ルイスはソフィアの側に座り込み、硬くなった頬を撫でていた、声を上げる事はなかったが、その黒い瞳からは静かに涙の粒が溢れ頬を伝い流れる。
離れた場所から横たわるソフィアと、跪き、項垂れ悲しみにくれるルイスを見ていた生徒たちは胸を締め付ける様な悲劇に、苦し気に顔を歪め、ルイスの強い悲壮が伝染していき涙を流す者までいた。ソフィアの名は去年、フレッドとジョージらと共に大広間で行った大々的な悪戯によりよく知られていた。話したことが無い者も、彼女の顔と名前は一致し、その明るい楽し気な笑顔を今でも覚えていた。知らない存在では無い彼女が襲われた事に、誰もが胸を痛めた。
フレッドとジョージによりソフィアが襲われたと聞きマクゴナガルとセブルスが生徒を掻き分けながらその場に急いで現れた。
「ミス・プリンス…!」
マクゴナガルは悲鳴にも似た声で彼女の名を呼び、すぐに状態を調べた。彼女も他の生徒達と同じで石化されていると知り、苦し気に息を詰まらせる。セブルスはその後ろで、愛娘が横たわる姿と、息子が涙を流し悲しみに暮れる姿を見て強く奥歯を噛み締めた。
ルイスはマクゴナガルとセブルスの到着に蒼白となった顔を上げ、声もなく「父様」と呟いた。流れていた涙は2人を見た途端少し安心したのか、ようやく止まった。
セブルスは駆け寄りその震える肩を抱き締め慰める事すら出来ない、そんな不甲斐ない自分に──仕方がないとは言え、苛立ちが募る。だが、それをしてしまえばルイスとソフィアが築き上げてきた物を、自分が壊す事になってしまう。セブルスは強く己の手を握り、マクゴナガルと同じようにソフィアの側にしゃがみ彼女の様子をよく調べながら、周りの生徒に気付かれないようなるべく口を動かさず、ルイスに囁きかけた。
「…心配するな…石化しているだけだ。薬が出来ればすぐに蘇生させる」
「っ…は…い」
マクゴナガルは悲痛な面持ちで口を固く結ぶと立ち上がり、杖を振りソフィアを浮遊させる。こんな冷たくて硬い床にいつまでも置いているのは、可哀想だった。石化した者は何も苦しみや温度を感じ無いだろうが──そうだといいと願った──早く医務室に運ぼう。
「…医務室に行きましょう、ミスター・プリンス、立てますか?」
「…あ……」
ルイスはすぐに立ち上がろうとしたが腰を浮かした途端またその場にへたり込んでしまう。脚が震え、言う事を聞かない。先程フレッドとジョージの元に駆け寄った時に全ての力を使い果たしてしまったかのように、脚は動くのをやめていた。
「…セブルス、ミスター・プリンスを支えてください」
ルイスの様子を見たマクゴナガルが、硬い言葉の中にほんの僅かに優しさを含ませてセブルスの名を呼んだ、自分が支えても良かったが、きっと彼を真の意味で支えることが出来るのはセブルス──父だけだ。
「…ミスター・プリンス、掴まりたまえ」
「…は、い…先生…」
マクゴナガルの言葉に無言のまま頷いたセブルスはルイスに向かって手を差し出す。ルイスはその大きな手を、震える手で掴んだ。
「──っ…」
ぐっと力を込めて手が握られる、少しかさついているが、それでも柔らかで暖かく、大きな手にルイスは胸が詰まり、顔をまたぎゅっと歪めると、目にいっぱいの涙をため、嗚咽を溢した。
──あたたかい、優しい手。ソフィアと、同じ手だ。だけど、ソフィアは──…。
そのまま立たされたルイスはセブルスの腕に片方の腕を絡ませるように捕まり、その体に半身を寄せながらもう片方の手で、セブルスの胸元を強く掴んだ。──何かに縋りついて無いと、この張り裂けそうな思いを堪えることができなかった。
「うっ…ああっ…!!ソフィア…!」
「しっかりしろ、お前の妹は死んだわけでは無い」
セブルスはルイスを見下ろし、硬い声で眉間に深い皺を刻ませながら呟く。そのあまりの平坦な声に、生徒達はこんな時くらい自分の寮生をもっと慰めればいいのにーーなんて冷たい人なんだ。そう思ったが、ルイスは涙を床にポタポタと降らせながら、何度も頷きしゃくりあげた。──ルイスは、セブルスのその言葉に込められた精一杯の慰めに気が付いていた。
