ルイスは翌朝朝食を取る前に医務室へ向かったが、すでに面会謝絶になっていた。
「そんな!僕はソフィアの兄ですよ?」
「兄でも、だめです」
医務室の扉の僅かな割れ目からポンフリーは恐怖と緊張に満ちた目だけを覗かせ、キッパリとルイスに告げた。それでもルイスは暫く一眼だけでも合わせて欲しいと願ったが、ポンフリーが頷く事はない。
肩を落としため息を吐きながらとぼとぼと大広間へ向かっていると、顔色を変えたハリーとロンが駆け寄り、生徒達に会話が聞かれない程度に少し離れると、そっとルイスの耳にハリーが囁いた。
「ハーマイオニーの事は知ってるよね?…昨日の夜、僕らはハグリッドに怪物の事を聞こうと小屋に言ったんだ…」
「…!…透明マントで?」
「うん、それで…ハグリッドは連行されてしまった…!ダンブルドア先生も、停職になったんだ…理事会で決まったって…来たルシウス・マルフォイが言ってた…!きっとこの話は朝食の時に報告されると思う」
ルイスは何も言えず、唖然としたままハリーの顔を見た。
「…ダンブルドア校長が…いない?」
その声は掠れていた。
信じられない。ダンブルドアがいなくなったホグワーツなど、少しも安全な場所はない。継承者はこの機会を逃す事はないだろう。間違いなく誰かが襲われる、それこそ、過去のように命が奪われ最悪の結果が待つ事になるだろう。
「それで…ハグリッドは僕たちに蜘蛛を追えって…」
「え?……蜘蛛?」
「うん、でも蜘蛛が一匹も居ないんだ!」
ハリーは床の端を見渡し残念そうにため息をつくが、ロンとルイスはちらりと視線を交わし神妙に頷いた。
「蜘蛛なんて一匹も居ない方がいい」
「僕もそう思うよ」
ロンはルイスに真剣な顔で握手を求め、ルイスも真顔でしっかりとその手を握った。──ハリーは額に手を当ててこの二人とでは蜘蛛なんて永遠に追えないだろう未来を想像し嘆いた。
「まぁ…蜘蛛は…うん、僕は…あー…。…ソフィアの為だ、何とか探してみるよ、探すだけだけどね。…それよりも、これから中々2人と会えそうに無いね…」
気を取り直すようにルイスは言うと、悩むように顎に手を当てた。これからホグワーツ内の監視はより強くなるだろう。
寮が違うハリーとロンとは中々時間を見つけて会うことも、もはや不可能に近いのかもしれない。透明マントを持つハリーは──褒められた行動では無いが──ホグワーツを自由に行き来できる。だが、ルイスは姿を消す事は出来ないのだ。夜にこっそり寮から抜け出せば間違いなく継承者だと疑われてしまうだろう。
「何か行動する時は、できれば二人と一緒に居たいんだ」
「うん…ルイスが居ると心強いからね」
ロンは何度も頷いた。
ハリーとロンは魔法に関してはあまり自信がない。呪文学も変身術も、他の生徒と同じか──むしろ少し劣る程度の力しか持っていない。それに、ロンの杖は今にも折れてしまいそうなほど頼りなく、今年は一度も魔法が成功した事はない。
確かな知識があり、色々な魔法を使う事が出来るルイスが居るのと居ないのとでは…2人の気持ちの持ちようも変わってくるのだ。
「…そういえば、何でハーマイオニーはクィディッチを観にいかず1人だったの?」
「ああ、…ルイスはハリーにだけ聞こえる奇妙な声のこと知ってたっけ?」
ロンはハリーを見ながらルイスに問いかけた。そう言えば一番初めの事件の前に、そんな声を聞いて3階の廊下まで向かったのだという説明をソフィアが石になった時に聞いた気がして、ルイスは頷いた。
「言ってたね、そんなこと」
「それが…競技場に行く前にもその声がして…ハーマイオニーはちょっと調べたいって図書館に行ったんだ」
「僕もついて行けば良かったよ…」
肩を落とし後悔するロンに、ハリーとルイスは慰めるようにその下がった肩を叩いた。過去の事を悔やんでも仕方がない。どうあがいても過去は変える事は出来ないのだ。
ルイスはやはり、ハーマイオニーは何かに気付き図書館に行ったのだと確信した。怪物の手掛かりを掴んだのだろう、とすれば──そのきっかけはハリーにだけ聞こえる声にある。
「ハリー、またその声が聞こえたら…僕にも教えて」
「うん、わかった」
「…もうすぐドラコがゴイル達と来るから、僕は先にスリザリンの席に行くよ。…くれぐれも気をつけてね」
ハリーとロンはドラコの名前を聞き、嫌そうに顔を歪め──ロンは吐くような仕草をした──大広間に入りすぐにスリザリン生の集まる場所に混じってしまった。
「…ルイスもグリフィンドールならよかったのに…」
「本当に、そうだよな。帽子の世紀の大誤審だよ!」
ハリーとロンはいつもなら気の利いた言葉かけをしてくれたり、鋭く正しい答えを伝えてくれる声がない事に寂しさを募らせた。
