「うわ──」
必要の部屋の扉を開け、階段を駆け下り部屋の中を見た途端ハリーは驚いて階段を二、三段踏み外した。
部屋を出た時よりもさらに混み合い、キングスリーとリーマス、それにシリウスがハリーを見上げていた。いや、彼らだけではない、オリバー・ウッド、ケイティ・ベル、アンジェリーナ・ジョンソン、アリシア・スピネット、ビル、フラー、モリー、アーサーもいる。
「シリウス!」
「ハリー!」
シリウスは目の前にいる数人を押し退けハリーに進み寄り、ハリーもまた飛び出して──ソフィアとセブルスほどではないが──がしりと抱き合った。ずっと、不安だったのだ、シリウスが無事なのかどうか。
「ハリー、無事でよかった。何が起きているんだ?」
シリウスは体を離したがハリーの両肩に手を乗せたまま、困惑と興奮が混ざったような顔でハリーに聞く。「ヴォルデモートがこっちに向かってるんだ。先生方が学校にバリケードを築いている──スネイプ先生は向こうに行った──みんな、なんでここに?どうしてわかったの?」とハリーは驚きつつ、これ程勇気付けられる事はないと思いながら彼らを見回せば、フレッドがニヤリと笑いながら手を挙げた。
「俺たちが、ダンブルドア軍団の他のメンバー全員に伝言を送ったのさ。こんなに面白いことを見逃す奴はいないぜ、ハリー。それで軍団員が騎士団に知らせて、雪だるま式に増えたってわけだ」
「何から始める、ハリー?」
ジョージがフレッドと肩を組みながら真剣な声音の中に、どこか悪戯を企んでいるような、そんないつもの調子で聞いた。
「小さい子達を避難させている。全員が大広間に集まって準備してる。──僕たちは戦うんだ」
その言葉に、口々に自身を奮い起こすような叫びを上げ、みんなが階段の下に押し寄せ、全員が次々とハリーの前を通り過ぎた。不死鳥の騎士団、ダンブルドア軍団、ハリーのクィディッチの昔の仲間、みんなが交じり合い、杖を抜き、闘志を燃やして城の中へと向かっていた。
「ルーナ、行こう!」
ネビルが通りすがりに声をかけ、空いている手を差し出した。ルーナはその手を取り、ネビルについて階段をまた上って行く。
一気に人が出ていき、階段下の必要の部屋には一握りの人間だけが残りハリーとソフィアもその中に加わった。
部屋の中心でモリーとジニーが言い争い、その周りにアーサー、リーマス、シリウス、フレッド、ジョージ、ビル、フラーがいる。ソフィアはロンとハーマイオニーの姿がない事に驚き、慌てて階段の方を向いた。あの人混みに紛れて、大広間に向かってしまったのだろうか?
「──あなたはまだ未成年よ!私が許しません!息子達は、いいわ。でもあなたは家に帰りなさい!」
「嫌よ!私はダンブルドア軍団のメンバーだわ──」
「未成年のお遊びです!」
ジニーは髪を大きく揺らして叫び、モリーに掴まれた腕を乱暴に振り解いた。ジニーはハリー達がいなくなってから、ずっとこのホグワーツを仲間と共に守っていきた。どんな怪我をしようと、馬鹿にされようと屈せず強く前を見続けた。
大切な友人であるハリーとソフィアとハーマイオニー。そして兄のロンのために。──全てのために。
「その未成年のお遊びが、あの人に立ち向かおうとしているんだ。他の誰もやろうとしていないことだぜ!」とフレッドが助け舟を出したが、モリーは「この子はまだ十六歳です!」と目を吊り上げて怒り叫ぶ。
「まだ年端もいかないのに!あなた達二人はいったい何を考えているの?この子を連れてくるなんて!」
「母さんが正しいよ、ジニー」
フレッドとジョージが少し恥じ入った顔をして黙り込んだ隙に、ビルが優しく言いジニーの怒りと悲しみで震える肩を撫でた。
「ジニーにはこんな危険な事させられない。未成年の子は全員去るべきだ。それが正しい」
「私、家になんて帰れないわ!家族がここにいるのに、様子もわからないまま家で一人で待ってるなんて、耐えられない!──ソフィア、あなたなら分かるわよね!?」
