FLOWER KNIGHT GIRL 異聞 ~その悲しみに終止符を~   作:不可泳河童

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第五話 歓迎の島

 明け方に王都を出発した団長一行。じっとりと汗ばむ密林を西へと進み、ティエト・ピィエン島を臨む海岸線を南下してしばし。

 対岸の村から船に乗り込んで10分もすると、その小さな島の人影を視認できるようになった。

「な~んか集まってるみたいだねぇ」

 広い砂浜から何本か桟橋が伸びており、そのどれもに小さな漁船が係留されている。サラセニアの言う通り、砂浜には人だかりができており、櫓のようなものも見受けられた。何かの祭りの最中だっただろうか。

 船から降りると、村人たちは自分たちを待っていたのだと分かった。人だかりが皆、こちらを向いていたからだ。

「来たわね団長」

 集まった人々から数歩ぶん前という、いかにも村人の代表然とした立ち位置で腕を組み、仁王立ちの姿で、バナナオーシャン王族のヘリアンサスは不敵な笑みをこぼした。半歩後ろには従者であるヘリオプシスも控えている。

 そのヘリアンサスがバッと左腕を伸ばした。衣装がたなびき、いかなる力か、ついでにツインテールも華麗にたなびく。

 それが合図であったらしく、ドドドドドンと櫓から太鼓の音。のぼりが立ち、横断幕には筆文字で大きく

『熱烈☆歓迎!! ようこそ!!

 太陽の剣の勇者様御一行様!!』

 と書かれていた。勢いと熱意は感じられる。

「さぁ! 騎士団歓迎しまくり祭り、はじめるよーっ!」

 号令にワァっと歓声が上がった。

 櫓の上では、ねじりはちまきの男が、漁で鍛えられたのだろう屈強な上半身を惜しげもなくさらし、リズミカルに太鼓を打ち鳴らす。

 それに合わせて踊る者あり、楽器や笛の演奏ありと賑やかだ。どこからか美味しそうな匂いも漂ってくる。

「私たちのためのお祭りでしょうか」と、オレガノ

「ねぇねぇ、参加しちゃって良いの?」ウズウズしているサラセニア。

 昨日は害虫の出現に備えて念入りな打ち合わせをしていたはずだったが、サプライズパーティーにでも呼ばれていたのだろうか。

 団長はヘリオプシスを手招きし、討伐任務ではなかったのかと尋ねた。

「実はこのお祭りは、ヘリアンサス様の提案で急遽行われる事になったのです」

 続けて曰く、先んじてこの島に入った二人は、住民に今回の討伐作戦をかいつまんで説明し、駐屯のための野営地の紹介や宿泊所の提供を求めた。その際に、害虫の発生する可能性と多数の花騎士が駐屯する事への住民の不安を見て取ったヘリアンサスは、それを払拭するべくこう言ったらしい。

 

「安心して! その団長はあのフラスベルグ討伐で害虫毒の根源を浄化した、太陽の剣の勇者なんだから!」

 

 地理的にコダイバナに近い島民に、フラスベルグ討伐の勇者という言葉は効き目が抜群だった。効きすぎて快く受け入れるどころか「そんな大層なお方がこんな何もない村にいらっしゃるなんて」と、不安と引き換えに恐縮させてしまった。

 

「それなら全力で歓迎する祭りを開こう! 大丈夫、ベストを尽くせば必ず伝わるよ!」

 

 困難に際して笑って過ごす、バナナオーシャンの祭り魂に、あっさりと火がついた。

 そうだ。やろう!勇者様をお迎えしよう!

