刻モナ   作:原神謎カップリングこじつけ部

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第1話

「困りましたね……」

 

 水占(みずうら)の盤を前に手を止める。困惑は、そこに示された運命が自身の()るべきでないものであった為。

 通常、占星術師は自身の運命を占わない。正しく運命を識る者がそれを以って運命に関わって仕舞えば、運命の矛盾を招きかねない故に。しかし、アストローギスト・モナ・メギストスはこの日、そういった "事故" に繋がりかねない運命を識るに至っていた。

 決して、自身の運命を占ったわけではない。占った結果が偶然、自身が深く関係するというものであったのだ。致命的な状態にまでは陥ってこそいないが、随分と際どい。恰も綱渡りでもしているかのような心情を(いだ)かせられる。

 

「うぅ……」

 

 見えてしまった運命(もの)は仕方がない。項垂れつつも観念してそれらを呑み込むが、しかしその内容もまた測り難いものであった。

 "施し" の運命。思わず腰に下げた財布を手に取って、中身を掌に広げる。

 

「はぁ……」

 

 毎度のことながら溜息が出る。金欠のこの身に成せる施しなど、そうは無い。こんな身から "施し" を差し引けば身包(みぐる)みも残らないのでは、などと先行きを邪推してしまうが、こう出ているからには何らかの形で至ることとなる。

 以前にそも、私が施しに至ることも必然では無いのだ。なのに何故、こういった考えに囚われているのかと言えば。それはもう一つ、示されたものがあったから。

 

——— "出会い"

 

「やはり、私が行くしかないのでしょうか……」

 

 避けたくない。そう言った強い予感があった。もし避けたなら———

 

「…………」

 

 後悔、は違う。経験の無い事柄を省みることはできない。

 喪失、も違う。得ていないものを失うことはできない。

 機会の損失、……は、ただ避けたことを表すに過ぎないし。

 

 漠然と予期される喪失感じみた感傷を、適確に言い表せる語彙を探して思い悩む。同時に、自覚していた。言葉選びという、脇道に逸れた些細な思考に多くを割いている時点で、私の選択は既に決定していたのだと。

 なれば、これは運命。普遍かつ不変の理の前には何者も、抗えず、逃がれることなど出来はしないのだ。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 火の爆ぜる音。滞留した暖かい空気。身を起こせば、掛けられていた布団が滑り落ちる。着物は肌触りの良い寝衣(ねまき)()()()()()

 

「目が覚めたのですね」

 

 声の方へ向けば、そこに居たのは星空のような人。鍔の大きなとんがり帽子の(もと)で、澄んだ瞳が此方を見ている。

 

「雨に濡れて、身体がとっても冷えていたのですよ。ちゃんと暖まったでしょうか。寒くは無いですか」

 

 雨。外からの雨音が耳に入る。先程からどこか実感が無くて、少し混乱しているのを自覚する。

 

「此処は……」

 

「ここは西風騎士団の医務室です。貴女は風立ちの地に倒れていました」

 

「私……」

 

 気付く。覚えていない。自身のことが、名前さえ分からない。

 

「……、私は……」

 

 混乱が、深まっていく。自身の(うち)を見渡しても、そこにあるのはただ暗闇のみ。(しるべ)は無く、迷うことしかできない世界。

 不可解なこの現状に、目を瞑ろうとも逸らそうとも出来ずにたたらを踏む。深まる一方の暗闇に、しかし答えが1つ、示された。

 

——— 刻晴

 

 その名を教えてくれたのは、身の内ではなく外からの声。

 いつの間にか下向いていた視線を上げれば、憐憫を湛えた微笑みが星空の中から覗いていた。

 

刻晴(こくせい)。貴女の名前です。私は占星術師ですから、これだけは識ることが出来たのです」

 

 落ち着きを得て始めて、荒いでいた呼吸に気付く。覚えに無いはずの響きが、しかしすとんと腑に落ちて感じられた。

 占星術師は此方の様子を窺った後、席を立って口を開く。

 

「先ずは目覚めを知らせるとしましょう。どうやら、暖かいスープが用意してあると———」

 

 台詞を遮ったのは、扉を叩く軽快な音だった。

 

 

 

 

「ありがとうございます。私までご馳走になってしまって」

 

「えへへ、美味しかったね。後でノエルにお礼を言わないと」

 

 暖かな余韻が食後の空気を満たす。美味しくて暖かい、ホワイトソースのポトフだった。

 星空の人はモナ。明るい人はアンバー。刻晴は空っぽになってしまった身の内に、新しい世界を書き込んだ。ノエルは騎士見習いのメイドで、ここに運び込まれた私を診てくれたのはバーバラというシスターだそうだ。

