生存戦争 ~転生者バトルロイヤル~   作:セリカ・シルフィル

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下準備
第一話 『天界』


 勢い良く吹き荒れる風の荒波に顔面を打たれた男性は違和感に気づく間もなく顔を歪ませる。

 背けていた両目を無理矢理こじ開けると、そこには空中を飛翔する大地と現在進行形で落下し続けている自身の姿がそこにはあった。

 

「……はぁ……ぁ? ァアアアアアアアアア!!」

 

 何がどうしてこうなった!?

 頭痛のように葛藤(かっとう)を響かせているのは、そんな届くはずもない心からの叫びであった。

 

 風は今も顔面を攻撃し、痛覚は既に正しく機能していない。

 日本人特有の黒髪も猛速度に打ちひしがれ乱れまくっている。

 そんな時、場違いな程落ち着いた元気な声が男の耳に届く。

 

『やっと次の客人、見ーつけた!!』

 

 そんな拍子抜けするような声が頭上から聞こえてきた。

 しかし、男性の状況は一切改善しておらず、意識を完全にそちらへ向けることができなかった。

 

 それどころか、正しく頭を働かせれば遠くない未来に黒髪の男性はラピュタのような浮かぶ大地と接吻(せっぷん)する羽目になり、その後、汚い花火となって地面の染みの一つになるだろう。

 自体に追いつけない頭を懸命に振り絞り、この危機から脱出する方法を考えるが、興奮しきっている頭脳では役に立たない。

 そこでやっと、頭上から声を掛けてくれる誰かの存在を視野に入れると急いで助けを求めようとした。

 しかし吹き荒れる暴風が、それを阻害して男性はクルクルと地面に落ちる速度が増すだけだった。

 地面までそう距離もなく、もはや助からないと本能が悟り、男性は両目を力の限り閉じると死神の鎌が落ちるのを待った。

 

『やぁっとぉ! 追ぉいついたぁ! はぁい、そぉこぉをぉ、逃がぁさない!!』

 

 元気の色を隠せない場違いな声と同時に背中の服を強引に掴まれたような感覚に合う。

 その瞬間、喉を潰しかねない程の重圧が男性に降りかかり、息を詰まらせる。

 しかし苦しい思いも一瞬、すぐに楽になると猛速度で落下していた男性の身体は嘘のように空中で止まっていた。

 恐らくは落下中であった男性の服を強引に引っ張ったことが負担を受けた原因だろう。

 だが、今はそんな苦しさから解放され、救出されたという思いから一安心をしていた。

 深い溜息をつき、周囲の状況を把握した後に加熱した頭を冷やし、助けてくれた者に振り返ろうとして。

 謎の違和感を覚える。

 男性を助けたのは頭上で服を掴んでいる者が正しいだろう。

 だが、何故、『空中の上で完全停止』しているのかが気になった。

 相手がパラシュート等を着用していたとしてもそれは最低限の速度低下に過ぎず、結局は緩やかに落下していくし、初めから二人で飛ぶことを想定していなければ重さにも耐えられない。

 嫌な予感と共に背中から気持ち悪い汗が流れる。

 まるでオルゴールのように少しずつ振り返る。

 そこには機械音を響かせる光輪、羽ばたいているせいか嫌でも目立つ純白の右片翼と漆黒の左片翼を持つ、正真正銘の銀髪美少女が勝ち誇ったような顔でそこにいた。

 

 まさか天s……いや、化物か!?

 

『よくも人間の分際でメアにここまで手間をかけさせてくれたな。呆れを通り越し、いっそ誇ってもいいぞ!』

 

 状況が正しく理解できていない男性は思わず服を掴まれている手を振り払おうとして、その動きを止めた。

 自身をメアと名乗る美少女の正体はまるで不明だが、少なくとも男を助けてくれた。

 いや、現在進行形で『助けてくれている』が、今の態度を見るにここで思いのまま叫び散らした挙句、腕を振り解くと再び落下が始まり、もう一度助けてくれるという都合の良いことをしてくれるとは限らない。

