ソフィアはルイスの事を心配しながら闇の魔術に対する防衛術が行われる教室へ小走りになりながら向かった。なんとか始業のベルには間に合い、呼吸を落ち着かせながらハーマイオニーの隣に座り、胸を抑えた。
「ソフィア…ルイス、大丈夫だった?」
「うーん…大丈夫だとは言ってたけど…やっぱりショックだったみたいで、元気は無かったわ」
ソフィアは鞄から本や羊皮紙を取り出しながら肩をすくめた。ハーマイオニーは心配そうな顔をしながらじっと机の一点を見つめる。
マルフォイなんて嫌な奴、友達にならなかったら良いのよ、優しいルイスにふさわしくない。このまま仲違いして仕舞えばいい。そう、ハーマイオニーは心の奥で毒づいた。
ソフィアが机の上に7冊もの本を並べていると、教室の扉がバタンと勢いよく開き、現れたロックハートは満面の完璧な笑みを浮かべひらりとローブを翻し、胸を張りながら教壇へ向かった。ハリーは皺のついた服を伸ばしながらそっとロンの隣に座り、目の前に本の山をつくるとロックハートを見れないようにした。
ロックハートはネビルの持っていた本を取り、表紙でウインクをしている自分自身を満足げに見て、教室全体を見渡した。
「私だ。──ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章。闇の魔術に対する防衛術連盟名誉会員。そして、週刊魔女5回連続チャーミング・スマイル賞受賞。もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね!」
得意げになって高らかに言うロックハートは、皆が自分のチャーミングなジョークに笑うのを待ったが、あまりに勢いよく自慢され殆どの生徒が沈黙し、何人かが曖昧に笑っただけだった。
ハーマイオニーは目を輝かせ、胸の前で指を組んでロックハートの言葉に聞き入っていたがソフィアは少し、他の大多数の生徒と同じような訝しげな表情で彼を見ていた。
「全員が私の本を全巻揃えたようだね。大変よろしい。今日は最初にちょっとミニテストをやろうと思います。…心配ご無用、君たちがどのくらい私の本を読んでいるか、どのくらい覚えているかチェックするだけですからね」
ロックハートは顔を見合わせる生徒たちに茶目っ気たっぷりなウインクをすると、問題用紙を配った。
「30分です、よーい──はじめ!」
ソフィアは問題用紙を見下ろし、問題文に目を落としたが、すぐに眉を寄せ何かの間違いか、それか生徒の気持ちを和らげるジョークかと思い2枚目の問題用紙を見る。だが、それもまた同じような問題が続き、それは三枚目も──尚且つ、裏面もそうだった。
「何これ」
ソフィアは小さく呟いた。
問題は全てロックハートに関するものだった──好きな色、好きな場所、好きな言葉、ロックハートの野望、誕生日に欲しいもの──今は闇の魔術に対する防衛術の授業であって、彼の事を学ぶ授業では無い、ソフィアは何か真意があるのだろうか、答えに凶悪な魔法生物の名前を書くところは無いかと探したが、残念ながらそんな問題は一つもなかった。
ソフィアは、理解できない問題用紙を、はじめて遭遇した未知の生物が何かのような目で見下ろしていたが、隣にいるハーマイオニーが必死に答えを書いているのを見て、ため息をつきながら面倒臭そうに答えを埋めていった。
このテストでロックハートが満足する答えを書いたのはハーマイオニーただ一人であり、彼はハーマイオニーに惜しみない拍手と笑顔を振り撒き、10点の高得点をグリフィンドールに追加した。
この教室の中で、彼をうっとりと見続けているのはハーマイオニーだけであり、殆どはロックハートの謙遜の裏に隠された大きな自慢と、理解しがたい問題に、少々彼を胡散臭く感じ始めていた。
ロックハートは机の下から巨大な籠を取り出すと、教壇の上に置いた。ベールのかけられているそれはガタガタと忙しなく動いている。一瞬、教室の中が不安と緊張──そしてわずかな期待──で、しん、と静まり返った。
「では、授業ですが──さあ、気をつけて!魔法界の中でももっとも穢れた生き物と戦う術を授けるのが、私の役目なのです!この教室で君たちは、これまでに無い恐ろしい目に遭うことになるでしょう。ただし、私がここにいるかぎり、何物も君達に危害を加える事はないと思いたまえ。落ち着いているよう、それだけをお願いしましょう」
ロックハートは先ほどまでの笑顔を少し消し、真剣な表情で伝えた。何人かの生徒が身を正し、食い入るように籠を見つめる。
