生存戦争 ~転生者バトルロイヤル~   作:セリカ・シルフィル

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第十四話 『選択肢』

 二ヶ月の時を繰り返し夢見ている感覚に多少は慣れてきた。

 違和感すら感じることなく上位世界で当然のように目覚める。

 目の前に飛び込んでくるのは、未だに慣れることのない光景であった。

 健康そうな女の肌とそこに実る二つの果実。

 女性特有の甘い匂いがセヴンスの嗅覚を麻痺させて堕落の道へ誘い込む。

 案の定、上着を脱ぎ、女体化した黒髪の神殺しも唸り声を上げながら眠たげな目を擦っていた。

 

 人を惑わす罪な女(?)は、上着を脱ぎ、ずっとセヴンスの口元に胸を押し付ける姿勢で寝ていたのだろうか?

 寒くはないのか? 苦しくはないのか?

 疑問は浮かび上がるが、この状況で平然と場違いな疑問に悩まされているセヴンスも大概だな。

 

 素肌を晒して抱きついている神殺しを複雑な心境で退かす。

 彼が壁となって気付けなかったのか。

 部屋の後方でセヴンスと同じように複雑な感情を胸に抱いていながら、冷めた目付きで彼を睨みつける一匹の天人の姿が眼球に焼き付けられる。

 

 その姿を見て、彼女がどれだけ複雑な思いを秘めているのか感じることのできるセヴンスは同時にどれだけ弁解を求めても信用までは取り戻せないだろうな。と他人を見るような感覚で自分の現状に後悔する。

 

「遂に貴様はそこまでの境地に到達してしまったのか。それとも常にその段階を超えるつもりであったか。以前は冗談で済まされたが、今の神殺しどう見ても雄の味を知った雌の顔。薄々予感していたが、勘違いだとメアは自身を叱った日もあった。やはり貴様という奴はメア如きでは測りきれぬ領域であったか。すまない、人間。もうメアでは、どうすることもできない」

「やめろぉ! 俺に同情するような、憐れむような目で見るのはやめろぉ! 後、『やはり』ってなんだよぉう」

「たった二ヶ月だぞ。節操のない貴様には呆れを通り越して賞賛すら贈りたくなる。もう、何も言うな。言い訳だけは聞きたくない」

「弁解を。せめて、弁解だけでもお許しを!」

 

 必死に頭を下げて弁解の機会を求めたセヴンスは、その行動ゆえに軽くメルティアに引かれたが、今はそれどころではなかった。

 渋々弁解(言い訳)の機会を譲ったメルティアとそれに喜んだセヴンスの図は滑稽なほど簡単である。

 汗水たらしながら口先達者に弁解するセヴンスはこれ以上ないほど気持ち悪かったが、そのかいもあってお互いの誤解だけは消化された。

 最初から話を真剣に聞こうとしないメルティアは面倒になって適当に頷いているようにしか見えなかったのは自分の心が汚い証であろう。そうに違いない。きっとそうだ。そうでないと困る。

 

 贖罪は週末を迎える。

 弁解の時間をセリカは、上着を着たり、刀を整えたりと実に有意義な時間の使い方をしていた。

 仕事とプライベートを両立させることのできる人間が少ないように、プライベートな時間の終わりにはお互いに真剣な顔つきに変わっていた。

 自分は生存を賭けた戦争に駆り出されている心境をセヴンスは改めて取り戻す。

 

 正直に言えば、今回の訓練は準備不十分だと言える。

 訓練時は前もって計画まで練っていたにも関わらず、警戒していた予想外にも対処が間に合わず、大事な時間を大幅に消費した。

 時間足らずで中途半端に終えた訓練では、刀の使い方を覚え、飛燕剣の基本型を刀でも扱うことができるほど上達したが、それまでである。

 上位魔術にいても、使用するだけなら簡単だが、数々の問題が山積みにされて何一つ解決されていない以上、実践で無理に使うことは当然できない。

 以前のように本体のセヴンスが姿を現して、敵がセヴンスに気を取られている内に魔術を連発して牽制する作戦も考えたが、逆に動きが読まれ、場合によってはセヴンスの身が無駄に危険にさらされる以上は後のない作戦として没となった。

 

 前回で獲得した敗北という屈辱的な経験は、夢見気分のセヴンスの目を覚まさせる劇薬となる。

 苦い経験を糧として、戦場で得られた戦利品を惜しげなく利用して、それでやっと得られるのが生存戦争における勝利である。

 神殺しの全体的弱体化は痛手、しかしレベルを上げて物理で殴るタイプのエロゲ主人公。

 どんな経験でも無駄にせず、取り入れて強くなれる神殺しセリカなら以前よりも急激な強化がなされている筈。そう思いたい。

 

