ハリー達は階段を降り、リビングにいたビル達の前を通り過ぎて庭へ向かった。
少し先にあるドビーを葬った土の塚までハリーは歩く。ますます頭痛は酷くなり、無理矢理頭の中に入ってこようとする映像を締め出すのも最早限界が近い。
しかし、あと少しだけ──ソフィアとロンとハーマイオニーに説明する時間さえあれば、ハリーは自分の理論が正しい事を知るために屈服するつもりだった。
「グレゴロビッチは随分前にニワトコの杖を持っていた。例のあの人が、グレゴロビッチを探し出そうとしているところを、僕は見たんだ。見つけ出した時にはグレゴロビッチがもう杖を持っていない事を、あの人は知った。グリンデルバルドに盗まれたという事を知ったんだ。
グリンデルバルドがどうやってグレゴロビッチが杖を持っている事を知ったのかはわからない……でも、グレゴロビッチが自分から噂を流すようなバカな真似をしたというのなら、難しくはなかっただろう」
目の前にあるドビーの墓が消え、脳裏に映像が鮮明に広がっていく。
朝靄の中、地平線から出たばかりの太陽の光を浴び影絵のように黒く浮かぶのは──懐かしい──ホグワーツ城だ。
「──それで、グリンデルバルドはニワトコの杖を使って強大になった。その力が最高潮に達した時、ダンブルドアはそれを止めるのができるのは自分一人だと知り、グリンデルバルドと決闘して打ち負かした。そして、ニワトコの杖を手に入れたんだ」
ハリーは強く目を瞑り、自分は貝殻の家にいるのだ、ホグワーツ城の前ではないと言い聞かせながら払い込んで来ようとする映像を押し出す。
「ダンブルドアがニワトコの杖を?でも、それなら──杖は今どこにあるんだ?」
「ダンブルドア先生と一緒に埋葬されているわ」
驚くロンに、ソフィアが静かに答えた。
杖を自身と共に埋葬する魔法族は多くはないが、それでも長い年月を共にした杖を、子ども達に譲るのではなくそのまま墓に入れて欲しいという魔法使いは少なからずいる。
ソフィアはてっきりダンブルドアもそうなのだろうと思ったが、あの杖がニワトコの杖だったのならば──ダンブルドアは、争いの元となり死を招く杖を、自分と共に世界から葬りたかったのかもしれない、そう考えた。
「それなら、早く行かないと!あいつが杖を取る前に──」
「もう遅すぎる」
焦るロンに、ハリーは静かに伝えた。
意識を引き摺りこまれまいと抵抗する自分自身の頭を助けようとして、ハリーはしっかりと頭を掴んでいたがほぼ無意識の行動だった。
ソフィアは再びハリーの脳内にヴォルデモートの意識が侵入しようとしているのだと察し、慌ててハリーに駆け寄り崩れ落ちそうな体を支える。
ハリーは目を強く閉じ、頭を押さえながら微かに感じたソフィアの温もりに、僅かながらに励まされた。
「あいつは杖のある場所を知っている。いま、あいつはそこにいる」
「ハリー!どのくらい前からそれを知っていたんだ?僕たち、どうして時間を無駄にしたんだ?なんでグリップフックに先に話をしたんだ?もっと早くに行けたのに──今からでもまだ──」
「いや」
ハリーは立っていられず、ソフィアにしがみつく──ソフィアはまだ体調が完全に戻ってはいない──二人揃ってその場に膝をつき、ハリーを支えながらしゃがみ込んだ。
ハリーはソフィアに支えられ、割れそうなほどの頭痛を何とか耐えながら言葉を続ける。
「ダンブルドアは、僕にその杖を持たせたくなかった。その杖を取らせたくなかったんだ。僕に分霊箱を見つけ出させたかったんだ」
「無敵の杖だぜ、ハリー!」
「僕はそうしちゃいけないはずなんだ……僕は分霊箱を探すはずなんだ……」
「ハリー、顔色が悪いわ。少し休んだほうが──」
ソフィアの心配そうな声を最後に、ハリーは脳内に押し入ろうとする映像に屈服し、遠いホグワーツの校庭へと意識を落とした。
がくりと意識を失い呻くハリーの肩をソフィアは強く掴みロンとハーマイオニーを見上げた。
「……気を失ったわ。少し前から顔色も悪かったし、多分、例のあの人がまた……」
