ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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高邁(こうまい)=『志が高い』という意味で使わせてもらってます。

SAOで『黒猫』といえば、あの人達……



第09話 高邁な黒猫と気弱な黒猫

 2023年4月某日。

 

「カイト、今素材どれだけある?」

「えっと……《ライアー・ウルフ》の牙が32個、《ブルータル・ベア》の爪が25個、あとは――――だな。キリトは?」

「オレは――」

 

 現在二人は武器強化で必要な素材と、その片手間に受注したクエストで必要な素材を集めるため、最前線より10層以上も下層のフィールドにおりて狩りをしていた。最前線の攻略組である二人にとって、下層の狩りはたいした労力にはならない。

 

「なら、こんな所か」

「じゃあ早速戻って――」

「きゃあああ!」

 

 素材が溜まったのを確認してアイテムの整理をしていると、近くで人の悲鳴がした。反射的に《索敵》スキルを使うと、一箇所に複数のプレイヤー反応を確認する。少し前から多発しているオレンジプレイヤーによるPKかと予想し向かうが、二人が辿り着いた場所には複数のモンスターに囲まれている、五人のプレイヤーの姿だった。

 一言で言えば状況は最悪。五人は皆混乱していて戦闘どころではなかった。ある者は武器を無茶苦茶に振り回し、ある者は指示を出しているが纏まりがない。放っておけば死者が出るのは間違いないだろう。

 

「カイト!」

「あぁ」

 

 だからといって何もしないで見捨てるような、薄情者の二人ではない。二人は五人の手助けに入る。

 五人を襲っていたのは猪型の獣人モンスター《ドルファゴン》が六体。大きさは人間と変わらず、装備は鋼鉄の兜と鎧を着た片手棍のモンスターだ。《ドルファゴン》は索敵範囲の広さと好戦的な性質が特徴だが、この階層全体でみれば特別強くもなく、落ち着いて対処すれば苦戦するような相手ではない。草むらから飛び出し、二人が左右に分かれる。

 カイトの片手剣突進技《レイジスパイク》が、女性プレイヤーの近くにいた《ドルファゴン》の脇腹に直撃し、突き飛ばす。硬直が解けると右足にライトエフェクトが宿り、反時計回りに回転して体術単発ソードスキル《仙破(センバ)》による回し蹴りで、別の《ドルファゴン》を蹴り飛ばした。

 二人にかかってしまえば、殲滅するのにさほど時間はかからない。一息ついて五人に顔を向けると、突然の乱入者と出来事に唖然としている様子だ。

 

「あ、あの……」

 

 そんな中、助けた五人の内の一人、気の良さそうな青年が最初に声を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、カイトとキリトは第11層主街区《タフト》にある宿に来ていた。昼間助けた五人は《月夜の黒猫団》というギルドのメンバーだったらしく、自分達を助けてくれたお礼がしたいと言い、二人を食事に誘ったのだ。

 五人と二人は豪華な食事が並べられた大きな長方形のテーブルを囲み、全員がグラスを手にしていた。

 

「我ら《月夜の黒猫団》と、命の恩人の二人に……乾杯!」

「乾杯!」

 

 上座に座るカイトとキリトに対し、二人から見て一番奥にいるダッカーがシャンパングラスを掲げた。《月夜の黒猫団》メンバーの手に持つ装飾の施された銀色のシャンパングラスがぶつかり、チンッ、と軽快な音をたてた後、五人は口々に感謝の言葉を述べた。

 今日二人があの場に居合わせたのは、単なる偶然に過ぎない。モンスターの索敵範囲に引っかかり、知らず知らずの内に複数のモンスターを引きつけてしまった《月夜の黒猫団》。冷静に対処すれば収めることもできたのだろうが、そういった状況に慣れていない彼らにとって、パニックになるのは当然といえた。放っておけば死者が出ていたであろう状況を変えてくれた二人には、《月夜の黒猫団》のメンバーはただ感謝するしかない。

 

「ところで、大変失礼だと思うんですけど、よかったらお二人のレベルを教えてもらえませんか?」

 

 黒猫団リーダーのケイタが二人にレベルを尋ねてきた。これがスキルの詮索ならば悪質なマナー違反と捉えられても仕方ないが、レベルを教えるぐらいならカイトは気にしない。

 

「レベルは……40ぐらいだよ。あとケイタ、敬語はなしで頼む」

 

 レベルを教える事自体は気にしない。気にしないのだが……果たして彼らはカイトのレベルを聞いて、どう感じるだろうか。

 