 セヴンス達の強みは、他では見られない特殊な数の力にある。

 大抵の人は能力付加を選択し、中には『王の軍勢』のような数の暴力で押し切ろうとする輩もいるであろう。

 純粋な戦闘能力でも強く、本人であるゆえに原作本人バレしない限りは決して詳細な仲間の数が知れることはない。

 お互いの足を引っ張り合ったり、片方が集中的に狙われるなど弱点になるが、それを強みに変えると誓ったのもセヴンス自身である。

 狙われたなら罠に誘い込めばいい。神殺しを狙うなら、悠々と援護に回れる。絡繰に気づかれてもセリカと離れなければ殺されることはない。

 

 考えを振り返り、用意していた作戦を見直し、やる気に満ちたセヴンスだったが、裏腹に苦い顔をするメルティアは申し訳なさそうに口を開く。

 

「戦意に満ちいているところ悪いが、残念なお知らせと嬉しいお知らせがある。どちらから聞きたい?」

「……? それじゃあ残念な方から」

 

 面倒なほど元気なメルティアが、急に静まり返り、場の空気は緊張感に支配され重くなる。

 嫌な予感が過るが、セリカの事件を踏まえてから想定外の事態に陥っても想定外すら想定するようになった。

 だからこそ、並大抵の言葉をぶつけられても平気でいられると、そう思っていた。しかし現実は異なる。

 

「相手側の転生者候補生が棄権したわ。申請を承諾すれば貴様達の勝利で終わる筈だ」

「……はぁ?」

 

 予想通り、予想外の事態に陥った。

 しかし、セヴンスが予想していた予想外の範疇を超えており、自分にとって都合の悪い知らせに身構えていたのだ。

 言われた言葉が理解できず、疑問は浮かばなかった。

 呆けたように声を出し、頭で処理しきれずに時間が過ぎる。

 暫くしてやっと状況を飲み込めるまで経過すると我に返って必死になって問いただしていた。

 

「それの何処が残念なお知らせなんだよ。朗報じゃねぇか」

「……貴様はそれでいいのか?」

「へっ? 何が?」

 

 セヴンスの思いとは裏腹に落ち込んでいるような仕草を見せるメルティアは、恐る恐るセヴンスの疑問に答えを出す。

 

「だって貴様は……さっきまで闘気に満ち溢れていた面構えをしていたではないか! メアの双眼は真実を映し出す。貴様は間違いなく、前回の対戦にはなかった覚悟を決めていた。相手を本当の意味で殺すという決意も伝わってくる。その全てをメアは言葉一つで踏みにじったんだぞ!?」

 

 メルティアの必死の弁解に思わず息を呑む。

 だからこそ、セヴンスも虚言で真実を捻じ曲げることはせず、訓練で得た教訓を胸に、自分の思いのたけを語る。

 

「……? だからなんだ? 勝てれば別にいいじゃん。勝てば軍師、負ければ策士だ」

「」

 

 どうやら勘違いしてくれているようだが、勝負とは手段であり、目的は勝利に他ならない。

 前回の対戦で学んだ教訓だ。

 棄権してくれたなら結構。それを突っぱねるほどお人好しになった記憶もない。

 

「貴様は本当にどうしようもない奴だな。メアに心情を踏みにじりおって!」

「そういう前置きはいいから本題を言え。さっきのが残念なお知らせなら残った嬉しいお知らせはなんだ」

 

 問題はここからだ。

 メルティアから見てセヴンスにとって勝負なき勝利が残念なお知らせだとメルティアは答えた。

 ならば、嬉しいお知らせというのはそれ以上に重要性が高いということになる。

 まあ、普通に考えれば勝利よりも嬉しいお知らせなど早々ありはしないだろうが。

 

「相手側の人間が棄権を条件に貴様と話し合いの席を要求したのだ。これに応じない場合は申請を承諾しないことになり、敗北となる」

「……はぁ?」

 

 二度目の間抜けな声が上がる。

 棄権を条件に? 話し合いの席を要求した? 応じないと敗北になる?

