ハリーは闇の魔術に対する防衛術の授業が終わった後、密かにルイスへと手紙を出した。「必ず、今日の夕食に届けてね?」ハリーはヘドウィグに何度も念を押し、彼女はまるで──同じホグワーツに居るんだから直接渡せば良いのに、こんな簡単な仕事つまらないわ。とでも言うように少々強めにハリーの指を啄んでからしっかりと手紙を受け取った。
ヘドウィグはハリーの願いを聞き入れ、しっかり夕食時にルイスの元まで手紙を届けた。
ルイスはその手紙を開き、中に書かれていた文章を読むとグリフィンドールの机でこちらを見ていたハリーとロンに、小さく頷く。
──蜘蛛を見つけた。今夜追いかける。もし出られるのなら夜の12時ごろ迎えに行く。待つのは5分だけだ。
簡潔に書かれた手紙をルイスは誰にもバレないように机の下で杖を振り燃やし跡形もなく消滅させた。
今夜12時。
ハリーとロンが来る時間に寮を上手く抜け出せるだろうか。抜け出せても、蜘蛛を追いかけなければならない。
ルイスは内心とても気が重かったのだが、真実に近づく為だ、ソフィアの為だ、継承者を殴らないと気が済まないと何度も自分に言い聞かせ、すっかり食欲が萎えてしまい目の前の肉料理には手をつけず、ミネストローネを少し飲んだ。
夜中の12時少し前、ルイスはゆっくりとベッドの上で身体を起こした。ドラコはいつも12時前には寝てしまう。自室から出るのは簡単だが、問題は談話室に人がいるのかどうかわからない事だった。
杖を持ち、そろりと談話室に続く扉に耳を当てる。その先で生徒の話し声が微かに聞こえ、ルイスは内心で舌打ちを溢した。
──仕方ないか。
そっと音が鳴らないように扉を薄く開け談話室の様子を見る、ソファに座るのは監督生の男子生徒2人だった。2人だけなら何とかなりそうだ、とルイスは開いた隙間に杖を差し入れ、軽く振った。
──
ルイスの杖先からふわりと紫色の煙のようなふわふわとした光りが現れ、談話室に薄く広がった。
途端に彼らは大きな欠伸を零すと、ソファの背にもたれ掛かりすぐに寝息を立てる。この魔法は10分ともたない、直ぐに目覚めてしまうだろう。
ルイスはなるべく静かにその横を通り過ぎ、さっと寮を抜け出した。──あとは物陰に隠れ、ハリーとロンの訪れを待つだけだ。
ほっと安心し、それでも教師にバレたら大変な事になる、とルイスは直ぐに一番闇の深い場所に身を隠した。
「──ルイス、いる?」
数分後、何もない空間からハリーの小さな囁き声が響き、ルイスは直ぐに暗がりから出るとその声がした方向辺りを見た。
空間がぐにゃりと歪み、何もない所から安堵したように笑うハリーとロンを見て、ルイスも薄く微笑む。
ルイスは直ぐに透明マントを広げるハリーの側に寄るとその中に入った。
「流石に、ちょっとキツイね」
「…慎重に進まないと…ロン、もっと身を屈めないと足が見えちゃうよ!」
「ごめん、僕──背が高いから…」
小柄なルイスとハリーとは違い、ロンは身長が高くそのマントの中に隠れるのは中々大変そうだった。腰を下ろし足がマントから出ないように気をつけながら3人はそっと玄関ホールへ向かった。
暗い廊下ではホグワーツの教師達が交代で見回りをしているようで、杖先を灯した教師達に見つからないよう玄関ホールに向かうのは中々に難しかった。透明マントは視界から姿を消してくれるが、足音までは消えない。教師の足音が遠くから聞こえるたびに3人は廊下の端にぴたりと身体をくっつけ、通り過ぎる教師とぶつからないように避けていた。
なんとか玄関ホールにたどり着き、そっと扉の閂を外し音を立てないように注意して開き、人が通れるギリギリの隙間を通り抜ける。
黒々とした草むらを夜の風が優しく吹き抜ける中、三人は詰まっていた息を吐いた。
「──よし、行こう…蜘蛛は禁じられた森に向かってた」
ハリーは自分を鼓舞する為に強く言うと、透明マントが風ではためくのを抑えながら大股で歩き出す。
