ソフィアがバレンタインデーに襲われた日から既に1ヶ月以上が経過した。またも継承者は息を潜めているようで、誰も襲われる気配はない。
それでも油断しているとソフィアのようになるかも知れない、生徒達は復活祭の休暇を迎えても、気を緩める事はなく集団で過ごしていた。
ハリーはあれから大広間や廊下、授業中などそれとなく日記を色々な人の目に晒してきたが、誰もがハリーのただの持ち物だと思っているのだろう、何も反応を返さなかった。ルイスもまたリドルの名前をトロフィー・ルームで見たと言い彼がどれほど優等生だったかを話しながらそれとなくスリザリン生の様子を伺ったが誰もリドルの事は知らず、そんな生徒がスリザリン生だったということを──リドルは、スリザリンの監督生で首席だと記されていた──誇りに思いはしていたが、それ以上の反応は示さなかった。
復活祭の休暇中に三年生で選択をする科目を決めなければならず、ルイスはスリザリン寮の自室でドラコと共に新しい科目のリストに目を通していた。
「ルイスはどれにするんだ?父上は…魔法生物飼育学と古代ルーン語を勧めていた」
ドラコはルイスの表情を盗み見ながら言う。その言葉の裏には、この科目を選択するから、一緒の授業を選んでくれないか、という願いが込められていたことにすぐにルイスは気がついたが、素知らぬふりをして悩むようにリストを眺めていた。
「んー…どうしようかな、数占い学も気になるんだ。呪い破りになるのなら必須でしょ?」
「…宝探しに興味があるとは知らなかったな」
「楽しそうじゃない?」
ルイスはドラコの怪訝な顔を見ながらクスクスと笑う。ようやくからかわれているとわかったドラコは頬を僅かに朱に染め鼻を鳴らしそっぽを向いた。よくドラコがする動作であるが、この高貴で品のある端正な顔立ちから溢れる子どもっぽい表情が、ルイスは一番気に入っていた。──その為、ドラコはよくからかわれた。
「ま、宝探しは冗談だけど。数占いって難解だって聞いたからね、挑戦してみたい気持ちは本当さ」
「そうか…数占いは古代ルーン語とかぶっているな…」
ドラコがリストを見ながら残念そうに呟いた。父が勧めている科目を取らないわけにはいかないし、ドラコはそれを拒絶するつもりは毛頭ない。父はいつでも正しく、間違っていたことなど無いのだ。──だが、ルイスと同じ授業を取れないのは残念だった。
「今なら、お願いしてくれたら…古代ルーン語を選択出来るんだけどなぁ…」
悪戯っぽく笑い、羽ペンをくるくると指先で回し遊ばせながらルイスは楽しげに言う。ドラコはちらりとルイスを見て口をぎゅっと結び暫く無言だったが、それでルイスが同じ科目を選択してくれるのなら、とおずおずと口を開いた。
「…僕と同じ科目を選択してくれたら…その…、………………嬉しい」
ドラコはぽつりと呟き、沸き起こる恥ずかしさに頬をさらに赤く染めた。ドラコは他人に何かを願う事も、真摯に頼む事もない。
全ての人間は自分よりも劣っている、血に確かな誇りを持っているドラコは彼の両親の少々歪んだ教えもあり──自分が誰よりも優れた存在であると思っていた。
故にドラコは人に何かを頼む事はない、そうするのが当然だと、思っているからだ。勿論ある程度年長者や優れた魔法使いには敬意を払う事もあるが、それも純血主義に当てはめた時に尊敬できるか否か、である。
そんな彼の価値観の中で、唯一ルイスだけが例外だった。
ルイスは純血主義ではない、その考えを解けばやや批判的に返されてしまう。そこだけは相容れないが、それでも、唯一の友なのだ。
「うーん…あと一声」
「っ……僕は、ルイスと同じ授業を受けたい」
「もうちょっと」
「──同じ授業を選択してくれ!」
ドラコは半ばやけくそ気味に叫んだ。青白い顔全体がほんのり赤く、その白い首筋や耳までもほのかに色付いている。恥ずかしさからぎろりとルイスを睨むが、そんな赤い顔で睨んでいても微塵も凄みはなく、ルイスは噴き出すと声を上げて笑った。
「あははっ!──よく言えました!」
指先で遊んでいた羽ペンをくるりと回転させ、ルイスは魔法生物飼育学と古代ルーン語学にチェックを入れた。
