木曜日の午後。
ついに魔法薬学の授業が始まった。今日、ハリー達はとんでもない事をしなければならない。──この授業で、なによりもハリーが恐ろしいと感じるセブルス・スネイプの授業で騒ぎを起こさなければならないのだ。
予めハリー、ロン、ソフィアはフレッドからフィリバスターの長々花火を貰い、こっそりポケットの中に忍び込ませていた。3人中誰か1人でも騒ぎを起こさなければならない。
成功するには薬を調合する位置も重要だった。
なるべく研究室から遠い席に座り、尚且つ、この花火を入れるクラッブかゴイルが側に居なければならない。クラッブとゴイルを選んだ理由は簡単だ、ハリーとロンの心がちっとも痛まないからだった。
それと、出来るならルイスは巻き込みたくない、そう4人は思っていた。
研究室とルイスから遠く、クラッブかゴイルが近くに座る。そんな奇跡のような席になるためにハリーとロン、ソフィアは皆バラバラに座った。あまりいつものメンバーがバラけていると不信がられるかもしれない、とハーマイオニーはソフィアの隣に座り、ロンはネビルを誘い隣に座らせた。
先に教室の中に入り席についていたハリー達の後でスリザリンの生徒がぞろぞろとやってきた。ハリーとロンはどうかこっちにクラッブとゴイルが来ませんように、とこっそりと机の下で指を組み祈っていたが、幸運の女神はどうやらロンに微笑んだようで、ハリーの前の席にクラッブとゴイルが座った。
ちらり、とハリーはロンとソフィアを見る、2人とも人差し指と中指を交差させ、「幸運を祈る」とジェスチャーで伝えていた。ソフィアの目は真剣そのものだが、ロンの目には隠しようのない安堵が滲んでいる。
「………はぁ…」
ハリーは天を仰ぎ、小さくため息をついた。
天井を見ていた顔をゆっくりと戻した時には心は決まり、ハリーの目は決意が宿り、唇は緊張から固く結ばれていた。
行動に移すのがハリーだと決まってしまい、ソフィアは不安に思いながらせめて邪魔はしないでおこうと真剣に調合に取り組んだ。ルイスからは2度と調合しない方がいいと言われていたが、しないわけにも、いかないだろう。
絶えず緊張し、真剣に調合した結果。ソフィアの膨れ薬は奇跡的にもほぼ成功していた。少し色が薄いが、今までの中で会心の出来だといえるだろう。──寧ろ、上手く作りすぎて怪しまれかねない。ソフィアは迷う事なく余っていた材料をわざと少し足して薬を失敗させた。少しでも、疑念を抱かせないようにしなければならない。
セブルスは生徒の周りをゆっくりと歩き、薬の出来を見て回った。ドラコとルイス以外のほぼ全員が細かすぎる批評を受けたが、それはいつも通りの授業風景といけるだろう。
「…ミス・プリンス。どうしたらこうなるのか…理解に苦しむ」
セブルスはソフィアの大鍋を少し覗くと、わざとらしく盛大なため息をついた。彼女の手によりわざと失敗して作られた膨れ薬は何故か液体ではなくオレンジ色の石の塊のようになっていた。
ソフィアは無言で俯く。何か企んでいると悟られてはならない。いつもこうして目を逸らしている、きっとバレないはず──。
俯きながらちらりとハーマイオニーを見れば、ハリーにこくりと合図を送っていた。ハリーがこそこそと花火を出している中、セブルスが不意にハリーのいる方向を降り向こうとした為、ソフィアは慌てて顔をあげセブルスを見た。
「先生!」
呼び止められ、セブルスは半分ハリーの方を向いていた身体をくるりとソフィアに向けた。──ソフィアの隣でハーマイオニーが強ばった肩をおろしたのが見えた──ソフィアはしばし逡巡した後、机の上にあったフグの目玉を摘み上げた。
「…多分、この目玉のせいです。ちょっと…白内障ぽくありませんか?」
「──ほう?ミス・プリンスは、我輩が準備した材料に、ご不満がおありだと…そういうのかね?」
フグの目玉は新鮮そのものであり、セブルスは口先だけで侮蔑の笑みを見せる。近くでそれを聞いていたグリフィンドール生達は、またグリフィンドールが減点されると少し落ち込んだその時──。
──バンッ!
