FLOWER KNIGHT GIRL 異聞 ~その悲しみに終止符を~   作:不可泳河童

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第七話 メイ団長の災難

 

 日が落ちかけた秋染めの渓谷に銃声が響く。崖際の狭い道を害虫達が取り囲んでいる。

 顔ぶれはハチ、ハエ、トンボ、蛾にカナブンと、いずれも飛翔する種だ。

 獲物は人間たち。わずかな足場でまごつく彼らに対して、害虫達は広い空を利用し、上から横から自在に襲いかかる事ができる。地の利を得た、一方的な狩りの愉悦に浸れる、そのはずだった。

 彼らがあげる鳴き声は、晩餐にふける嬌声などではなく、警戒や鬨の声。襲いかかった相手は一般の通行人や商隊ではなく、手強い花騎士の部隊だ。

 先ほどの銃声を発した銃使い(ガンスリンガー)のホウセンカをはじめ、長身の槍使いモミノキ、棺桶を背負ったイトスギ、扇で魔術を差配するメイゲツカエデ、おどろおどろしい霊魂を従えるアエオニウム、小柄な鎌使いプルモナリア、小さい体に大きい胸の炎剣使いグロリオサ。

 紫髪の女騎士団長、メイが率いる部隊だった。

 

(まいったね)

 

 弱音を口にこそしなかったが、メイは焦っていた。

 

(狭くてモミノキ、イトスギ、プルモナリアの三人がうまく武器を振れない。ホウセンカとグロリオサもやりづらそうだ。さっきから頼りっぱなしのメイカとアエオニウムもだいぶ疲れた様子だってのに)

 

 思考に害虫どもの羽音がいつも以上に耳障りに邪魔をする。

 

(こいつら、囲むだけ囲ってあまり攻めてきやがらない。日が落ちるのを待って確実に……って魂胆なんだろうか)

 

 時々、痺れを切らして突っ込んでくる個体もいたりしたが、多くは牽制のためか、突撃とみせかけては武器の届くギリギリの所で身をひるがえしてしまう。

 その機会をうまく捉える時もあったが、稀だ。じわじわとこちらの気力体力をすり減らされる。

 

(捜索隊……はまだ来ないだろうね)

 

 チラリ、と帰り道の方に目をくれる。そちらは特に害虫の包囲が厚い。獲物を逃がさない知恵を働かせたやり口は山賊めいている。

 背後はそり立つ絶壁。前方は崖。

 

 メイ達に課せられた任務は害虫の捜索および討伐。それらを目的とした巡回だった。

 空間転移を用いる害虫が棲息している疑いがある。その名目で招集や応援要請を受けた各部隊が、一斉に山に分け入ってあぶり出そうという大規模な作戦だ。

 外国部隊となるメイ達は比較的簡単なルートを任された。道中でははぐれ害虫や、他の部隊に追いやられた害虫との、ごく小規模な戦闘が起こったが問題なく方を付けた。日が傾き始めたため帰路についた中、この場所に差し掛かると同時に急襲を受けたのだった。

 

(捜索隊が来たとしても、この狭い道で十分戦えるとは限らない。飛翔戦力が多い事に期待して粘っても良いけど……一か八か突破してみるか?)

 

 未確定な要素と現状の可能性。二つを正確に秤にかけるため、メイは味方の位置を改めて見渡し、

 

「あぶないっ!」

 

 突き飛ばされた。

 大きな羽音が自分のいた所を通過する。一瞬、思慮に意識を割いたために、頭上からの急襲に反応できなかったようだ。

 機転を利かせた花騎士に、しかしお礼の一言を告げることはできなかった。

 

 泳いだ体勢を堪え、持ち直すために大地を強く踏みしめるはずだった右足が、宙を踏み抜いたからだ。

 

「きゃああぁぁぁ……」

 

 メイの悲鳴が崖下へと落ちていく。

 

「団長さぁん!」

「ああもう、何やってるのよ!」

「シギャアアアア!」

 

 グロリオサが駆け降り、ホウセンカが悲鳴に反応して追った害虫を撃ち抜きながらすべり降りる。

 

「……っ! モミノキさん、ここをお願い!」

 

 はからずも騎士団長を突き落とした張本人となってしまったメイゲツカエデは、青ざめ、崖下を覗き込み、それから意を決して崖をすべり降りていった。

 

「うわ、どうしよう。私たちも追う?」

 プルモナリアが尋ねたが、モミノキはさっと戦場を見渡して判断を下した。

「いいえ、私たちはここで害虫を引き付けましょう。アエオニウムさん、イトスギちゃん、派手にやっちゃってください」

「了解」

「オッケーでーす」

 

