まだ日も出ていない4時。
1人の少年が寒い仕事場で目を覚ます。
翔真「ふぁ……マジで眠い。でも起きないとな。」
ほとんど休まっていない体を起こし、ソファから降りる。
口を濯ぎ、歯を磨き、顔を洗う。
ほとんど貯まっていない腹を抱え、買っていたラムネを大量に口に放り込み、食事とはお世辞にも言えない食事を摂る。
ラムネをボリボリと噛み砕きながら、今日の仕事について考える。
翔真「……もう一回、ファイルを見て、気になる娘がいたら話しかけてみるか。」
そう言い、昨日の新入生一覧ファイルを見てペラペラとめくり、
翔真(ナンパじゃねぇよ。何勘違いしてんだ、俺……寝ぼけてるな。)
……⏰……
一周すると割りと時間は掛かるものである。中、高の新入生一覧を見るという事は約500人分の公開情報をじっくりと確かめないといけないからである。
翔真「……やっぱ、あんまり目立つ娘は少ない……ように見える。こればかりは俺の経験もあるだろうしな……。しっかりと判断出来るようになりたいぜ……。あ、やっべ、もう5時40分かよ!?さっさとトレコ行かねぇと!!」
時計を見ると、5時37分を指していた。
トレセン学園には2つの寮があり、栗東寮、美浦寮がある。
ほとんどの生徒はこの寮に入寮し、学生生活をサポートされる。
勿論、今年度の新入生のほとんども昨日までに入寮している。
しかし、寮なだけあって門限等の時間指定はあり、22時~5時30分までは基本的には寮外外出禁止時間と校則で決められている。
その為、5時30分になると一部の熱心な生徒は寮外に出てトレーニングを開始する生徒がいるのだ。
翔真(急げ!あんまいないと思うが、ごく一部の生徒は既にトレ始めている!ファイルと双眼鏡を持って……部屋の鍵閉めて……!走る!)
髪は寝癖でボッサボサ、着ている服はシワだらけの状態でトレーニングコースに新米トレーナー、駿川翔真は向かったのだった。
……⏰……
【5時40分 トレーニングコース】
翔真が着いた時、トレーニングコースには既に何名かのウマ娘がいた。
翔真「2名は各々の寮長……。もう3名は……見たことがあるな。あとの4人は新入生?」
翔真は4人も新入生がこんな朝早くからトレーニングしている事に感銘を受けた。
そして、トレーニングしている9名の内、1人が翔真を見つけ、駆け寄ってくる。
ホマレ「おはよ!よく眠れた?兄さん?」
翔真の妹のアメノホマレだった。
翔真「お前、こんなに早くからトレやっていたのか。」
ホマレ「ううん。つい最近よ。誰かさんが夜遅くまで、更には朝早くから頑張っているから私も頑張らないといけないなって思っただけよ?」
翔真「そうか。そいつにはお疲れ様って言ったれ。」
ホマレ「分かった。じゃ、私は戻るね!兄さん、お疲れ様!」
翔真「あいよ。」
そしてホマレは元気な様子でコースに戻り、彼女の姉と合流していた。
翔真(姉貴もこんな早くからトレしてたんだな……。)
そのような事を思いながらファイルに目を移し、2名の新入生の情報を確認する。
翔真(あの黒毛長髪は……パーフェサイレンスだな。今年度の代表生徒。目を付けていたが、正解だったな。)
パーフェが真剣な様子でトレーニングに打ち込んでいるのを見て翔真は感心する。
翔真(そして鹿毛のセミロング。ほとんど黒に見えるが、若干茶色のあの娘は……クロスショックか。見る限り彼女の足には凄くキレがある。……昨日、眠たくて見落としていたな?バカ俺。)
そして反省しながら3人目、4人目を確認する翔真。
翔真(そして、あの芦毛……芦毛が2人いるから分かりづらいのだが、とりあえずジャージがそこまで汚れていなくて、長髪なのは……誰だろう?とりあえず走り方が綺麗だな。あと、めっちゃ身長が高い。もう1人は……見たことはあるな。かなりジャージが汚れているが……身長から見て高等部か?)
そう思い、ファイルを確認する。
そして、数十秒後、判明するのだった。
翔真(高等部、芦毛……これは違う……あ、あった。ダイヤグリーン。……へぇ。この娘もこんな時間に走るんだ。熱心な事は良い事だ。リストに載せとこ。)
そして、メモにクロスショック、ダイヤグリーンの名前が記載され、翔真の注目ウマ娘になったのだった。
翔真(先に言った芦毛の長髪のウマ娘は新入生一覧に無いんだけど……。見間違いか?)
