俺の隣の席の女子がどうも人間じゃないっぽい 作:山田太郎2号機
――今よりそう遠くない昔。
人類は繁栄を続ける中で、従来の人ならざる上位存在による事象の説明では無く、より即物的で合理的な手段を以て物事の仕組みを求めるようになった。
航海の進退を、神に祈らずに羅針盤や天文学を頼り。
叡智の獲得を、悪魔との契約に頼らずに科学技術の発展により成就させ。
頻発する天災を、妖魔や精霊の仕業ではなく地球の自然エネルギーによるものとした。
工学、科学、数学、理学・・・ありとあらゆる分野を駆使し、人々はこれまで原理不明だった現象を解き明かし続けた。
既存の道徳観念はとうの昔に潰え、何時しか人を至上と信じるようになった人間達は、これまで世界を支配していた見えないナニカの視座すらも存在を否定し始める。
神は死んだ。
そう称するほどに人々は神秘を暴き、否定し続けた。
――そして、それからまた短くない時が流れ。
その果てに人々は世の摂理を曲げる神秘を駆逐し、やがて新たな電子と情報の社会を作り上げた――
――というのは人間側の勘違いで、人間社会はいつの間にか神秘と融合を果たしていた。
実際問題、現在でも至る所に人ならざるものは住んでいる。
だが歴史を刻む度に彼らの気配を感じ取れなくなった人間達はそれに気付かず、いつしか神秘の消えたこの世界を、人の世だと勝手に思い始めたのだ。
そしてそれを知った神秘の生き物たちは悲しみ、世から離れて暮らすように――
――いや、それどころかこれ幸いと人間社会にずぶずぶにのめり込むようになった。
下手をすれば天地創世以前から生きる彼らからすれば、人など最近生まれた卑小で我が儘な愛玩動物に等しい。
そんな動物が賢しらに知識を数千年蓄えたところで、彼ら上位者を理解など出来ようはずも無い。
しかし人々はそれに気付かず、絶えず知識を求め続ける。だから彼らは、人のいじらしいその働きを尊いものとして見守ることにした。
人の世で隠れ住むようになったのも、言ってみれば人々が積み上げてきた、合理的かつ精緻に組み立てられた技術・理論の一切を、下手に自分たち神秘が現れることで否定しないようにという彼らなりの配慮である。
――解りやすく端的に示すなら、『色んな事を知ろうと頑張ってるニンゲン達かわいい♡だからホラ、もっと頑張れ♡頑張れ♡』である。
人々の間に出てこなくなったのも『たかが四桁年を生きた程度でイキっちゃってる彼らの努力の成果を駄目にしちゃうとか、あり得ないでしょ』とかその程度の認識である。
非常に救えない。
そんな彼らだが、最近(あくまで彼らにとってではあるが)は、必ずしも人々とは距離を置いて生活している、というわけではない。
有史以来、人々の観賞だけでは耐えきれなくなった神秘達は、所々人類史に新たな分岐点を作り上げている。
神は構ってほしさに徒に人へ啓示を残し、妖魔は人を攫っては、同じく人に退治される(振りをしている)。
そして彼らは人を愛しているが、彼らの生き方までに関与する気は無い。
このような戯れも全ては彼らがニンゲンと遊ぶため。その果てに人々の間に争いの火種が生まれようが、信仰が生まれようが知ったことでは無い。
超常の存在とは言うが、蓋を開けてみればこの程度の短絡的思考しか持たない。
全く以て度しがたい話だ。
――まあ、そんなこんなで人と神秘は現在、神秘側が一方的に人社会に這入り込んでいる形で共存している。
時に見守り、時にちょっかいを掛け、時に直接人の目の前に現れ。
――そして時に、その人と契りを結んだり。
時は21世紀。人からすれば長い時が経った。
そんな時分、人との間に生まれた神秘の落とし子、隠れ住んだ人ならざる神秘の子孫を育てるために、とある学校が極東の島国に生まれた。
その一つの名を私立アカシヤ学園。