 静かで短い返答と、やや間延びした返答。広くなった空間で、初めてイトスギの棺の蓋が開く。中から現れたのは骸ではなく、姿の透けた紫の霊鹿。みじろぎを一つすると、大地を蹴り、宙を駆けて害虫へと突進。霊鹿の体は害虫をすり抜けたが、いかなる魔力か、それに触れていた害虫たちが、鈍い衝突音と共にその場から弾き飛ばされ、墜落していった。

 後に続くはアエオニウムが使役する霊魂だ。薄暗い墓場を思わせる、青みがかった灰色のしゃれこうべは、霊感を持たない者にもはっきり見えるほど巨大化し、人が羽虫にそうするように、自由に浮遊する両の手で躊躇いなくバチンと叩き潰した。

 

「死神が切り刻みまーす」

 

 プルモナリアは、自身の身長ほどもある鎌を軽々と扱い、怒って寄ってきた害虫を斬り伏せていき、モミノキもまた、長物である槍を存分に振るってイトスギらを守った。

 害虫にとって皮肉なことに、花騎士たちは数を減らしたことで、限られ、押し込められていた空間から解放され、のびのびと力を発揮できるようになっていた。

 

 

 一方でーー

 

 

「くっ、っつぅー」

 

 転落したメイ団長。受け身の1つも満足に取れず、苦痛に顔をしかめ、地に投げ出されるままとなっていた。

 致命傷を避けるために、頭部を守る事で精一杯。何度も体を岩肌にぶつけながら滑落したため、もう身体中が痛む。どこをやったかわかったものじゃない。

 しかし、痛みに甘え、倒れているわけにはいかなかった。害虫達の羽音と、それを追う銃声が近づいてくる。

 

「団長さーん!」

「メイーっ!」

 

 グロリオサとメイゲツカエデの呼ぶ声もまた降りてきていた。

 まずは目前に迫る害虫への対処だ。ここまである程度をホウセンカが撃ち落としてくれたが、近づいてきた一匹に対しては、自分を誤射する可能性を考えれば、もう撃てない距離のはずだ。

 回避か、防御か。自分はどれだけ動ける?

 激痛が動きを阻害する中で、メイは剣を抜いた。細身の刺突剣だ。攻撃を受け止めるには向かない。ましてや世界花の加護もないのだ。だが。

 

(さぁ来い、ほんの少しの時間稼ぎだ。私の花騎士をなめるなよ……! )

 

 意識を研ぎ澄まし、迫り来る害虫を見定める。小型のハエ型、脚を必要以上に折り畳んでの飛翔は、捕獲の構えか。だとすればーー

 メイは仰向けのまま、剣を持つ手を上に掲げた。剣先は垂直に空を差し、まるでこの指とまれだ。トンボなら吸い寄せられるように先端にとまったかもしれない。

 しかし体が大きくなった害虫に、そんな静かで器用な停止はできない。ハエ型の害虫は剣身をまるごと捕えた。

 そのまま宙に攫われるところを、メイは力いっぱい抵抗する。突き出した腕を、その先にいる害虫を地面に叩きつけるべく、全力で振り下ろそうとした。しかしそこは加護のない女性、力不足だ。害虫はほんの一瞬揺らいだかに見えたが、体勢を大きく崩すことなく、構わずメイを連れ去りにかかる。

 剣を握る手が、腕が引っ張られ、体に激痛が走る。

 たまらずといった表情で、メイは剣を手放した。

「ブゥン……?」

 連れ去ったものが急に軽くなったので、ハエの害虫は飛びながら手元を見た。捕まえているものは、とても食べられない細身の剣が一本。たとえ食べられたとしても、身が少なすぎる。

 肉を落とした! と、焦ったかは知らないが、害虫は剣を放り出し、旋回して再びメイに迫った。

 

 

「こんのぉっ!」

 

 足元を爆発させ突撃するグロリオサ。手にした剣は炎をまとい、驚異的な加速を得て、再びメイにつかみかかろうとした害虫を引きはがした。

 害虫が肉迫していたため、すれ違いざまにグロリオサが生み出した火の粉がメイに降りかかり、メイは思わず顔をかばっていた。

 

「メイ、大丈夫!?」

 

 駆け寄ったメイゲツカエデが扇で火の粉をはらい、グロリオサを短く叱責しようとし、その容姿を見ると言葉を詰まらせた。

 

「グロリオサ! 少しは周りを考えなさいよ!」

 代わりにホウセンカが言葉を引き取った。

 

「すみません! 急いでいたので!」

「いや、構わないよ」

 メイは痛む体を叱咤して、負けじと声を張り上げた。

 

「グロリオサ、あんたは思いっきり戦いなさい! メイカをフォローに入れるから! ……頼めるよね?」

「任されたわ」

 