……
コース内では3つの固まりと1人が2つといった感じでトレーニングが行われていた。
ホマレ「ねぇねぇ、かいちょー?兄さん、なんとかならない?働き始めて2ヶ月だけど、もう辛そうなんだよ……。」
ホマレと残りの2人は並走しながら翔真の事を話題に出し、相談する。
高会長「うむむ……。難しいだろうな……。改善しようにもここが学園である以上、教育に支障が出てはいかん。本来ならば直ぐにでも解決されるべき問題なのだが、今は時期が合わぬ。それにこの問題は自然解消が一番良い。……駿川翔真の昇進という形でな。」
たづな「しかし、翔真はまだ就職したばかりの新米トレーナーです。昇進となるのは果たして何年後なのか……。」
高会長「ふむ……勘案するしかあるまい。何分私達は直接は手を下せない。……“努力”するしかないのだ。……それまでの辛抱。ただ、君たちの兄妹、姉弟という事は知らない生徒がほとんどだ。……君たちはそれを利用するべきだな。」
ホマレ「結局はそうなんだよね……。」
たづな「……翔真の采配に委ねられるという事ですか。」
その質問に対して、無言で頷かれる。
高会長「……結局私は何も役に立たない。表面上だけでしか役に立たないのだ。申し訳ないが。」
たづな「いえ。このように私達の悩みに答えて下さるだけでも充分です。やよい会長。」
やよい「……。」
……
生徒会3人が話し合っている時、トレーニングコース、寮の玄関を解放した寮長2人も一緒に走っていた。
栗東寮長「こんなに早くから新入生がいるとはね……驚きだったよ。」
美浦寮長「ああ、3人も既にいるとはな。先輩として胸が高まる。私らの時には6時くらいからやって来る奴らがほとんどだったからな。私も最初はそうだった……。」
寮長2人が数年前の事を思い出していると、気になる娘を見つけた。
栗東寮長「……あれ、あのかなり背が高い芦毛は誰だろう?知っているかな?ジアト?」
ジアト「いや、知らないな。ミルも知らないという事は寮に住んでいない生徒か?……いや、それでも新入生の情報は入ってくるからな……。本当に誰だ?あいつ。」
ミル「……でも見たことはある気はするのだけれどね……。果たして誰だったか……。」
2人は考え込みながらトレーニングをしていた。
……
別の所では新入生2人が併走していた。
パーフェ「はッ、はッ、ふッ、ふッ、はッ、はッ、ふッ、ふッ……」
クロス「……。」
走行時独特の息づかい以外は無言の彼女ら。
しかし、そんな彼女らの間にあったのは新入生ではあり得ない程の……
翔真(……殺気?なんだろう、あの2人を見てるとこっちが寒くなってくる。)
遠目から観察している翔真ですら感じることが出来る程の殺気をお互いに放ちあっていたのだった。
翔真(恐ろしいな……だが、俺らのような人間にはこういうウマ娘の方が教えがいはあるのだろうな。……初年度だから分かりにくいが。)
……
翔真「あんまダイヤグリーンについては調べてないからな……調べ直さないと……。後はあの長身の娘だな。」
そうぼやき、翔真がまたファイルを調べていると、後ろからあるウマ娘がやって来た。
?「……貴方、アタシの事を調べていますの?」
翔真「……!」
振り向くと、長髪のウマ娘が翔真の後ろに突っ立っていた。
翔真(そういえば名前が分からなかったウマ娘か。)
翔真「ああ。俺は新米のトレーナーでな。色々、調べているんだ。……名前は駿川翔真だ。君は?」
オルト「
翔真「そうか。……2つ質問があるのだが、聞いて良いか?」
オルト「どうぞ。」
翔真「……何故、君はトレーニングコースで……俺の前でトレーニングしていた筈なのに、今、俺の後ろにいるんだ?」
オルト「何故でしょうね?」
翔真(はぐらかされたな。……ウマ娘の脚力によるものだと考えたいものだな。)
オルト「私は人を驚かす事が好きなのです。驚きましたか?」
翔真「ああ。凄く驚いている。一瞬でここまで来れるとはね。……2つ目の質問なのだが、君は新入生か?」
翔真にとって1番聞きたかったことを聞く。……が、
オルト「秘密ですわ。女性に
翔真「……そうだな。失礼した。学年を尋ねるという事は歳を尋ねるとほぼ同義だな。」
オルト「ええ。それにトレーナーならば、既に私達の情報など網羅していらっしゃるのでは?」
翔真「残念ながらそうもいかないもんだよ。特に君のは全く分からなかったね。」
オルト「……女性の秘密なんぞ隠され続けられている方が良いものですわ。生徒であっても。」
翔真「……。」
翔真(マジで分からん。情報を探りに来たのに逆にこちらがな探られているようだ……。恐いが……一体どういう娘なのか、とても気になる。)
少し身震いをしながら翔真は対抗するかのように見上げて顔を作り
翔真「……今度、しっかり調べてから声をかけるよ。」
オルト「ええ。調べられれば良いですね。……それでは私はトレーニングに戻ります。次、会える日を楽しみにしていますわ。」
そう言い、オールバトはコースに帰っていった。
翔真(マジで調べ尽くしてやる。)
そう思い、メモにはオールバトの名前も書かれるのだった。
……
オールバトと翔真が話し合っている時、ダイヤグリーンは黙々とランニングを続けていた。
ダイヤ(……?あれは……誰だろう……?)
走っている最中にダイヤはオールバトと話しているあまりにも若い男を見て、何故ここにいるのかが疑問に思った。
ダイヤ(こんなに早くから……私と同い年のような子も応援しに来るのかな……?)
そのような事を思いつつ、自分の足に力を込め、加速する。
ダイヤ「……ふっ!」
ダイヤ(……1ヶ月後の選抜レースに勝てるように、努力しなければ。高等部生徒会会長も言っていた、懸命であれ。……その言葉通りに頑張ろう。)
……
新入生の彼女達は約1ヶ月後に行われる選抜レースに向けて努力する。
選抜レースとは年に4回行われる大きなレースの事で、トレセン学園内ではかなり大きなイベントとされている。
そのレースで好成績を出し、トレーナーからのスカウトを受けてチームに入ったりするのがこの学園内での一般的な生徒の最初の目標となる。
その日の朝の時間いっぱいまでトレーニングをしていた彼女ら。
各々がそれぞれの高い目標を持ち、自分の限界点を模索し、超えようとする。
自分の前に立ちはだかるであろう