ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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二つ名とその由縁 III

 トラップによって足場をなくしたカイトが最初にしたのは、下を見ることだった。落下ダメージというのは中々侮れないものであり、攻略組のHPの高さをもってしても、落ちる高さによっては、最悪の場合死を招く。もしもこの落とし穴が底の見えないほど深いものであれば、すぐに腰のポーチから転移結晶を取り出し、コマンドを唱えて適当な街に転移しなければならないからだ。

 だが幸いにも、地面は目で確認できるほど近く、高さはせいぜい5メートル程度だった。着地のために心の準備を整えたカイトは、ブーツの裏をしっかりと地面につけると、膝を柔らかく曲げて極力衝撃を吸収するように努める着地をした。

 それでも、全ての落下ダメージを和らげられたのかと問われれば、決してそういうわけでもなく、彼のHPバーが左方へ動いた。そして吸収し切れなかった衝撃がブーツの裏からジワリジワリと足全体に広がり、ピリッとした痺れにも似た感覚が彼を襲う。

 

「〜〜〜〜っ!!」

 

 その場から1歩も動かずに大人しくしていると、徐々に痺れが消えていくのをカイトは感じた。大きく息を吐いて立ち上がると、まずは自分が落ちた穴を見上げる。案の定、既に落とし穴は何もなかったかのように元通り塞がっており、物言わぬ洞窟の天井がカイトを見返していた。

 

(まさか、2段構えのトラップだったとはなあ…………)

 

 おそらく、このトラップを考案した者は、トレジャーボックスを開けに来たパーティーが、逃げ場のない通路の奥でモンスターに強襲される、という状況を構想したのだろう。それに加えて、トレジャーボックスを開けるプレイヤーの位置に落とし穴を仕掛け、地下に落とすことでプレイヤー1名を物理的にパーティーと分断するという、中々に悪趣味な仕上がりとなっている。

 キリトとアルゴはカイトと共に通路奥へ来なかったので、トラップ考案者が描いた1つ目の状況は回避できたが、2つ目の『物理的なパーティーからの分断』は、ものの見事にはまってしまった。カイトは今、上の階でモンスターと戦闘中であろうキリトとアルゴから離れ、この洞窟の最深部である地下2階にいるのだから。

 

 天井を見上げたカイトは、次に自分の周囲を見回した。左右と後ろはゴツゴツとした岩壁しかないが、前方には真っ直ぐな一本道が伸びている。しかし、3人が横並びでいても悠々としていた上の階に比べ、道幅は明らかに狭い。

 

(俺の考えが正しいなら、この先は上の階と違って、ソロでもなんとかなるくらいの難易度のはず…………)

 

 彼がそう考える理由は、2つ。

 1つは、彼が落ちてしまったトラップの穴が、プレイヤー1人だけが落ちるのを想定しているかのような大きさだったこと。

 そしてもう1つは、道幅の狭さだ。

 フィールドのような開けた場所なら兎も角、洞窟や迷宮区といった閉鎖空間では、その空間の大きさに見合ったモンスターが出現するのがセオリーとなっている。至極当たり前のことだが、その空間よりも大きな体格のモンスターや、モンスターの数が部屋に収まりきらないほど出現するということは、まずないのだ。

 もっと言えば、その空間でモンスターとプレイヤーが対峙した時、充分な戦闘スペースが確保されなければならない。満足に剣を振ることができない場所でモンスターは出ないし、一方で広々とした場所なら、モンスターは間違いなく出現するだろう。

 カイトの眼前に伸びる道は、端から端までが目算で5メートルもない。洞窟内で出現するキツネ型モンスターは、体長が約2メートル弱なので、手狭な道に1度のポップで4体も5体も湧くとは考えにくい。せいぜい1体、多くても2体が妥当だ。

 一時はその場にとどまって2人を待つことも考えたが、1度作動したトラップが再び稼働するのは時間がかかるし、キリト達が正規ルートで来るのを待つのも同様だ。それならば、いっその事自分も動き、お互いに近づく形で合流するのが良いだろうとカイトは考えた。

 

(無事にキリト達と合流できますように)

 

 胸の奥でそう呟くと、カイトは足を1歩踏み出して前進し始めた。

 

 

 

 

 

 その後1度だけモンスターと遭遇したが、歩み始めて5分ほど経った頃、彼の耳が道に反響する自分の足音以外の音を捉えた。一瞬だけ気のせいかと思ったが、カイトは立ち止まり、その場でじっと耳を澄ましてみる。

