ルイスは魔法薬学の個人授業を受ける為にセブルスの研究室を訪れていた。
ソフィアが石化して初めての個人授業、正直今は授業どころでは無かったが、セブルスから授業中止の知らせは届かず、仕方なく重い足を引き摺り地下牢へと向かう。セブルスの──父の元へ行くのに、これ程気が重かったのは初めてだった。
「ルイスです。…失礼します」
扉をノックし研究室の扉を潜る。
入った途端にムッとした湿気を多く含む熱気と、鼻を刺すような刺激臭がルイスの身体を包み込み、思わず服の袖で鼻を隠し顔を顰めた。
「…何をしに来た」
セブルスは奥にある調合机の後ろで大鍋をかき混ぜ、一瞬たりとも顔を上げず厳しくルイスに問いかけた。
この悪臭はぐらぐらと煮える大鍋が発生源なのだろう、ルイスは今すぐに換気したい気持ちに駆られたが、難易度の高い複雑な調合をしているのであれば、炎の揺れ方一つで薬の効能は大きく変わってしまう、ルイスは鼻を押さえながら後ろ手に扉を閉めるとそろそろとセブルスの元に近づき怪訝な顔をしながら大鍋を覗き込んだ。
とろみのある黒い液体、時々ふつふつと気泡が弾け、その度に紫色の煙が上がっていた。
「何って…この時間は個人授業ですよね?」
「……忘れていた。今は手が離せん」
暫く沈黙した後セブルスは静かに答える。
ルイスは机の上にある本を読む。想像通り、中々に難しい調合方法が書かれていた。呪いを解く際に使用される薬らしいが、その材料もルイスが今まで見た中でも最も希少なものばかりが並んでいた。
何故こんな物を作っているのだろうか、ルイスは暫く大鍋の中にある黒い液体と、注意深く温度計を確認し、秤から少しの何かの体毛を入れるセブルスを見ていた。
薬を調合する父を見る機会は今までに何度かあったが、今までの中で最も真剣に調合する父を見て、ルイスははっと気が付いた。
「…まさか、ソフィアに…?」
セブルスからの返事はなかったが、それは無言の肯定だろう。マンドレイク薬以外に石化を解く事が出来る薬が存在するのだろうか、ルイスは開かれたページの効能が書かれたページを隅々まで見たが、呪いを解くとしか書かれていない。──石化は呪いに含まれるのだろうか。
「…効くかどうかはわからん」
「…そっか…効くといいね」
小さく呟かれた言葉に、ルイスは少し微笑んだ。
きっと、自分が何もせずじっとする事が出来ないように、父もソフィアの為に何かせずには、居られなかったのだろう。
セブルスはこの薬が効くとは思っていなかった、だが、石化したソフィアを少しでも早く蘇生させる為にマンドレイク薬以外に効く薬は無いかと、調合せずには居られなかった。
「…父様。僕はもう帰るね」
「…ああ。……すまない」
ルイスは首を振った。
セブルスの気持ちが痛いほどわかる、だからこそ少しも責める気持ちはなかった。
寧ろ父がソフィアの為に薬を調合している、その気持ちがとても嬉しく、ルイスは微笑みその場から離れた。
「じゃあ、先生…また、個人授業が再開される時は…教えてください。…調合、頑張ってくださいね」
「…ああ」
セブルスは一度も大鍋から視線を上げる事は無かったが、ルイスは気にする事なく少しだけ頭を下げ研究室を後にした。
来る前の億劫な気持ちが嘘のように、スリザリン寮へ帰る足取りは軽かった。
勿論それは、個人授業が無くなったからではなく、セブルスの優しさが、ソフィアに対する確かな愛情が嬉しかった。
あまり一人で彷徨いていると見回りをしている教師や監督生達に叱られてしまう。ルイスはなるべく人気の多い──それでも通常よりはかなり少ないだろう──廊下を選び、やや遠回りな道を進んでいた。
「ルイス!こんな所にいたんだ!」
「ハリー?」
