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プロローグ
2022年11月5日。
長かった部活動の1日練習を終え、夕焼け色に染まった空を仰ぎながら、テニスバックを背負って帰り道を歩く。11月になってから、気温はぐっと冷え込み、冬の本格的な到来が近いことをそれとなく知らせていた。随分前から『地球は温暖化している』等とテレビやラジオといったメディアが報じてはいるが、冬が寒いのは今も昔も、そして何十年先も不変だろう。
(がんばれ太陽、負けるな太陽)
寒空の下、
悠人は車の往来が多い大通りから道を外し、竹やぶに囲まれた1本道に入った。
この1本道には街灯がないため、夕方になると高く伸びた竹が日の光を遮ってしまい、少々薄暗い印象を受けるが、この道を行けば家までの距離を短縮できる。悠人が幼い頃は不気味に感じていたこの道も、中学に上がる頃にはなんとも思わなくなっていた。笹の葉が風に揺れる音ですら、今となっては心地良く感じていた。
竹やぶを抜けて少し歩くと、15年間住んでいる我が家が見えてきた。家の扉の前に立つと、制服の左ポケットに手を突っ込み、鍵の擦れる音を鳴らしながら家の鍵を取り出した。鍵穴に鍵をさして90度回すと、扉の開く音がし、玄関に入る。靴を脱いでリビングへ入ると、ソファーに腰掛けてテレビを観ている母親の姿があった。
「ただいまー」
「おかえり。お風呂はもうすぐ湧くと思うから」
「わかった」
テニスバックから水筒と空になった弁当箱を取り出し、台所で洗った後、2階の自室へ向かう。入浴の準備をしていると、風呂が湧いたのを知らせるピピっ、という機械音が1階から聞こえた。すぐさま浴室へ行き、身体を洗って湯船に浸かることで、今日1日の練習で疲弊しきった身体を癒す。
風呂から出ると、着替えて再び2階の自室へ行き、机の上にあるPCを起動。ネットゲーム総合情報サイト《MMOトゥデイ》のとあるゲームの項目を開いた――――とはいっても、このサイトに載っている情報はβテスト時のもので、正式サービスはまだ稼動していない。その正式サービスが稼動するのは――。
(いよいよ明日か〜)
2022年11月6日、つまり明日の午後1時から、世界初のVRMMORPG《ソードアート・オンライン》の正式サービスが開始されるというわけだ。
(仮想世界……。一体どんな感じなんだろう?)
悠人がこのゲームで最も惹かれたのは《仮想世界での冒険》だった。
今までのゲームは画面の向こう側にいる自分の分身ともいえるアバターを、手元のコントローラーで操作するのが主流だった。
しかし、ソードアート・オンラインは《ナーヴギア》と呼ばれるヘッドギア型のVRマシンを装着し、自分の意識を仮想世界へと移すことで、現実世界で身体を動かすのと同じように街やフィールドを駆け、武器を握り、モンスターと戦うという新しいゲームのスタイルを生み出した。
近年のVR技術は飛躍的な発展を遂げており、ゲーム業界へ本格的に参入するのもそう遠くない未来だと噂されていたが、それがとうとう現実のものとなるのだ。悠人に限らず、ソードアート・オンラインに期待を膨らませている人は数多くいるだろう。その証拠に、この事はテレビや雑誌で連日話題として取り上げている。
そんな仮想世界の冒険を一足早く体験しようと、悠人は正式サービス開始前に行われたβテストに応募はしたが、残念ながらテスターにはなれなかった。元々1,000人という限られた枠であり、加えてその話題性から倍率はとんでもないものだっただろう。当選するだけでも運が良いが、販売開始から数分で完売してしまったネットでの購入が出来た悠人も、充分に運が良いといえる。
購入することが出来て以降、家にいて時間があればこうして情報サイト《MMOトゥデイ》に載せられているβテスト時の情報を閲覧している。今の彼の気分を例えるのなら、遠足前の子供といったところだろう。
(まずはソードスキルを使えるようにしないと。こればっかりは実際にやってみないとわかんないしなあ。とりあえず始まりの町周辺のモンスターで経験値とコルを稼ぎつつ、練習するか。あと最初のスキルは――)
しかし、この時の彼はまだ何も知らなかった。
いや、彼だけではない。
彼を含めた約1万人のSAOプレイヤーは、この先自分達の身に何が起こるのかを、まだ知らなかった。
――なぜならこの後世間を騒がせた《SAO事件》の始まりを知っていたのは――
――茅場晶彦、ただ1人だけなのだから――
そして、物語はアインクラッドへ