 ここが洞窟の入り口付近であれば、風の流れるサウンド・エフェクトの可能性もあっただろうが、カイトの居場所は洞窟の地下2階なので、その可能性をまず排除。続いて洞窟型ダンジョンでよく聞こえる、地下水の落ちる音に集中する。等間隔で聞こえる、ゲームならではのパターン化されたリズムに混じって、規則性のないイレギュラーな音がないかを探した。

 《聞き耳》スキルがあれば、もっと容易に音の発生源を探ることが出来るのだろうが、生憎カイトはその手のスキルを取得していない。彼が今頼っているのは、ステータスウィンドウには載らないスキル――通称《システム外スキル》――の中で、環境音とそれ以外のサウンド・エフェクトを切り離して位置を探る《聴音》と呼ばれるものだ。

 すると、極々小さな音ではあるが、システムが発生させる音とは別種のものをカイトの聴覚が捉えた。音を道標にして先の見通せない暗闇へ飛び込み、カイトは駆け出したが、暗闇のせいで足元が見えないのが災いし、10メートルほど進んだところで、彼はまたしても穴に落ちることとなった。

 

「どわっ!!」

 

 トラップの起動音がないことから、おそらく穴は最初から開いていたのだろう。人が1人通れるくらいの穴を落下すると、彼は両足から地面に着地した。

 彼が落ちた場所は、今通ってきた道よりも広い、言い換えれば洞窟の1階と地下1階に似た構造の道だった。上を見上げると、今まさにカイトが落ちてきた穴がぽっかりと口を開けている。

 

(まさか、俺が今通っていたのは、隠しルートだったのか…………?)

 

 てっきりパーティーメンバーと分離させるためのトラップだとばかり思っていたが、どうやらそれと同時に隠しルートの入口でもあったらしい。おそらく、今のカイトは隠しルートのおかげで、ダンジョンのかなり深い所まで進んでいるはずだ。

 そんなことを考えていたカイトだったが、《聴音》で捉えた音が今さっきよりもしっかり聞こえたため、彼は即座に音のする方向へ顔を向けた。

 

(…………プレイヤーの、声…………?)

 

 それは、間違いなくプレイヤーの話し声だった。

 彼が真っ先に思ったのは、キリトとアルゴが地下2階まで進行し、すぐそこまで来ているということだ。そう考えた時、彼のつま先は声がした方向に向き、足は自然と歩みだしていた。歩くスピードは徐々に速まって小走りになり、聞こえてくる声も鮮明になっていく。

 しかし、話し声が鮮明になればなるほど、今度は逆にいくつかの不審点が生まれ、足早だった速度は緩やかになっていった。

 1つは、聞き慣れたキリトとアルゴの声ではなく、別の人物のものであるということ。

 そして、声の主は普通に会話する時のトーンではなく、やや感情的になっている節があること。

 状況が飲み込めず、なおも顔をしかめつつ歩いていると、通路よりちょっとだけ開けている部屋が見えてきた――――と同時に、部屋の中から大きな罵声も聞こえてきた。

 

「――ふざけるなっ!!」

 

 ここでようやく、カイトはプレイヤーの声を一言一句聞き取ることのできる程度にまで接近したが、彼の直感がトラブルの気配を察知したらしく、無意識に姿勢を低くして物陰に身を隠した。顔だけをそっと覗かせたところ、部屋の中央にいる4人組パーティーのリーダーとおぼしき人物と、奇妙な格好をした2人組の片割れである、頭陀袋(ずだぶくろ)のような黒いマスクを頭から被っている人物が、何やら揉めているようだ。てっきりこのダンジョンには自分とキリト、アルゴしかいないとばかり思っていたカイトだが、どうやら自分達よりも少し早くダンジョンに潜っていたプレイヤーがいたらしい。

 物陰からこっそりと様子を伺っているカイトの前で、今も尚、言い合いは続いている。

 

「後から勝手に入ってモンスターを横取りした挙句、その言い方はないだろう!! 最低限のマナーくらいは守ってもらわないと困る」

「ギャーギャー五月蝿いな。第一、オレが言ったのは事実だろうが。モンスター狩るのに時間かけすぎなんだよ、トロくせー」

「なんだとっ!!」

 