「…医務室に行きましょう。──皆さんは自分の寮に戻りなさい、今すぐにです。寮長から報告があるまでは外出を禁じます。…さあ、急いで!」
マクゴナガルは周囲を見渡し生徒達に通る声で強く告げた、その中にいた監督生達はすぐに戸惑い不安がる生徒達を慰め、引き連れながら速やかにその責務を全うした。
ルイスはセブルスに縋りながら、よろよろと先に歩くマクゴナガルと滑る様に浮遊するソフィアの後ろをついていった。動かないソフィアを見て、ルイスは呟く。
「許さない…絶対に…許さない…!」
その憎しみが篭った声を聞いたのは、セブルスだけだった。
ソフィアは速やかに医務室に運ばれ、再び石化した生徒を見たポンフリーは顔を青くし小さく悲鳴をあげたが、すぐに表情を引き締めると辛そうにしながらも、一番奥のベッドにソフィアを寝かせた。立っている事が出来なかったルイスは、ベッド脇の椅子に疲れた様に座り込み、ソフィアを見つめた。
「私はダンブルドア校長を呼んできます。2人はここで…ソフィアの側に居てください」
マクゴナガルは悲痛な目でソフィアを見るルイスとセブルスにそう言うと、直ぐに踵を返し校長室まで急いだ。
カーテンで囲われたベッドの上で、ソフィアは強く天井を睨んだまま微塵も動く事はない。
「…大丈夫だ、あと数ヶ月もすれば…マンドレイクを収穫し、薬を作る事が出来る」
「…せ、んせい……何で…ソフィアが…」
「…わからん」
セブルスは重く呟く。その言葉に、ルイスは溜息にも似た吐息を吐き、そっとまたソフィアの頬を撫でた。
暫く2人は無言だった。何も話す事が出来ず──口を開く気力すら失っていた。
遠くから複数の人の足音が聞こえ、ルイスは顔を動かさないままに音のする方を見た。すぐにカーテンが引かれ、硬い表情をしたダンブルドアが姿を現した。
「セブルス、ルイス…なんと、…悲しき事じゃ」
ダンブルドアは重苦しい口調で言うと、じっとソフィアの目を見つめた。光を返すことのない瞳は、何かを睨むように鋭いままで停止している。
「…生徒達に1人での行動を硬く禁じねばならん。自由時間もなるべく談話室で過ごすよう伝え、決して油断せず…気を緩めないように…今談話室で集まっているじゃろう各寮生に伝えるのじゃ」
集まっていた各寮の寮長監は頷き、すぐに医務室を飛び出した、セブルスもまた他の生徒に説明をしに行かねばならない──寮監として。ソフィアの側を離れ難かったが、ダンブルドアに強い目で促され、やっとセブルスは重い足を引き摺る様にしてスリザリン寮へ向かった。
ソフィアのベッドの側にはルイスとダンブルドアのみが残された。ダンブルドアはひとつの小さな椅子に座ると、ルイスの目を優しく見つめた。
「ルイス…何かわしに話す事はないかね?」
「校長先生…」
ルイスはようやく顔を上げダンブルドアのキラキラとした不思議な色彩の目を見た。
そして、小さく頷き口を開く。
「…ソフィアを…見つけた時、走り去る人影を見ました。…誰かはわかりません、けれど…多分、下級生の…女子だと思います。背が低くて…走り去る時にローブが…めくれて、足が見えました…男子なら、ズボンを履いているので…見えないはずです」
「そうか…わかった。…他には?」
ルイスの脳裏にチラリと何かを企んでいたソフィアの事が浮かんだ。ポリジュース薬を使って何をするつもりだったのかは知らない、ただ間違いなく秘密の部屋と継承者について調べていた筈だ。
「…ソフィアは…秘密の部屋と、継承者について調べていたと…思います。けれど…何をしていたのかは──わかりません…」
ルイスはダンブルドアから視線を逸らした。暫く無言だったダンブルドアは、ルイスの背中を優しく撫でた。その暖かさにルイスはまた涙がこぼれる。この人はこんなにも暖かい、それなのに──僕はソフィアの秘密を守る事を選んだ。
