人というのは、2種類ある。
それは、
天才か、愚才か。
この2つに別れると私は思っている。
私は後者だ。
天才の輩みたいに一をして十を得るみたいな馬鹿げた事は出来ない。
私は、十をしてようやく一を得られるのだ。
そのために私は努力する。
天才に追いつくために。
死に物狂いで努力する。
この不平等な運命の差に抗うために。
私は、抗う。抗い続ける。
……恩人は愚才の私を拾ってくれた。
つまらない私を、至らない私を、嫌われてもおかしくない私を。
私はそんな恩人に感謝している。
……そんな恩人に報いる時がやってくる。
私の集大成を、レースで見せなければならない。
私は恩人に恩を返さなければならない。
だから、私は、
私と恩人の愛する者達に刃を向ける。
……
【2月 中央トレセン学園】
この日、約500人もののウマ娘達が日本の中でも最高峰とされている日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称『中央』に 入学した。
『中央』と呼ばれるだけあって、この学園の生徒達のレベルや意欲は高く、新入生となった者達は既に自分の足に自信を持っている者がほとんどだった。
その中でも一際目立つ高等部の新入生がいた。
勿論、他に目立つ娘もたくさんいる。
しかし、その娘は違った意味で目立っていた。
その存在を簡単に比喩すると、
泥、だった。
着ている制服には既にしみやほつれなどがあり、いかにも中古のものでクリーニングされていないままの状態でその娘は着ていた。
しかし、髪の毛や尻尾は傷んではいても綺麗な芦毛で、顔には隈がうっすらとあるものの整えられており、瞳は綺麗な緑色だった。
ただ、その娘の表情は暗く、目は細目で、目線の先は、前にいる娘の背中だった。
……
司会「ーーーありがとうございました、理事長。続きまして、新入生代表による挨拶を行って貰います。では、パーフェサイレンスさん、お願いします。」
入学式が進行していくなか、理事長の話が終わり、待機していた黒毛の新入生が登壇し、挨拶を行う。
新代表「……新入生代表、パーフェサイレンスです。本日は私たちにこのような盛大な式を挙げて頂き、誠にありがとうございます。梅の花が咲くこの季節、私たちは伝統あるこの日本ウマ娘トレーニングセンター学園に入学する日を迎えました。新たな制服を身にまとい、私たちはこれから始まる学園生活に期待と希望をーーー」
そのような感じで新入生代表の話は続き、綺麗な形で締めくくった。
代表「ーーー本日はありがとうございました。新入生代表、パーフェサイレンス。」
拍手が起こり、式は続いていく。
司会「ありがとうございました。続いて、中等部生徒会長による新入生歓迎の言葉を述べて頂きます。では、お願いします。」
今度は鹿毛の娘が少し緊張している風に登壇し、カンペを取り出して読み上げる。
中会長「中等部生徒会長、アメノホマレです。今日、入学する新入生の皆さん。御入学おめでとうございます。中等部の代表として心よりお祝い申し上げますーーー」
新入生代表と同じような感じで新入生歓迎の言葉が述べられていき、同様に締めくくった。
司会「ありがとうございました。続いて、高等部生徒会長による新入生歓迎の言葉を述べて頂きます。では、お願いします。」
さっきの中等部生徒会長よりも、新入生代表よりも背の低い、栗毛の娘が左手に扇子を持ちながら登壇していく。
新入生側は少し退屈な様子でその小さい会長と呼ばれた娘を見ていた。
そして登壇し、足下に台座を置かれ、それに乗り、彼女の言葉が述べられる。
高会長「……。諸君、退屈か?」
その瞬間、新入生側が不意をつかれ、少しざわめく。
高会長「なに、安心してほしい!私は、長々と言葉は言わんッ!……私が大きく言いたいのは1つッ!それは!」
気圧されて、新入生が息を飲む。