ドラコは視界の端でそれを確かめると心の奥で安堵の息を吐き、自分も同じようにリストにチェックを入れた。
ルイスにからかわれ、やや下方気味になっていたドラコの機嫌は直ぐに戻り、相変わらず単純な性格をしているとルイスは目を細めて思わず笑いそうになる口を羽ペンで隠した。きっとこの笑った口を見られてしまえばせっかく戻ったドラコの機嫌がまた降下する事となるだろう。
リストをカバンの中に片付けるドラコを見ながら、ルイスは世間話をするように何気なくドラコに聞いた。
「ドラコは、継承者ってどんな人だと思う?」
「さあ…父上は何も教えてくれないからな」
「偉大な事をしていると…思う?」
ルイスの言葉に、ドラコは少し悩んだ。今までなら穢れた血を一掃する願ってもないチャンスだと喜んでいた。秘密の部屋が開かれたことに恐れた穢れた血共がホグワーツを去ればいい、そう思っていたし、生徒が襲われるたびに心の奥底で喜び、継承者に畏敬の念を抱いた。
だが、その感情もソフィアが襲われるまでだった。純血であるソフィアがなぜ襲われたのか、スリザリンの継承者だという名前を騙っているだけの偽物なのか、そんな考えがちらりと鎌首をもたげ、ドラコの心を乱していた。
「ソフィアが襲われて…分からなくなった。純血をも襲うので有れば…それは僕の思想からややズレている。…まぁ、ソフィアは純血だが穢れた血達にも優しいから。…それで襲われたのかも知れないが…」
ドラコはやや自分の考えに自信がないようだった。この様子を見る限り、本当にドラコは継承者について知らないのだろう。──ドラコは、僕に嘘をつけない。彼は心を開いた相手に対してはとても真摯に向き合う。それが、とても彼の美点だろう。
「マグル出身の者と関わるだけで襲うなんて、ちょっと継承者は心が狭いよね」
ルイスは肩をすくめ嘆かわしいというように大袈裟に首を振り額を抑えた。
その大仰な動作を見たドラコは、じとりと目を細め怪訝な表情を浮かべる。
「何か僕に隠してるだろう」
ドラコがルイスに隠し事が出来ないように、ルイスもまたドラコに隠し事が出来なかった。──否、ルイスは幾つかの秘密を自ら隠そうとしている、ドラコのように誠実なわけではない。
ただ、ドラコは今、ソフィアの次に──いや、この一年はソフィア以上にルイスの隣にいた。彼の僅かな変化に気付けるようになっていたのだ。その変化に気がつけるのは、ドラコとソフィアだけだろう。
「んー…まぁね」
黙っていても不信感を与えるだけか、と思い直ぐにルイスは頷いた。ドラコは強く眉を顰めると、なぜ隠し事なんかするのか──僕らの仲なのに──という批判的な目でルイスを見る。
「…実は、…僕は継承者を探しているんだ。こっそりと一人でね」
「…何故…そんな事を…」
「ソフィアを襲ったからね。報いを受けさせないと気がすまない」
ルイスはきっぱりと告げると、真剣な顔でドラコを見つめた。
「だから、何か知っていたら教えて欲しいんだ。…本当に、何も知らない?」
「…力になりたいが…本当に、知らないんだ」
「そっか…わかった。…僕が継承者を探している事は秘密にしていてね。…あまり表立って探すと去年みたいに…眠らされるだけならいいけど、石化させられちゃうかもしれないし──ソフィアみたいにね」
去年はクィレルに深入りしすぎ、無理矢理事件の渦中から退場させられてしまった。今回はそうなることのないよう、なるべく慎重に進めていかなければならない。
ドラコは暫く考えていたが、ルイスの言葉の少しの含みに気がつき「まさか」と呟いた。
「…まさか、…ソフィアは…知りすぎて、襲われたかのか?」
「…僕はそう考えているよ」
「そうか……、…全く!二人とも去年から碌なことに首を突っ込まないな!」
ドラコは呆れたように言いため息を零す。
まぁ、確かに褒められたことでは無いのかも知れない。ただ、ルイスはドラコの言葉を素早く訂正した。
「突っ込んで行ってるんじゃないよ、トラブルが寄ってくるのさ!熱烈片想いのようだけどね」
奇しくもソフィアと同じような事を言い、そしてそれを受けたドラコもまた、セブルスと同じような目でルイスを見た。