次の日はクィディッチの試合が行われる日だった。ソフィア達は試合前、更衣室に入ろうとするハリーに駆け寄り、激励の言葉を告げた後観客席に向かった。
「今回は、何も起こらないといいわね」
ソフィアは隣にいるハーマイオニーに小さな声で囁いた。途端ハーマイオニーは去年の事を思い出し、緊張した面持ちで頷く。
「ええ…一応、ハリーの動きには注意しましょう」
何事も起こらないといい、そうソフィアとハーマイオニーは祈ったが、試合が開始された途端その祈りが届かなかった事を知った。
ブラッジャーがハリーだけを執拗に狙い打ち落とさんとばかりに頭めがけて突進していく。ブラッジャーはどの選手にも満遍なく攻撃を仕掛ける筈だ、あの動きは不自然すぎる。
すぐに気付いたソフィアは舌打ちを零し観客席を見渡した。だが視界に入る者は全て狂ったブラッジャーを見て不安そうにしている。それは教師達も同じだったようで、何事かと皆ハリーを見つめていた。
「だめ!変な動きをしている人はいないわ!」
ハーマイオニーは悲痛な面持ちで叫んだ、前回はたまたますぐに見つかったが、今回は見つからない。──いや、見つけられないと言った方が正しいだろう。前回、ハーマイオニーはセブルスを犯人だと、ソフィアはクィレルを犯人だと思いすぐにその姿を見つけることが出来た。しかし、今回は犯人の目星もついていないのだ。
「まさか、マルフォイが!?」
「いえ、ドラコも試合中よ、彼にそんな器用な真似出来ないわ」
ソフィアは、万が一の事を考えてドラコの動きにも注目していたが、彼は何度もブラッジャーから視線を外している。前回のように強い呪いをかけているのだとすれば、目を一時も離す事は出来ない筈だ。
「ソフィア!どうしましょう…!」
「っ…ハリー…!」
ハーマイオニーもソフィアも、どうする事も出来なかった、ただ祈るように手を組み、ハリーがブラッジャーとの衝突を回避し続けることと、一刻も早く試合が終わる事だけを祈った。
ブラッジャーがハリーの肘を強打した時、ハーマイオニーは叫び顔を手で覆った。ソフィアもまた息を飲み悲痛な面持ちでハリーを見る。豪速で重いブラッジャーにぶつかったんだ、きっと骨が折れた事だろう、もしこれが頭にぶつかったら──ソフィアは嫌な考えを首を振って振り払い、殆ど手摺から身体を乗り出してじっとハリーを見ていた。
ハリーは急に地面へ急降下すると、そのまま折れていない方の手を必死に前に伸ばした。あの動きは、間違いない、スニッチを見つけたんだ!そう分かるとソフィアは大声で叫んだ。
「ハリーー!!頑張ってー!!」
ソフィアの叫びが届いたのか、はたまた偶然だったのか、その直後からハリーの手はスニッチを捉え、地面に突っ込み泥の中を転がった。
周りから叫びとどよめきが広がる、事故か?落ちたのか?それとも、ついに捕まえたのか?
試合終了を告げるホイッスルが鳴り響き、フーチがグリフィンドールの勝利を告げると観衆は喜び歓声を上げ口笛を高く鳴らした。
ソフィアはほっと胸を撫で下ろし、隣で無邪気に喜ぶロンと、顔を青くしながらも安心から表情を緩めるハーマイオニーに向かって言った。
「ハリーの元へ行きましょう」
2人はすぐに頷き、グラウンドへと向かった。
ソフィア達が駆けつけると、すでに同じグリフィンドールの選手たちが心配そうにーーだが喜びを隠しきれないといった笑顔でハリーを取り囲んでいた。
「心配するなソフィア、腕が折れて気絶してるだけさ!」
駆け寄ったソフィアを元気付けるようにジョージが軽く言う。クィディッチで命を落とした選手はいないが、骨折は割と頻繁に起こる事故でもあった。
「ああ!ポンフリーが治してくれるさ!」
フレッドも嬉しそうにニコニコしながらソフィアに告げる。ソフィア達は顔を見合わせて、安堵から笑いあった。頭は打ってなさそうだ、それなら本当に良かった。
ソフィア達以外にも何人かのグリフィンドール生がハリーの様子を見ようと心配そうに駆け寄ってきて、グリフィンドールの選手達は口々に大丈夫だといい、安心させるように笑った。
「──おっと!まだブラッジャーが狂ったままだ!」