 せめて、この状況を打開しない限りはこの受け入れがたい現実と向き合わなければ生き残ることすら怪しい。

 

「なあ、そろそろ降ろしてくれないか。服が引っ張られて痛いんで」

「メアだって好きで貴様のような穢らわしい人間を担いでいるわけではない! ふん! このまま降ろして、落としてしまおうかしら」

「いや、ここで降ろしたら確実に俺がお陀仏だから、縁起でもないことを言うのはYA・ME・RO!」

「ふーん、冗談の通じない奴。まあいいわ。貴様のような下等生物でも天界に招待してあげる」

 

 メアと名乗る銀髪美少女天使は、それだけ言うと空中を飛翔する大地の奥深くまで男性を軽々と担いだまま進むと神殿のような場所へ降ろした。

 神殿は中世頃を思わせるような作りをしていながらも、誰かを信仰しているような石像も石版もなく、ただそれこそが逆に怪しさを充満させていた。

 

「ここは……、どこだ?」

 

 震える身体を意志で押さえつけると男性はこの場所、この世界についてを天使モドキに訪ねた。

 

「ここは誰かの為の墓場。無理に知ろうとすれば耐えられず発狂するし、ここではそれだけ知っていれば十分よ」

 

 正直に言えば、メアの言っていることは理解すらできなかった。

 しかし『発狂』という言葉が男の行動を恐怖で縛り上げているのか、思うような質問が思いつかない。

 改めてメアの姿を直視するとその人間離れした完璧なまでの美貌は相手を虜にして油断させる為ではないのかという可能性すら過る。

 

「俺は……どうして、こんな異世界にいるんだ」

 

 ここで『メアが知るわけないだろう』と言われればそれまでだが、メアは男性のことを『客人』と一度だけ呼んだ。

 つまり、無関係ではないということだ。

 

「ふん! 随分と飲み込みの悪い人間だな。これが転生者候補生だと言われるなど虫酸が走る」

「転生者……候補生……?」

「そうだ。貴様には二つの選択肢が与えられている」

 

 すると先程までの上から目線で元気の良い少女の面影を失くし、同じ上から目線にも関わらず、全くの別人と会話をしているような気分になる。

 

「一つ、このメア様と手を取り合い選ばれた者達、転生者候補生の一人として生存戦争に参加して異世界に転生する為の条件をクリアするか。

 二つ、メアの話を聞かず、潔くこの天界から追放されるか」

 

 『転生者候補生』というのは自分のことを指しているのだろう。

 しかし同時に『選ばれた者達』ということは自分以外にも同じようにメアか他の天使モドキに連れてこられた可能性もある。

 第一に二つ目の選択肢である『天界に追放される』という言葉には何処か嫌な予感がする。

 

「質問していいか?」

「無知な人間を導くのもメアの役目だ。何でも聞いてくれて構わないぞ」

「転生者候補生というのはなんだ? 他にも参加している人数を教えろ」

「随分と強気になったな。人間の分際で、自分の立場を弁えていないのか?」

「質問をしているのは俺の方だ。お前だってこのまま前に進めないのは嫌だろう」

「ふん! まあいいか。この手度の知識も知らぬようではこれから先が思いやられるからな。このメア様が特別に教えてやろう」

 

 少し前まで『無知な人間を導くのもメアの役目』と言っていたのは一体何処の誰だっただろうか。

 仕方なく、特別に現在の最大の謎とも思われる中枢の話を聞かせてもらった。

 

「転生者候補生とは、こことは別の『下位世界』に転生させられる者達の総称だ。貴様の序列は第七位(セヴンス)。この天界に招かれた栄光ある人間の七人目だ」

「栄光あるってさっきまで人間を見下していなったか?」

「それは貴様限定だ。それよりも話を逸らすな。貴様はこれからセヴンスを名乗れ。実名はこの生存戦争において混乱を招きかねないからな」

「混乱? どういった例が挙げられてるんだ?」

「『上位世界』における個人情報の流出。及び、『上位世界』における転生者候補生からの干渉を受ける可能性がある。『上位世界』の問題は此方の関与するところではないから十分に注意するがいい!」

 

