ソフィアは2月の中頃、花束を持つ少女の部屋で一人ノートを開き考え込んでいた。ジニーに誰にも言わないでくれと言われていた為、ソフィアはこの日記の事をハリー達には伝えなかった。
ハリー達の前でこの日記を開く事が出来なかったソフィアはたまに、こうしてリドルと話をするためにわずかな時間を見計らいこっそりとこの部屋に来ていた。
一月後半あたりから、リドルはジニーの事を気にするようになった、最近の様子を聞いたり、一度話したい、と文字を表した。
──ソフィア、ジニーは友達が出来たかな?
──うーん、あまりうまくいってないわ。まだ暗い顔をしているもの。
──そっか…僕はただの記憶だから、友人にはなれないのかもしれない…でも、励ましてあげたいんだ…。
──あなたって優しいのね、リドル。
きっと、リドルにとっても長い間ジニーと話をしているうちに友人のようになっていったのかもしれない。たとえ日記であり、過去の記憶だとしても今のリドルとジニーの関係を表す言葉は、きっとそうなのだろう。そう思ったが、それが正しい事なのか、ソフィアには判断出来なかった。
あれから一度もジニーは日記の事をソフィアに聞くことも、返して欲しいと言うことも無かった。何時でも返す事が出来るように、常にカバンの中に日記を忍ばせていたがその日記が日の目を見ることは、まだ無さそうだ。
──ソフィア、君だってジニーの事を気にしているだろう?ジニーはいつも僕に言っていたよ、ソフィアがお姉さんなら良かったのにって。とても優しい人だからって。
──嬉しいわ、私にとってもジニーは妹のように思ってるもの!
──ソフィア、君は何か困っている事はないかい?僕でよければ、話を聞くよ。話しか、聞けないのがとても歯痒いけどね…。優しい人は、色々苦悩を抱えてしまうから…。
ソフィアは少し、羽ペンを動かす手を止めた。悩みは沢山ある、だが──。
──何も無いわ。じゃあ、またね、リドル。
ソフィアは返事を見る事なく日記を閉じた。
近頃、リドルは自分に悩みが無いかをぼんやりと聞くようになっていた、それは遠回しであったり、今日のように率直な聞き方であったが、ソフィアはこの日記にプライベートな事を一切書かなかった。
悪い物では無いのかもしれない、呪詛がかかっている形跡もない。ただ、この日記の内容を万が一誰かに見られる事があったら、リドルがジニーに教えてしまったら。──そう思うと何も書くことは出来なかった。
ソフィアは鞄に日記を入れ、部屋からそっと抜け出しグリフィンドール寮へ戻った。
談話室にいたロンとハーマイオニーはソフィアが入ってくると直ぐに駆け寄り、少し怒ったような、でも安心しているような、複雑な表情で出迎えた。
「ソフィア、どこにいってたんだい?」
「マートルの所よ、朝の挨拶をしに行っていたの。たまに行かないと不機嫌になって…この前長く行かなかったら…拗ねちゃってトイレの水をかけられたから」
「あー…でも、気をつけるのよ?何もないとは思うけれど…」
「ええ、わかったわ」
つい1週間ほど前にびしょ濡れになって帰ってきたソフィアを思い出して、ハーマイオニーとロンは苦笑した。
ポリジュース薬を作るために使った陰気なトイレに、ハリー達は二度と訪れる気は無かった。ソフィアもまた時間の許す限りハーマイオニーのお見舞いに行っていた為マートルのトイレに行く事は無く、ようやくハーマイオニーが退院し、それをマートルにも伝えようとソフィアがトイレを訪れたのだが、長くソフィアと会えなかったことにマートルはかなり臍を曲げてしまったようだった。
「まぁ、悪い子ではないわ、私の前で泣くこともほとんど無くなったし…」
ソフィアは肩をすくめて、少し嘘の隠れ蓑にしているマートルに心の中で謝る。マートルのトイレなんて、ハリー達は絶対に一緒に行こうとはしなかった。本来──年末までは、一人でホグワーツ内を彷徨く事は、かなり不用心で愚かな事だと言えただろう。
だが、ニックとジャスティンの一件以来、怪物が現れ生徒が襲われる事は無くなっていて、生徒達の間にまた少しずつだが、笑顔が戻ってきていた。
何より、マンドレイクの成長が順調に進んでいることも彼らの気持ちを明るくさせた。もうじき石になった者達は蘇生される。そうすれば、その口から何があったかを聞き、きっと犯人もすぐ見つかるだろう。そう、皆が思っていた。
ソフィア達はまだ真犯人を見つけ出す事を諦めては居なかったが、何も行動には起こさなかった。──いや、起こせなかった。
もう犯人の手がかりは何もなく、思い当たる人物も居ない。一人ひとり疑わしい人物を調べられる程ホグワーツの人数は少なくない。
