佑里恵は義母にクリスマスプレゼントをした。

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おしゃれなカーディガン

 

 

 岸田多実子(きしだたみこ)は八十近いと言うのに、足腰も丈夫で矍鑠(かくしゃく)としていた。毎朝自然起床で、五時前後には目を覚ます。

 

 起きたら先ず、やかんに水を入れ、ガスコンロで沸かす。その間に食事の準備。準備と言っても前日の惣菜や味噌汁を温め直すだけだ。一人暮らしになってからは朝は簡単な食事で済ませていた。

 

 お湯が沸く頃を見計らって急須に茶葉を入れる。大して高いお茶ではないが、()れ方には(こだわ)りがあった。お湯は直接急須に入れず、湯呑みに入れる。(しばら)く置き、湯冷まししたお湯を急須に注ぐ。一分ほど待ってから湯呑みに少しずつ注ぎ、最後の一滴まで注ぎ切る。お茶を飲みながらテレビのニュースを観るのが日課だった。

 

 

 それはクリスマスだった。二駅先のマンションに住む次男の嫁、佑里恵(ゆりえ)が訪ねてきた。

 

「お義母(かあ)さん、クリスマスプレゼント持ってきました。主人と選んだんですよ」

 

 佑里恵はそう言って、包装紙に包まれた長方形の箱を有名百貨店のロゴが入った紙袋から取り出した。

 

「あらぁ、毎年、悪いわねぇ」

 

 そう言いながら包装紙を剥がした。

 

「お義母さんには、他に何もしてあげられないですから、このぐらいは」

 

「あらぁ、おしゃれなカーディガン」

 

 多実子は箱から出した藤色のカーディガンを広げると目尻に(しわ)を寄せた。

 

「よかったわ。お義母さんに気に入ってもらえて」

 

「でも、出かけなくなったし、着る機会がないわ」

 

 残念そうにカーディガンを眺めた。

 

「ぜひ、家の中で着てください。高価なものじゃありませんので」

 

「そうね。勿体ないけど普段着にするわ」

 

 多実子はそう言って、壁掛けフックにかかったハンガーを手にした。ーー

 

 

 それは、一月二日の早朝だった。病院から佑里恵に電話があった。

 

「広尾病院です。岸田多実子さんが救急車で運ばれてきました。急いで来てください」

 

「えっ?ああ、はいっ」

 

 佑里恵は慌てて服を着替えるとタクシーを拾った。ーー

 

 

「で、やけどの具合は?」

 

 病院に着くなり、受付のナースに訊いた。

 

「はぁ?やけど?」

 

 ナースは意味不明な目を向けた。

 

「患者さんは、喉に餅を詰まらせて搬送されてきたんですよ」

 

 火事が原因で重いやけどを負ったのだと思い込んでいた佑里恵は愕然(がくぜん)とした。

 

「……餅?」

 

 

 ノックの後にドアノブをゆっくりと回し、病室を(のぞ)くと、傷一つない顔の多実子がベッドで目を閉じていた。

 

「……筋書き通りにいかなくてガッカリしたみたいね」

 

 突然しゃべった多実子が佑里恵を見た。佑里恵はギクッとすると、後ずさりした。すると、多実子は(おもむろ)に布団を(めく)った。そこには、佑里恵がプレゼントした藤色のカーディガンを着た身体があった。

 

「毎朝やかんでお湯を沸かすことを知っていたあなたは、袖口にフリルが付いたカーディガンに引火することを企んだ。私だって、“着衣着火”ぐらい知ってるわよ。それに、息子と一緒に選んだなんて嘘。息子はこんなセンスのないカーディガンなんか選ばないわ」

 

 そう言って袖口のフリルを指で()まむと、憎悪に満ちた視線を佑里恵に向けた。

 

「目的は何?私の保険金が欲しかったの?それとも、息子が浮気して帰ってこないから親の私に八つ当たりしたの?」

 

「……」

 

 心中を見透かされた佑里恵は多実子を見ることができなかった。

 

「携帯電話は便利よね。咳き込んで話せなくても、逆探知で家まで救急車が来てくれる。お陰で命拾いはしたけど、こんな後味の悪い結果になるとはね。息子が浮気するのは、あなたに魅力がないからでしょう。いっそのこと離婚したら?子供もできなかったし、何一つ息子の役に立ってないんだから。保険金は入らないけど、殺人未遂で警察に通報されるよりましでしょう?」

 

 多実子はそう言って蔑視(べっし)すると、冷たい笑みを浮かべた。佑里恵は魂が抜けたように呆然と立ち尽くしていた。やがて、佑里恵は小刻みに震える指先をショルダーバッグの中に入れた。ーー

 

 

 佑里恵は病室を飛び出ると、急いでナースを呼びに行った。

 

「看護婦さん、助けてっ!義母(はは)が」

 

 錯乱状態で大声を出した。

 

 

 医師が駆けつけた時は(すで)に手遅れだった。多実子は目ん玉をひんむいて息絶えていた。死因は誤嚥(ごえん)による窒息。

 

「……どうして、飴玉を?」

 

 若い医師が訊いた。

 

「私がいつものど飴をバッグに入れてることを知っていた義母が、飴が()めたいと言って。舐めてると突然、うーって苦しそうにして。喉に飴が詰まったのだと思い、咄嗟(とっさ)に口に指を入れたけど取れなくて。急いで看護婦さんを呼びに行きました」

 

 佑里恵は項垂(うなだ)れて答えた。

 

「確かに餅を詰まらせたのも嚥下障害(えんげしょうがい)が原因ですが、餅は吐き出したのに、飴を詰まらせるとは……」

 

 医師が残念そうに言った。

 

「まさか、飴で喉を詰まらせるなんて考えもしませんでした。私が飴さえあげなければこんなことには……」

 

 佑里恵は肩を震わせた。

 

「自分を責めないで。悪気があったわけじゃないんですから」

 

 医師が慰めた。

 

「……はい」

 

 佑里恵は(うつむ)くと、ピンクのハンカチで目頭を押さえた。ーーほくそ笑みながら。


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