ソフィアの腰まであった黒髪は肩より短くなっていた。乱雑に掴み切ってしまったため不揃いであり先の方は焼けひどく傷んでいる。
ハーマイオニーはソフィアの髪を櫛で丁寧にすき、一番短い場所で慎重に整えていた。
「綺麗な黒髪だったのに……」
勿体無い、とハーマイオニーはため息をこぼすがソフィアは「すぐに伸びるわ」と全く気にしていなかった。
「火傷痕が残らなければいいけど……」
「平気よ!」
ソフィアの体には治療し新しくできた皮膚を保護するために包帯が巻かれガーゼが貼られている。笑ったその顔にも大きなガーゼがあり、痛々しさを物語っていた。
傷痕はできる限り残らないようにしたい。そうハーマイオニーは考えていたが、ハナハッカエキスの量にも限りがある。これから先のことを考えると潤沢な量とは言えず無駄遣いはできない。傷痕を残さないためには何度かハナハッカエキスを垂らす必要があるが──なにせ、ソフィアの怪我は広範囲だ。
「本当にあなたの髪、さらさらでふわふわで……すごく大好きだったの」
「まあ!私もあなたの髪が大好きよハーマイオニー」
「ありがとう。──さあ、できたわ!」
ソフィアはにっこりと笑いながら耳の少し下で整えられた自分の髪に触れた。首元を空気が通り過ぎる冷たさや、切られたばかりの髪の先が首にちくちくと当たる感覚があり、頭の重さも随分軽くなった。
ハーマイオニーはカバンから手持ち鏡を取り出し、ソフィアに手渡した。鏡の向こう側にいる自分は、記憶にないほど髪が短く見慣れず、どこか他人のようにも見える。
「私にショートはイマイチみたいね」
「ボーイッシュで可愛いわ!ねえ、ハリー?」
「えっ、勿論!ソフィアはどんな髪型でも可愛いよ」
いきなり話題を振られたハリーは一瞬慌てたがすぐに頷く。見慣れない髪型だが、似合ってないわけではない。
それでもハリーはハーマイオニーの言うようにソフィアの長く指通りの良い髪が好きで、共に寝たときなどはよくベッドの中で撫でていた。振り返る時に、少し遅れてふわりと揺れるのを見るたびに胸が高鳴っていた。
ハリーの言葉にソフィアは気にしていないとは言いつつも、やはり自分でも長髪の方が良いと思っていたのは事実であり慰められ、照れたように笑った。
「ありがとう、でもあの場所から生きて逃れることができただけで本当ラッキーだもの!それより、例のあの人は盗まれたって……もう知ったかしら」
「私たちが分霊箱のことを知ってるって、もうわかったでしょうね」
ハーマイオニーがそう呟いた時、目の前にいるソフィアも、テントの中の風景も全て掻き消え、ハリーは頭を刀で切り裂かれたような痛みを感じ強く目を閉じた。
盗まれたものが小さな金色のカップだとしり、怒り狂うヴォルデモートが見える。小鬼が虐殺されていく。頭の中に次々とイメージが生まれる──自分の宝、自分の守り、不死の掟。日記帳は破壊されカップは盗まれた。もしもあの小僧が他の物を知っていたとしたら?
日記帳、カップ、スリザリンのロケット、指輪、ナギニ、そしてホグワーツにあるあの分霊箱──。
ハリーは自分を現実に引き戻し、ぱっと目を開けた。
「大丈夫?また、見たのね」
「──うん」
目の前にソフィアの真剣でいて不安そうな顔が広がっていて、ハリーはソフィアの頬に貼られたガーゼを指先で撫でながら頷いた。
「あの人は知っている。あいつは知ってるんだ、他の分霊箱が無事かどうか確かめに行く。──それで、最後の一個はホグワーツにある。そうだと思った。そうだと思っていたんだ!」
ハリーは立ち上がり、強く叫んだ。
ロンはぽかんとしてハリーを見つめ、ハーマイオニーはソフィアに寄り添い心配そうな顔で「何を見たの?何がわかったの?」と囁く。
「あいつが、カップの事を聞かされる様子を見た。僕は──僕はあいつの頭の中にいて、あいつは本気で怒っていた。それに、恐れていた。どうして僕たちが知ったのかを、あいつは理解できない。それで、これから他の分霊箱が安全か調べにいくんだ。
最初は指輪。あいつはホグワーツにある品が一番安全だと思っている。スネイプ先生がそこにいるし、見つからずに入り込む事がとても難しいだろうから。あいつはその分霊箱を最後に調べると思う。それでも、数時間のうちにはそこに行くだろう」
「ホグワーツのどこにあって、どんなものかわかったのか?」
「いや。スネイプ先生に警告する方に意識を集中していて、正確にはどこにあるか思い浮かべていなかった──」
ロンはすぐに机の上に置いていた
「待って、待ってよ!ただ行くだけじゃダメよ。何の計画もないの、私たちに必要なのは──」
