グリンゴッツ侵入への計画が立てられ、ついに準備が完了した。
ハーマイオニーがマルフォイの館で拷問された時に着ていたセーターに、長くて硬く黒い髪──ベラトリックスの髪がついていたのだ。
それを最後に残っていたポリジュース薬に入れ、ベラトリックス本人から奪った彼女の杖を用意し、それらしい服装に身を包めばおそらくバレないだろうと考えた。
ビルとフラーには翌日に発つことを伝えていたが、見送りは辞退した。計画では出発前にハーマイオニーがポリジュース薬を使いベラトリックスに変身する必要があり、彼らには計画の一切を伝えていないのだ──この家から出ていく姿を見せることはできない。
もうこの貝殻の家には戻ってこないことをハリーはビルとフラーに伝え、ビルは余っていたテントをハリーに貸した。
ビルやフラー、ルーナにディーンと別れるのは寂しく、ここ数週間ずっと暖かい安息の場所だった貝殻の家を離れるのは辛かったが──それでもこの家に閉じ籠っていては何も解決しない。
侵入する前日の晩、ハリーとソフィア、ロンとハーマイオニーは数ヶ月前魔法省に侵入した時を思い出し緊張と不安、興奮からなかなか寝付くことができなかった。
ソフィアは何度も脳内で計画のことを考え、自分が使える魔法を反芻する。ごろりと寝返りを打てばハーマイオニーの寝ているベッドからも身じろぎの音が聞こえ、きっと彼女も寝付けないのだ、話し合いたい──と思ったが、この部屋にはルーナもいる。話し出すこともできず、ソフィアは薄い毛布をすっぽりとかぶり、強く目を瞑った。
何度か浅い眠りを繰り返し、ついに朝の六時──行動に移すべき時がやってきた。
ソフィアとハーマイオニーは薄暗い中で目を覚まし、灰色に霞んだ世界の中でぼんやりと見える互いの姿に向かってこくりと頷き、なるべく物音を立てないように身支度を始めた。
着替えが終わった後、ソフィアとハーマイオニーはグリップフックが使っている小部屋へ向かう。寝ているならば起こさなければならなかったが、グリップフックも気が立ち緊張しているのか起きていて、彼女達が扉を開けたちょうど正面に立っていた。
やや驚いたものの、ハーマイオニーは何も言わず鞄の中から細い小瓶を取り出し、グリップフックとソフィアを見た。二人が真剣な表情で頷いたのを見て覚悟を決めたように一度深呼吸をし、蓋を開け一気に中の液体──ポリジュース薬を飲み干す。
「うっ──」
あまりの不味さと、ベラトリックス・レストレンジの髪の毛入りという悍ましさからハーマイオニーは呻めき体を震わせた。
ソフィアとグリップフックの前でハーマイオニーのふわふわとした髪は黒く染まり毛質も変わっていく。身長が伸び、顔の作りも変わり──数秒後、二人の前に立つのはベラトリックス・レストレンジその人だった。
「──あぁ……最低な味だったわ……」
垂れた長く波打つ髪を後ろに払い除けながら、ハーマイオニーは眉根を寄せ舌を出す。その口から出る声も、紛れもなくベラトリックス独特の低いものだったが、表情や口調はどこかハーマイオニーらしさを感じさせチグハグな印象を与えた。
「行きましょう」
「ええ……」
ソフィアの言葉にハーマイオニーはもう一度ぶるりと震え、細く伸びた指を何度か動かしながら頷いた。
ソフィアとハーマイオニーがグリップフックを従えて待ち合わせ場所である庭へ出た時、すでにハリーとロンも準備を済ませて待っていた。
暗闇から現れたように見える
「反吐が出そうな味だったわ……」
「美味しいわけがないわよね……さあ、ロン、術をかけるわよ」
「うん。でも忘れないでくれよ。あんまり長い髭は嫌だぜ」
「そこそこの髭にするわね」
グリンゴッツに侵入するにあたり、ハーマイオニーはベラトリックスに、ロンはソフィアの変身術により実在しない魔法使いに変わる事となった。
声をひそめ呪文を唱えながら杖を複雑に動かすソフィアに、ロンは緊張し居心地の悪そうに背を丸めながら目を閉じた。
「──これでどうかしら?」
「そうだな……」
「そうね……」
魔法をかけ終わったソフィアは軽く杖を振り、ロンをハーマイオニーとハリーに向き合わさせた。