城内とは違い足音は草の騒めきによりある程度気にしなくても良いだろう。──さすがに、教師達は外まで見回りはしていないようだ。
「うん。…森まで行っても、蜘蛛なんか…跡をつけるものなんかいないかもしれない。あの蜘蛛は森なんかに行かなかったかもしれない。だいたい、そっちの方向に行ったように見えたのは確かだけど…でも…」
ロンはぶつぶつと呟き、できればそうであってほしいという願いを込めていたが声は徐々に小さくなっていた。
ロンもまた、ルイスと同じでハーマイオニーとソフィアが石化しているから、自分が最も苦手とする蜘蛛を追いかけるという恐ろしい行動にも耐えていた。きっと2人が石化していなければ、ロンは蜘蛛を追いかける事はしなかっただろう。自分は使い物にならないから、置いていってくれ!そう、願っていただろう。
だが──ここには、ソフィアもハーマイオニーも居ない。自分がやるしかない。
ハグリッドの小屋にたどり着くと、ハリー達は透明マントから抜け出し扉をくぐった。
3人を見つけたファングが嬉しそうに鳴き、尻尾を激しく振り3人を歓迎する。ハリーは透明マントを机の上に置き、煩く鳴き声を上げるファングに暖炉の上にあった糖蜜ヌガーを食べさせた。
嬉しそうにかぶりついたファングの歯はしっかりとくっつき、ファングは尻尾を揺らす事はやめなかったが、静かになった。
「ファング、おいで、散歩に行くよ」
ハリーの言葉にファングは喜んで跳び上がり、直ぐに扉から外へ走り出すと木のそばで足を上げ用を足した。ハリーとルイスは杖を取り出し、同時に「
「もう少し強い光にしても良いけど…城から見られると厄介だよね?」
「うん…このまま行こう」
「いい考えだ…僕も点ければ良いんだけど…杖がこんなだし…」
無理矢理テープで固定されている杖を取り出してロンが眉を下げた。
注意深く足元を見ていたハリーが、ロンの肩を叩き足元を指差した。逸れ蜘蛛が二匹、杖の灯りに驚き闇の元へ隠れるところだった。
「うっ……!!」
それを見た途端ぞわぞわと身体中に寒気が襲い、ルイスは大きく身体を震わせ後ろに下がり思わずロンの後ろに隠れた。
だが、ロンもルイスと同じように顔を蒼白とさせていて、盾にはならないだろう。
ロンはなるべく見たくないのか目を極限まで細め、重々しく呟く。
「オーケー…いいよ。行こう」
もう逃れようがないと覚悟したロンはため息をつき、先に進んだハリーの後を追おうとしたが後ろから強く引っ張られてしまいバランスを崩した。
何だと後ろを見れば、自分のローブを強く掴み背中にピッタリと額をくっつけているルイスの頭頂部が見えた。
「…大丈夫かい?」
「ごめん、無理だ。このまま進んでいい?…杖で足元は照らしておくから…」
「…その気持ちはよく分かるよ。…転けないように気をつけてね」
「ロン!ルイス!早く行かないと見失っちゃうよ!」
ハリーの苛立ちと焦りを含んだ声に急かされ、ルイスは仕方なくロンの背中に頭をくっつけたまま足を前に進めた。
先頭を蜘蛛が道なき道を進み、その後をハリー達が追いかけた。蜘蛛は森の奥へと迷う事なく進み──蜘蛛が靴の上を通過するたびにルイスは声にならない悲鳴を上げた──勿論人間のことなど気にしていない蜘蛛達は沢山の木の枝や茂みが生い茂る方へと進み、ルイス達は蜘蛛を追い素早く進む事が難しくなっていた。
杖の灯りで照らしていても、直ぐに木々や茂みが隠してしまう。1メートル先も満足に見えない程の森の深遠にきてしまったのだとルイス達は思ったが、引き返す事も出来ない。
もう30分は歩いただろう。いつの間にか地面がやや下り坂になっている事に先頭を歩いていたハリーが気づいた。
それをロンとルイスに言おうとした途端、ふいにファングが大きく吠えた。
その鳴き声は鬱蒼とした森の中に不気味に響き、今度はロンが声にならない悲鳴を上げ身体を縮こまらせる。
「何だ!?」
「向こうで何かが蠢いている…シーッ…何か大きいものだ…」