「僕たちに必要なのは、進むことだ」
ハーマイオニーの必死の説得を遮りハリーがキッパリと断言した。
ハリーは本当ならばもう眠ってしまいたかった、このテントの中でゆっくりと過ごしたかったがそんな時間は残されていない。
「指輪とロケットがなくなっていることに気づいたら、あいつが何をするか想像できるか?ホグワーツにある分霊箱が安全ではないと考えて、別の場所に移したらどうなる?」
「だけど、どうやって入り込むつもり?」
「ホグズミードに行こう。それで、学校の周囲の防衛がどんなものかを見てからなんとか策を考える。でも──」
ハリーはソフィアを見下ろした。
ソフィアは、誰よりも怪我をしている。魔法薬を使ったとはいえ万全とは言い難い。
「ソフィアは、ここに残って欲しい。傷がまだ治りきってない。そんな状態で連れていけない」
その言葉にソフィアは大きく目を見開く。
数秒の間、ハリーとソフィアの緑色の目がじっと互いを見つめていたがソフィアはいつも以上に挑発的に笑い立ち上がった。
「こんなところに私一人で置いて行くなんて正気なの?」
「でも──」
「怪我なんて、たいしたことはないわ。ホグワーツに潜入する時に私が居ないと色々不都合だと思うけれど?私はアニメーガスになれるし、この中で誰よりも魔法が使えると自負してるわ」
ソフィアはポケットから杖を出し軽く振った。
杖先から現れた銀色と赤色の火花はソフィアの感情を表すかのように激しく燃え盛っていた。
「ホグワーツに向かうなら父様──スネイプ先生とルイスとドラコの協力が必要不可欠だわ!私が居ないと父様たちは動揺して判断を鈍らせるかもしれない。だから、私は行かなくちゃいけないの」
「大丈夫、僕がちゃんと説明して──」
確かにソフィアは強く、誰よりも魔法のセンスがある。一方でソフィアは許しを得るために自己を犠牲とする事に躊躇いがない。
怪我をし、満身創痍になっているソフィアをホグワーツに連れて行き分霊箱を探し出す──ハリーはどうしても嫌な予感がしてソフィアを安全な場所に置いて行きたかった。ソフィアが、自分の大切な人が心配事なく生きている。そう思いたかった。
「私が行くことで策が一つでも増えるのなら、私を連れて行かない選択肢なんて無いはずよハリー!」
ソフィアは目に闘志と怒りを滲ませ詰め寄ると、自分よりも身長が高いハリーを挑戦的な目で睨み上げながら自分の胸に手を置いた。
「私は大人になったのよ、ハリー」
「──え?」
「私は守られるだけの子どもじゃないわ。隠されて、守られて……何も知らなかった私じゃない!私だって大切な人を、その居場所を守りたい!
ハリー、あなたが私を守ろうとしているのはわかっているわ。でもそれは私には必要がない気遣いよ。遠くて安全な場所に隠され守られる存在になりたくないの。
私は、いつまでも──いつでもあなたの隣に居たいのよ、ハリー!」
堂々と宣言したソフィアの言葉に、ハーマイオニーは感極まったかのように口を押さえ目を潤ませる。ロンはハーマイオニーの隣に並び、そっと腰に腕を回し引き寄せ、寄り添った。
ソフィアは自分を落ち着かせるために何度か深呼吸をし、上がった呼吸を整えてハリーを真剣な目で見つめる。
「──あなたはどうなの。ハリー・ポッター」
ハリーは詰まった息を吐き出すように──体の奥に沈殿していたもやもやとしたものだった──大きなため息をつくと、顔を伏せ頭をがしがしと掻いた。
そうだ、ソフィアはこういう性格をしている。僕はそんなソフィアが──隣に居続けてくれるソフィアが、何よりも好きなんだ。
いつも以上にぴょんぴょんと四方八方に跳ねてしまう黒髪を押さえつけた後、ハリーは勢いよく顔を上げた。
「僕も同じ気持ちだ。君とずっとそばにいたい。──最期のその時まで」
どこか吹っ切れたようにハリーは笑い、ソフィアに手を差し出す。ソフィアは同じような屈託のない笑顔を見せると、しっかりとその手を握った。
「そうと決まったらすぐに行動するわよ。私も一刻も早くホグズミードに行かなきゃならないと思うわ」
「暗くなるし、みんなで透明マントを被ろう。きっと足元が少し見えても誰も気づかない」
すぐに行動に移し、テントの中に広げていた物を片付け始めたソフィアとハリーを見て、ロンとハーマイオニーは顔を見合わせた。
「……今のって、プロポー──」
「しっ!……今は、これでいいのよ」
ロンは二人を揶揄えば良いのか、囃し立てればいのか、祝福すればいいのかわからなかったが、ハーマイオニーに止められてしまい黙り込んだ。