ジニーは目に怒りの涙を光らせ、ソフィアを縋り見た。「ジニー……」とソフィアは呟く。その気持ちは、痛いほど、苦しいほど分かってしまった。一人だけが守られ、何も知らないまま過ごす事が──それを知った時、どれほど心を裂くのか。これから家族が戦闘に向かうと分かっているのに、何が起きているのかわからぬまま時間だけが過ぎていく苦しさをソフィアはその身を持って知っている。しかし、それと同時に何があっても子を守りたいというモリーの母としての願いや思いも強く理解していた。
ソフィアが何も言えないでいるとジニーは悔しそうに顔を背け、ホッグズ・ヘッドに戻るトンネルの入り口を見つめた。
「いいわ。それじゃ、もうさよならを言うわ。それで──」
ジニーが全ての言葉を言い終わる前に、慌てて走ってくる気配と共にドシンと体を打ち付ける大きな音が響いた。
トンネルから出てきた誰かが勢い余って倒れたようで、その人物を見たジニーは驚きのあまり言葉を無くした。
「遅すぎたかな?もう始まったのか?」
「おい、大丈夫か?」
「う、うん。僕、たった今知ったばかりで、それで僕──僕──」
一番近くの椅子に縋りずれた角縁眼鏡を通り越して周りを見回したパーシーは、自分が家族の殆どがいる場所に飛び込んだとは予想もしなかったようで口ごもった。その後トンネルから現れたジャックはパーシーを助け起こし、部屋の中にいる人たちを見て少し驚いたように目を見開いた。
「……まあ、一応間に合ったようだな」
人数は少ないが騎士団員の中でも中心的な役割を担っていた者達が残っているのを見てジャックは呟いたが、パーシーは今から戦いに行くと言う事を忘れてしまったように家族達を見て固まった。
ソフィアはジャックに声を掛けたかったが、流石にこの雰囲気の中飛び出すことは不可能であり、気まずそうに肩をすくめたジャックに向かって小さく手を振る事しかできなかった。
驚きのあまり長い沈黙が続き、誰もが話の切り出し方を見つけられない中、やがてフラーが何事も無かったかのようにリーマスに話しかけた。それは場に落ちた気まずい緊張を和らげようとする、突拍子も無い見え透いた──彼女の優しさが含まれた──一言だった。
「それで──小さなテディはお元気ですか?」
リーマスは不意を衝かれて目を瞬かせた。ウィーズリー一家に流れる沈黙はまだ氷のように固まり互いに見つめ合い硬直している。
「私は──ああ、うん──あの子は元気だ!そう、トンクスが一緒だ。トンクスの母親のところで──そうだ、ここに写真がある!」
リーマスは上着の内ポケットから写真を一枚取り出してフラーに見せた。横からハリーとソフィアが覗き込み、ふっと表情を緩ませた。明るいトルコ石色の髪をした小さな赤ん坊が、むっちりとした両手の握り拳をこちらに向けて振っている愛らしい姿が写っていたのだ。
「僕が馬鹿だった!」
パーシーが吠えるように叫び、あまりの大声でリーマスは写真を落としかけ、ソフィアとハリーは驚いてパーシーを見た。
「僕は愚か者だった、気取った間抜けだった。僕は、あの──」
「魔法省好きの、家族を棄てた、権力欲の強い大馬鹿野郎」とフレッドがちくりと言えば、パーシーはごくりと唾を飲み「そう、そうだった!」と叫び拳を震わせた。
「まあな、それ以上正当な言い方はできないだろう」
「全くだ、兄弟?」
フレッドとジョージがパーシーに手を差し出した。パーシーは差し出され手と弟達を唖然として見比べる。
その手を握る前にモリーがワッと泣き出してパーシーに駆け寄り、フレッドとジョージを押し退けてパーシーを強く抱きしめた。パーシーはモリーの背をぽんぽんと叩きながら父親であるアーサーを見る。
「父さん、ごめんなさい」
アーサーは溢れそうになる涙をなんとか耐えながら、急いで近寄ってモリーごとパーシーを抱きしめた。
「いったいどうやって正気に戻ったんだ、パース?」
「しばらく前から、少しずつ気付いていたんだ。だけど、抜け出す方法がなかなか見つけられなかった。魔法省ではそう簡単にできる事じゃない。裏切り者は、気がついたら消えていたんだ。──消されたんだと思う──けど、僕、ジャックからここで戦いが起こるって教えられて、それで駆けつけたんだ」
パーシーはジャックに視線を向けつつ、旅行マントの端で眼鏡の下の目を拭いながらフレッドの疑問に答えた。
「ジャック、もういいのかい?」
「ああ、間違いなく今日で全てが変わる。どっちにしろな。……なら、俺はこっち側から参戦して動揺を誘うべきだ」
