FLOWER KNIGHT GIRL 異聞 ~その悲しみに終止符を~ 作:不可泳河童
お待たせいたしました
少し長めかもですが、第二話どうぞ
雪原の世界花、ウィンターローズ
その王城は夢の花。青薔薇と紅薔薇のドレスを纏い、いと高き二つの尖塔にも、光を通す水晶質の薔薇を冠に推し戴く。その御姿は厳寒にも倒れず、吹雪にも霞まず。白銀の国土にあって観光客をその美貌で魅了するのみならず、その地に暮らす民にも安堵を与える剛健なる威容も備わっている。華実兼備なその様は、実は当代のウィンターローズの在り様をも表していた。
夢を掲げる女王ノヴァーリスの御旗のもとには、精強なる花騎士が他国からも志願し、時に危うげにも見える足元を、硬軟織り交ぜ強固にしていた。民は女王の夢に希望を見、花騎士の活躍に安寧を得、常冬という厳しい環境にあって、笑顔の多い暮らしを営んでいるのだ。
その王城のとある廊下にて。
「お疲れ様です、ブラックバッカラさん」
「ノイバラか」
ブラックバッカラが会議室から出てきた所を、待ち伏せていたようにノイバラが呼び止めた。
政治を取りまとめる立場のノイバラと、花騎士をまとめる立場のブラックバッカラ。それぞれが国の重鎮だ。
「どうでしたか、みなさんの様子は」
「平和なもんだ。ま、今月も害虫の目撃、討伐件数、そして被害。全部微減と来てるからな」
そう答えたブラックバッカラの視線が、ノイバラの背後、窓の外に向いた。
ロイヤルプリンセスだ。声こそ聞こえないが、何か呼びかけながら歩いていた。ブラックバッカラの視線を追いかけたノイバラもその姿を認めると、ふふっと笑った。
城内の遠くでは、ミニバラが「ノヴァーリス様ーー!」と呼ぶ声も聞こえてきている。
「ちょっと緩んでる所も目立つがな」ブラックバッカラは肩をすくめた。
「良いではないですか。平和であるに越したことはありませんよ」
「そうだけどよ。叱ることが増えて、こないだ久しぶりに声を枯らしちまったぜ」
「いつもお役目ご苦労様です。今度ハチミツでも差し入れしましょう」
「そいつは嬉しいね。その時に買おうと思ったんだが、ちょうど品切れになっててがっかりしたもんだ」
「あら、不運でしたね。わかりました。近く届けましょう」
「ありがとな。そっちの落ち着いた頃を見はからってメシでも誘うわ」
「楽しみです。では私はこれで」
「またな」
ノイバラと別れたブラックバッカラが家路につくべく廊下を歩いていると、ミニバラの呼び声がだんだん大きくなってきた。やがてつき当たりのT字路を横切る姿が目に入る。ややあって、その後ろを悠々と歩く女王ノヴァーリス本人の姿が。
(おーいミニバラ 後ろ後ろ)
少し気になってつき当たりまで進んでから、二人が向かった側へ目を向けると、ノヴァーリスはまるでミニバラを尾行するように後をつけ、彼女が振り向くときは必ず部屋に入ってその視界から隠れつつ進んでいた。
(ありゃあ忍者か何かじゃないのか?)
ウインターローズでは、おおむね変わらない日常が続いていた。
深い森の世界花、リリィウッド
その名が示す通りの豊かな深緑の木々の間を、一台の馬車が進む。二頭の馬が引く大きな幌の中には、日用品、家具、食料……雑多な物資が隙間なく積み込まれている。
馬の足音、車輪が土を鳴らす音に、軽快なメロディーの鼻歌が混ざって聞こえる。馬を繰る御者はどこか頬が緩み、目元も優しげに細められていたが、歌はその背の幌の中から流れてきていた。
幌の最後尾に毛布を敷き、小さく足を畳んで座る女性こそが、その鼻歌とこれら物資の主だ。開いた手帳と荷物を交互に見ながら、時折ペンも走らせる。時を無駄にしない、いかにも商売人らしい振る舞いだが、傍らには剥き出しの片刃斧が見守るように立て掛けられてもいる。
行商人にして花騎士の彼女、フィソステギアの心は弾んでいた。これから向かうブレーメン防衛基地、そこの様子がどうなっているか、楽しみで仕方がない。
フラスベルグの復活により、一度は奪われたかに見えたコダイバナ復興の兆し。かの害虫の浄化により、今ふたたびその歩みを進めている。ブレーメンの奪還は一族の悲願と語るフィソステギアは、公私問わず足しげくこの地に通い、その一助となっていた。
訪れる度に緑地が広がり、活気づいていくブレーメン。先だっては一般人を招いての式典すら開催された。商人として、投資先が花開く喜びは知っていたが、復興の様子をつぶさに見続ける事には、それ以上の、あるいは別の、言葉に尽くしがたい幸せがふつふつと湧いてくる。鼻歌の一つにも自然と溢れ出ようというものだった。
