晒す事は、我々の綱領に反します。小鬼は素晴らしい宝物の番人なのです。我々に託された品々は、往々にして小鬼の手によって鍛錬されたものなのですが、それらの品に対して責任があります」
小鬼は愛しむように剣を撫で、黒い目でハリー、ハーマイオニー、ロン、ソフィアを順に眺め、また逆の順で視線を戻した。
「──こんなに若いのに。あれだけ多くの敵と戦うなんて……」
ぽつり、と呟かれたのはグリップフックの溢れでた本心だった。
まだ成人したばかりの、顔に幼さが残る子どもだ。本来ならば守られるべき彼らは、世界の敵を倒すために自ら死地に足を踏み入れている。重症を負い、拷問に耐え、死に迫られながらもなんとか生き延び──そして、他者を、他族を思いやる。
「僕たちを助けてくれる?小鬼の助け無しに押し入るなんて、とても望みがない。──君だけが頼りなんだ」
ハリーはゆっくりと、思いをのせてグリップフックに伝えた。
グリップフックはじっとハリーを見ていたが、ゆっくりと瞬きをして口を開いた。
「私は──考えてみましょう」
「だけど──」
グリップフックの煮え切らない言葉にロンは怒ったように口を開いたが、すぐにハーマイオニーがロンの脇腹を小突き黙らせた。
今まで問答無用で拒絶していたグリップフックが考えてみる、とまで言ったのだ。引き際はこの辺りであり、これ以上踏み込んだとしてもグリップフックは首を縦に振らないだろう。むしろ、より強固になり拒絶してしまうかもしれない。
「ありがとう」
ハリーの言葉に、グリップフックは頭を下げて礼に答えた。
「どうやら、骨生え薬の効果が出たようです。ようやく寝れるかもしれません──失礼して」
グリップフックは短い足を曲げ、ビルとフラーのベッドに横になった。
ハリーもこれ以上グリップフックに時間をかけるつもりはなく、軽く労いの言葉をかけ部屋を出た。
部屋を出る時にハリーは屈んで小鬼の横からグリフィンドールの剣を取ったが、グリップフックは何も言わず──ただ怨みがましい色で見ている事を、ハリーは感じていた。