ソフィアもまた、緊張した面持ちで籠を見た。去年は板書ばかりで魔法生物の一匹たりとも実物では見ていない、魔法の一つでさえ、教わらなかった。
なんだか胡散臭さを感じる教師だけど、今から行う危険な授業に、私たちを緊張させないためのデモンストレーションだったのかも。ソフィアはそう、かなり前向きに考える。──その思いに、そうであってほしいという懇願があったのも事実だ。2年連続でハズレの教師など、耐えられない。
「どうか、叫ばないようにお願いしたい。連中を挑発してしまうからね──」
ロックハートは笑みを消し、低い声で忠告し、全員が息を殺して緊張したままじっと籠を見つめる。
ぱっとロックハートがベールを外すと、その中には複数のピクシー小妖精が籠の中に収まっていた。
どんな危険な魔法生物なのか緊張し、怖がっていた生徒は肩透かしを食らったかのように強張らせていた身体を弛緩させ、中にはシェーマスのように吹き出しくすくすと笑う者もいた。
ソフィアもまた、小さくため息をこぼす。まぁ、去年は殆ど何もしなかった、魔法生物とはじめての邂逅はこの程度から始めても良いかもしれない。それにしても、脅し過ぎだとは思うが。
「どうしたのかね?」
「あの…コイツらがそんなに危険なんですか?」
笑いを堪えながらシェーマスはロックハートに尋ねるが、ロックハートは酷く真面目な顔でそれをたしなめた。
「思い込みはいけません!連中は厄介で危険な小悪魔になりえます!」
確かに、ピクシー小妖精はかなりの悪戯好きで対処法を知らなければ厄介と言えるかもしれない。大きな危険は無いとは言え、腐っても魔法生物であり、時たまピクシー小妖精の被害が報告されている。──とは言っても、被害に遭うのはフクロウだったり、誰かの飼い猫で人間が大きな危害を加えられる事は滅多に無いのだが。
「さあ、それでは!君たちがピクシーをどう扱うか見てみましょう!」
ロックハートは籠の戸を開け放つ。
途端に自由になったピクシー達は楽しそうに鳴き声を上げながら教室中を飛び回り、本を投げ、魔法生物の標本を壊し、インク瓶を逆さにひっくり返し生徒たちにふりかけ、天井のシャンデリアまでネビルを引っ張り上げると吊るした。混乱する生徒たちを見てピクシー達はケタケタと高い笑いをあげると更に部屋中に風を吹き起こし羊皮紙を舞わせた。
「…めちゃくちゃだわ…対処の方法も教えないなんて…」
ソフィアはシャンデリアから落下したネビルを浮遊呪文で救出しながら、阿鼻叫喚な教室を見て呟いた。
ネビルのような目に遭ってはたまらないと、生徒たちは終業のベルが聞こえた途端我先にと出口に押しかける。ソフィア達も急いで出口に向かったが、後少しで扉に手がかかると言うところでロックハートに呼びかけられてしまった。
「さあ、その4人にお願いしよう。その辺に残っているピクシーを摘んで、籠に戻しておきなさい」
すぐに外へ逃げ出そうとするロックハートに、ソフィアは呆れつつ、後ろから叫んだ。
「ロックハート先生!何者も私たちに危害を加えないんじゃなかったんですか?」
ロックハートはソフィアの言葉に応えることなく、白い歯をちらりと見せながら曖昧に笑うと素早く戸を閉めた。
「全く!耳を疑うよ!」
ロンは自分の耳を噛むピクシーを振り払いながら唸る、ハリーもまたメガネを取られまいと必死に腕を振り回し、ハーマイオニーは頭を引っ張られ「痛い!」と叫んだ。
ソフィアは杖を出し、大きく空気を切り裂くように振るった。
「
するとピクシー小妖精達はつぶらな瞳を大きく見開いたまま空中でその動きを止めた。
近くでふわふわと浮かぶピクシーを摘み、ソフィアは籠の中に押し込みながらくるりとハリー達を見る。
「さ、早く籠に入れちゃいましょう」
「ありがとうソフィア!…君はあの先生よりずっと優れた教師になれるよ…」
ハリーがずれたメガネを正しながら言うと、ハーマイオニーは髪を撫で付けながら少し気まずそうに呟く。
「先生は、私たちに体験学習をさせたかっただけよ…」
「体験だって?ハーマイオニー、ロックハートは自分が何をやってるのか全然わかってなかったんだよ」
「違うわ。彼の本──読んだでしょ?彼って…あんなに偉大な事をやってるじゃない」
ハーマイオニーは籠に三匹のピクシーを押し込みながら言ったが、その言葉にはいつもの自信に満ちた色は含まれて居なかった。
「ご本人は、やったって言ってるけどね」
「少し…怪しいわよね」
ロンの嫌そうに吐き出された言葉にソフィアは同じように同調した。ハリーもまたその言葉に賛同するように頷き、ハーマイオニーだけが「そんな事ないわよ…」と、自信なさげに呟いた。