無事ブレーメンに到着したフィソステギア。
開拓村の代表、駐屯する騎士団の代表にそれぞれ挨拶し、依頼の荷を納品して報酬をもらい、次の依頼を受ける。
開けた所へ移動する途中で、思わず顔がほころんでしまう風景があった。それは、廃屋に横たわる大型害虫の死骸。世界花の力が届かず、長い時を経ても、標本のように完全な姿のままだったそれが、ひどく朽ちているさまだった。
これこそ、世界花の加護がこの地に届き始めている何よりの証左。浄化の力が働いているしるしだ。ブレーメンの完全な復興も、もはや絵空事ではなくなっていると、またしても鼻歌が出てしまう。
そんな明るい心地に誘われて……ではないが、フィソステギアの周りに、少しずつ人が集まりはじめた。比率は女性が多く、主に荷馬車の方に視線を向け、ちらちらそわそわとしている。彼女らが待ちわびているのはもちろん、店開きだ。
「すぐ準備するから、もう少し待っててね」
その言葉と裏腹に客が寄ってきて人だかりを作る。フィソステギアはいくつかの荷を手早く降ろし、御者に賃金を手渡した。これから彼とその馬は十分な休息に入る事だろう。
荷ほどきをしながら、さあ店開きだ。
世界が注目する復興と開拓の地では、暮らしが軌道に乗るまでの間、各国からの支援を受け、生活に必要なものは配給されている。
余裕が生まれるとは言いがたい開拓生活の中、女性たちがこぞって求めているものは不要不急の、なくても生きていけるもの。でも決しておろそかにしたくない、準必需品とも呼べるもの。
化粧品類である。
この需要をはじめから見込み、安価に入手できるものを中心に、時に都の新商品も取り入れながら仕入れている。販売に際しては貨幣のみならず物々交換も受け付け、評判は上々。ここで得た物品は「復興の地ブレーメンの」と枕詞をつけると、直接は力になれなくても支援したい気持ちを持つ品の良い層によく売れる。潤沢な利率とはお世辞にも言えないものの、手堅くと言えるくらいには商売できていた。
押し寄せるお客様に次々と対応を続けているうちに、あっという間に日が傾いた。
晩御飯の支度に帰る女性たちと入れ替わるように、やってくるのは巡回・討伐を終えた花騎士たちだ。
「こんにちは、ギアさん」
「やぁメコちゃん、それにゼラニウムさんとクロユリさんも」
ゼラニウムはこんにちはと返し、クロユリは短く頷く事で挨拶とした。
「頼んでいたものはあるか?」
「研磨道具だね。はいどうぞ」
クロユリとやりとりをしている間、メコノプシスとゼラニウムは商品を眺めていた。
「ありがとう。あんたは確実に届けてくれるから助かる」
「とんでもない。僕たちは信用に応えてこそだからね」
「また1つ頼みたい事があるんだ」と、クロユリは包みと紙を差し出した。
「武器を一本ダメにしてしまってな。この場所に行って私の名前を出せばわかるはずだ」
ではこのじゃらりと重たい包みは代金というわけだ。紙に書かれた簡素な地図と住所を見ると、その鍛冶屋はリリィウッド中心街にあるようだった。
「わかったよ。間に合うか分からないけど、できるだけ次に持ってくる。あと、少し手間賃はもらうよ」
「それで構わない。最近は荷馬車が害虫に襲われる事が増えているらしくてな。先日も輸送隊がやられて配給が遅れたばかりだ。その点あんたなら安心できる」
「ひどいらしいね」と、ゼラニウム。
「奇襲されて花騎士にも負傷者が出てるって噂を私も聞いたよ」
「ギアさんは大丈夫なの?」
「僕は今のところ大丈夫。だけどそっか。輸送をお願いする人が渋った顔を見せるようになったのは、そういう事情があったんだね。教えてくれてありがとう。帰りは誰か、休暇とかでリリィウッドに戻る花騎士に一緒に来てもらえるよう探してみるよ」
「フィソステギアさんが知らないって事は、ごく最近増えてきたって事だよね……」
ゼラニウムがふぅ、とため息をついた。
「また変な害虫が出てきていたら嫌だな」
「心配しても仕方ないだろう。なにかあれば団長のように動く人間が動く。私たちにはここの戦線という役割があるのだから」
「クロユリの言う通りだね。よし、ここは1つ、新しい香水で気持ちを切り替えよう! フィソステギアさん、オススメはある?」
「それなら良いのがあるよ。ブロッサムヒルの新商品! 早速試してみてよ」
「いいの? それじゃあお言葉に甘えて」
ゼラニウムは手のひらに数滴、香水をかけてもらった。フィソステギアはついでにと、メコノプシスにもふりかける。
