「涙は人間の作るいちばん小さな海である」とは、一体誰の言葉だっただろう。
この海辺の小さな街に生を受けて21年。
海はいつだって変わらずに私と共にあった。
「天気明朗!ベタ凪!釣りにはもってこいの天気ね!」
「そうだね。風も無いし、今日はフライフィッシング日和だ」
「今日『も』じゃなくて?」
「うっ……」
父の故郷であるこの街に生まれ育った私は、物心ついた時から海が大好きだった。夜明けと共に起きては、寝ている父を釣り竿でぺちぺちと叩き起し*1、「朝のお出かけ」と称して、寝ぼけまなこの父を引き連れ、この小さな港で釣りをしていた。
「えーと、あれ、レバーブレーキ*2……と。あった!」
「なんでそんな小さいタックルバッグの中でリール無くすの……」
「フカセには色んな道具が要るんですぅー!フライみたいにライン通してハリ結んで終わり!なんてもんじゃないんだよー!」
「なっちゃんが整理整頓出来ないだけでしょ」
「うっ……」
春は大きなイカ焼きを食べよう!と躍起になってエギを投げ、
夏にはキスの天ぷらをたらふく食べようと涙目で虫餌を針に刺し、
秋には産まれたての小さなイカを眺めては海に落ちかけ、
冬には大きなカサゴを釣り上げようとかじかむ手で針を結ぶ。
そうして1年が経ち、また春にはイカを狙って釣りをする。
そんな幼少期を過ごしていた。
「よし、準備完了!」
「今日は何が釣れるかな……この時期だとやっぱりメバルかなぁ。」
「エソだったりしてね」
「やめてよ、あれ食べるの大変なんだから」
「え、食べたの?」
「え?うん。*3」
父の釣り仲間だった山川さんが初めてひよりちゃんを連れてきたのは、私が中学2年生の頃だった。
「フカセって道具多いし、大変じゃないの?」
「大変か大変じゃないかって言ったら大変だねぇ。ウキの浮力に針の重さ、号数、打つガン玉*4とか、考えることはいっぱいだよ」
「なんでそんな釣りを……」
初めて会った時は、引っ込み思案最盛期と言っても過言ではなかっただろう。山川さんの後ろに隠れておずおずとこちらを覗いていたのを今でも覚えている。
「んー、なんて言うかね、『釣った』って感じがすっごくするの。」
「『釣った』?」
「うん、『釣れた』じゃなくて、『釣った』
海の中はどうなっているかなーとか、エサ取りの小さい魚をどうやって避けようかなーとな、色んなことを頭の中で想像して、本命の魚に口を使わせた時、やった!って感じが1番するのはフカセだと思うな」
「へぇー。」
「やってみたい?」
「いや、私はいいや……道具高いし、多いし、アミの匂い気になるし」
「そこはやってよぉ!」
このお話は、私とひよりちゃんが出会った時のことを少しづつ紐解いていくお話。
「うみだぁぁあぁ!!!」
……だと思う。
続かない