 何か大事なことだということは十分にわかるが、『上位世界』も『下位世界』も理解できない。

 

「上位世界やら、下位世界やら、一体何なんだ?」

「おい、嘘だろう。人間とはここまで無知なのか? 流石のメアでもお手上げだぞ」

「説明されてないんだからわかるわけないだろ」

 

 セヴンスはこれまでの鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように半ギレ状態で答えた。

 しかしメアは呆れた様子でセヴンスに対応する。

 

「全く、自分の無知を他人の責任に押し付けるとは……。無知は罪なのは何処の時代も変わらないな。仕方ない。無知で惨めな人間にメアから慈悲を与えよう。『上位世界』とは現実世界以上の世界を意味する。『下位世界』は空想世界以下の世界を意味する。そして生存戦争の舞台となるここ天界は『上位世界』と『下位世界』の狭間だ」

「なるほどな。ようやくお前の言い分も少しは理解できるようになった」

 

 嘘だ。セヴンスはメアの言い分等殆ど理解仕切っていない。

 

「……人間よ。先程からその『お前』というのは止めろ。見下されてるようで殺したくなる」

「お前仮にも天使だろ!? 何危ない発言をサラッと流してんだ」

「お前言うな! それに天使、天使と言っているがメアの序列は天使じゃないぞ」

 

 そういえば、普通に会話していたがメアのことなど殆ど知りもしない。逆に言えばメアもセヴンスのことをそこまで知らないのかもしれない。

 個人情報の話をした手前、他にも正体不明の怪物かも知れない相手に素性を明かすことは危険かも知れない。

 けれど、自分のことを分からせなければ、必然的に相手のことが分からないのも道理。

 

「おま……メア、出来れば素性を教えてくれ」

「……やっとか。人間、存外頭が悪いんじゃないか? 知らない大人について行ってはダメだと聞かされたこともないのか」

「メアだって人間、人間って俺のことを呼んでるだろ。せめてセヴンスって呼べよ」

「ふん! それは貴様がもう少し利口になったら考えてやらんでもない。それよりもメアのことであったな。メアは『神想教会』を信仰する『十二使徒』が一人にして『天使八位階』大天使(アークエンジェル)、天人のメルティア=アークエンジェル」

 

 神想教会? 十二使徒? 天使八位階? 大天使?

 

 歴史に疎いセヴンスが悪いのか。セヴンスに理解させないメアを改めメルティアが悪いのか。

 

 セヴンスの知っていることと言えば、十二使徒が遣えることを意味し、天使八位階とは天使九位階という天使の中のヒエラルキーのようなものだ。

 しかし天人と名前の前に付け足すということは、天使という種族ではなく、例えていると捉えて良いものなのだろうか。

 

「人間。これも何かの縁だ。貴様に限り、メアのことをメアと呼ぶことを許可する」

「俺さっき思いっきりメアって呼んでた気がするんだけど」

「それは『お前』と呼べない現状ではメアのことをどう呼ぶかなど選択肢の幅が狭まっているのだろう? 存外、メアもそこまで愚かではない」

 

 流石にこれで逆ギレされたりなどしたらセヴンスだって居た堪れない。

 

「最後の質問だ、メア。二つ目の選択肢、天界から追放されたりしたらどうなるんだ?」

「そのままの意味だ。天界にいる資格を剥奪され、天界から追放される。貴様にも分かりやすく言えば、最初と同じように空中ダイブしてもらうことになる」

「それ選択肢じゃなくね!?」

 

 危なかった。

 この質問をせずに、自分可愛さに辞退など申し出せば地面の藻屑になるところだった。

 しかも、今度はメルティアの助けはあり得ない状態だからこそ、次という機会は現れないだろう。

 もはや、選択肢など合ってないようなものである。

 

『覚悟ができたようだな。それでは第七位(セヴンス)を転生者候補生の一人として生存戦争への参加を許可してやろう』

 

 メルティアの声は再び見た目とは離れたような気迫を帯びた状態で宣言する。

 そこでやっとセヴンスは再び、目の前のメルティアと名乗る天人が只者ではないということを再認識するのであった。

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