ルイスは静かに薄暗い廊下を走る、向かう先は嘆きのマートルのトイレだ。
ソフィアはここでマートルから何かを聞いたはずだ、それが秘密の部屋や継承者へ繋がる決定的な証拠になり、襲われたのだろう。
幸運にもルイスは教師の一人とも会わなかったが、注意深くあたりを見渡し物陰に身を隠しながら3階の廊下をちらりと見た。廊下の壁にはマクゴナガルが言った継承者からの言葉が闇の中に悍しく光って居る。ルイスは表情を険しくさせ、足早にトイレへ向かうと一呼吸おいて扉を開けた。
「──っ!?」
扉を開けた途端、その先に人影が見えまさか継承者が居たのかとルイスは杖先を鋭く向けた。
だが、そのよく見るとその後ろ姿は見覚えのある派手な青色のローブを着るその人であり、ルイスは驚き杖を下げる。
「ロックハート先生?」
「や、やぁ…ミスター・プリンス…」
ロックハートは顔白い顔で振りかえり、僅かに微笑んで見せたもののいつものような自信に満ちた自意識過剰な笑顔では無く、明らかに狼狽していた。まさか、この人が継承者──?
信じられない思いで一度下げた杖をもう一度突きつけると、ロックハートは両手を上げ一歩後ろに下がった。
「ルイス!?どうしてここに?」
ハリーとロンはロックハートの後ろから姿を表すと驚き目を見開いたが、驚いたのはルイスも同じだった。ルイスはロックハートを警戒しながらも今まさにマートルのトイレを開けようとしていたハリー達の元へ駆け寄った。
「ハリー?ロンまで!君たちこそ…マートルに話を聞きに?」
「うん、多分秘密の部屋の入り口はここにあるんだ…それで、マートルに聞こうと思って」
「僕も同じだ、…でも、なんでロックハート先生が?」
ルイスはそわそわと落ち着かないロックハートをちらりと見て首を傾げる。ロンはロックハートの名前を聞いた瞬間嫌そうに顔を歪め、憎々しげに吐き捨てた。
「そいつ!そいつは、秘密の部屋に行くって他の先生に言ってたのに、いざとなったらジニーを見捨てて逃げ出そうとしたんだ!コイツの偉業も全部他人から奪った嘘だったんだよ!こんな嘘つきやろうでも…盾ぐらいにはなるさ!」
ロンがロックハートを強く睨み、ロックハートは引き攣った顔で力なく笑う。ルイスは彼の授業を聞き、その能力と見合っていない偉業ばかり本で書いてあるのをみて、きっと彼が作った創作なのだろうと思っていたが、まさか他人の手柄を自分のものにしていたとは。
呆れた目でロックハートを見たが、ロックハートは何も言う事が出来ずうろうろと視線を彷徨わせて居た。
「さあ、マートルに早く聞こう、ジニーが心配だ…」
ロンは大蜘蛛のアラゴグに会った時よりも、顔色を悪くしてハリーとルイスを急かし扉を開けた。
「あら、あんただったの。今度は何の用?」
マートルはトイレの水槽の近くに浮かび、何も生けられていない一輪挿しをぼんやりと見て居たがハリーに気がつくと面倒臭そうに言った。
「君が死んだ時の様子を聞きに来たんだ」
「あんたも?ソフィアもこの前聞いてきたわ…」
マートルがソフィアの名前を呼ぶ時、ちらりと悲しみが混じっていた事にルイスは気がついた。きっと何処かでソフィアが襲われたと聞いたのだろう──本当に、マートルとソフィアは友達だったのか。
ふわりと浮かんだマートルはハリーの前に立つと、声を顰めゆっくりと語り出した。
「この小部屋で死んだのよ。からかわれて…ここで泣いてたの、そしたら誰か入ってきて…外国語だったと思う、何かを話していたわ…喋ってるのが男子だったから、出て行け!男子トイレを使え!って言おうと思って扉を開けたの…それで──死んだの」
「どうやって?」
「わからない、覚えているのは大きな黄色い目玉が二つ…身体がぎゅっと金縛りにあったみたいになって、それで…ふーっと浮いて…」
当時のことを思い出すように朗々と語ったマートルは夢見るようにルイスを見て、少し驚いたようにしながらすっとルイスの前に移動した。
「…あなた、ソフィアの双子の兄でしょう?」
「そうだよ、妹と仲がよかったんだってね。…ねぇ、その目は何処で見たの?」
マートルはソフィアとよく似ているルイスをまじまじと見ていたが、すぐに個室の外を指差した。
「あのあたりよ」
ハリーとロン、ルイスは急いで指し示された手洗い場の辺りを探した。それを見たマートルは呆れたようにため息をつき、何かを探す三人の側に近づき訝しげに眉を顰めた。
「ソフィアもこの話をしたらそうやって何かを探していたわ」