いつも、四人で行動していた、それが三人になり──今では、二人だ。
それも、お互い何も言わないが、賢い二人がいなくなり、ハリーとロンは本当に継承者を見つける事が出来るのか、漠然とした不安を抱えていた。
季節は夏に移り変わっていたが、ホグワーツには冬の凍える寒さが再来したかのような陰鬱とした空気が漂っていた。
ダンブルドアの停職が理事会で決まった事は、ハリーの想像通り次の日の朝に生徒達に伝えられた。マクゴナガルはすぐに戻ってくる事と、それまで校長代理を務める事を説得し、何も心配せず勉学に励む事を強く訴えたが──それを素直に受け入れた生徒は居ないだろう。
強靭なダンブルドアという灯りが居なくなったホグワーツには暗い恐怖心がこれまでになく広がり、隣の友人がまさか継承者なのかと漠然とした緊張感と猜疑心に苛まれ、心を閉ざし病んでしまう生徒も多かった。
急に取り乱し、泣き出す生徒をハリーは何人も見て、強く心を痛めた。廊下で突如泣き出してしまった少女はきっと、マグル生まれなのだろう。その少女の友人たちが必死に慰め支えていたが、少女の恐怖に満ち、空を切り裂くような甲高い叫び声はよく廊下に響いた。
不安げな生徒たちの中でスリザリン生だけは肩で風を切るように堂々とホグワーツ内を闊歩していた。不安げに身体を縮こませこそこそと行動する生徒たちが愉快でならないと言ったようにくすくすと冷ややかな嘲笑を漏らす。
それをグリフィンドールの監督生であるパーシーに咎められたとしても、素知らぬ顔で「愉快な話をするのは禁止されていないが?思い出話に花を咲かせ思い出し笑いする事すら、今のホグワーツでは監督生の許可が必要か?」と嘲笑いながら返した。
パーシーは彼らが思い出話などしていない事など、百も承知だったがその証拠もなく、憎々しげに睨み、怒りながら大股で彼らから去っていった。──彼らの嘲笑いを背中にうけながら。
ダンブルドアが居なくなり、2週間ほど過ぎた魔法薬学の授業で、これ程愉快な事も、誇れる事もないと言うようにドラコは授業中にも関わらずクラッブとゴイルに話しかけた。
「父上こそがダンブルドアを追い出す人だろうと、僕はずっと思っていた」
セブルスの授業で私語をしていても注意も減点も受けた事がないドラコは、ヒソヒソ話にしては大きな威厳溢れる声で2人に言い聞かせる。──いや、後ろにいるハリーとロンに聞かせているのだろう。
そう、ルイスはドラコの隣で大鍋をかき混ぜながら思った。
「お前たちに言って聞かせただろう?父上は、ダンブルドアがこの学校が始まって以来最悪の校長だと思ってるって。多分今度はもっと適切な校長がくるだろう。秘密の部屋を閉じたりする事を望まない誰かが…」
ドラコはクラッブとゴイルに鼻高々に語りかける時はいつも、調子に乗り周りが見えなくなってしまう。ルイスがかき混ぜていた匙を止め、すぐに完璧に出来上がった薬をビーカーに入れ机の端に避難させた事にドラコは気が付かなかった。
ルイスは机の上にある分厚い教科書を閉じ、身体をひねり大きく振りかぶる。ドラコを狭み反対側に居たクラッブとゴイルと──そして後ろにいたハリーとロンの4人だけがそれに気がついた。
──バシッ!!
「痛っ!!──あっつ!!」
ルイスは大きく振りかぶった教科書で思い切りドラコの小さな尻をぶっ叩いた。その途端ドラコは跳び上がり火のついた大鍋に手で触れてしまい慌てて手を振りながら飛び退いた。
「秘密の部屋が閉じられないと、ソフィアが目覚めないかもしれないでしょ。馬鹿な事言わないでよ」
教科書が汚れたわけでもないのに手で払いながらルイスは冷ややかな目で尻を抑え手を痛そうに振るドラコを見下ろす。
ドラコはぐっと言葉に詰まらせながら、クラッブとゴイルのいる手前、すぐに撤回できず──それでもルイスをこれ以上怒らせないために必死に取り繕いながら弁解した。
「っ…ソ…ソフィアは純血だ!きっと間違いで襲われたんだ!次は襲われない筈だ!」
「その、きっと、とか筈とかの不確かな言葉を信じるほど僕は愚かではないんだよ、ドラコ。──もう一発いっとく?」
「やめろ!!」
にこりと微笑み教科書を掲げるルイスに、ドラコが悲鳴を上げ勢いよく離れる。グリフィンドール生からはくすくすと笑いが聞こえ、ドラコは屈辱から頬を赤らめグリフィンドール生を鋭く睨んだが、彼らはすぐに大鍋を見て知らないふりをした。
騒ぎに気付いたセブルスが何事かと訝しげな顔で近づいて来た事にルイスはいた早く気がつきすぐに教科書を開き熱心に読んでいるふりをした。
「先生」