「うっ…お願い…神様…あれだけは、嫌だ…」
ルイスの怯えがロンに伝染し、思わずロンはルイスに縋るように抱き着き身を震わせる。ルイスもまたロンの腕を痛いほど握り顔を蒼白にさせ身体を縮こまらせた。
何か大きなものが小枝をバキバキと踏み近づく音が聞こえ、ロンとルイスは叫んだ。
「もうだめだ!!もうだめ、もうだめ──」
「あああっ!僕は何も聞こえてない!だから何も居ない!」
「シーッ!君達の声が聞こえてしまう!」
パニックに陥るルイスとロンを必死にハリーが宥めその叫びを止めようとしたが、ロンは顔を引き攣らせ恐怖から半笑いになり、叫ぶ。
「僕らの声?とっくに聞こえてるよ!ファングの声が!」
ロンの上擦った声と、荊に触れたファングの鳴き声が響いた。
恐怖で凍りつき立ち尽くす三人に──ハリーの頼みの綱だったルイスは今にも気絶しそうな程顔を白くさせていた──闇が重くのしかかった。
木々の擦れ合う騒めきではない、ゴロゴロと奇妙な音が響き、ハリーとロンは身を寄せ合い身体を縮こめた。ルイスはロンに抱き締められたまま震える手で杖を高く掲げた。
「
ルイスの叫びと共に杖先からまばゆい閃光が辺りに広がった。ロンとハリーはその眩さに反射的に手を翳し目を覆う。指の隙間からちらりと見えた姿は、ロンとルイスが想像したような──巨大蜘蛛では無かった。
「ハリー!僕たちの車だ!」
「えっ?」
「行こう!」
ロンはその姿を見ると恐怖と緊張の呪縛が解けたようにその場から直ぐに駆け出す。ルイスの眩い光に反応するように、車はヘッドライトを照らし、ルイス達に居場所を告げていた。
「──
ルイスは杖を振り光を消すと、巨大蜘蛛でなかった事に心の底から安堵し、茂みの向こうからこちらを照らす車の元へと駆け寄った。
開けた場所にいた車は誰も乗っていなかった、1人でに動き、ヘッドライトを照らす車にロンが口を大きく開けて驚きながら近寄る。
すると車には犬が飼い主に擦り寄るように寄ってきた。
「この車は?…まさか、2人が学校に来た時の…?」
「そうなんだ!こいつ、ずっとここにいたんだ!見てよ、森の中で野生化しちゃってる…」
ロンは先程までの恐怖を忘れたかのようにうれしそうに車の周りを歩きながら言う。車は泥だらけであり、幾つもの傷がついている。窓ガラスは蜘蛛の巣状にひび割れ、座席のシートも木の葉や泥がついていた。
「僕たち、こいつが襲ってくると思ったんだ!おまえはどこに行っちゃったのかって、気にしてたよ!」
ロンは嬉しさを滲ませながら車を優しく叩いた。
ルイスは車というものを初めて見た為、興味深そうに車内を覗き込み、見たこともない文字盤やハンドルを「わぁ…すごく不思議な作りだね」と誉めた。
ハリーはマグル界出身であり、車に興味はなく──それよりも蜘蛛の群れがどこに消えたのかと地面を調べたが、蜘蛛はルイスと車の強い光から急いで逃げてしまったようで一匹も見当たらなかった。
「見失っちゃった──さあ、探しに行かなくちゃ」
ハリーはため息をつきながら車に寄りかかるロンとルイスを振り返った。
だが、2人は何も言わなかった。身動きもしなかった。ハリーの直ぐ後ろの頭上2.3メートルあたりに目が釘付けになり──顔が恐怖で土気色になっていた。
ハリーが振り返る間も無く、カシャッと何かを擦り合わせる大きな音がしたかと思うと、大きな毛むくじゃらの足がハリーを持ち上げた。恐怖にもがき何とか逃げ出そうとしたが、それはハリーを決して離さない。
「う、うわぁーー!!」
ルイスの悲鳴が響いた。
ハリーは反射的にルイスの方を振り返り、車に縋りついていたルイスとロンもまた巨大なものに捕まれ宙吊りにされているのを見た。遠くで、ファングも捕まったのだろう、悲痛な鳴き声が響く。
ハリー達を捉えたのは巨大な蜘蛛だった。ロンの車と同じくらい大きなその蜘蛛が器用に前足でハリー達を持ち上げ残りの足で地面をカサカサと進み森の奥へと素早く移動した。