マートルの呟きに答える余裕は三人には無かった。隅々まで探したハリーは、蛇口の傍のところに蛇の小さなモチーフが彫られているのを見つけた。
「ハリー。何か言ってみろよ、蛇語で」
ロンがすぐにハリーを急かし、ハリーは真剣な面持ちで頷くと、「開け」と口にしたがそれは普通の言葉だった。
「普通の言葉だよ」
ロンが眉を下げ首を振る、ハリーはもう一度蛇の彫り物をじっと見つめた。
「…何で蛇語なの?」
「怪物が何かわかったんだ。…バジリスクだったんだよ。知ってる?人を視線だけで殺せる蛇さ。…ハリーはパーセルマウスだから…人が襲われる時にその声を聞くことが出来たんだ…」
「…ああ…成程…そうか…」
ルイスの疑問に、ロンは掻い摘んで説明をし、ルイスは納得したように頷く。
だが──それなら、ジニーの生存は絶望的かもしれない。そう、思ったがロンにはとても言えなかった。
──開け
真剣な顔をしたハリーの口から、空気が漏れるような音が響いた。
そして蛇口が眩い光を放ち、回り始める。次の瞬間蛇口台が沈み込むと、大人が通れるほど太いパイプがその黒い口を開けた。
ロンとルイスが息を呑む声で、ハリーは目を上げた。何をするべきなのか、ハリーの心はきまっていた。
「僕はここを降りていく」
「僕もいく」
ハリーの言葉にルイスとロンが同時に答える。
三人は顔を見合わせ、強く頷いた。ジニーの生存は絶望的だ、それでもこの目で確かめるまでは諦められない、それに、遺体がこんなところで誰にも見つからないまま朽ちていくなど、あってはならない。せめて、親元に連れて帰らなければ。
「さて、私は殆ど必要ないようですね。私はこれで──」
帰ろうとしたロックハートに、ロンとハリーが素早く杖先を向けた。
「先に降りるんだ」
杖を持って居ないロックハートは、ロンの凄みに逆らうことも出来ず顔面を蒼白にさせたまま、そろそろとパイプの入り口に近付いた。ロックハートはルイスとすれ違い様に、助けて欲しそうに彼を見たが、ルイスは肩をすくめるだけでハリーとロンの行動を止めようとはしなかった。
「君たち──ねぇ、君たち、それが何の役に立つと言うんだね?怪物がいるかも知れないんだ、…それがなんの役に──」
ロックハートはまだ何かを言いかけていたが、ハリーに背中を杖で突かれ、ロンに手で強く押された為全てを言う事なくパイプを滑り降りていった。
すぐにハリーが飛び込み、ロンとルイスもその後に続いた。パイプは長く曲がりくねりながら急勾配で続き、地下へ地下へと降りていく。魔法薬学の地下牢よりも深く、空気が冷たく湿り気を帯び出した頃ぽっかりと出口が見え、ルイスは広い空間に飛び出すとなんとか両足で着々した。
暗い石造りのトンネルに、薄ぼんやりとしたハリー達の輪郭が見える。ルイスは杖を出すと高く掲げた。
「
眩い光によりトンネルの中が明るく照らされた。
床や壁一面が苔むしていて、何処からか水が滴り落ちる音が聞こえる。トンネルは高く、ずっと奥に続いている。ルイスが放つ強い光をもっても、その全てを照らし出す事は出来なかった。
「学校の何キロもずーっと下の方に違いない」
「湖の下だよ、多分」
ロンはぬるぬるとした床や壁を見渡しながらつぶやいた。言葉と共に白い息が口から吐かれ、外は夏だと言うのに、ここだけは冬のようでその深さをものがたっていた。
「…行こう」
杖で灯りを掲げるルイスが三人に声をかけ、ゆっくりと歩き出した。ロンとハリーはルイスの後を注意深く進み、ロックハートは奥になど絶対に進みたくは無かったが、杖も持たずこんな所に置いていかれるの耐えられずーー少し後ろをそろそろと縮こまりながらついてきた。
「みんないいかい?何かが動く気配を感じたら、すぐに目を閉じるんだ…」
静かなハリーの忠告に、ロンとルイスは頷き聴覚に全神経を集中した。僅かな音でも聞き逃さない為に静まり返り、聞こえてくるのはお互いの息遣いと、ぴちゃぴちゃという足音だけだった。
最初に聞こえた耳慣れない音は、ロックハートの小さな叫びだった。だが、ハリー達はそれを少しも不思議には思わない、彼らもまた悲鳴を押し殺し、その先にある沢山の小動物の骨を見た。
ジニーが、どんな姿でここにいるのか。
ハリー達は嫌な想像を振り払い鼠の骨を踏み潰しながら──そこら中にあり、避ける事は不可能だった──トンネルのカーブを曲がった。
「まって…あれ、見て…」
先頭を歩いて居たルイスは曲がった途端足を止めると後ろに続くハリー達を静止した。
まさかこの先にバジリスクが居るのか、とハリーとロンはすぐに俯き視線を下げ、ロックハートは手で目を強く抑えた。