 要するに、4人組パーティーがモンスターと戦っていたところ、後から割って入られて獲物をとられただけでなく、乱暴な言葉で馬鹿にされたのが頭にきて口論に発展したのだろう。そういう事情であれば、怒り心頭のプレイヤーにカイトも同情した。謝罪の1つでもすればいいものを、頭陀袋のプレイヤーに反省の色はなく、甲高い声で火に油を注ぎ続けているので、怒りのボルテージが上昇するのは無理もない。

 あの2人の間に割って入り、まあまあ等となだめながら仲裁する役回りの者が1人でもいればいいのだが、パーティーリーダー以外も全員が苛立ちと敵意を隠すことなく表情に出している。この場をおさめようという考えに至っている者がいないのは明白だ。

 ならば、頭陀袋の男の仲間はどうかと思い、カイトはさっと視線を移した。髑髏を模したマスクを被り、眼窩の奥にある眼が赤い光を放っているのが特徴のプレイヤーは、さきほどから静観に徹している。

 この時、2人の印象的な格好を見たカイトの脳裏で警鐘が鳴った。それはまるで、お前は何か大事なことを忘れている、思い出せ、と誰かに言われているような気がした。

 そう思った時、カイトが真っ先にしたのは、頭陀袋の男と赤眼の男の武器を確認することだった。カイトとキリトは片手用直剣、アスナは細剣、ユキは短剣といったように、主武器(メインアーム)というものはプレイヤーの持つ最大の属性なのだ。よほどのことがない限り、使い慣れた武器種を変えるプレイヤーはそういない。

 2人の武器をそれぞれ見たところ、頭陀袋の男はダガー、赤眼の男は剣の細さから判断して刺突剣(エストック)だとわかった。それを元にして、彼は記憶のインデックスを探り始める。

 

(頭陀袋のダガー使い……赤眼のエストック使い…………たしか……どこかで聞いたような覚えが…………)

 

 あと少しで思い出せそうな気がする――――と思ったその時、頭陀袋の男に向かって声を荒らげていたパーティーリーダーが、急に言葉を区切って不自然なほど静かになった。洞窟内に反響していた声の残響が収束して消え、空気が一瞬の硬直を経た後、静寂を生み出したプレイヤーは糸の切れた操り人形のごとく、突然その場で力なく崩れ落ちてしまった。

 カイトは口をポカンと開けて間抜け面をさらしたが、その顔が引き締まるのにそう時間は掛からなかった。

 倒れたプレイヤーは意識を失ったわけではなく、ぎこちないながらも腕や足がゆっくりと動いている。パーティーメンバーではないカイトに、彼のHPバーを見ることは出来ないが、おそらくバーの枠は緑色の光が点滅し、稲妻の形をしたアイコンが出ているに違いない。つまりは《麻痺(パラライズ)》しているのだ。

 そして、その現象を引き起こしたのが何なのか、答えは頭陀袋の男がいつの間にか右手に持っているダガーナイフにあった。ダガーの刃先は濁った緑色をしており、毒が塗られているのは誰が見ても明らかだった。

 

「ワーン、ダウーン」

 

 そう言った頭陀袋の男の頭上にあるカーソルが、グリーンからオレンジに変化している。プレイヤーを傷つけたので、システムが彼を犯罪者(オレンジ)と認識したのだ。

 

「…………まったく」

 

 ここで、これまで静観を貫いていた赤眼の男が、重い口をようやく開いた。

 

「色を戻したばかり、だというのに。そうやって、すぐに遊ぼうと、するのは、お前の悪い、癖だ」

「しょうがないじゃん、こいつが五月蝿いのが悪いんだからさー。それに、色なんてまた必要な時に戻せばいいだけの話っしょ」

 

 2人が何の気なしに話している会話の内容を聞いていたカイトは、背筋が凍りつくのを感じた。

 この2人は、過去にもカーソルがオレンジになったことがある。それも、口ぶりから察するに、1度や2度の話ではなく、その事を全く気にも留めていない。

 ということは、彼らは日頃からオレンジになるような行為をしている、オレンジギルドの一員かもしれない。もしかすると、デスゲームと化しているSAOにおいて、最も犯してはならない禁忌に手を染めていることだって――――。

 

「――――――――!!」

 

 そこまで考えが回ったところで、カイトは喉に引っかかっていた2人の名前を、ようやく口に出して言うことが出来た。

 

「ジョニー・ブラックと…………赤眼のザザ…………」

 