何も起こらないのであれば、このまま静かにした方がいい、きっとホグワーツ中が警戒する中で継承者は秘密の部屋を開ける事が難しくなってきたのかもしれない。
実際、ジャスティンの一件から教師の見回りは頻繁に行われ、夜に少しでも寮から抜け出す事は困難だった。
「さ、朝ごはんを食べに行きましょ?ハリーは昨日のクィディッチの練習で寝てるみたいなの」
「先に行こうぜ、僕もうお腹ぺこぺこだよ」
その瞬間ロンのお腹が小さく鳴り、ソフィアとハーマイオニーはくすくすと笑い、ロンは頬を髪色のように赤く染めた。
大広間に続く扉をくぐったソフィア達は、一瞬入った部屋を間違えたのかと思った。
壁一面に鮮やかでやや下品なピンクの花が飾り付けられ、天井からはハート型の紙吹雪が降っていた。
三人は顔を合わせ一度振り返り、ここが大広間で間違いない事を確認してからグリフィンドールの机に向かう。机の上には舞い落ちたハート型の紙が沢山積もっていて、料理の見た目を間違いなく、損ねていた。
「一体なに…これ…」
ソフィアは席に座りながら呆然と辺りを見渡し、上座に座る教師達を見た。誰もが気難しい顔か無表情で椅子に座っている。
ただ、1人ロックハートだけはこの大広間の飾り付けに合わしたかのような、けばけばしいピンクのローブを着てニコニコと満足そうに大広間を見回しては、ちらちらと熱視線を向ける女子生徒達に手を振っていた。
「きっとロックハート先生ね!素晴らしいわ…」
ハーマイオニーは手のひらを上げ、その上に落ちたハートをうっとりと眺めると大事そうに胸ポケットの中にそっと入れた。
ソフィアとロンはミルク瓶の中に溺れたハートをじっと見て、上座にいる教師達のような無表情を貫いた。
ソフィアも同じような悪戯をした事がある、だが、ソフィアの──そしてフレッドとジョージの信条はなるべく他人に迷惑をかけない事、だ。せめてこの紙吹雪が幻想であり、料理の中に入らなければまだ、ソフィアは許せたかもしれない。
山のように降り積もる紙を見て、ソフィアは嫌そうにため息をついた。
「これ、何事?」
暫くして遅れてやってきたハリーが戸惑いながらロンの隣に座り、目の前のベーコンから紙吹雪を払い除ける。ハーマイオニーは頬を染めくすくすと笑い、ロンは黙ったまま教師達のいるテーブルを指差し、ソフィアは肩をすくめた。
「静粛に!バレンタインおめでとう!」
ロックハートは立ち上がり、両手を広げ輝く笑顔を見せながら叫び、その動作に何人かの生徒が黄色い声を上げた。
「今までのところ、46人の皆さんが私にカードをくださいました。ありがとう!そうです、皆さんをちょっと驚かせようと、私がこのようにさせていただきました!──しかも、これが全てではありませんよ!」
チャーミングなウインクを見せ、ロックハートは手を叩いた。すると玄関ホールに続く扉から無愛想な顔をした小人が12人ぞろぞろと入っていた。
「私の愛すべき配達キューピッドです!」
不服な表情をした小人達は手にハープを持ち、背中に金色の羽をつけている。かなり良いように解釈すれば、神話に出てくる愛のキューピッドに、見えなくもない。
「今日は学校中を巡回して、皆さんのバレンタインカードを配達します。そしてお楽しみはまだまだこれからですよ!さあ、スネイプ先生に愛の妙薬の作り方を見せてもらってはどうです?ついでにフリットウィック先生ですが、魅惑の呪文について、私が知ってるどの魔法使いよりもご存知です!素知らぬ顔して憎いですね!」
茶目っ気たっぷりにロックハートはフリットウィックを見たが、彼は両手を顔で覆い誰も自分を見るなと言うように項垂れた。ルイスはスリザリンの席からセブルスを見て、あまりにも苦々しい顔でロックハートを睨んでいることに気付きくすくすと小さく笑う。
「次の個人授業で愛の妙薬の作り方を教わろうかなぁ」
「…やめておけ」
ドラコは人を射殺せそうなセブルスの睨みを見て、ひくりと頬を引き攣らせた。
紙吹雪が舞う中朝食もそこそこに生徒達は皆小人を避けながら授業へ向かった。廊下のそこかしこでメッセージカードを配り、時には歌を歌っていた。受け取った人は皆顔を引き攣らせるか、炎が出るのではないかと言うほど顔を真っ赤に染めていた。
まさか小人達は授業中には来ないだろう、そう皆が思ったが小人達はお構いなしで授業中の教室に乱入してはメッセージカードを配り周り、その度に教師達の怒りは徐々に蓄積していった。
「あなたにです、ソフィア・プリンス!」
「え?私に?」