ルイスは目を細め暫くその先にある物体を見ていたが、息を飲むと恐々とつぶやいた。
「…蛇の…抜け殻だ…」
毒々しく鮮やかな緑色の透き通った皮がトンネルの床にとぐろを巻いて横たわっている。その全長は6メートルはあるだろう。
この先にいる怪物本体の巨大さを目の当たりにしルイス達は顔を青ざめさせた。
「──なんてこった…」
森で見た蜘蛛の数倍は巨大な抜け殻に、ロンは力なく呟く。その目に絶望がありありと写っていた。
ロックハートはその脱皮した皮を見てへなへなと腰を抜かしびちゃりとその場にへたり込んだ。
「立て」
そばにいたロンが杖を向け、きつい口調で言った途端、ロックハートは立ち上がると素早くロンに飛びかかった。
ロックハートはみるからに怯えていた、まさか反撃するとは思わずーーあまりの一瞬の出来事で、ハリーとルイスも反応出来ず足を踏み出した頃にはロックハートが息を切らせながらロンの杖を手に持っていた。
その顔には、いつものような自信に満ちた笑顔が戻り──少し凶悪に歪ませ、勝ち誇ったように叫ぶ。
「坊やたち、お遊びはおしまいだ!私はこの皮を少しもって帰り、女の子を救うには遅すぎたとみんなに言おう。君たちはずたずたになった無残な死体を見て哀れにも気が狂ったと言おう──」
ロックハートは不敵に微笑み、杖を掲げた。
「さあ、記憶に別れを告げるがいい──
ロックハートの叫びと共に杖は小型爆弾並みに爆発した。その反動でルイスとハリーはよろめき蛇の躓きながら後ろに後退し、今にも呪文が襲うのでは無いかとすぐに逃げた。
その刹那轟音が響き、二人が飛び退いたばかりの場所に巨大な岩が落下した。爆発は天井に向かって発射されたのか、天井が崩れ岩の塊が次々とハリーとルイス目掛けて落ちてくる。
「ハリー!」
ルイスは唖然と上を見るハリーのローブのフードを強く引くと、無理矢理後ろに下がらせた。
暫く轟音が続き、もくもくと土煙が上がっていたが、崩れた大岩が落ちきると、ぱらぱらと小石が乾いた音を立てて足元に転がった。
「ロン!」
「ロン!大丈夫か!?」
ロンと離れてしまい、その姿は見えない。まさか岩に巻き込まれたのかとハリーとルイスは必死な顔で巨大な岩を拳で叩きながらロンの名を叫んだ。
「ここだよ!僕は大丈夫だ!でも、こっちのバカはだめだ。──杖でぶっ飛ばされた」
崩れた岩の奥からくぐもったロンの声が聞こえ、二人はほっと息を吐いた。ロックハートは自業自得だ、どうでもいい──ロンが無事で、本当に良かった。
「どうする?こっちからは行けないよ、何年もかかってしまう」
「ルイス、何か良い魔法は無い?」
ハリーとロンの必死な言葉に、ルイスは一度後ろに下がり天井と目の前の巨大な岩を見て暫く考えていたが首をゆっくり振った。
「…だめだ、爆発で吹っ飛ばしてもいいけど…さらに天井が崩れて…ここが崩壊したら生き埋めになってしまう」
トンネルの天井には大きな割れ目が出来ていた。岩を魔法で狙ったとしても、その破片がぶつからない保証はない。
一度ルイスは浮遊呪文を唱えたが、──一瞬辺りが闇に包まれた──重すぎる岩は僅かに揺れたもののそれ以上持ち上がる事はない、これほどの大岩を持ち上げるには、魔力が足りないのだろう。
「
ルイスはハリーをじっと見つめた。
ハリーは決意の篭った目で、頷く。その目には恐れや戸惑いは一切無かった。その目を見て、ルイスは目を細め優しく微笑む。スリザリンの後継者はハリーだと言う噂が流れたが、なんて馬鹿馬鹿しい事だろう。ハリーはこんなにも人のために勇気を出す事が出来る、とても優しい人だ、グリフィンドールに選ばれる精神を間違いなく持っている。
「ロン、君はロックハートとそこで待ってて。もし1時間経っても僕らが戻らなかったら──」
ハリーはそこで言葉を途切れさせた。今から敵地に向かうのだ、恐ろしい怪物が待っている事だろう、嫌な想像が脳裏を駆け巡る。
「…僕は、少しでもここの岩石を取り崩してみるよ。そうすれば君たちが──帰りにここを通れる。だから…ハリー…ルイス…──」
ロンは岩の向こうで縋るように、願うように必死に訴えた。
ハリーとルイスは、そっと岩に手を当てた。──必ず、帰ってこよう。ジニーを助ける為にここにきた。無事に帰ってこなければ…そうでなければロンは罪悪感で押し潰されてしまうだろう。
「それじゃ、また後でね」
「必ず帰るから」
ハリーの声は震えていた。
ルイスはぎゅっとハリーの手を握り、二人は確かに頷き合うと巨大な蛇の皮を越えてその先へ向かった。