 通常プレイヤーが狩りをする場合、それぞれのレベルに合った狩場へ赴くのが普通である。このゲームで例えるなら、レベル30のプレイヤーは20層付近でレベル上げを行うのが通例だ。高レベルプレイヤーが下層、極端な話をすれば《はじまりの街》周辺でレベル上げをしているプレイヤーに混じって狩りをすれば、それは『荒らし』と呼ばれる悪質な非マナー行為である。

 勿論、素材収集などの例外はあるが、二人は黒猫団のメンバーに下層へ来た理由を話していない。なのにレベルだけを告げて彼らはどう捉えるか、一瞬カイトはレベルを教える事に躊躇する。だがここは正直に申告した。

 

「てことは……もしかして二人は攻略組?」

「あぁ、そうだよ」

 

 カイトの言葉に五人は驚きを隠せない。自分達中層のプレイヤーにとって、雲の上の存在である攻略組が目の前にいるのだから。

 彼らに限らず、一般的に攻略組というのは中層以下のプレイヤーに憧れや尊敬の念を抱かれることが多い。ゲーム攻略のために未踏破のフィールドや迷宮区を駆け、フロアボスに挑んでいるその姿は彼らには輝いて見えるようだ。

 

「攻略組……か。もしよかったら二人をギルドに誘おうかと思っていたんだけど、攻略組なら僕らのギルドは無理だね……」

 

 最前線で戦う攻略組と中層プレイヤーの一ギルドである自分達では、とてもじゃないが釣り合わない。昼間見た二人の実力からレベルは高いと予想はしていたが、まさか攻略組だとは思ってもいなかったようだ。

 

「じゃあ……じゃあさ、時間がある時で良いんだ。戦い方のレクチャーをしてくれないかな?」

「えっ?」

「こいつ、サチっていうんだけどさ」

 

 ケイタは隣にいるサチの頭に手を乗せた。

 

「うちのギルドは前衛できるのがテツオしかいなくて。サチを槍から盾持ち片手剣に転向させようと思うんだけど、どうも勝手がわからないみたいなんだ。二人は攻略組で片手剣を使うし、アドバイスを貰えたらいいなって思ったんだけど……。あと、図々しいのは承知でもう一つ頼みがあるんだ。サチだけじゃなく、僕を含めた他のメンバーも鍛えてほしいんだけど……たのむ!」

 

 ケイタの考えはごく自然なものだった。今まで接点の無かった攻略組が二人も目の前にいる。一度も死ぬことが許されないSAOにおいて、最前線で戦い生き抜いてきたことから、二人の戦闘技術の高さを悟り、この機会を逃す手はないと考えたのだろう。

 

「……ケイタ。少しキリトと話をさせてくれ」

 

 カイトはキリトの腕を掴み、黒猫団から距離をとるようにして奥へ引っ込んだ。

 

「で、どうする?」

「どうするって……オレは引き受けてもいいと思ってる」

「奇遇だな。オレもだ。昼間の戦い方を見てたら危なっかしくてしょうがない」

 

 アインクラッド全体でいえば、ケイタ達が苦戦していたのはまだまだ下層。そんな所で手間取っているようでは、もしこの先上に進むのなら生き残るのは難しい。

 

「それもあるけど……ちょっと想像してみたんだ」

「想像? 何を?」

「もし……もしこの先黒猫団のみんなが成長して将来攻略組に加入したら、ケイタ達の持つアットホームな雰囲気が、殺伐とした攻略組の空気を変えてくれるかもしれないって」

 

 最前線を歩み続ける攻略組には、中層以下のプレイヤーよりも格段に命の危険を伴う。特にクォーターポイントのボス戦で多大な犠牲者が出たため、以前よりも皆の緊張が高まり、ピリピリとしているのをキリトは感じとっていた。それゆえ思い立った考えだ。

 真面目な顔で話すキリトに対し、カイトは口元を緩ませる。

 

「……なんだよ」

「いや、ちゃんと考えてるんだなあ〜って思っただけだよ。やっぱりキリトは良い奴だな」

「五月蝿い。褒めても何も出ないぞ」

 

 一先ず話が纏まったので、二人はケイタ達の元へ戻った。

 

「ケイタの頼み、引き受けるよ。但しオレ達も攻略があるから付きっきりって訳にはいかないけど、それでもいいか?」

「本当に!? ありがとう、助かるよ!」

 

 二人の前向きな答えに喜ぶケイタ。

 翌日から二人の直接指導が始まった。

 