ロンの赤毛は長く波打ち、顎と口上には濃い褐色の髭がある。特徴的なそばかすは消え、その代わりに頬に赤いニキビが現れ、鼻は低く横に広がっていた。
「大丈夫だ」
「ええ、私の好みのタイプじゃないけど」
「それは、よかったわ」
ロンをよく知っているハリーとハーマイオニーからしてみれば、わずかにロンの面影はあったが、それは彼らだから感じるのだろう。
ソフィアは満足げに頷くと杖をポケットの中に入れ、ハーマイオニーと向かい合った。
「私の顔も、お願いね」
「ええ、失敗しないようにするわね」
ハーマイオニーはベラトリックスの物である杖を嫌そうに掴みながらソフィアに向かって振る。
ソフィアの黒髪は灰色に変わり、ぐんぐんと短くなっていく。元々柔らかかったソフィアの髪は硬く太くなりツンツンと好きな方向に跳ねてしまった。
瞼の下に黒く不健康そうな隈ができて頬がこけ、鼻は尖った鷲鼻へと変わり、目尻や額に深いシワが刻まれどう見ても四十代以上にしか見えない。
ソフィアへの変身術が終わると、ハーマイオニーはまじまじとチェックしにっこりと笑って「これでわからないわ!」と満足そうにした。
ロンは全く別人に変わったソフィアを感心しながら見ていたが、ハリーは見る影もないソフィアの姿に正直ショックを受けてしまったが──これも計画のためだ、と自分に言い聞かせた。
「それじゃ、行こうか」
ハリーの言葉にソフィア達は頷き、薄れゆく星あかりの下に静かに影のように横たわる貝殻の家を一目だけ振り返った。
それから家に背を向け、境界線の壁を越える地点を目指して歩く。もう後戻りはできない。準備は万全に整えた。あとは失敗しないことを祈るだけだ──。
忠誠の呪文が切れる地点である門に出てすぐハリー達は足を止めた。
「たしかここで、私は負ぶさるのですね、ハリー・ポッター?」
グリップフックはハリーを見上げて言い、ハリーはその場に屈み込んだ。グリップフックはその背中によじ登ってハリーの首の前で両手を組む。重さはさほどないが、ハリーは小鬼の感触やしがみついてくるその力の強さが気味悪く、どうしようもなく不快だった。
ハーマイオニーが鞄から透明マントを出し、ハリーとグリップフックの上から被せ、その場に溶けるようにして消えたあたりをまじまじと見て頷いた。
「完璧よ。何にも見えないわ。──行きましょう」
ハリーはグリップフックを肩に乗せたままダイアゴン横丁の入り口である漏れ鍋へと全神経を集中し、その場で姿くらましをした。
まだ姿くらましに不安があるロンはソフィアに付き添われる漏れ鍋へと移動し、数秒後、暗闇の中で回転する感覚が終わったあとハリー達の足はチャリング・クロス通りの歩道を踏み締めていた。
早朝の道を歩くマグル達は、その目の前に魔法界へと続く旅籠があることには気付かない。
ハーマイオニーは「いるわね?──行くわよ」と唇をなるべく動かさずに呟き漏れ鍋への扉を開ける。
漏れ鍋の中は閑散としていた。
腰の曲がった店主のトムがカウンターの奥で覇気のない顔でグラスを磨き、店の隅で二人の魔法使いがヒソヒソと話し合っていただけだ。
魔法使いの二人は現れた魔女がベラトリックス・レストレンジだと気付くとすぐに口を閉じ暗がりの中に身を引く。
「マダム・レストレンジ」
店主が予期せぬ来店者に呆然と呟き、ハーマイオニーが通り過ぎる時に媚び諂うように頭を下げた。
「おはよう」
ハーマイオニーは何気なく店主に向かって声をかけたが、ベラトリックスが店主に挨拶をすることなど今までなかったのだろう。店主は驚き目を見開きながらぽかんとハーマイオニーの背中を食い入るように見つめていた。
「丁寧すぎるよ。他の奴らは虫ケラ扱いにしなきゃ!」
「はい、はい!」
透明マントの下でハリーは小声でハーマイオニーに忠告し、ハーマイオニーは嫌そうに顔を歪めながらベラトリックスの杖を取り出した。
目の前の平凡なレンガの壁を叩けばレンガは渦を巻いて回転し、真ん中に現れた穴が徐々に広がっていく。たちまち狭い石畳のダイアゴン横丁へと続くアーチの入り口になり、ハーマイオニーはごくりと固唾を呑んで一歩踏み出した。