芝生の上に寝転び気絶しているハリー目掛けて飛んできたブラッジャーをジョージが持っていた棍棒で撃ち返し、すぐにフレッドも加勢し2人でブラッジャーを捕獲しにいく。ソフィアはちらりとそれを見て、間違いなく何か呪いか細工がされているだろうと目を細めた。
ただ、試合で負けさせたいわけじゃないんだ。ハリーに重傷を負わせることが、目的なんだ。
「どいて!私に道を開けてください!」
何処からともなく意気揚々とした声とともにロックハートが現れ、ハリーを取り囲む集団に笑顔を振り撒き、まるで今から自分がする偉業をしっかり見ておくようにというような目配せをした。
そして雨の中バサリとローブをはためかせ、ハリーの顔を覗き込んだ。
「ぅっ…」
ハリーが小さな呻めきと共に瞼を震わせ、ゆっくりと目を覚ました。そして目の前にいる人が誰なのか理解すると痛みとは別の感情で顔を歪めた。
「やめてくれ、よりによって…」
「自分の言っていることが分かってないのだ。ハリー心配するな、私が君の腕を治してやろう」
「止めて!僕、腕をこのままにしておきたい、かまわないで…」
激痛の中息も絶え絶えにハリーが懇願するが、ロックハートは自信たっぷりの笑顔をハリーと、そして群衆に見せる。ソフィアはピクシーさえ退けられない人が、はたして治癒魔法という難しいもの──それも骨折を治すなんて出来るわけがない、とハリーの上に覆い被さるようにしてロックハートからハリーを隠し、強い目でロックハートを見上げた。
「ロックハート先生!ここにはマダム・ポンフリーという優秀な校医の先生が居ます!」
「おやおや、君は…ミス・プリンス!ああ、なるほど、心配なさるな!君のダーリンはしっかりと私が治して見せましょう!そうすればあなたの憂いは晴れ、輝かしい笑顔を振り撒くことになるでしょう!ああ、でも感激のあまり私に飛び付いてはいけませんよ?勿論断りませんが、君のダーリンがヤキモチをやいてしまう!」
「なっ…!」
茶目っ気たっぷりにロックハートはウインクを一つし、白く輝く歯を見せた。
ロックハートはきっとこの少女はカッコいい悲劇的なボーイフレンドが怪我をした為狼狽えているに違いないと思い込み、想像もしなかった言葉に唖然として動きを止めたソフィアの下からするりとハリーを引っ張り出すと──ハリーは激痛で呻いた──すぐに杖を出し、何やらくるくると大袈裟に振り回す。
「やめて…だめ…!」
「──あっ!ハリー!」
人は理解できないものに遭遇すると思考を放棄するらしい。ソフィアがハッとして意識を取り戻した時には既にロックハートがハリーの腕に杖先を向けていた。
「あっ。──そう、まぁね。時にはこんなことも起こりますね。でも、要するにもう骨は折れていない。それが肝心だ。それじゃハリー医務室まで気をつけて歩いて行きなさい。ミス・プリンス?君のハリーを連れていけるね?マダム・ポンフリーがきっとハリーを…その…少し、きちんとしてくれることでしょう」
ロックハートは早口でそう言うとさっさとその場から逃げ出してしまう。ハリーは腕を見ないようにゆっくりと立ち上がる。不思議と激痛は消えていたが、腕が無くなってしまったかのような気持ち悪さがあった。
「ハリー…あー…医務室に、行きましょう」
ソフィアはなるべく優しくハリーに語りかけた。周りの人たちが気の毒そうに自分を見ている事に気付き、ハリーは恐る恐る自分の右腕を見た。ロックハートは骨折を治したのではない、右腕の骨を全て抜き取ってしまったのだ。ゴム手袋のように変わり果てた右腕を見たハリーはふらりとよろめいた、慌ててソフィアとロンが支え、ハーマイオニーはぶらぶらと揺れる右腕を引き攣った顔で見ていた。
「最悪だ…」
心の底から搾り出すようにハリーが言えば、ロンとソフィアは大きく頷いた。間違いない、骨折ならマダム・ポンフリーはすぐに治してくれるが、それが骨を生やす事となると…それが可能なのかソフィアにはわからなかった。
「さあ、行きましょうダーリン?勝利のキスを後であげるわね!」