 

 

 

 

 それから二人は攻略の合間をぬって、黒猫団のコーチを務めるようになった。

 レベルは戦闘を重ねれば自然と上がるので問題ない。だが戦闘技術は独学でやるよりも、第三者の客観的な指導を受けるのが一番の近道だ。

 使うソードスキルの選択・スイッチのタイミング・メンバー内での自分の役割に仲間との連携など、覚えることは山程ある。ケイタに至ってはそれらに加えて全体の指揮を取ることがあるので、広い視野をもつのも必要になってくる。

 黒猫団のコーチを務めるようになってから約1ヶ月後、全員が順調にレベルを上げて、第20層にある《ひだまりの森》に出現するカマキリ型モンスター《キラー・マンティス》一体を相手に戦う黒猫団とカイト・キリトの姿があった。

 練習も兼ねてサチはいつもの槍装備ではなく、今日は盾持ち片手剣の装備。大きな盾で自分の身体を隠し、ジリジリと接近するのだが、モンスターの威嚇に怯んでしまう。《キラー・マンティス》の攻撃を盾で防ぎはするものの、とても戦闘とはいえない。

 

「サチ、一度さがろう」

 

 見かねたキリトが前に出てサチをさがらせ、キリトの剣がモンスターの鎌を切り落とす。もう一方の鎌による攻撃をキリトがタイミングよく武器で弾くことで、モンスターに隙ができた。

 

「テツオ、スイッチ!」

「おう!」

 

 キリトがテツオとスイッチし、テツオが片手棍のソードスキルで攻撃することで《キラー・マンティス》をポリゴン片に変える。それと同時にテツオのレベルも上がり、メンバーが駆け寄ってまるで自分のことのように喜び合った。そんな光景を見てキリトも微笑む。

 その後も黒猫団のメンバーと共に狩りをし、暗くなる前にきりあげて主街区に戻る。その道中、槍使いのササマルがこんなことを言い出した。

 

「なぁケイタ。そろそろサチの装備を新調しないか?」

「えっ!? い、いいよ。私は今のままで」

「何言ってんだよ。今のサチの装備じゃ少し心許ないだろ? それにキリトとカイトのおかげで上の層にも行けるようになったし、いい加減替え時じゃないか?」

 

 二人の指導を受けて以降、黒猫団がレベリングを行う階層は急激に上昇している。それに比べてメンバーの、特にサチの装備は未だ出会った頃のままだ。流石に今の装備ではそろそろ限界だろう。

 

「……うん、そうだな。サチ、攻略組の二人が指導してくれてるんだからきっとすぐ馴染むさ。みんなで上に行くためにも頑張ろうぜ!」

「う、うん……」

 

 言葉では()()肯定しているが、サチの表情は俯き浮かない顔をしている。そんな彼女の様子をカイトは見逃さない。

 

「そういえば二人に聞いてみたいんだけど、攻略組と僕たち中層プレイヤーとの差って何だと思う?」

 

 唐突にケイタがキリト・カイトに対して質問を投げかけ、それにキリトが即答する。

 

「一番の違いは……情報量の差かな。例えば、オレ達は効率の良い狩場を知っているからレベリング一つとっても全然違うと思う。最前線で戦うにはレベルが高くないと話にならないからね」

 

 この世界で死なないためにはより良いアイテム・装備を持つことも重要だが、その根幹には『情報』という名の目に見えない武器が関わってくる。

 レベルリングスポット・クエストの報酬・レアアイテム・迷宮区にあるトラップの位置など多岐に渡り、そういった情報を少しでも多く得るためにも、攻略組で情報屋との繋がりがないプレイヤーなどいない。攻略組の各ギルドもそれぞれお抱えの情報屋が必ずいるし、キリト達も贔屓(ひいき)にしている情報屋がいる。この世界において『知っている』と『知らない』は、そのまま『生』と『死』に直結するのだ。

 

「うん。僕もそう思うけど、それに加えて意思力っていうのも一つの要因だと思うんだ」

「意志力?」

「そう。僕らは安全な狩場で、自分達が生き残るためだけに戦っているけど、攻略組は全プレイヤーを現実へ帰すために危険な前線で戦っているだろ? そういった意志力の差だと、僕は思ってる。そして、いつか『守られる側』から『守る側』に僕はなりたいんだ」

 

 ケイタが『攻略組に追いつくことが目標』という今まで胸に秘めていた思いを二人に吐き出す。そのケイタが内に秘めた思いを初めて聞いた黒猫団のメンバーは、感銘を受けたようだ。ガシガシと頭を掻いて照れ隠しをするケイタを、後ろにいたダッカー達が茶化していた。