短い破裂音と共にクラス中に雨のように膨れ薬が降り注いだ。
薬の飛沫がかかった生徒は悲鳴を上げ、みるみる膨らんでいく身体の一部を見て呻く。
セブルスは反射的にソフィアを見たが、ソフィアは驚きに目を見開いていて、セブルスと目が合うと今回は私じゃないとばかりに首を勢いよく振った。舌打ちをこぼしたセブルスは杖を振るい膨れ薬を消し去ると怒号を上げる。
「静まれ!静まらんか!」
セブルスは早足で被害の最も多い場所へ向かう。ハーマイオニーは彼が後ろを向いた途端こっそりと教室から抜け出した。
「薬を浴びた者にはぺしゃんこ薬をやるからここに来い」
セブルスは棚からぺしゃんこ薬を取り出し教壇の上に置いた。ドラコがメロン程に膨れた鼻を下から支えながら急いで進み出て、それに続きクラスの半数程度が身体の一部を巨大化させ、重い身体を引きずるようにして教壇の前に並んだ。
ハリーはスリザリン生が殆ど被害を受けていた事が嬉しく、必死に笑いを堪えた。それになんとかルイスは被害を免れたようで、巨大化した生徒を可哀想なものを見る目で遠巻きにしている。
そんな中、ハリーはハーマイオニーがするりと教室内に戻ってきたのを見た。
ハーマイオニーは素知らぬ顔で着席すると、額に滲む汗を拭き呼吸を抑えた。ソフィアは声を潜ませなるべく唇を動かさないようにしてそっと囁いた。
「…ハーマイオニー、大丈夫だった?」
「ええ、問題ないわ」
ローブの下で隠していた材料を机の下で出して見せ、ハーマイオニーはニヤリと笑い、直ぐに材料を鞄の中に入れその上に沢山の教科書を乗せた。
皆が解毒剤を飲み、色々な膨れが収まったあと、セブルスはゴイルの大鍋の底から黒焦げた花火の燃え滓を掬い上げた。
それを見た生徒達は誰も一言も話さず、教室内に重い沈黙が流れた。──この授業で、こんな馬鹿な真似をする人がいるなんて、信じられなかった。
「これを投げ入れた者が誰かわかった暁には、我輩が間違いなく、そいつを退学にさせてやる」
セブルスが怒りを滲ませ低い声で言うと、教室内の気温が3度は下がった気がした。
ハリー達は一体誰がそんな事をしたんだろう、という表情を取り繕った。しかし、セブルスはハリーを真っ直ぐに見据えていて、ハリーは終業のベルが鳴るまで生きた心地がしなかった。
終業のベルがなった途端、4人は教室から出るまでは他の生徒と同じように普通に歩いていたが、一歩セブルスの視界から離れた瞬間その場から逃げ出した。
急いでマートルのトイレに向かう中、ハリーは不安そうに後ろを振り向きつつ──もしかしたら、スネイプが追いかけているかも知れない──3人に話しかける。
「スネイプは僕がやったってわかってるよ。バレてるよ」
「大丈夫よ、証拠がないもの!」
ソフィアは安心させるように言いながらトイレの扉を開けた。
すぐにハーマイオニーが鍋のある個室へ行き、新しく持ってきた──盗んできた──材料を鍋の中に入れると顔を輝かせ興奮したように夢中でかき混ぜた。
「後2週間で出来上がるわよ!」
嬉しそうなハーマイオニーに、ソフィアもなんとかなって良かったと微笑む。
まだ一人不安で落ち着かないハリーの肩をロンが優しく叩いた。
「スネイプは君がやったって証明できない。あいつにいったい何が出来る?」
「でも…相手はスネイプだ…何か臭うよ…」
ハリーがそう言った時、鍋の中で薬がぷくぷくと泡立った。