「思い切り泣くといい、感情を溜め込みすぎると毒になる。──暫くここで過ごしなさい、わしは…ソフィアが発見された場所を調べてこよう」
ダンブルドアは一度ルイスの頭に手を乗せ、優しく撫でると静かにその場を去った。
ルイスは誰も居なくなったベッド脇で静かにソフィアを見つめる。少ししてダンブルドアと入れ替わる様にばたばたと大きな足音が響き、勢いよくカーテンが開いた。
「ソフィア!!」
「…ハリー…ロン…ハーマイオニー…」
飛び込んできたハリーとロン、ハーマイオニーは叫びながら現れ、ベッドの上に寝かされているソフィアを見ると、その顔を引き攣らせさっと顔色を無くした。
「ソフィア!!──ああっ!」
ハーマイオニーは悲痛な声で叫ぶとソフィアの胸に覆いかぶさる様にして縋りつき、その硬さに石化したのは事実だと知り、声を上げて泣き出した。
ハリーとロンもぐっと唇を結んだまま悲しみに染まった目でソフィアを見下ろした。
「どうして…ここに?寮にいるんじゃあ…」
「寮に帰ろうとしたら…マクゴナガル先生と会って、医務室の前まで連れてこられたんだ」
困惑した眼で三人を見るルイスに、ハリーは小さく呟いた。
ハリー達を呼び止めたマクゴナガルの表情は硬く、一瞬ポリジュース薬をこっそり作った事や、材料を盗んだ事がバレたのかと思ったが連れてこられたのは医務室であり、その場所に向かう途中から、何も説明しようとはしないマクゴナガルに嫌な予感を薄らと感じていた。
まさか、ソフィアが襲われただなんて。
決闘クラブでは誰よりも強力な魔法を使っていたソフィアでも、怪物には敵わないのか。
どんな姿かもわからない怪物の恐ろしさをひしひしと感じ、ハリーは言葉を無くし悲痛な眼で、石像のように固く動くことのないソフィアを見つめた。
暫くハーマイオニーは泣き崩れていたが、身体をゆっくりと起こすと泣き腫らした目を擦りながら身体を上げた。ソフィアの頬に震える手を伸ばし、優しく労わる様にそっと撫でる。
まだ時折鼻を啜るような音を出しているが、ハーマイオニーが落ち着き始めたのを見てルイスは静かに三人に聞いた。
「君たちは何を調べていたの」
「っ…それは…」
ルイスの強い目に見られたハリーは言葉に詰まる。ちらりとロンとハーマイオニーを見れば、同じように表情を固くしていたが小さく頷く。ーールイスに全てを話そう、3人はそう同じことを思っていた。
ハリーはルイスに今まであった事を全て伝えた、ドビーがした事、奇妙な声、自分達がした事、秘密の部屋は過去に一度開かれているということ。──全てを話し終えたハリーはルイスが何を言うのか…怖くて俯いた。
思い沈黙が医務室に落ちる、時折ハーマイオニーが鼻を啜る音だけが虚しく響いた。
いつもこんな時はソフィアが場を明るくさせようとすぐに話し出してくれた、──しかし、今そのソフィアは沈黙して何も話す事はない。
「…ごめん、ルイス…」
ハリーは沈黙に耐えきれずぽつりと謝った。それに弾かれたようにハーマイオニーとロンも顔を上げ、口々にルイスに謝った。
ハリーの話の途中からじっとソフィアを見つめていたルイスは小さな溜息をつき──人は肩を震わせた──ゆっくり顔を上げると少し、困ったように微笑んだ。
「…3人は悪くないよ、悪いのは…継承者だ。…ソフィアは…たまたま…怪物と会ってしまっただけだよね?」
「それは…、…多分そうだと思う。…でも…ソフィアは親も魔法族なのに…」
「僕も、それは引っかかった。…今までたまたま非魔法族生まれの人たちが被害に遭っただけで…実際は無差別なのかも知れない」
困惑しているハリーと同じ疑問をルイスも持っていた。継承者は特に狙いを定めているわけではないのだろうか、ただ、ソフィアが1人だった。狙い易い生徒だった為に狙われた。──本当にそうだろうか。
こればかりは継承者本人に聞かなければわからない事だろう。三人は考え込んでいたが、ふとハリーはあることに気づく。
「……あ…」