 

 

 

 

 

 全員が主街区に戻る頃には日が沈みかけ、薄暗くなり始めた街を街灯が明るく照らす。フィールドでの狩りから帰ってくる他のプレイヤー達も、武器を担ぎながら主街区の入り口にある門をくぐり抜ける。

 

「そうだ、ケイタ。今から少しだけサチにマンツーマンで片手剣の扱い方を教えようと思うから、ちょっとサチを連れて行くよ。サチ、いいかな?」

「えっ! ……う、うん……」

「わかった、頼むよ。僕らはいつもの宿にいるから」

 

 そう言ってカイトはサチを連れてケイタ達と別行動をとり、カイトが前を歩いてサチが後ろをついていく。どこに向かっているのかサチが疑問に思っていると、カイトはフィールドではなく、主街区内に流れる水路に沿った道を歩き出した。そして水路を挟んだ向こう側へ渡るためにある石造りの橋の中央まで歩き、立ち止まってサチに向き直る。

 

「ここまで来れば黒猫団のみんなに聞かれることもないと思う。サチ、突然だけど、今ここでサチの本音を聞かせてくれないか?」

「えっ?」

 

 サチはてっきり片手剣の特訓をすると思っていたため、予想外の出来事につい拍子抜けしたような声を出す。サチは首をかしげ、頭上に疑問符が浮かんでいるようだ。その様子が面白かったため、カイトはつい笑ってしまった。

 

「あはは、ごめんごめん。言い方が悪かったよ。サチは黒猫団のみんなと一緒にフィールドに出てモンスターと戦いたいのか、それとは別の考えがあるのか、思っていることを話してほしいんだ。マンツーマンうんぬんは連れ出すためのただの口実だからさ」

 

『サチは戦闘に向いていない』

 それはカイトが薄々感じていることだった。最初は人一倍臆病なだけかと思っていたが、あのモンスターと相対した時の怯えようは異常だ。彼女が槍をメインに使っていたのも、恐怖の対象であるモンスターと距離を取れるという考えか、あるいは無意識か……。

 カイトが聞きたい事を理解したサチは視線が下にいき、日が落ち始めた街と同じように若干顔も暗くなった。そしてゆっくりと自身の思いを吐露した。

 

「……私……本当は戦いたくない…………本当は逃げ出したい。死ぬのが怖くてたまらないの。……カイトは死ぬのが怖くないの?」

「……怖いよ。怖いに決まってる」

 

 この世界に閉じ込められてからもう半年が経った。デスゲーム開始当初程ではないが、今でもモンスターと相対すれば恐怖を感じる時がある。

 

「じゃあ……なんでそんなに強くいられるの?」

「簡単だよ。死ぬことに対する恐怖よりも、生きたいって思いのが強いからだよ」

 

 『生』と『死』。『(プラス)』と『(マイナス)』の性質を持つ相反する二つの感情を天秤にかけた時、思いの重さは生きる事への執着に傾く。ただ、それだけ――。

 

「それにある人と約束してるんだ。現実に戻るために、お互いの背中を守れるように強くあり続けようって。今頃迷宮区でマッピングなり、レベリングなりしてるかもなあ」

 

 カイトは冗談めいた口調で笑うが、サチの疑問には真っ直ぐな気持ちで答えた。サチが心の奥底に秘めていた思いを吐き出してくれた以上、カイトも自身の思っている考えを言葉で表現する。

 

「それに一緒にいた時間はそんなに多くないけど、黒猫団のみんなは仲間だと思ってる。オレが近くにいる内は、せっかく出来た仲間を死なせるような目に合わせない。だからサチは死なないし、死なせない」

「……本当に?」

「ウソは言わないよ」

「……ありがとう」

 

 カイトの言葉に両手で胸を押さえ、ニッコリと微笑むサチ。そしてその頬に一筋の涙が流れた。サチは涙を拭う。

 

「それにしてもカイトはすごいね。黒猫団のみんなは気付いていないのに」

「近くにいるからこそ、気付けない事だってあるよ」

 

 黒猫団は皆現実(リアル)の知り合いで構成されているので、それぞれの性格もよくわかっているだろう。サチが人より臆病な面を有しているのは彼らにとって周知の事実だが、一体何に怯えているのかまでは見えていなかった。

 