 

「……ふざけてんのか、お前!」

「お前言うな! 生存戦争の全てが戦いで決まると誰が決めた? このような心理戦も列記として存在はする」

 

 思わず怒鳴りつけてしまうが、それに臆することなく、メルティアは反論する。

 酷く頭が痛くなる。

 なんという悪足掻きだろう。

 

「何処が嬉しいお知らせなんだよ。悪戯でもここまで酷くはないぞ」

「相手側が人間の雌だったのだ。貴様のような雄は好物なのだろう? いや、神殺しを抱いている貴様は……すまなかった。全面的にメアが謝罪しよう」

「やめろ! 悲しくなる。俺は無実なんだ」

 

 未だにセヴンスの説得を微塵も信じていなかったからこそぼろが出たのだろう。

 だが、それよりも聞きたいことがセヴンスを占めており、寸止めのところでセヴンスは愚痴を止めて本筋へ入る。

 

「相手側の目的はなんだ。勝利が目的じゃないのか?」

「メアが知るわけないだろう。こんな事例は珍しいことなんだ。人間の分際で生存戦争をダシに使おうとする魂胆がまた厭らしい」

 

 勝利よりも話し合いを要求されたことに戸惑いを覚えるが、同時に狙っているものが勝利以外に別物なのか。それとも、勝利自体を拒んでいるのか。

 真相を確かめるには本人の前まで出向くのが一番の近道でもあったが、相手の掌に踊らされているようで気分が悪い。

 まるで、上記の悪い予感が的中したかにも見える。

 

「おっと、忘れるところだった。貴様から相手側へ言伝も頼まれていたのだ」

「……言伝? あ、ああ、それを先に言えって」

 

 前もってこの状況を説明するだけの言葉をメルティアに聞かせていたのだろう。

 こんな混乱を防ぐ為に用意したにも関わらず、それを忘れていたメルティアのせいで台無しだ。

 混乱した後に聞かされても説得力はないんだろうなぁ。

 セヴンスはそう思っていたが、メルティアの口から語られる言葉はセヴンスの思い描いていた最低ラインを貫いた。

 

「えっと、『お久しぶりですね。童貞坊屋。私がいなくて寂しかったですか? 私は肩の荷が落ちた気分です。ええ、本当に清々します。メアの声では誰なのか分からないなんて考えてないでしょうね。考えているなら貴方が私の前に来る必要はありません』だったかなぁ」

「」

 

 誰だよ。

 来てくれと言ったり、来るなと言ったり、訳がわからないよ。

 

「確か、『名乗りを挙げるなら貴方の恋人兼幼馴染の高嶺咲です。思い出したならさっさと来てください。忘れたなら来ないでください』以上が言伝だ」

「訳がわからないよ」

 

 悲しいかな。頭の先から麻痺していたセヴンスは名前を聞いた当初は誰のことは分からなかったが、『恋人兼幼馴染』という単語を思い出して、数少ない人物像を思い描いた結果。すぐに昨日までお見舞いに行っていた寝たきり少女だと思い出した。

 

「それでどうする、人間。会いたくない相手なら策士の罠に嵌るが如く、会いたいならさっさと肯け」

「え、いや、だって……え?」

「どうした人間。決めるなら早くしろ」

「……参加しているのか? 咲も、この殺し合いの戦争に」

「さあな。メアは詮索しない類だ。そもそも参加しているなら棄権する必要も話し合いのテーブルを用意する必要もなかろう」

「あ、そっか」

 

 考えてみれば、当たり前でもある。

 セヴンスが悩んでいたのは、誰かもわからない相手から棄権されて動機も理由もわからず、さらに話し合いまで持ちかけて脅してきた。

 しかし、それが高嶺咲ならば話は変わってくる。

 同じように参加していたセヴンスをいち早く気づいた彼女が、殺し合いを望まず、話し合いたいと思っても不思議ではない。だが、万が一にもセヴンスが話し合いを拒絶する可能性だってある。申請の条件とは保険であり、脅しでもあったのだろう。

 

「いいぜ、会いに行ってやるよ」

「貴様はそれでいいのか?」

「わざとらしいんだよ。さっきまで選択を迫ってた奴のセリフじゃねぇだろ。俺は俺の道を決めただけだ。勝利が欲しい。だから承諾した。俺のしたことって言えば、たったそれだけのことじゃねぇの?」

「ふん! 確かにそうであったな。例え罵声を浴びせられようとも、軽蔑されるように視線を送られようとも、勝利のためなら惜しまない。それが貴様だ」

「誰だそれは。嫌だよ。そんなことまでして手に入れた勝利とか絶対ロクな事にならないだろうが」

 

 くっくっ、と笑うメルティアに反発するが、悪い空気を払拭する為の冗談だとすぐにわかった。

 罵られた筈なのに憎めない。あれ? ドMにでも目覚めたのか?

 

「さらばだ、人間。精々、勝利に走りすぎて後ろが見えなくなるという事態には陥るなよ」

「そんなことになったりしねぇよ。心配してくれてるのか? さっさと籠絡させて勝利を手に入れてみせるぜ」

 

 その言葉を最後にセヴンスの視点は大きく揺らいだ。

 視野が変わり、その場所には聖魔の翼を持つ天人も、黒髪に染まった神殺しの姿もなく、自然発生を繰り返している光と恩恵に満ちた世界が彼を歓迎する。

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