 

「暫くこのまま、西風騎士団本部で過ごしてもらってもいいんだけれど」

 

 アンバーは、くすりと笑みを咲かせて言葉を続ける。視線の先には、咄嗟にモナの袖を掴んだ自分自身に慌てたらしい刻晴の姿。

 

「モナさえ良ければ、刻晴のことを頼みたいなぁと思うんだ」

 

 一応、騎士団"本部" だからね。アンバーはそう続ける。

 

「勿論、構いませんよ。……ですが、少々不安な点が…」

 

「だいじょーぶ!モラに関しては、西風騎士団でサポートさせていただきます!」

 

「ほ、本当ですか!」

 

「事前に、ジン団長から言われてたんだ。西風騎士団はサポートを惜しまないよ!いつでも相談に来て」

 

 

 

 

 ガチャリと、玄関扉を開けたところでモナが立ち止まる。どうしたのだろうと疑問を挙げるその前に。

 

「すみません、すぐ場所を空けますので、……あまり気にしないでください」

 

 目を合わせることなくそう言い放ったモナに続いて入室すれば、彼女の懸念が露わになった。

 物が、多い。

 大きな卓上に広げられた幾つもの機器。数々の、積み上げられた本の山。それらは幾つかある椅子の上まで占拠して、1つ座れる椅子を中心に床にまで広がっている。壁に目を向ければ、収納場所になる筈の棚は既に別なもので埋まっていた。

 資料で溢れているような混沌の様に何処か既視感(デジャヴ)を感じた自分が居たが、同じ部屋に存在するペッドから生活感までもを得られてしまった所で全て霧散した。

 

「す、凄いわね……」

 

 望遠鏡らしきものを脇に避けるモナを尻目に思わず溢す。精密そうな機器をそんな無造作にと思ったが、流石と言うべきかその手つきは危な気を感じさせない。

 

「どうぞ、こちらへ」

 

 示された椅子に腰掛けさせてもらう。軽い整理を続けつつ裏へと姿を消す家主の呟く、「お部屋… 物置きを…… いえ、この考えは後にしましょう……」「そういえば、ベッドも1つしかありませんね……」といった独り言が耳に残る。1人で先に腰を落ち着かせている申し訳なさと、目を逸らしても自然と立ち込める先行きの不安に少しもじついてしまうが、勝手の知らぬこの場では特段、力添えることも無い。観念して身体を休めていれば、お茶を淹れてモナが戻って来た。

 

「お茶請けもなくて、味気ないものですが」

 

 そうして、後は2人で言葉を交わす。掛かる好奇心から切り出したのは私で、話題は周りを囲む品々からのものを主に、モナについて、時折私の持つ知識について。ゆっくりとした時間を彩る会話が心地好く重なって、暮れを終えて街の徐々に眠り行く、そんな時刻が流れていった。

 今後の身の振りや無くした記憶がここで主題になることは無かった。アンバーとの会話もそうだったが、何処か緩やかな時間の流れを感じとれるこの雰囲気は居心地が良い。慮られていることが嬉しくあり、昨日のない私でも、明日に前向きになれていることを実感する。

 

 

 頃合いの時刻。談笑を終えた先、2人ともに寝巻きを着て、後は床に就くというところ。ちょっとした悶着を経て、2人で使うこととなった1つだけのベッド。其処へと入り込む所となって、ここから迎える明日への意識が、半日に満たない己の記憶へと眼を向けさせる。儘ならない心持ちに思わず止まった私の手に、寝台に先に潜り込んでいたモナが言葉を溢した。

 

「———不安、なのでしょう?」

 

 的確に心境を言い当てられたことにハッとして目を向ければ、モナは柔らかく表情を崩して此方に手を差し伸べていた。

 その手に、考えるよりも前に思わず、自分の手を重ねる。身体を引かれた先は寝台で、柔らかな心地と同居人の体温に、心中に(わだかま)っていた暗雲が溶け出していく。

 

(暖かい……)

 

 横になって向かい合うモナに、少し躊躇して、それでも結局手を伸ばす。そうやって懐まで潜り込んで、身を緩く丸めた。

 パーソナルスペースも節度もあったものではない距離の詰め方。これでは厚かましいかと思ったが、この占星術師になら全て予見されているようにも思えて……。実際、こんな縋るような体勢も受け入れられてしまっていた。

 モナがベッドサイドの照明を消すのを、衣擦れから肌で感じ取る。

 

「おやすみなさい、刻晴」

「おやすみなさい、……モナ」

 

 頭の上の位置から届く声に返答を返す。安心からか、自身の口元に自覚した緩やかな笑みが、とても大切なもののように感じられた。

 

 

 

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