通り過ぎようとするセブルスをドラコが大声で呼び止める。ルイスからの暴力を訴えるのか、まさか初めてのスリザリンからの減点かと周りがちらちらドラコとルイスの様子を伺った。
「先生が、校長職に志願なさってはどうですか?」
「…滅多な事を言うんじゃない、マルフォイ」
セブルスは足を止め軽くいさなめたが、その口先は僅かに綻んでいる。
何だ、暴力であっても流石に同じスリザリン生からなら告げ口しないのか──グリフィンドール生は期待が外れつまらなさそうにドラコを見たが、ドラコはその眼差しを気にする事なくセブルスを熱の篭った視線で見上げる。
「ダンブルドア先生は、理事達に停職させられただけだ。間も無く復職なさるだろう」
「さあ、どうでしょうね。…先生が立候補なさるなら、父が支持投票すると思います。僕が、父にスネイプ先生がこの学校で最高の先生だと言いますから…」
ドラコはにんまりと後ろのグリフィンドール生を見回しながら笑うと、隣にいるルイスを見た。
「ルイス、君もそう思うだろう?スネイプ先生こそが最高の先生で、校長に相応しいと…」
「え?」
ルイスはちらり、とセブルスを見上げた。
セブルスは今までの薄笑いを止め、この場から直ぐに去るべきか僅かに悩んだ。──ルイスがどう思っているのか、少し気になってしまい、他の場所へ向かう一歩を出すのが遅れた。
「そうですね…スネイプ先生は、最高の先生ですよ」
ルイスはにっこりと笑いドラコに同意した。ドラコは満足げに頷き、セブルスは少し目を見開いたものの何も言わず口元の笑みを深め、ゆっくりと他の生徒の見回りに向かった。
その背中を見送ったルイスはぽつり、と聞こえないように呟く。
「校長になるのは大反対だけどね」
「…何故だ?」
その言葉にドラコは驚き怪訝そうにルイスを見た。父親が校長なら、その関係を隠す事なく過ごせるだろう。その方がいいんじゃないかと眉を潜めた。
「だって…先生が校長になったら、きっとクリスマスパーティもハロウィンパーティーもとてもつまらないものになるからね。…クラッブとゴイルが楽しみにしてる特別なディナーやスイーツも無くなるよ?」
「そんな!…それは耐えられない…」
「辛すぎる…」
「毎日勉強勉強宿題宿題ばっかりで…君たちは留年の危機に毎年晒されるだろうね?」
くすくすと悪戯っぽく笑うルイスに、クラッブとゴイルは顔を青く染め「そんなの嫌だ!」と叫ぶ。ルイスはちらりとハリーとロンの方を見て目配せをすれば、2人もまたくすくすと堪えきれない笑いをこぼした。
ただでさえギリギリのクラッブとゴイルはこれ以上勉強が難しくなる事も、宿題の量が増える事も耐えられないだろう。
ドラコは震える2人に呆れため息をついていたが、後ろにいるハリーが達が笑っている事に気がつくと嫌そうに顔を歪め、吐き捨てた。
「まぁ…穢れた血の連中がまだ荷物を纏めてないのは全く驚くね…次のは死ぬ。金貨で5ガリオン賭けてもいい。グレンジャーじゃなかったのは残念だ…」
「──よーし、もう一発だねドラコ」
ルイスは再び教科書を振り上げたが、その時終業ベルがなりドラコはすぐにその場から逃げ出した。
ロンもドラコの言葉を聞いた途端立ち上がり近付こうと杖を掴んだがすぐにハリーとディーンに引き止められていた。
しかしルイスを止める者はおらず、簡単に逃す事も無く──すぐに鞄を掴みその後を追うと逃げるドラコの背中をその沢山の教材が入るカバンで思い切り殴った。
「──っ!!何をするんだ!」
ドラコはよろめき、壁に手をつくと顔を痛みで顰めながら振り向こうとしたがルイスは壁に強く手をつき、ドラコの動きを無理矢理止め、後ろから壁に追い詰めるように顔を近づけ甘くゆっくりと囁いた。
「──どうやら、ドラコは身体に教え込まないとわからないみたいだね」
「ル、ルイス…」
至近距離でその黒い目に射抜かれ、甘く囁かれたドラコは一瞬顔を赤くしたがすぐにさっと青くすると顔を引き攣らせた。目は一切笑ってない、過去にルイスが呪いをかけたスリザリンの上級生に向けたその闇を多く含む目と、同じだった。
「何をしている。──急ぎたまえ。次の教室に引率せねばならん」
セブルスの声を聞き、ルイスは壁についていた手をゆっくり離すとぱっと後ろを振り返り、笑顔で答えた。
「…はい、先生」
教室の入り口でルイスとドラコを見ていたセブルスはその返事を聞くと直ぐに生徒の引率を始める。ぞろぞろと次の教室に向かう生徒達に遅れないように、ルイスは固まってしまっているドラコの手を掴むと無理矢理引っ張った。
「命拾いしたね?ドラコ…」
集団の中で、ルイスは小さくドラコに囁く。
ドラコは強く掴まれる腕を振り払い、ぷいとそっぽを向いた。