 

「それでこのお祭りをすることにしたんだよ」

 いつの間にかヘリアンサスが近くまで来ていた。高まった機運を少ない時間で祭りの形にまとめ、準備にも惜しみ無く手を貸したため、眠る時間をあまりとれていないらしかったが、顔色に疲れはいっさい見えない。相変わらず、祭りに関しては体力が底無しだ。

 ヘリアンサスは島の子どもたちを引き連れてきており、5歳から12歳くらいまでだろうか、20人くらいが花騎士たちを取り囲んでいた。

 

 「いっしょに、おどりましょう」一番小さな子がイオノシジウムの手を引き

 「これ盾? すげー」対害虫用の鋭利なトゲが仕込まれている危険な盾を、これはダメだとマロニエは慌てて頭の上に取り上げた。

 ブリオニアは少女に「わたしと同じくらいだー、わたしも花騎士になれる?」と背比べをされ、どう答えれば良いか困惑していた。

 見かねたオレガノが「きっとなれますよ」と助け船を出した。「お友達や家族を守りたい、誰かを助けたいって気持ちで頑張っていれば、世界花に届きますよ」と続けると、少女はうん!と笑顔になった。

 「どうしたら花騎士になれますか?」と尋ねられたプリムラは、騎士学校での汗と涙の青春の日々について熱く語りだし、アネモネにフォローを入れられていた。

 エニシダは動くホウキが注目を浴びていたが、一人の女の子が「魔女怖い~っ」と泣き出してしまい、あやそうにも近づけば余計に悲鳴をあげられ、オロオロしてへこんでいた。女の子の友達とアサザがなんとかなだめようとしている。

 「おねーちゃんもうお酒飲んでる!酔っぱらいだー!」と、子どもたちに囃し立てられたサラセニアは「まだ酔ってなんかないんだな~、それっ」華麗なジャグリングを披露し、一躍スターになって拍手喝采をあびていた。

 団長の元にも何人か少年少女がやってきて「かっこいー!」「太陽の剣にさわらせて!」「騎士団長ってモテますか?!」「私も団長様の騎士団に入れてくれますか?」口々に飛んでくる質問や歓声に一通り応え終わって、やっと本題を切り出す事ができた。

「害虫の警戒任務、という事で間違いないんだよな?」

「うん。だから島を見回りながらお祭りを楽しんでほしいなって思ってるよ」

 途中、花騎士からもちらちらと目配せが来ていた。お仕事だからと断るべきか、歓迎を受け、一緒に祭りに興じてもいいか、判断してほしいという視線だ。

 ヘリアンサスが言うには、郷土料理の魚介鍋を振る舞うために、日も昇らぬうちから漁に出たと言うのだ。そこまでの厚意をむげにはできないだろう。

 とはいえ、もう少し確認しておきたい事があった。島の様子だ。団長はその問いを二人に投げ掛けた。

「島については昨日のうちに一通り見て回りましたが、害虫も巣も痕跡も無いことを確認しています」

「でも安心はできないんだよねぇ。今までの大発生も、近くに害虫の巣が無い事もあったからね」

「何か変わった物とかは?」

「何もなかったかと。少なくとも、私の気づける範囲では、何もありませんでした」

「そうか……」

 解答は想定していたが、それでも少し落胆した。巣があったりなかったり、条件不明の害虫発生について何かが分かれば、原因そのものを解決することも出来るかもしれないのだが。

 今のところは予兆なし、という事になる。

「みんな、ちょっと良いか」

 団長は花騎士を呼び集めた。

「せっかくの歓待だ、2、3人ずつ交代で島をパトロールしながら、祭りを楽しむ事にしよう」

 

「「「やったー!!」」」

 

 プリムラ、イオノシジウム、サラセニアが、そのまま近くにいた子ども達と一緒になって歓声をあげた。

 

「あまり羽目を外すなよ。本土の救援信号にも気づかなきゃいけないんだからな」

 

 だってさ、ねーちゃん。

 茶々を入れた少年の頭を、わかってるわよーと乱暴に撫でるイオノシジウム。髪をワシャワシャされてる少年も嬉しそうだ。

 