その言葉だけでハリーの意識がここにない理由をロンとハーマイオニーは察し、ロンは心配そうな顔で眉を寄せ、ハーマイオニーはいまだに締め出しきれてない現実にやや呆れたようなため息をついた。
「家に戻りましょう。みんな、休息が必要だわ」
ハーマイオニーは肩にかけていたショールを手繰り寄せ、明るくなっていく水平線を遠い目で見つめる。その瞳は遠いホグワーツを思っているのか、それとも数時間前の苦痛を思い出しているのだろうか。
ロンは頭を掻き、ぐしゃぐしゃと髪を乱しつつしゃがみ込むとソフィアの反対側からハリーの肩を抱え起こす。がくりと頭を垂れ、時々唸るハリーをソフィアも必死に支えようと思ったが体格差からうまくできずただ寄り添うだけになってしまっただろう。
「ソフィア、僕が連れていくよ。君もまだ本調子じゃないだろ?」
「ええ……ありがとうロン」
「それにしてもさぁ……最強の杖だぜ?本当に──今からでも──それを見つけ出すためにビードルの物語をハーマイオニーに遺贈したんじゃないのか?」
家に帰る道中でもロンはまだニワトコの杖を諦めきれないのかぶつぶつと文句を言い、同意を求めるようにハーマイオニーとソフィアに視線を投げた。
顔を見合わせたハーマイオニーとソフィアは少し悩んだ後──一方は困惑しつつ──首を振った。
「ハリーが遅いと言うのなら本当なのよ。あの人の手に渡ったニワトコの杖を奪うだなんて、そんなの私たちには不可能だわ」
「そもそも、本当はニワトコの杖じゃないかもしれないわよ。グリンデルバルドが持っていたのは事実かも知れないけれど、でも──奪った後、そんな曰く付きの争いの元になる杖をダンブルドアがずっと使うかしら?とっくの昔にどこかに隠して、ずっと自分自身の杖を使っていた可能性もあるわ」
「そうかぁ?最強の杖だぜ?僕なら喜んで使うけどなぁ……」
「まぁ、ハーマイオニーの言うようにダンブルドア先生と一緒に埋葬した杖がただの杖で──ニワトコの杖ではない方が良いわね」
ソフィアの言葉に、ロンとハーマイオニーは苦い表情で頷く。
最悪と言われている闇の魔法使いであるヴォルデモートが最強のニワトコの杖を手に入れた後、はたしてハリーが本当にヴォルデモートを倒すことなど出来るのだろうか。──そう彼らは思ったが、言葉に出すことはできなかった。
気絶したハリーを連れて帰った後、ビル達はかなり驚き心配したがソフィアとロンとハーマイオニーはただ疲労が出てだけで問題は無いと彼らに説明し、居間の少し離れたソファにハリーを寝かせた。
キッチンにあるテーブルで紅茶を飲んでいたフラーは何度も口を開いては閉じ、そわそわと落ち着きなくソフィア達を見ては視線で「小鬼と杖職人と何を話したのか」と訴えかけていたが、ソフィア達はあの場で聞いた話を誰にもするつもりはなく、気付いていないふりをした。
フラーだけでなく、ディーンとルーナもその話題を聞き出さないのは、間違いなくビルが彼らを止めているのだろう。
「そういえば……騎士団の他の人たちはみんな無事なの?」
フラーがいれた温かく優しい味の紅茶を飲みながら、気まずい沈黙を破るためにソフィアがビルに話しかける。窓の外を見ていたビルはぱっと視線を移すと、顔についた傷を指先で掻きながら僅かな間何から伝えるべきかと逡巡した。
「そうだな……何人もが追われて身を隠している。ミュリエルの家やこの家のような隠れ家が幾つかあって──トンクスの父親の事は知っているか?」
「ええ。ラジオで聞いたの。──とっても残念だわ」
「ああ……今魔法省に潜入している騎士団は少なくてね。あそこは安全とは言えない。……今、疑われず潜入しているのはジャックぐらいだが、ジャックもこちらと連絡は殆どとれないんだ。ジャックはマグル生まれの魔女や魔法使いを外国に逃がそうとしてくれているが、それでも全員は──」
ビルは辛そうに顔を歪め、ため息を溢す。
周りの全員が敵である中、全員を逃すことは不可能だろう。だが、それでも危険を侵してマグル生まれを保護し、なんとか救おうとしているジャックの事を考えるとソフィアは誇らしくもあり──同時に、とても辛かった。