生存戦争 ~転生者バトルロイヤル~   作:セリカ・シルフィル

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第二十三話 『常識』

 水銀に飲み込まれたセヴンスは痛みを感じなくなっていた。

 恐ろしいほど冷静だった。

 

 しかし、禁断症状はこれ以上ないほどセヴンスと反発して苦しめていた。

 

『殺し合いに対する誠意を見せろ。坊やはどう見ても、殺し合いよりも保身に走っている』

 

 歪んだサードの声が聞こえる。

 これはサードが選ばなかった道。

 サードが選んでいれば、変わっていたかもしれないもう一つの可能性。

 

「仕方ないだろうがぁ。頭の中がセリカで溢れてるんだよ。こうでもしないと避けることもできねぇ。戦うなんて夢のまた夢だ」

『……? それは坊やが抗っているからだろう。その溢れる感情を全て肯定すればいいじゃないか。何が坊やの決断を揺るがしている』

「セリカは男だ。『常識』的に考えても抱きたくないし、愛せないだろうが!」

『……馬鹿が。『常識』に囚われるな。ここは『常識』の通用しない世界。ここで通用する常識は限られている。その溢れて止まらない感情も『常識』を捨てて『肯定』すれば管理できるようになる』

「違う! 負けるんだ。肯定すれば乗っ取られる!」

 

 『常識』:この中途半端な狭間の世界に度々入るごとに失い、手に入れていくもの。セヴンスは最低限の『常識』だけでも失わないように頑張ってきた。それを失ってしまえば、現実でも男性好きに目覚めたり、人殺しに何の感情も湧かなくなるかも知れない。それが怖い。

 

『怖がる必要が何処にある。それに肯定しただけで乗っ取られたりはしない。ただ、自分の『常識』として感じるようになるだけだ。よく言うだろう。万引きを一度でもしてしまうと簡単なものなら払うよりも盗む。それが定着して隙を生み出し、流れる川の如く捕まる』

「……黙れ」

『言い訳みたいに『黙れ』を連呼するものではない。それに『常識』を捨てる覚悟も持たない小坊主は、私から見たら逆に私を小馬鹿にしているように感じる。この世界での人殺しは肯定するくせに、自分の都合の悪いものだけ耳を閉ざす。都合の良いことはそれが危ないことでも肯定する。まるでただの餓鬼じゃないか』

「俺は変わりたくない。俺はこのままでいい。男性好きなんて誰得なんだよ。ただのガチホモじゃねぇか」

『それが君の中に巣くう『常識』の一端だ。押さえ込もうとしているだけで肯定すれば力になる。どれだけ気持ちの悪いものでも肯定し続ければ変わる。拒んでいるのは紛れもない坊や自身だけだ』

 

 そんなことはとっくの昔から知っている。

 自分が男性を愛せないのは当たり前だからと割り切っている。

 それが当然だと親から教えられる前から知っていた。

 

 原作の戦女神に登場するアビルースも有名な魔術師でありながら魔術の腕はそこまで凄くなかった。

 彼を変えたのは紛れもない執着心だ。

 セヴンスにそんな執着心はない。だからこそ、彼はセリカを肯定しても善悪の区別が正しくつく。

 世間一般的には男性同士が付き合うことはいけないと肯定した後もわかっているし、自分ならわかった上で、それも諦めないだろう。

 この苦しい思いは自分の中から出ているものだ。それなら自分の中に戻して制御することも不可能ではないはずだ。

 その方法だって知っている。ただ、自分の我儘でそれをしないだけ。

 

 男性だが女顔のセリカ、男性だったが女体化できるセリカ。

 『それでもいい』という考えが思いついてしまえば、もう自分は手遅れなのだと自覚できる。

 世間一般的な常識を自分の意思で守り通してきた。

 

 その全てを――。

 

「お前は無駄にしたんだ」

『おお、怖い怖い。確かに捨てるには惜しいほどの努力はしてきた。他の友人、家族、知人も坊やのことを普通の人間だと思っているだろう。事実そうである。男性同士の付き合いなんて知られてしまえば間違いなく軽蔑されるだろうな。……だが、それだけだ。他人の評価に怯えて燻っているのが坊やなんだよ』

 

 人間は流されやすい。

 甘い考えに誘われて一度でも肯定してしまえば後戻りができなくなる。

 自分は知っているからこそ、流されやすい。

 人間は肯定してしまうと気を許してしまう。

 

『とり憑かれているものはわからなかったが、それでも坊やが肯定しないことには前にも後ろにも進めはしない。否定し続ける世界も一つの選択だろう。厳しい道だが、その先に何もないことだけは確かだ。中途半端なのは否定しているくせに愛情表現に答えているからだ。言ってみれば優柔不断とも取れる』

「肯定するだけが全てじゃねぇんだよ。否定したくてもできねぇなら優柔不断だって受けて立つぜ」

『綺麗事を並べるな。現状を正しく認識しろ。解決できる問題に振り回されて周りを見失った坊やに何ができる』

「……黙れぇ、黙れよ。俺は……俺、は……お、れ、は……」

 

 甘い考えが脳裏をよぎる。

 

『もういいんじゃないか?』

 

『セリカだって女体化できる』

 

『その美貌は老若男女関係なく魅了するし、坊やだってその被害者の一人だ』

 

『今までの中途半端だったことの方が悪いんじゃないか?』

 

『もう肯定して好き勝手にした方がいい。開放感は凄いぞ』

 

『可憐な神殺しを思う存分に穢して、淫乱な身体をグチャグチャにして、愛し、愛されればいいんじゃないか?』

 

『精気吸収だって捗るじゃないか』

 

『何も悪いことはない』

 

『だた、一つの問題が終わりを迎えるだけだ』

 

『傷つくのは無駄に固めてきた『常識』だけ』

 

『勝利を得るためならどんなことだってすると誓ったではないか』

 

 自分にとって都合の良い方向へ思考が傾いていくのが分かる。

 徐々に誘導されていると理解しているのに我慢する苦しさよりも肩の重みが揺らぐ。

 もう逃げてもいいんじゃないか? 自分は十分に頑張った。その果に怒る人がいても自分は何も知らないと言い張れる。

 そもそも逃げて悪いのか?

 例えば目の前に殺人犯が凶器を持って飛び出してきても逃げずに戦わなければならないのか?

 逃げてもいいんじゃないか?

 自分じゃない誰かに背中を押される必要だってもうなんじゃないか?

 

 ――逃げてもいい。逃げても……。

 

「……してやる」

 

 その声は暗闇の中で反響するように堂々と聞こえた。

 追い込まれたセヴンスはしかし、後悔はない。

 追い込まれたからこそ、自分はようやく他の転生者候補生達と同じ土台に立つことができる。

 

「『肯定』、してやるよぉ!」

 

 その問いに対する答えは誰も口にしなかった。

 ただ、一つ。

 

「やっと見つけたぞ。セヴンス坊や。さあ帰る時間だ」

「……お休み、主様。後は俺達に任せろ」

 その言葉を聞いて、安心して、セヴンスは金髪のスキマ妖怪と蒼髪(・・)の神殺しを見て意識を落とした。

時よ止まれ お前は美しい(Verweile doch du bist so schön)

我が裁きは罪人の為に(Sich Gericht Sünder Zu einem Sake)

総てを超えし語られる物語(Also sprach Zarathustra)

 

「終わりだ。お前には何の慈悲も与えない。これが全ての答えだ」

 ――流出(Atziluth)――

『<陽陰・始まりの終わり(Ursprung Anfang Ende)>』

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