図書館へ向かう廊下からばたばたとかけてきたのはハリー、ロン、ハーマイオニーの三人だった。その顔は困惑と、そして僅かに興奮している様に見える。
「すぐに話したい事があるんだ、どこか…誰にも聞かれない所ないかな?」
「んー…そうだね、今なら大丈夫…こっちだよ」
声を顰め必死なハリーの言葉にルイスは頷くと踵を返し来た道を戻った。
向かうのはソフィアが倒れていた場所──花束を持つ少女の肖像画の元だ。
息を弾ませながら肖像画の前に到着したルイスは、カバンの中から一輪の花を取り出す。不思議そうに見る3人に何も説明はせず、いつものように少女に花を捧げた。
「ごめんね、これでも許してくれるかな?」
取り出したのは今日の調合に使う材料のひとつだった。少し枯れかけている花であり、臭いもかなりキツイ。少女は少し眉を寄せたが、それでも花は花だと考えたのか僅かに花の匂いを嗅ぐと勢いよく飛び退き鼻を抑えながら額縁の向こう側に消えた。
「さあ、入ろう」
「…すごいわ…こんな仕掛けになっていたのね」
ルイスが先に額縁に足をかけ開いた向こうへ飛び込んだ。ハーマイオニー達は感心しながら同じように肖像画の向こうへ飛び込んだ。
その先はグリフィンドールの談話室のように膝掛け椅子や暖炉があり、ハリーはあたりを見渡しながら「凄い…」と呟いた。違う所といえば、壁一面に本棚があり数多くの本が収められているという事だろう。
「君たちだから連れてきたんだ、他の人には内緒にしててね?」
「うん、約束するよ!」
ハリー達は頷き、ルイスは少し安心したように微笑む。ここはソフィアとの密会に使っている、本当ならハリー達にも教えるつもりは無かったのだがホグワーツがこんな状況なのだ、仕方ないと言えるだろう。
「で?話したい事って?」
ルイスはソファに座り、ハリー達も直ぐに柔らかなソファに腰を降ろした。そして誰にも聞かれる事はないとわかってあたが、ハリーは鞄から黒い日記を取り出し、内緒話をするように声を顰めた。
「実は…この日記に隠された秘密に気付いたんだ…この日記には、持ち主ーーリドルの当時の記憶が収められていたんだ。そこで僕は…50年前、秘密の部屋の扉を開けたのが…ハグリッドだって知ったんだ!」
「…ハグリッドが?…そんな、それは…」
怪訝な顔をして懐疑的な目をするルイスに、ハリーはリドルにより見せられた過去の記憶の詳細を伝えた。既に聞いていたロンとハーマイオニーは口を挟む事は無かったが、何もその話を聞いてもすぐにはハグリッドが犯人だと信じられなかった。
「…たしかに…ハグリッドは三頭犬とか…ドラゴンとか…飼ってたね」
「本当、困った趣味だよね」
「うーん…でも、ハグリッドはきっとこうなることを望んで秘密の部屋から怪物を解き放ったんじゃ無いと思う。…その凶暴さをいまいち理解していなかったんだろうね。…ハリー達もそう思ってるんでしょ?」
「勿論だよ!ハグリッドは、マグル生まれを襲うなんて酷いこと、絶対しない!」
ハリーは強くきっぱりと言い切った。ハーマイオニーとロンも頷き賛同を示す。
筋はたしかに通っているだろう、ハグリッドが目覚めさせた怪物が、彼の手に終える存在ではなく、そしてついに人を襲ってしまった、その怪物は逃げ出し、ハグリッドはホグワーツを退学する。──そして、50年の時を経て怪物は再び古巣に帰ってきた。
「…ハグリッドに聞きに行くべきだと…思う?ハグリッドは今まで何でホグワーツを退学する事になったのか…いつもはぐらかして答えてくれなかった。聞かれたく無いんだと思うんだ。今の事件にハグリッドは関係ないと、僕は思う。…思い出させて…彼を傷つけるだろうし…」
「うーん…まぁ、多分…僕らが聞きに行かなくても、ダンブルドア先生がもう既に聞いてるんじゃ無いかな?」