リーマスは、「もうヴォルデモートに裏切りが知られてもいいのか」という意味で問いかけ、ジャックは真剣な表情で頷いた。死喰い人として今まで魔法省に潜入しヴォルデモートの傀儡になり──実際は彼の持つ人脈や力を使い何十人ものマグル生まれを外国へ逃していたが──騎士団へ情報を流していた。
ホグワーツにハリー・ポッターがいる。それはヴォルデモート側から、また、騎士団側からほぼ同時に秘密裏に知らされた。
ジャックはすぐに部下の男に服従の呪文をかけた上で自分の毛髪を入れたポリジュース薬を飲ませた。魔法大臣として、魔法省を離れるわけにはいかない。おそらくヴォルデモートがここに現れることはないが、魔法省にいる死喰い人や闇祓いをホグワーツに収集させよと直ぐに命令が来る。それまでの短い時間偽物のジャックが仕事をしていればいい。
ジャックはホグワーツへ向かう時にパーシーへと声を掛けていた。彼がどちらを選択するにせよ、知らせておかねばならないと思ったのだ。もちろん、それでも魔法省側に──ヴォルデモート側に──着くというのなら、会話した記憶を消していくつもりだった。
「ここに来れて良かった」
ジャックはソフィアに近寄り、その短くなった髪に触れ優しく笑った。ソフィアは眉をギュッと寄せ「ええ」と呟き引き寄せられるままにジャックの肩口に額をつける。
互いに会いたい者に会え、場が落ち着いたのを見て「──さあ、こんな場合には、監督生が指揮を取ることを期待するね」とジョージが揶揄い交じりにパーシーのもったいぶった態度を見事に真似しながら言った。
「さあ、諸君、上に行って戦おうじゃないか。さもないと大物の死喰い人は全部誰かに取られてしまうぞ」
「じゃあ、君は僕の
ビル、フレッド、ジョージと一緒に階段に急ぎながらパーシーはフラーと握手をした。家族と絶縁していたパーシーは、ビルとフラーの結婚式の招待状が届いたが勿論参加することはなかったのだ。
ジニーは階段に向かう彼らの中にこっそりと混ざっていたが、モリーが見逃すはずもなく「ジニー!」と大声を上げて呼び止める。
「モリー、こうしたらどうだろう?ジニーはこの部屋に残る。そうすれば現場にいることになるし、何が起こっているかもわかる。しかし、戦いの最中には入らない」
リーマスがモリーとジニーの両方を納得させるために案を出したが、ジニーはあからさまに不満な顔をした。
「私は──」
「それはいい考えだ。ジニー、おまえはこの部屋にいなさい。わかったね?」
アーサーがキッパリと言いジニーに念を押す。ジニーはまだ反論しようと口を開きかけたが、父親のいつになく厳しい目に出会い、渋々頷いた。
モリーとアーサー、リーマスとシリウス、ジャックも階段に向かい、ハリーはこの時になってようやくハーマイオニーとロンの姿がないことに気付いた。
「ロンは?ハーマイオニーはどこ?」
「もう大広間に行ったに違いない」
アーサーが振り返りながら言ったが、ハリーとソフィアは来る途中に二人に出会わなかったと思い不安げに顔を見合わせた。
「二人は、トイレがどうとか言っていたわ。あなた達が出て行って間もなくよ」
「トイレ?」
ジニーは椅子に座り、不貞腐れたように机に頬杖をつきながらハリーとソフィアに告げた。
ハリーとソフィアはハッとして視線を交わし、小さく頷く。きっとロンとハーマイオニーは分霊箱を破壊するためにバジリスクの牙を取りに行ったのだ。グリフィンドールの剣が無い今、その方法しかない。しかし、蛇語を使わなければ扉は開かないはずだが、トイレの前で待っているのだろうか?
必要の部屋から廊下へ飛び出した時、ハリーの傷痕が再び焼けるように痛んだ。
ふらつき思わずソフィアにしがみつく、ソフィアは慌ててハリーを受け止めたがよろめき、異変に気づいたジャックとシリウスがすぐに引き返し今にも倒れそうな二人を支えた。
廊下が消え去り、ハリーは高い鍛鉄の門から遠くを見ていた。両側の門柱には羽の生えた猪が建っている。暗い校庭を通して城を見ると、煌々と灯りがついていた。ナギニが両肩にゆったりと巻き付いている。彼は、殺人の前に感じるあの冷たく残忍な目的意識に憑かれたまま、ホグワーツを睨み見ていた。