「さっきサチは戦いたくないって言ったけど、SAOは何も戦闘だけが生きる手段じゃないから、生産系のスキルで黒猫団をサポートするって手もあるよ。でも最終的にどうしたいかはサチの自由だ」

「私は……たしかに戦うのが怖いけど、もう少しだけ……もう少しだけ頑張ってみるよ。黒猫団のみんなと……一緒に」

「わかった。でも、もしその考えが変わってみんなに言いづらい時は、オレからも話すよ。サチがどんな選択をしても、きっとみんな受け入れてくるから」

「うん……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒猫団と出会ってから早2ヶ月が経過した。最前線の主街区にいるカイトとキリトは、今からどこに行くかを話していた。

 

「今日は迷宮区のマッピングするぞ! キリト!」

「やけにやる気だな。どうした?」

「……『少し前からあなた達の姿を見る機会が減ったけど、何してるの? たまにはマッピングぐらい手伝いなさい!」と、ユキのフレンドメッセージを介してアスナからお叱りを受けた……」

「うわあ……」

 

 キリトが苦笑するとほぼ同時に、彼の元へメッセージが届く。通知アイコンをタップすると、送信者は黒猫団のダッカーだった。メッセージ内容をみたキリトの目が見開かれる。

 すぐさま彼の両手の指がせわしなくホロキーボードを叩き、メッセージを打って送信する。しかし返信が来ないため、彼は痺れを切らした。

 

「カイト、今すぐ27層の迷宮区に行くぞ」

「27層? なんで?」

「ダッカーからメッセージが届いたんだけど、どうやら黒猫団は今から27層の迷宮区へ行くらしい。……いや、返信がないってことはもう迷宮区に入ってる可能性が高い」

「……ちょっと待て。27層の迷宮区って言ったら……」

「ああ、トラップ多発地帯だ」

 

 黒猫団の成長は著しく、出会った当初に比べて皆頼もしくなった。しかし二人から見ればまだまだ拙い所もあるし、安全マージンを十分に確保しているとは言い難い。さらに同じ階層のフィールドダンジョンより高レベルモンスターが出現する迷宮区、しかも27層の迷宮区はトラップの数が多いのが懸念される。実際27層が最前線だった頃、攻略組も迷宮区のマッピングには四苦八苦していた。

 しかしそれは27層が最前線だった頃の話。攻略組が当時把握したトラップに()()()()、情報屋を通じて注意喚起及び対策が施されている。

 だが全てのトラップを把握したわけではなく、()()()()()()()()()()()()()()、あるいは()()()()()()()()()()()があるとすれば、危険なのは変わりない。

 黒猫団がこの事をどこまで把握しているかはわからないが、『念には念を』である。二人は転移門から移動して、27層迷宮区に向かった。

 

 

 

 

 

 二人は迷宮区に辿り着き、金属質の硬い壁に囲まれながら進んで行くと、前方に人影が見えた。ケイタを除いた黒猫団メンバーだ。

 背後からの音と声に振り返った彼らは、皆共通して『なぜここに?』という顔を浮かべた。

 

「二人共、どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないよ。そっちこそ何で……」

「キリトに送ったメッセージの内容通りだよ。『ケイタはギルドホームを買いに行って、他は少し稼ぎに行くから宿には誰もいない。今日は27層の迷宮区に挑戦しに行く』って」

 

 サチの疑問にカイトが答え、カイトの疑問にテツオが答える。だがカイト達が聞きたいのはそこではない。

 

「違う、そうじゃない。何でいつもの狩場じゃなくて、上の迷宮区なんだ?」

「上なら下よりも短時間で稼げるだろ? ギルドホームを買うお金はあるけど残った分じゃ家具を買う余裕がないから、少しでも足しになればと思って」

 

 一先ず疑問は解決した。だがこの様子だと彼らは知らない。これまでの迷宮区と違い、この階層の迷宮区は最上階に近付けば近付く程、難易度が飛躍的に上がるのを。

 

「……事情はわかった。でもここは危険だ」

「何言ってるんだよ、キリト。オレ達だけでここまで来れたんだから、この先も楽勝だって」

「そういう問題じゃない。この迷宮区は――」

「おっ! 何だアレ?」

 

 キリトの言葉を遮るように、ダッカーが声を挙げた。彼が目をつけたのはT字路の壁。そこに手を触れると壁が変形し、隠し部屋に繋がる扉が現れた。

 

(隠し部屋!? こんな所に……)

 