「爽やかな香りね」
うっとりした口調になるメコノプシス。
「匂いも強くないし。気に入ったよ。ねぇクロユリ。折角だから一緒にどう?」
「良いと思う!」メコノプシスが頷く。「クロユリさん美人だし、とても素敵な雰囲気になると思うわ」
「必要ない」
「えー、お揃いだよ?」食い下がるゼラニウム。ほら、と手のひらをクロユリの顔に近づけた。
「確かに悪くない香りだが、私は別に」
「お揃い……」
静かにねだる子供のように、不安げな上目遣いで見つめるゼラニウム。
そっぽを向きつつも離れようとはせず、たまにちらりとゼラニウムの様子を伺う。
その視線に気づく度に、良い香りだよ、お揃いだよと呟くゼラニウム。
そして二人の様子を、ただニコニコと見守るメコノプシスとフィソステギア。
やがて根負けしたのか、最初から興味があったのか。クロユリはフィソステギアの方に向き直り。
「1つ売ってくれ」
「毎度♪」
ゼラニウムとメコノプシスはパチンとハイタッチをした。
風谷の世界花、ベルガモットバレー
国土の多くを山地が占めるこの国では、なだらかな場所にのみ人が住む。点在する各集落を結ぶ多くは山道で、人が歩きやすいよう、険しい道を避けるが故に、近くの集落に行くにも遠回りを強いられるようなポイントも多い。そんな環境だったがゆえに、集落同士の往来は少なく、各集落毎に独立した生活圏が形成され、それは歴史の中でそれぞれ独特の文化に醸成されていった。その流れは現代でも色濃く、国も女王も存在するが、各地域の自治に任せる面が強い。
その最たる地域が桃源郷と呼ばれる歓楽街であった。国の干渉を拒み、害虫への脅威にも自分たちで自警団を築き、対処する。
その日巡回に出ていたナデシコ、リクニスの師弟とオミナエシは、桃源郷南方エリアを担当していた。街道を軸に、山の少し分け入った所にも足を運び、害虫がいないか、巣を作っていないかを探す。
念入りに行うので、道のりはそれほどでなくとも、相応に時間を要する重要な任務だ。
その任務も、ほどなく終わるところだ。
街並みが見え、先頭を歩くリクニスが今日も無事に終わりますね、そう言おうと振り向いた時だった。
しんがりを務めるナデシコの後ろに、小さな蜂の害虫が迫っていた。
「お師様、後ろ!」
しかしそこは師範のナデシコ。弟子の注意よりも先にその気配に気づき、攻撃。一太刀で決着を付けた。
「リクニスさんも後ろです!」
今度はオミナエシが声を飛ばした。
振り向くと先ほどまで何もいなかったはずが、蜘蛛の害虫が出現していた。
「いつの間に、このおっ!」
リクニスが刀を抜くと、害虫も反応した。4つの前脚で捌きにかかるが、リクニスの素早い太刀筋が、その内の1つをすぐさま切り落とした。
「少し下がってください!」
そこへ、転移術で横に回り込んだオミナエシの攻撃。放たれた黒紫の術が害虫を打ちのめす。その残滓が消えきるより早く、リクニスが会心の一刀を決めた。
三人は危なげなく戦闘を終えた。
蜘蛛を倒した後も他の害虫の追撃に備え、互いに互いを背にして油断なく様子を伺っていたが、幸いにもその気配は現れず、やがて誰からともなく肩の力を抜いていった。
「近くに他の害虫がいるかもしれないですね。探してましょう」
ナデシコの提案に二人は頷き、茂みへと入っていった。
奇襲の一部始終を、遠く離れた地から見守る者がいた。
ナデシコ達にフォーカスしていた視野を引き、周辺の山野へとスライドしたり、その茂みの中へと踏み入ったり、かと思えば、鳥が飛び立つかのように木々の上部に移り、枝々の間を注意深く見渡し、そして上空からも俯瞰する。
「やはり見つからぬか」
ため息と共に高原の風景の映し出しが終わり、城の一室へと戻ってくる。
ベルガモットバレー女王、シュウメイギクは、持ち前の遠見の魔法にて、領内をランダムに巡回していた。日課に近いものだが、今日はたまたま桃源郷の一行を捉え、そして運良く1つの収穫を得た。
ナデシコ達を襲った害虫が、その場に突如として出現していたのを、引いた視点であるが故に、はっきりと確認できたのだ。
何者かが、転移の魔術で害虫を送り込んでいたに違いなかった。
ベルガモットバレー領内では最近、山道を行き交う行商や馬車、巡回の花騎士が害虫に襲われる件数が如実に増えていた。花騎士にも負傷者が出ており、対応についてが議題に持ち上がっている。
「コダイバナからでも、何者かが迷いこんできおったか……?」
思案したのち、シュウメイギクはあることを決意。その実践を腹心のコリウスに託すのだった。