 それは、SAOで最も犯してはならない禁忌、『殺人』を平然とやってしまう、PK集団に属する重要人物の名前。攻略組やボリュームゾーンのプレイヤーは勿論の事、盗みや恐喝をしているオレンジギルドの者たちですら、彼らに恐れを抱いているプレイヤーは多い。1万人のプレイヤーは現実世界の犯罪と無縁の者ばかりなので、殺人行為にまで手を染める覚悟がある者はいないからだ。

 

「さーて、五月蝿い奴が静かになったのは良いとして…………あんた達はどうしよっかなー」

 

 そう言われたリーダーを除く残りのメンバーの表情が、緊張感に包まれて引き締まった。

 その一方で、この場を楽しむジョニー・ブラックの甲高い声が、耳障りに響く。

 

「あっ、ああっ!! そうだ、良いこと思いついた!! 今からあんた達3人で生き残りをかけたガチバトルやって、残った奴はここから出られるっていうゲームはどう?」

「な、何を言って…………」

「だーかーらー、今から3人で殺り合って、勝った奴は特別に見逃してやるって言ってんの。おまけでこいつも解放してやるからさ」

 

 そう言って、ジョニー・ブラックは麻痺で動けないプレイヤーの頭に、右足を乗せて思いきり踏みつけた。

 

「ば、馬鹿な事言ってんじゃねーぞ!! 第一、人数ならこっちが上なんだ。あんまり調子に乗ってると――――」

「調子にのると、どうなるんだ?」

 

 そう指摘され、声を上げたプレイヤーはぐっと声を詰まらせた。彼が口にしようとしたのが『殺す』、もしくはそれに類する言葉であれば、所詮それは威嚇のためにすぎず、実際に行為に移す覚悟はないはずだ。その場限りの薄い覚悟では、ジョニー・ブラックの眼を誤魔化すことなど出来はしない。

 

 場の流れが嫌な方向に向かっているのを、カイトはひしひしと感じていた。今はまだ、お互いに探り合っているような状態だが、このままでは誰かがしびれを切らして剣を抜き、戦闘が始まる可能性が極めて高い。その場合、誰かが死ぬのは避けられないだろう。

 もっと言えば、それは4人組の内の誰か、あるいは最悪全滅だというのが、カイトの見立てだった。最前線の階層1つ下のサブダンジョンとはいえ、ここまで潜ってこられるのだから、レベルも実力も申し分ないはずだが、対モンスター戦と対人戦は全くの別物だ。それに、システムの安全装置が働くデュエルとは違い、たった1つの(チップ)を賭ける、ルール無用の殺し合いをやろうものなら、その手の場数を踏んできたジョニー・ブラックとザザに軍配が上がる。相手のHPを消し飛ばすその瞬間まで、彼らが振り下ろす剣には躊躇いなど微塵もないだろう。

 

(ジョニー・ブラックとザザの2人じゃ、相手が悪いな…………)

 

 物陰に隠れていたカイトは屈んでいた身体を起こして立ち上がり、静かに右足を1歩引いた。

 カイトにとって、4人組はプレイヤーネームも知らない赤の他人だ。この後彼らの身に何が起こるのか予測出来ているにも関わらず、何もせずに回れ右をして立ち去ったところで、それを誰かに咎められることはない。たった1度のゲームオーバーも許されないSAOで、誰もがカイトと同じ状況に遭遇したら、自分の命を優先するのが当然だからだ。そういった至極合理的な考えが、カイトの足を後ろに下げた。

 そこからさらに足をもう1歩後ろに下げ、振り返って来た道を戻ればそれで済む――――筈だった。その行動を妨げたのは、右足を引かせた合理的な考えとは異なる、カイトの個人的な理由だった。

 そしてそれは、彼の足を止めるだけでなく、背中を押し、カイトを緊迫した空間に飛び込ませた。

 

「ああ?」

 

 突如、暗闇の奥から現れた第三者の登場に、ジョニー・ブラックが間の抜けた声で反応した。遅れてザザ、4人組と続く。

 剣を構えこそしなかったが、素早く身構えたザザが剣吞な声で問いかけた。

 

「……おまえ……いつから、そこに、いた? こいつらの、仲間、か?」

「そこで倒れてる人が、でっかい声で叫んだ後くらいだよ。それと、別に俺はこの人達の仲間じゃないよ…………《赤眼のザザ》」

 