じっとソフィアを見ていたハリーは他の襲われた生徒と、ソフィアとの違いに気付く。ルイス達の視線を受けたハリーは少し、これを伝えていいのか悩んだ──だが、きっとこの違いに気づいたのは、奇しくも被害者達全てを見た自分だからだ。他の人は気付かないだろう。
「何?ハリー、何かに気づいたの?」
ハリーの迷うような目に、ハーマイオニーが一歩ハリーに詰め寄った。もし何かソフィアのことで気づいた事があるのなら全て彼女は知りたかった。
「…、…その…もしかしたら…ソフィアは何か…何かを知ってしまって、口封じのために…襲われたのかもしれない」
「そんな!」
ハーマイオニーは口を抑え、目を驚愕と恐怖で見開き絶句した。ロンも信じられないと言うようにハリーを見て、そしてルイスを心配そうにちらちらと見る。ルイスは驚いてはいたが、すぐに真剣な顔でハリーを見た。
「何で、そう思うの?…勘とかは、やめてよ?僕は今…そんな言葉は聞きたくない」
ハリーは自分の喉が酷く乾くのを感じた、気のせいかも知れない。ルイスは自分の言葉に静かに怒っている。──だが、この事に気付けるのが自分しか居ないのなら…告げなければならない。
「僕は…他の被害者達を見た。…皆驚いて…恐怖で顔が引き攣ってたんだ。でも…ソフィアは何かを強く睨むようにしてるでしょ?」
ぱっとルイス達がソフィアの顔を見る。
ソフィアの眼は強く決意のこもった眼で前を睨み、その唇は固く閉じられている。目前に何かを掴んでいたかのように左手を掲げている。ルイスはそっとソフィアのローブを捲り、隠れていた右手を見た。──その手には、杖がしっかりと握られている。
それを見たルイス達は息を呑んだ。
「…間違いない…ソフィアは…いきなり襲われたんじゃないんだ、きっと…怪物がいる事に気付いて、何かをしようと…」
ルイスは呆然と信じられない気持ちで呟く。それは他の三人も同じだった、何故何かに気付いたのなら、言ってくれなかったのか。それとも言えない理由があったのだろうか。
「…ハリー、僕は…ソフィアを見つけた時、逃げる人影を見たんだ。背の低い女の子だった。多分、一年生から三年生までだと思う。顔は見れなかったんだ…フードを被っていて、髪型も…髪色もわからない。だけど…きっとそいつが継承者なんだと思う」
「そんな!…女の子?」
「なら、スリザリンの女子生徒に絞れるな、マルフォイ以上の純血思想の人間を探せばいいんだ!」
ロンの叫びにルイスは少し考え込んだが、ドラコ以上にマグルを嫌い軽蔑している女子生徒に思い当たる人物は浮かんでこなかった。スリザリンの生徒は皆、同じようにマグル生まれを軽蔑している。談話室ではスリザリン生だけがこの状況を何かのショーを見ているかのごとく楽しんでいる。…だからこそ、1人に絞る事はできなかった。
継承者をこの手で捕まえ、ソフィアの目前に引き摺り謝罪させなければ気が済まない。ルイスはぐっと唇を噛むと、一度自分のふつふつと溢れ昂った気持ちを抑えるために長く息を吐いた。
「…もう、この件には関わらない方がいい。薬も…あと数ヶ月で作れるんだ。…深く知りすぎると、ソフィアのようになってしまう」
「馬鹿な事言わないでルイス」
ハーマイオニーは強くその言葉を切り捨てた。彼女の目にも継承者への強い怒りと、決意が込められている。
「そんなこと言って、どうせ去年みたいに1人でこっそり調べるつもりでしょ?わかってるわよ。それに、このまま継承者に好き勝手させられないわ!また、ソフィアみたいな犠牲者がきっと出るもの!」
「ハーマイオニーの言う通りだよ、1人で探すのは危険だ。…探すなら…皆で、だよ」
ハリーとハーマイオニー、ロンは顔を見合わせ強く頷いた。その目に灯るのは継承者への恐怖はもう無い、あるのは大切な友を襲われた事に対する怒りと、何とかしてでも継承者を見つけてみせるという決意の炎だった。
「……、…そうだね、危険な橋を渡るなら──」
ルイスは静かな声で呟く。──彼の目にも、強い決意の火が燃えていた。
「──皆で」
四人はそれぞれの揺るぎない強固な気持ちを無言のうちに確かめ合った。