そして、その会長は持っていた扇子をおもむろに開き、ある二字熟語を見せてくる。
高会長「懸命ッ!!この学園、この世界に入ったからには、常に懸命であれ!!入学した諸君は既に!この弱肉強食の世界に入っているッ!!私を含めた諸君の先輩、同期、後輩ッ!皆が諸君の一人一人の敵となり、味方となろう!!……様々な生き方が在るだろうが、常にッ!後悔しない生き方を送って欲しいッ!!以上ッ!!諸君の健闘を祈るッ!!」
扇子には先程言っていた『懸命ッ!』と、書かれてあった。
そして、ほとんどの入学生はポカーンとしていた。
……
司会「ーーー以上で、第ーー回入学式を終わります。」
入学式が終わり、既に分けられているクラスに向かう新入生達。しかし、彼女らの心には先程の高等部生徒会長の言葉が刺さっていたのだった。
?「……懸命……か。」
各々がクラスに向かっているなか、1人のウマ娘が呟く。
先に目立つと言った、泥のような娘の呟きだった。
?「私も懸命すれば、努力すれば、この世界でなら生きられる……?」
そのように言いながら、覇気が無い目を少し開き、今から訪れる未来の事を自分に問うのだった。
彼女の名前は、ダイヤグリーン。
後に怪物達と事を構える愚才のウマ娘である。
……
【トレーナー室】
入学式が行われていた時、学園内のトレーナー室の一室では中年の男性と高校生ぐらいの男性が書類整理を行っていた。
?「おい、新人。この書類ぐらいはお前が片しとけよ。」
?「す、すみません。ですが、チーフ。この書類は非常に重要なものなのでチーフが直々にやられては……?あと、こちらには……」
チーフ「ごちゃごちゃうるせぇな!!?お前はサブトレーナー、チーフである俺に従って黙って仕事をこなせ!!」
?「!……。」
チーフと呼ばれるトレーナーに文句を言われ、黙って作業をこなす新人サブトレーナー。
彼の名前は駿川翔真。現在、16歳で中卒だが、15歳でURAからトレーナー資格を与えられ、今年から『中央』でトレーナーとして働き始めた天才少年である。
……
翔真「……疲れた。」
この業界に定時なんて無い。
一体誰がそんな事を言ったのか知らないが、その通りだと思っていた。
時計を見ると、既に夜7時を回っていた。
始業が朝5時って聞くと俺と同じ年代の奴らはどんな顔をするだろうか。のんきにトロい勉強なんか続けて仕事もろくにせずに食って寝る。そんな奴らには俺らの環境が分かるかってんだ。労働基準法もへったくれもありゃしない。
そんな事を思いながら、未だに机の上に大量にある書類を片していく。
翔真(あのクソ上司は毎日
ぶつぶつと文句を言いながらペンをひたすら走らせる。
書類を左から右へと一枚一枚動かしていると、トレーナー室の扉がゆっくりと開き来客が訪れた。
やって来たのは、2人のウマ娘の生徒達だった。
?「あら。まだ働いていたの?」
翔真「ああ。全く仕事の量が減った気がしねぇよ。“姉貴”。」
姉貴と呼ばれたウマ娘は静かに“弟”の仕事の内容を確認する。
?「……しかし、翔真は大変だよね~。あんなウザい奴に1年目から文句を言われ、黙々と仕事するんだから。」
翔真「黙ってくれ。……それとも手伝ってくれるか?ホマレ?」
ホマレ「無理。兄さんがやってる事なんて全く分かんないもん。姉さんならばやってくれるんじゃない?ねえ、“ミノル副会長”?」
ミノル「やっても良いけど、見ちゃいけないものとかあるでしょ?」
翔真「それは先に片した。やってくれるなら生徒会権限でこっち頼む。アンタの名なら認められる筈だから。」
ミノル「分かったわ。」
そして手伝うことになった彼女、高等部生徒会副会長である“駿川たづな”は弟の仕事机の上にある書類の一部を取り、生徒会権限と“姉”という特殊な力を利用して仕事を手伝うのだった。
そんな2人の様子を遠目から観察&応援するのが、彼らの妹で、中等部生徒会長である“アメノホマレ”だった。
……