 その名を聞いた時、4人組パーティーのプレイヤーそれぞれの顔が――ジョニー・ブラックに踏みつけられているリーダーの顔は伺えないが――一気に強張り、血の気の失せる様子をカイトは見た。《ジョニー・ブラック》と《赤眼のザザ》というプレイヤーネームは知っていたようだが、カイトに言われるまで、目の前にいる2人の正体に気が付かなかったらしい。

 

「それと、そっちのあんたは《ジョニー・ブラック》だろ? あんた達とこうしてちゃんと話すのは、初めてだな」

 

 カイトはザザを一瞥した後、今度はジョニー・ブラックを見た。頭陀袋に開いた2つの穴の奥にある双眸と、カイトの視線が交錯する。

 

「そういうあんたは、《黒の剣士》とよく一緒に見る顔だな…………それにしても、わざわざ自分からここに来るなんて、状況解ってんの? まさか、正義の味方気どりで、こいつらを放っとけなかったからとか寒いこと言う気じゃねーよな?」

「そんな立派な理由じゃないよ。寧ろ、最初はこの人達を見捨てて逃げようとすら思ってたんだから」

「なら、何故、そう、しなかった?」

「俺がいなくなってから、この中の誰かが死んだと後で知ったら、後味最悪だからな。それに……」

 

 これを言ってしまえば、きっと後戻り出来ない。

 その確信はあったが、カイトは覚悟を決めて口にした。

 

「もしここで逃げたら、あんた達以下の屑野郎になる気がして、我慢出来なかったんだよ」

 

 言い方は挑発的だが、これはカイトの本心から出た言葉だった。

 4人組の殺される可能性があると知りながら見て見ぬ振りをして立ち去れば、それは彼らを見殺しにしたということだ。攻略組の一員であるカイトなら、彼らを助けられるだけの力は十分あるはずなのに、それをしないとなれば、直接人を殺めるジョニー・ブラックとザザよりも最低な行為の気がしてならなかった。カイトのプライドが、それを許さなかったのだ。

 

「ク、クハハハハッ!! 屑野郎とは言ってくれるねえ。ザザー、こいつ、オレ達に喧嘩売ってきてるぜえ」

「身の程知らず、なのか、ただのバカ、なのか…………どちらに、しろ、よほど、殺されたい、らしいな」

 

 そう言ってジョニー・ブラックは倒れているプレイヤーに乗せていた足をどけ、ザザはカイトに向き合って剣の柄に手を触れた。

 

「おおっと、何もお前までこいつの挑発に乗る必要はねーぜ、ザザ。オレが殺るから、そこで見てな」

 

 左手でザザを制し、ジョニー・ブラックは毒の滴るダガーの腹で自身の右肩を2回ほど叩いた。そこからは完全にカイトを新たなターゲットと見定め、ゆっくりと彼の元へ歩き出す。

 緊迫した空気の中、カイトがジョニー・ブラックの意識から外れたパーティーに一瞬だけ視線を送ったところ、その内の1人と目が合った。敵に自分の意図が伝わらないよう、すぐに視線を逸らしたが、カイトは1秒に満たないわずかな時間の中で懸命に目で訴えた。折角自分が作った時間を、無駄にしてほしくないがために。

 

 そして、カイトが視線を自分から外した理由を深く探らず、ただただそれを好機とみたジョニー・ブラックは、ここぞとばかりに肉薄してきた。敏捷値全開で迫るスピードは、はたからすればその姿が霞んで見えたことだろう。

 不意打ち狙いの初撃に動揺することなく、カイトは素早く抜剣して弾いた。金属質の甲高い音が響き、橙色のスパークが瞬いて洞窟内を照らす。

 

「ヒュウッ!! よく防いだな」

「そんなので不意を突いたと思うな…………よっ!!」

 

 今度はカイトから斬りかかり、右からの袈裟懸けを一閃。対するジョニー・ブラックも右袈裟で迎え撃つと、今度は弾かれることなく、両者の剣が力を一点に集中させる形で均衡状態を保ち始めた。

 しかし、どうやらステータスはカイトが勝っているらしく、ジョニー・ブラックをじわじわと押し返す形でその均衡もすぐに崩れた。このまま押し込んでしまおうとした、その時。

 

「キュア」

 