「…あ、そっか…」
ハリーはルイスの言葉を聞いてどこかホッとしたように胸を撫で下ろした。他の生徒達──ソフィアの事を思えばすぐに聞きに行くべきだとはわかっている、だが聞くことは少なくとも…ハグリッドを傷つけるだろう。疑っていると言っているようなものだ。それに、万が一襲われたらどうしよう、とロンは考えていた。ハグリッドの優しさは勿論知っているが、怪物に対する熱意を──去年ドラゴンに手を噛まれたロンに対するハグリッドの対応を知っていたからこそ、ロンはそれを心配していた。
「そうね…私はそのリドルって人が間違えてハグリッドを捕まえたんじゃ無いかなって思うわ。どっちにしろ…ダンブルドア先生がもうお聞きのはずよ」
「うん、今回はハグリッドは犯人じゃ無いと思うよ。別の真犯人を探した方がいい…ソフィアは、何を知ったんだろう…」
「私も、そこが気になるのよ。私たちは同じ情報しか持っていなかったはずだもの!…何か…見落としがあるのかしら…」
ハーマイオニーとルイスは考え込むように視線を下げ、机の何も無いところを睨んでいた。ハリーとロンは顔を合わせ同じように頭を捻らすが、全く何も浮かんでこなかった。
「ソフィアは…交友関係が広いからね…何かを…聞いて、知ってしまったのかもしれない」
ルイスがぽつりと呟く。
ハーマイオニー達はそれを聞いて少し苦笑した、スリザリン生だけではない、ゴーストとすら友達になってしまうのだ。きっと彼女は意思の疎通さえ出来れば姿が何だっていいのだろう。持ち前の明るさと優しさで包み込み、簡単に懐に深く潜り込んでしまう。彼女が友達になれないのは、自分や大切な人達に敵意を向ける存在だけだろう。
「…僕は、この日記を他の人たちに見えるように、持ち歩いてるんだ。時々人の多い所で出して…。そうしたら、きっとこの日記を捨てた人が、何か…してくるかもしれないから」
「ハリー…それは…」
このリドルが持つ秘密を知られ無いようにきっとトイレに投げ込んだのだろう。嘆きのマートルのトイレには人が訪れない、それはホグワーツの生徒なら皆それを知っている。──日記を捨てた人はきっと継承者だ。
そうハリーは考え果敢にも自らを囮としていた。ルイスは流石に危険だと感じ眉を寄せたが、すぐにハリーはハーマイオニーとロンを見てにっこりと笑った。
「勿論、3人で行動してるよ!決して1人にはならないから!」
「話し合って決めたの、継承者を炙り出すには…これしか無いって」
「3人で居たら、流石に直接継承者は現れない、だろう?」
何としてでも継承者を見つけたい、その気持ちはルイスも同じだったが、流石にすぐに頷く事も、その決定を誉める事もできない。ルイスは小さくため息を一つ零すと本当に心配そうに表情を不安から翳らせ、ハリー達をじっと見た。
「…絶対、無理はしないでね?何かあったらこの部屋に逃げ込んで。さっきしてみたいに…花さえあれば入れるから」
「うん!…ありがとう、ルイス」
「僕も、リドルについて…スリザリン生にちょっと聞いてみるよ、何か反応を返す人がいるかも知れないし」
「ルイスこそ、気をつけてね?」
3人で行動出来る自分達と違い、ルイスは1人で探さなければならない。今ほど寮が異なった事をもどかしく思った事は無かったのだが、心配するハーマイオニーの言葉に、ルイスは薄く微笑んだ。
「大丈夫、人間相手に負ける気はしないよ」
不敵な笑顔で告げられたその言葉に、ハリー達は決闘クラブでの出来事を思い出した。怪物には敵わないかもしれない──ソフィアですら、敵わなかったのだ──だが、人間相手なら確かにルイスは引けを取らないだろう。彼が見た継承者の後ろ姿は同年代の女子だ、この年代で彼に勝てる者なんて、ハリー達には思いつかなかった。