少しでもハリーの気が紛れないかと、ソフィアは少し悪戯っぽく言ってみたが、ハリーは自分の腕の事で頭がいっぱいであり、虚な目で「ああ、うん」と返事をしただけだった。
「重症だ」
「…怪我も心もね」
茫然とするハリーを何とか医務室まで連れて行き、マダム・ポンフリーに診せると彼女は顔を真っ赤にして怒った。
「まっすぐに私のところに来るべきでした!」
「そうしようとしたんですが、ロックハート先生が無理矢理…」
ソフィアがおずおずと言うと、ポンフリーは大きなため息をつき、ハリーのぶよぶよした右腕をよく診察する為に持ち上げたり、捻ったりした。腕が本来出来ないだろうその雑巾絞りのような動きに、ソフィア達は顔を顰める。
「何て酷い!…骨折ならすぐに治せますが、骨を元通りに生やすとなると…」
「先生、出来ますよね?」
ハリーは絞られている自分の右腕を見ないようにしながら、すがるような思いでポンフリーに聞いた、ポンフリーは安心させる為にちょっと微笑み、頷く。
「勿論出来ますとも、でも…痛いですよ。今夜はここに泊まらないと…」
パジャマを渡しながらポンフリーは怖い顔でハリーに告げた。ハリーは顔を真っ青にしながらも、元通りになると分かって少し落ち着いたようだった。
ハリーがロンの手を借りてパジャマに着替える間、ソフィアとハーマイオニーは閉められたカーテンの外で待っていた。
「ハーマイオニー、これでもロックハートの肩をもつの?」
「本当だよ!頼みもしてないのに骨抜きにするなんて!」
ソフィアとカーテン越しのロンが刺々しい言葉でハーマイオニーに聞いた、流石のハーマイオニーもすぐには何も言えず暫くもじもじとしていたが、それでもロックハートの肩をもつと決めたようだ。
「誰にだって、間違いはあるわ。それにもう痛みは無いんでしょう?」
「ああ、痛みもないけど、感覚もない」
「ハーマイオニー、人に向ける魔法は間違うことは許されないわ!それに、ハリーはこの後激痛の夜を過ごすのよ!」
ソフィアが怒りながら言うと、ハーマイオニーは尤もな言葉に何もいい反論が思い浮かばなかった。
着替えが終わったハリーがカーテンを開けると、気まずそうにするハーマイオニーとまだ怒っているソフィア、そして骨生え薬を持つマダム・ポンフリーが現れた。
ポンフリーは薬をビーカーに並々と注ぎ「今夜は辛いですよ。骨を生やすのは荒療治です」と忠告しながらそれをハリーに渡した。
その薬を飲む事自体が既に荒療治だった、ハリーは目に涙を溜め何度も吐き戻しそうになり、咽せながら何とか飲み切ると、ロンとソフィアに水を飲むのを手伝ってもらった。
クィディッチとロックハートに対して良い印象を持ってないポンフリーは文句を言いながら医務室の奥に消えていき、それを見送ったロンはハリーを励ますために顔中にいっぱいの笑顔を見せた。
「とにかく、僕たちは勝った!物凄いキャッチだったなぁ、マルフォイのあの顔…殺してやる!って顔だったな」
「あのブラッジャーに、マルフォイがどうやって仕掛けたのか知りたいわ…」
「質問リストに伝えておけばいいよ、ポリジュース薬を飲んでからアイツに聞くリストにね。…さっきの薬よりマシな味だといいんだけど…」
「スリザリンの連中のかけらが入ってるんだぜ?冗談言うなよ」
「ま、美味しくはないでしょうね」
ロンが嫌そうに舌を出しながら言った時、医務室のドアがパッと開き、泥んこでびしょ濡れになったグリフィンドール選手全員がハリーの見舞いにやってきたため、4人はポリジュース薬の話をやめた。
選手達は全員溢れんばかりの笑顔を見せてハリーを取り囲む、たくさんのお菓子やジュースを持ち込んでまさに宴会が始まろうとした時、ポンフリーが怒り鼻息を荒くしながら現れた。
「この子は休息が必要なんです。骨を33本も再生させるんですから!出ていきなさい、出ていきなさい!」
尻を叩かれるようにしてソフィア達や選手達は追い出されてしまった。
そのあと談話室に戻ると、主役のいない宴会が既に始まっており、ソフィアは少しハリーに申し訳なく思いながらも、フレッドとジョージに手を引かれその中の輪に加わった。