次の教室に移動する時にソフィアは仏頂面をした小人から一枚の赤いメッセージカードを受け取った。差出人の名前は──
真っ赤なカードの中には、金色に輝く文字で愛の告白のような、日頃の感謝のような文章が綴られていた。
「誰からなの?」
「んー…わからないわ、でも…初めて頂いたわ!…嬉しいものね!」
カードを口に当て、くすくすと笑い、大切そうに何度か書かれている文章を読んだ後、その金色の文字を撫で、そっとカバンの中にしまう。
ソフィアは目の覚めるような美少女ではない。だが、愛くるしく感情のままにころころと変わる表情と、明るく、誰に対しても──何に対しても優しい彼女の性格で、尚且つ勉学においても優秀だ。それにただの少女ではなく、ユーモアにも富んでいる。
そんなソフィアを好む者は意外と多い。
ハーマイオニーは最もそばに居てそれを知っているからこそ、今までにも廊下ですれ違いざまに男子生徒がちらちらとソフィアを気にしている様子に気付いていた。
──きっと、一枚では済まないだろう。
ハーマイオニーの予想通り、それからソフィアはメッセージカード3枚と、赤い薔薇を一本貰った、嬉しそうにはしていたが、何かの間違いではないのかと少し困惑するソフィアに、ハーマイオニーはこっそりと耳打ちをする。
「ソフィア、あなたってかなり人気があるのよ?気がつかなかった?」
「えっ…そんな、全然…気がつかなかったわ…」
頬を染めて眉を下げるソフィアは、見ていて思わず抱きしめたくなる程の可愛らしさだ、今までどこか、妹のように思っていた彼女の女らしい表情に、ハーマイオニーはちらりと隣にいるハリーとロンを盗み見た。
彼らはそわそわと落ち着かず、どこか挙動不審だった。きっと、彼らもまたソフィアの何時もとは違う表情に鼓動を高鳴らせ、胸を甘く締め付けられているのだろう。──だけど、まだその意味はわかってなさそうね。と、ハーマイオニーは恋愛に関してまだまだお子様な2人を見て思った。
「オー!あなたです、アリー・ポッター!」
小人の甲高い声が響く。ようやく目的の人を見つけた!一体どれだけ探し回った事か、と言うようなしかめ面をした小人が生徒たちを押し退けハリー達の前に躍り出た。
周りには生徒が沢山いる、その中にはグリフィンドールの一年生であるジニーも混じっていた。ハリーはソフィア達ならまだしも、知っている人に小人から何か受け取る場面なんて見られたく無く、顔を赤く染め引き攣らせると、すぐに逃げようとした。
「アリー・ポッターに、直々にお渡ししたい歌のメッセージがあります」
「ここじゃダメだよ!」
ハリーは慌ててそう言い逃げようとしたが、小人はさっさと終わらせてしまいたいのかハープを掻き鳴らしながらハリーを睨んだ。
「動くな!」
「離して!」
小人はハリーの鞄をがっちり捕まえ、引き戻すと唸るように言うが、ハリーも負けじと叫び鞄を強く引っ張る、2人の引っ張り合いに耐えきれなかった鞄は突如中央からびりびりと破けた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
バランスを崩したハリーは隣にいたソフィアにぶつかり転倒する、ソフィアもまた倒れ込むと痛む尻を抑えた。
「いたた…」
「ご、ごめんソフィア!──うわっ!ちょっと!乗らないでよ!」
「これでよし、貴方に歌うバレンタインです」
ハリーは慌ててソフィアに謝罪したが、この騒動の原因を作った小人はソフィアの転倒も素知らぬ顔でハリーの足の上に乗るとハープを鳴らし高らかに上手いとは言えない歌を歌った。
貴方の目は緑色、あおいカエルの新漬のよう
貴方の髪は真っ黒、黒板のよう
貴方が私の物ならいいのに。貴方は素敵
闇の帝王を征服した、貴方は英雄
ハリーは顔に熱がこもるのを感じながら無理矢理周りと同じように笑って見せ立ち上がった。
ソフィアもまた鞄から散らばった本や教科書などをすぐに鞄に押し込み、尻を摩りながら立ち上がる。
ふと、ソフィアはその集団にジニーが居て、何か言いたげな必死な目で自分を見ていることに気付き、ソフィアは申し訳なさそうに眉を下げる、誰にも内緒にしておいてほしいと言われていた日記が、少し鞄からはみ出てしまっていた、きっとジニーはそれに気が付き、焦っているのだろう。
今すぐにこの場から逃げ出したくてたまらなかったハリーが遂に次の教室まで走り出し、ハーマイオニーとロンは顔を見合わせ慌ててその後を追った。ソフィアは集団がパラパラと解散し出している中でも自分をじっと見つめ動けないジニーを気にしながらも、ハリー達の後を追いかけた。