『友情・堅実・優雅』を校訓とし、生徒の自由を尊重するこの学園は、表向きは数多ある私立高校の一つだ。また学校を挙げたボランティア活動なども定期的に開催し、地域への貢献度も高いため、周辺住民からの評判も良い。
他に少々頻繁に全国から転入生が訪れる以外は、特に述べるところも無い。
だがこの学園には、太古の“神秘”の血を受け継ぐ子どもが多く集まる。
転入生が多いと話したが、それらは殆どが人ならざる超常の存在だ。
『人と神秘が交流を深める場として、学校ほど相応しい場は無い』というのがこの学園の長の言である。彼らは他の人間の生徒達と共に学び、友誼を結び、やがて世へと羽ばたいていく。
もっとも、この学校に通うのはそういった子供達だけでは無い。彼らの事情をつゆ知らず、普通の高校だと思って登校している一般の人間の生徒が殆どだ。
もし彼ら神秘の存在を、他に通う人間の生徒が知れば混乱は必至。
故に学校へ通う神秘の子らは、己が纏う神秘をごまかし、更にその証である牙や翼、尾を隠して生活する。
ここまで近くで交流すれば流石に気付かれそうなものだが、超常の存在を忘れきった人間はどう足掻いても見つけることは叶わないだろう。
更に付け加えるなら、人の習性への理解度に関しては、人類を数千幾万の年月眺めてきた神秘サイドの方が詳しいと言ってもいい。
そしてそんな附抜けた人間達を見て、太古の神秘達は愛らしいと頬を緩ませるのだ。
・・・嗚呼、人の何と憐れなことか。
――とある神秘に拐かされた男の手記。
ア・ア・ア
――あれから、何が起こったのかを話そう。
あの時、
「あー!瑠音が千里またイジメてるー!」
「えっ!? ――いや違うんだ風泉姉さん。今回は別にそういうんじゃなくて」
「ええい、いいわけむよー!イジメっ子には制裁を、くらえ長女パンチ!!」
「え、ちょっ――おぐっ」
で、その彼女の手によって瑠音姉がワンパンで沈められた。
比較的長身の瑠音姉に比べ、風泉姉は俺の胸ほどの背丈しか無い。そんな彼女は瑠音姉に対し、小細工もへったくれも無い子どもの駄々のようなぐるぐるパンチを繰り出した。
見た目と表現でいえば貧弱極まりないそれは、しかしいつものように一撃で瑠音姉の意識を刈り取り――いや待て。確かに冷静に考えてみれば相当おかしな話だ
まあ、それはともかく。
瑠音姉は風泉姉に、俺を虐めたとして問答無用でシバかれた。どんなカラクリかは知らんが、我が家では意外とよく見られる光景だ。
俺が瑠音姉に生涯勝てないとすれば、恐らく瑠音姉が風泉姉に勝つこともない。そうなれば逆説的に俺が風泉姉に勝てるビジョンも消えるわけだが、別に俺は風泉姉に対して何かを争おうと考えたことは一度も無い。更に悪の化身も懲らしめてくれると来たら、諦めも付くというものだ。
しかしこの後、問題が起こった。
瑠音姉はその後結構な時間気絶していて、俺は目が覚めれば直ぐに聞き出してやろうと意気込んではその時を心待ちにしていたのだが。
「うん? 夕方の話の続き?・・・いや、何の話よ、それ」
ようやく起きたと思ったら、瑠音姉は夕方からの記憶をすっぽりなくしていた。
夕方から今にかけて、それも俺との会話の部分だけ記憶が抜け落ちているらしい。
そんな限定的な記憶喪失など漫画のような都合の良さだが、それを主張する瑠音姉の顔は至って真面目だった。
俺をからかうためならいくらでも嘘をつくのが瑠音姉だが、それ以外で虚言を吐いたことは一度も無い。だからこの反応からして、恐らく本当に記憶がないのだろう。
それならもう一度説明するまでと再び同じ事を尋ねようとしたが、その前に意識が戻ったことを知った風泉姉が空気も読まず再びその場に乱入。
『瑠音、ごめんねぇ』とワンワン泣きながら、瑠音姉に子泣き爺の如くしがみ付く風泉姉の様子を見て、再び話題を振る勇気も気概も俺には無く。
結局、あの話は有耶無耶のまま終わってしまった。
そして翌日。
「お、おはよう。竜ヶ峰さん」
「ん?あぁ、おはよう神里君」
俺は竜ヶ峰さんと会話をしてみることにした。