「団長、先に荷物を置きたいんだけど、どうしたら良いかな」と、アネモネ。

「それなら集会所を使ってくださいって! あたしが案内するよ」

「ありがとう、ヘリアンサスさん」

「エニシダ、ブリオニア、ちょっといいか」

 アネモネにならって先に荷をおろそうとついていく者らの中から、団長は二人を指名した。

「荷物を置いたら、いつも通り先に二人で島を見てまわってくれ。昨日見て回った範囲では害虫の痕跡とかは無いという事だが、何か気づいたら知らせてくれよ」

「了解」

「わかりました! 行きましょう、ブリオニアちゃん」

「うん、よろしくエニシダさん」

 

 二人がほうきに跨がり宙に浮かぶと、子どもらだけでなく大人たちにもどよめきがあった。エニシダはにこやかに手をふり返していたが、ブリオニアは自分を連れる魔女の体に、腕を回してしがみつくので精一杯だ。

「ブリオニアちゃん、どちらから行きますか?」

「ん、まずは全景を見たいかな」

 エニシダは高度を上げた。小さな島は少し高く飛べば容易に島の形が把握できた。勾玉に似た形の島は、周囲は砂浜、中央が密林と分かりやすい区分けがなされている。

 村は中央やや南部にあり、入り江になった部分が現在の祭りの会場。中心部へ向かって建物や畑が点在している。

「あれ……なんだろ……?」

 村の入り江を腹とするならば、背にあたる部分の砂浜になにかを見つけたブリオニア。

「エニシダさん、あそこに行ってくれない?」

「何かありますね。わかりました」

 ブリオニアの示した方へ、エニシダは空飛ぶほうきを操り、滑るように降りていった。

「ボート、ですね」

 一人かせいぜい二人しか乗せられないような小さなボートが一艘、砂浜に引き上げられていた。

 ブリオニアはほうきを降りると、辺りを確かめながら近づいていった。

「誰かがここから上陸したのかな」

 オールは船体の中にあったが、人の姿はない。代わりにここまで引きずった跡も足跡も砂浜には残されていた。

 残された足跡の1つ、その横にブリオニアは自分の足を並べた。足跡の方が大きい。エニシダにも同じようにしてもらって比べると、ほんの僅かに足跡の方が大きいようだった。

「女の人なのかな……」

 ブリオニアの呟きと同時、エニシダがハッとしたように顔を上げた。

「いま何か聞こえませんでしたか?」

 その視線は足跡が伸びる先、密林の方を用心深く見定めようとしている。

「私は何も聞こえなかったよ」

「気のせいでしょうか。何か、害虫の鳴き声のような……」

 害虫かもしれないとあっては、軽く流すわけにもいかない。二人は静かに耳を澄ませた。

 ささやかな浜風。寄せては返す波の音。遠くで響く太鼓の音。

 

 かぁお……かぁお……

 

 時おり戯れる海鳥の鳴き声。平和な音色ばかりが、島には溢れている。

 

 ざざーん  ざざーん  どんどん どどん

 

 ……かぁお…………どんどん……かぁお…………

 

 ……ざざーん……どどん、どん……かぁお、かおっ……

 

 ……………カォォォス………

 

 二人は目を見合わせ頷き合った。小さかったが、明らかに異質な叫び声が混ざっている!

 ブリオニアを乗せ、エニシダはほうきを飛ばした。高度を上げずに密林へ一直線に。その軌道は奇しくも誰かの足跡をなぞった。途中で奥の上空にハエのような害虫が飛び出し、辺りをせわしなく旋回したかと思うと、すぐまた密林へ急降下していくのを見た。

「エニシダさん! 先に団長さんに知らせよう。もし大発生だったら、突っ込んでも囲まれちゃう」

「そうですね! ブリオニアちゃん、見張りはお願いします」

 高度を上げ、樹上に出る。害虫の出現箇所を左手に村へ向かう途中、同じ位置からまたしてもハエの害虫が飛び出した。

 気づかれたかと、しがみつく腕に少し力が入ったが、害虫はやはり先ほどと同じように樹上を飛んだあと急降下した。

「あの動き方……もしかして、何かを襲ってる?」

「とにかく今は急ぎましょう!」

 

 




周辺の地理地形から戦略を練るブリオニアと、魔女の運び屋エニシダのタッグでお送りしました。


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