 委細承知とばかりに、メイゲツカエデは力強く頷いた。二人は共に炎の使い手だ。グロリオサが武器に炎をまとわせるなら、メイゲツカエデは扇で炎を差配して戦う。彼女がフォローに入れば、周辺の木々に延焼することもないはずだ。

 

「私は何をすればいい?」

「ホウセンカは私の護衛を頼む。もし他の害虫が多く寄ってきたら、私の事は良いからグロリオサと範囲を分担して戦って」

「了解」

 

 さて、と、メイは仰向けになり、木々の合間から落ちてきた崖の上を見据えた。

 いまだ多くの害虫はそちらに残って戦闘をしているようだった。上に残っているメンバーは、長物使いが多い。狭い足場だったが、人が減った事で今頃はのびのびと戦えていることだろう。モミノキもいるし、あちらの心配はない。

 此方では指示通りに、グロリオサが突進したり、木々に飛び移ったりと縦横無尽に害虫どもを撃墜していた。メイゲツカエデはグロリオサの出す炎の後処理に追われてしまってはいるが、ホウセンカの出番は全く無いくらいだ。

 まったく、頼もしい花騎士たちだ。それに引き換え――

 

(あぁ、くそっ 不甲斐ない)

 

 メイは自分に悪態をついていた。いつしか虚空に、巨大な害虫の影を見ながら。

 不注意、油断。そういったものを経て、消えていった、花騎士だった頃の同僚。

 あの時の自分がもっと注意深ければ。あの時の自分にもっと力があれば。失わずにいられたかもしれなかった仲間がいた。二度とそうはなるまいと強く思っていたはずだったのに……!

 両隣に立つ、かつての同僚の幻影。害虫の影の前に進み出ると、影は腕を振り下ろして、幻影を散らせた。

 

 

「アキ! キン!」

 

 

 メイは自らの叫び声で目覚め、起き上がろうとした体は激痛によって地に押さえつけられた。

 辺りはすっかり暗く、近くの焚火だけが明かりを灯していた。

 眠ってしまっていたのか――

 奥歯を強く喰い締めていたのは、体の痛みのせいばかりではなかった。

 

「敵! 敵ですか!?」

 反射的に上体だけを起こしたグロリオサだったが、声は寝起きのそれで思いのほかハリがなかった。

「大丈夫よグロリオサ。メイが起きただけだから」

「そうですか、良かったです……」

「さ、交代まで寝てなさい」

「はい~おやすみなさい~」

 メイゲツカエデに優しく諭されて、ずっとそうしていたのだろう、グロリオサの頭は吸い込まれるように彼女の膝の上へと戻っていった。

 

 すぐ隣では、メイゲツカエデがグロリオサの髪を撫でている穏やかな姿が、焚火にあかあかと照らし出されていた。 

 

「……あれからどうなった?」メイは尋ねた。

「害虫は全部撃退したわ。上に残ったモミノキさん達が戻って状況を報告してくれる手はずよ。もう日が落ちる時間だったから、救助は明日明るくなってからでしょうね」

「ホウセンカはどうしたの?」

「ここにいるわよ」

 すぐに木陰から返事があった。どうやら幹に身を寄せているらしい。

 

「そうだ、これを飲んで。明るい内に沢を見つけたから汲んでおいたのよ」

 水筒を開け、水を飲ませようとしてくるのを

「あぁ、ありがとう。大丈夫だよ、自分で飲めるって」

 手で制してから受け取った。

 水はしっかり蒸留されており、安心できる美味しくなさだった。

 メイは苦手な味をこらえて重要な水分を五臓六腑に染み渡らせた。

「ごめんなさいね、私がしっかりしていればこんなことにはならなかったのに」

「気に病むなよ。全員生存できたんだし、あの状況じゃ仕方ないって。想定してなかった私が悪い」

「うん……」

 明るく言いはしたものの、メイゲツカエデはやはりバツが悪そうだ。

「さてっと、ひとまずは安全っぽいし、私は朝までもうひと眠りさせてもらいますか。見張りは任せて良いんでしょ?」

「えぇ、そうしてちょうだい」

 じゃあ、おやすみ。と、湿った空気を断ち切るように軽く言い放つと、メイは目を閉じ、やがて寝息を立て始めた。

 

 メイゲツカエデはしばらく膝のグロリオサの髪を撫でてぼんやりと時間を過ごしていたが、

 

「昔の夢……また見たのね……」

 やがてポツリと呟いた。

 

 その声は、幹背もたれ立っているホウセンカの耳に届いていたが、彼女がそれを掘り返すことは無かった。

 

 

 幸い、その後の夜間に害虫の襲撃はなく、夜が明けるとメイ達は無事に救出されたのだった。

 

 

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