ミノル「ふぅ。たった1時間だけど、疲れるわね。」
ミノルは自分の両サイドに貯まった書類を見ながら自分で肩を揉んでいた。
翔真「ったりまえだよ。これを連続10時間とかやってみ?身体が死ぬぞ?」
ホマレ「絶対にそんな仕事やりたくない。」
ミノル「私は副会長として書類仕事をよくやるから大変さは分かるけど、トレーナーのものだとかなり難しくなるわね……。」
翔真「生徒会に送ってるのは、生徒同士だったり、署名するだけのものだったり、といった割と簡単なものが送られるだろうからな。たまにムズい案件が行く時もあるだろうが。」
ミノル「そうね……。8時か……そろそろ帰ろうかしら。」
自分の腕時計を見ながら告げ、確認する。
翔真「そうしとけ。姉貴とホマレの活動時間は、生徒会権限で特例扱いとして伸ばしているんだろ?なら、早く帰って寝た方が良いぜ?じゃないと文句を言う輩が出るからな。手伝ってくれたのは凄く助かったが。」
ミノル「そうね。早く戻らないと寮長にも怒られるわね。……私たちは寮に戻るけど、翔真も休みなさいよ?体を壊していたらそれこそ私たちに教えられなくなるから。」
翔真「ちげぇねえ。……分かった、今日は0時ぐらいに仮眠取るよ。」
ホマレ「……社畜みたいだね。」
翔真「社畜だよ。仕事が山のようにあるにも関わらず、上司は勝手に帰る。人はいない。相談できない。独立できない。……これを今すぐ変えるのは無理だ。諦めて上にはヘコヘコ、居ない時には愚痴りながらこなす。これを続けて機会を伺うことしか今は出来ないよ。」
ミノル「生徒会で改善出来れば良いけどね……。今は無理ね。」
ホマレ「こっちも。悪いけど、もう少し兄さんには我慢して貰わないと。」
翔真「分かってる。まだ1年目だし、大体俺がいる理由はただのサブトレーナーという訳じゃない。……安心してくれ。自分の任務はこなすさ。」
それを聞いて、2人は微笑む。そして、自分に(努力しなければ)と、強く思わせる。
ミノル「……。私たちも頑張らないとね、ホマレ。……じゃあ、翔真、明日。お休みなさい。」
ホマレ「兄さん、お休み。」
翔真「お休み。」
トレーナー室の扉がゆっくりと閉まり、再び翔真は部屋に1人残される。
翔真「……。さて、続きの仕事を。これは終わったから今度は新規トレーナー契約について見ねぇと……。」
そして、翔真は今年度の新入生一覧ファイルを取り出し、大量にある新入生の公開情報を一つ一つ見ていく。
トレーナーの本業というのはトレセン学園内の生徒とトレーナー契約をし、彼女達の成長を支え、トゥインクル・シリーズを始めとする様々なレースに勝利し、その喜びを共有したり、ウイニングライブでその栄えある姿を、頑張る姿を見届けるというものだ。
その仕事をこなす為にトレセン学園内にいるトレーナー達は日々奮闘、研究するのだ。
まぁ、これは綺麗事なのだが。
翔真「……。やっぱ、代表のパーフェサイレンスが1番人気が出るだろうな……。メイクデビューの直前期よりも全然前から絶対にスカウト来るだろ……。でもそれ以外に見込みある奴いるか?俺が初年度だからってのもあるが、ほとんど差異が無い気がするな……。明日から、様子見に行くか。」
そんな感じで気になる娘をチェック、メモを取りつつ読んでいると、時は直ぐに経つものであっさりと0時近くになった。
翔真「ふ……うぁあ……眠みぃ。……そろそろ寝るか。」
あくびをしながらそう言って、ファイルを少し雑に置き、席から立ってソファーに向かい、電気も消さずに横になる。
そして、直ぐに寝息をたてるのだった。
……
雑に置いたファイルはあるページを開いた状態で放置されていた。
そのページに貼られている写真は、綺麗な緑色の眼を持っていながら覇気が無い顔で写っているダイヤグリーンのものだった。
……
これは、そんなトレセン学園内で大きく関わることになるダイヤグリーンと駿川翔真の古い物語。