 ダッカーが扉を開けると、隠し部屋の中央にはトレジャーボックスが未開封のまま鎮座していた。隠し部屋のトレジャーボックスという事で黒猫団の期待が高まり、中に何が入っているのか一目みようと駆け寄る。

 

「待っ」

 

 キリトの静止は彼らを止める事が出来なかった。開封されたトレジャーボックスの中身は何もない代わりに、部屋中にけたたましいアラーム音が鳴り響く。トラップ発動の合図だ。出入り口は閉まり、モンスターが部屋の四方から湧いてくる。

 

「みんな、脱出するんだ!」

 

 キリトの声に反応して全員が転移結晶を手にし、コマンドを叫ぶ。しかし、転移結晶が反応することはなかった。

 

結晶(クリスタル)が使えない……」

「《結晶(クリスタル)無効化エリア》か……」

 

 転移結晶による緊急脱出、瞬時にHPを回復する回復結晶や麻痺毒などを解除する解毒結晶といった、ありとあらゆる結晶アイテムを無効化する場所。それが《結晶(クリスタル)無効化エリア》だ。今まで遭遇して来なかったわけではないが、トラップで発動するタイプのものは黒猫団にとっても、二人にとっても初めてだった。

 カイトとキリトにとってこの層のモンスターは敵ではないが、ここまで数が多いと何とも言えない。さらにこの場には二人だけでなく、黒猫団のみんなもいるのだ。彼らではこのトラップを切り抜けるのは難しい。

 ざっと周囲を見回し、カイトは部屋の四隅のうちの一つに狙いを定めた。

 

「みんな! オレの後に続け!」

 

 カイトはモンスターを切り伏せて道を開く。その後ろを他のメンバーが続き、部屋の隅で固まると、黒猫団のみんなを背中にしてキリトと共に前へ出る。これなら少なくとも背中側は部屋の壁で守られるため、背後からの攻撃を心配する必要はない。

 

「サチ、ダッカー、テツオ、ササマルはそこで動くな。オレとキリトでこいつらを倒す。最低限、自分達の身を守ることだけ考えてくれ!」

「そんな! オレ達も戦うぞ!」

「みんなじゃこの数は無理だ! 行くぞ、キリト!」

「あぁ!」

 

 二人は剣を握り、目の前にいるモンスターの大群を上位ソードスキルで蹴散らす。終わりの見えないゴールを目指してただひたすら一匹、また一匹とモンスターをポリゴンに変え、このピンチを切り抜けるためだけに剣を振るった。

 途中シビレをきらした黒猫団が二人に加勢しようとしたが、カイトはそれを良しとせず、ただ『動くな!』としか言わなかった。普段は温厚なカイトがあまり見せないキツイ表情に黒猫団は萎縮し、動きを止める。

 いつしか耳障りなアラーム音も鳴り止み、部屋にいたモンスター達は跡形もなく消えていた。閉じていた扉も開き、危機を脱したことに安堵する。二人はその場で立ったまま脱力した。

 

「ふ、二人とも大丈夫?」

 

 サチがおそるおそる聞いてきた。その言葉に反応してキリトが振り返る。

 

「あぁ、大丈夫。そっちは?」

「オレ達は……大丈夫」

「みんなゴメン! オレがトレジャーボックスを開けたばっかりに……」

 

 ダッカーは頭を下げる。何も故意にやった訳ではないのだから、ダッカーがそこまで責任を感じる必要はない。しかし、彼の心がそれを許さなかった。

 

「いや、ダッカーのせいじゃないさ。この層の迷宮区はトラップ多発地帯だって言いそびれたこっちに非があるんだから」

「何はともあれ、みんな生きてるんだから良かった。それにしても焦ったよ」

 

 カイトはダッカーが責任を感じないように、軽く笑い飛ばす。

 結果的に皆生きているからよかったものの、あの時のカイトの顔は狂気に満ちていた。声を荒らげて叫び、自らを奮い立たせながらモンスターを蹴散らす様は、必死に生にすがりつく姿そのもの。あの絶体絶命の状況をひっくり返そうと抗う、一人のプレイヤーの姿だった。

 

「帰ろう。ケイタも待ってるだろうしさ!」

 

 だが今はもうその姿は見る影も無い。そこにはいつものあどけない笑顔を向けるカイトがいた。




黒猫団生存ルートでした。サチは今後も何らかの形で出番があります。

やたら説明文が多い気がしますが見逃して下さい。修正してたら自然と増えました。

次回は《MORE DEBAN》の《MORE》さん登場です。

引き続き感想・ご指摘・誤字報告、お待ちしています。
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