 解毒結晶の起動コマンドが、控え目な声で聞こえてきた。

 それは、4人組パーティーの1人が、麻痺毒で動けないリーダーの元へ駆け寄り、結晶アイテムを使ったに他ならなかった。うつ伏せで身体を起こすこともままならなかったリーダーは、全身を覆っていた不可視の呪縛から解放され、片膝立ちで身を起こした。

 その光景をジョニー・ブラックの肩越しに一瞥したカイトは、明瞭な声で叫んだ。

 

「転移結晶を使え!!」

「で、でも、あんたは……」

「早くっ!!」

 

 有無を言わせぬカイトの物言いに押し黙り、口から出かけた言葉を飲み込むと、4人組はそれぞれがポーチから転移結晶を取り出した。

 

「逃す、か」

 

 だが、その様子をゆるりと眺めるほど、ザザも甘くはない。腰のエストックを抜き、最も近くにいたパーティーリーダーが持つ結晶アイテムを狙って、勢いよく突き出した。切っ先は転移結晶の中心部を正確に捉え、そのままリーダーの右手の甲を貫いた。結晶アイテムが粉々に砕け散ると同時に、システムがザザのカーソルをオレンジに変える。

 

「くっ…………」

「大人しく、しろ」

 

 右手を突き抜ける感覚に苦悶の表情を浮かべたリーダーを見て、ザザは不敵な笑みをこぼした。しかし…………。

 

「うわああああああ!!」

 

 リーダーの背後からパーティーメンバーが飛び出し、ザザ目掛けて体当たりしたのだ。これには流石のザザも面食らったらしく、まともに受けてしまい、受身をとる暇もなく尻餅をついた。

 その隙に、リーダーはポーチから新しい転移結晶を取り出し、4人組は主街区を指定してコマンドを唱えた。転移時に見られる青白い光が、彼らの全身を包み込む。

 

「――――っ!!」

 

 しかし、ザザはまだ諦めていなかった。不利な体勢から立ち上がり、再度右手のエストックを突き出すため、右腕を引く。転移が完了する前にダメージを与え、離脱失敗にするつもりだ。

 視界の片隅に映るザザの狙いを察したカイトは、ジョニー・ブラックとの鍔迫り合いを打ち切るため、思い切り押し返した。ジョニー・ブラックは足がもつれてたたらを踏むが、追撃の好機はこの際無視し、カイトは左手で腰のホルダーに挿してある投擲用ピックを2本抜きとった。

 人差し指、中指、薬指の側面でピックを挟むと、腕の振りと手首のスナップをきかせた下手投げでピックを投擲した。《投剣》スキルのスキルMod、《命中率補正ボーナス》を先日取得したのが功を奏したのか、1本はザザの右肘、もう1本は右手の甲に命中した。

 投擲用ピックは所詮戦闘の補助で使うものであって、与えられるダメージは微々たるものだが、ザザの動きをほんの少し鈍らせるには、十分過ぎる効果を発揮した。

 腕を突き出す直前にピックが2本も刺さったため、ザザの動き出しが僅かに止まる。口元を一瞬歪めたが、構うことなく正面にいるプレイヤーに剣を向けた――――が、ザザのエストックは転移エフェクトの光を貫いただけで、プレイヤーを攻撃するには遅かったらしい。4人組は、全員がこの場から姿を消した。

 

 エストックをゆるりと下げたザザは、邪魔をしたカイトに憎々しげな視線をぶつけてきた。明確な殺意を直に向けられたカイトは、ありったけの気力で腹の底から湧きあがる恐怖を抑え込み、気取られまいとして毅然とした態度を保った。

 

「ザ〜ザ〜、どうやら1本取られちまったみたいだなあ…………」

「……ふん。楽しみは、減ったが、まあ、いい。…………だが、邪魔をした、こいつは、確実に、殺す」

「おっ、奇遇だねえ、オレも同意見だ。ここまでコケにされたら流石にムカついたわ、マジで」

 

 これで、カイトは2人にとって、この場に残った唯一の《敵》であり、《殺す対象》となった。

 この時、寒気がカイトの背筋をなぞったが、それは洞窟の冷え込みによるものなのか、2人のPKerから発せられた殺気にあてられたからなのか、カイト本人にもわからなかった。

 




 当初は前・中・後編の構成で考えていましたが、書いていくうちに内容が長くなってしまいましたので、タイトルを一部変更してあります。
 そして拙作の話数がこれで100話になりました。ここまで執筆を続けられたのも、読者の方々からの応援あってこそです。この場でお礼申し上げます。
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