――自分は、ここで死ぬかもしれない。
SAOに幽閉されてもうすぐ1年が経とうとしているが、カイトはこれまで、直感的にそう感じたことが幾つもあった。それこそ、両手ではとても数え切れないほどに。
しかしそれは、《攻略組》という集団に身を置いている以上、避けて通れない宿命でもあった。誰かが既に通った道をなぞる中層プレイヤーと異なり、攻略組は誰も通ったことのない道を行かなければならないので、未知との遭遇はそれこそ日常茶飯事だ。そして未知の領域に足を踏み入れた結果、そこに潜む危険に遭遇することは、特段珍しいことでもなかった。
カイトも危険な目に遭ったことは何度かあるが、死を予感するほどの危険に遭遇したのはフロアボス戦くらいのものだ。現状のSAOで推奨されている安全マージンは常に維持している上に、培ってきた経験が豊富なのもあって、たとえダンジョンの中でトラップに引っ掛かろうと、大抵の窮地は自力で切り抜けられるだけの実力を備えている――――と、つい今しがたまで、彼はそう思っていたかもしれない。
しかし、そんな彼でも、プレイヤーから殺意を向けられるのは、初めての経験だった。
そして、殺意の持ち主達の、まるで人を殺すのは遊戯の延長線上であるとでも言わんばかりに愉しんでいる様子が、カイトには理解出来ず、同時に理解したくもない未知の感覚だった。
針のように細長い剣を引き絞り、次の瞬間に溜めた力を解放すると、切っ先が肉を貫かんとして伸びてくる。カイトはどうにかして剣で全て捌こうとするが、手数の多さではエストックのが優位に立つので、どうしても捌き漏らしが出てしまう。加えて、対人武器カテゴリーと評されているエストックは使用者が極端に少ないため、カイト自身も実際に相対して戦うのはこれが初めてであり、対エストック戦の経験が皆無だった。
そうこうしている内に、カイトのHPが少しずつ減少していくが、同時にザザの突きのスピードや呼吸にも慣れてきた。タイミングを見計らい、隙をみてパリングからの反撃に転じてやると意気込んでいたカイトだったが、彼の思惑を嘲笑うかのように、ザザは後ろで控えていたジョニー・ブラックと位置を入れ替えた。
ジョニー・ブラックが使う主武装のダガーも、エストック同様スピード重視の手数が多い武器だが、こちらは一撃たりとも喰らってはならないという緊張感をはらんでいる。喰らえば最後、短剣に塗布してある麻痺毒が、たちまちカイトの身体の自由を奪ってしまうからだ。そうなれば、なぶり殺されてしまうのは目に見えて明らかだった。
なので、カイトはフェイントを入れられたとしても即座に対応できるよう、ダガーを持つ敵の手元を注視し、全神経を防御へと集中させた。
高速の3連突き。左から右への水平斬り。上段斬りと見せかけ、半円の弧を描いて下段からの斬り上げに移行。ジョニー・ブラックの一連の動きに防戦一方のカイトだが、彼の剣戟スピードはザザと比較すると若干劣っているらしく、今度は全て防いでみせた。
それを見たジョニー・ブラックは、頭陀袋の穴から覗く双眸に怪しげな光を宿した。
「ヒャハハハハッ!! いいねいいねえ、それくらいやってくれると、こっちも俄然殺る気になっちゃうよ!!」
その言葉を皮切りに、彼の中にあるギアが一段上がったのか、攻撃速度が上昇する。ついてこれない程のスピードではないが、出来ればこれ以上は御免こうむりたいと願うカイトだった。
(こんな時《耐麻痺》スキルがあれば…………)
各種状態異常の内、麻痺に対する耐性値を上昇させる《耐麻痺》スキルは、確かにこの場では有効だが、『たられば』を言っている時点で既に手遅れだし、仮に取得していたとしても、ジョニー・ブラックのダガーに付与されている毒を必ずしも無効化出来るとは限らない。
アインクラッドでは多種多様なスキルが設定されており、大きく分類すると、《片手剣》、《索敵》、《戦闘時回復》といった戦闘系スキルと、《料理》、《釣り》、《裁縫》等の娯楽系スキルに分けられる。プレイヤーのスキルスロットは数に限りがあるため、数多のスキルからどれを選ぶのかは、プレイヤーにとって悩ましくもあり、同時に楽しい瞬間でもある。
そして各種スキルには熟練度が設定されており、スキルを反復して使用すればするほど熟練度は上昇するのだが、熟練度の上昇率は戦闘系スキルが上がりにくく、娯楽系スキルは上がりやすい傾向にあるのが特徴だ。
その中で《耐麻痺》スキルは戦闘系スキルに分類されるため、熟練度は上がりにくい傾向にあるが、熟練度を上げる方法が『麻痺攻撃を受けること』という、中々厳しい手段でしか上昇しない。アインクラッドのモンスターで《麻痺》のデバフ使いが出現する階層と場所は限られているし、何よりスキルの修行が地味かつかったるいことこの上ないのだ。いざという時に役立ちはするが、それは熟練度が高い水準にあればの話であって、熟練度が心許ない序盤は活躍する場面がほとんどないだろう。
そういった諸々の事情を考慮した上で、カイトが現時点で《耐麻痺》スキルを習得していたとしても、ジョニー・ブラックの麻痺毒を完全に防ぐことは出来なかった筈だ。なぜなら彼が使用する麻痺毒は最高レベルのものなので、スキルを
(…………ああ、くそっ! あれこれ考えててもしょうがない!!)
守ってばかりでは事態が好転しないのは明白なので、敵のHPをレッドゾーンにまで落とし、戦意を削ぐしかないとカイトは考えた。
(それでもダメなら…………)
最悪の場合が一瞬脳裏をよぎったものの、その考えはジョニー・ブラックに剣を振るうことで即座に薙ぎ払った。
反撃に転じたカイトの様子に目を丸くしたジョニー・ブラックは、ダガーを逆手に持ち替えて剣を受け止めた。剣と剣の接触点から橙色の火花が瞬く。
「ようやくスイッチが入ったかよ。にしても、随分遅い立ち上がりじゃね?」
「色々と考えてたんだよ。で、やられっぱなしは性に合わないし、まだ死にたくないって結論に達したから、思いきり抵抗してやることに決めた」
剣を間に挟んで睨み合い、拮抗状態となる――――が、それはほんの一瞬の後に瓦解する。相手の意識が剣に集中している隙を突き、カイトは空いている左手で拳を握ると、腰だめに構えた。
ダメージ自体は武器に及ばないが、ノックバックは強烈なものだった。虚をついた攻撃は一瞬だけだった隙をさらに拡大し、大きな隙を作り出す。体術スキル、それも基本技の単発スキルなら
《閃打》のノックバックと剣の追撃で崩れた体勢を戻したジョニー・ブラックがダガーを横に薙ぐが、カイトは下からすくい上げるようにして剣を払って
そんな事は御構い無しに、カイトは青白いライトエフェクトを左足に纏うと、またしてもガラ空きになった右脇腹目掛け、今度は回し蹴りを叩き込んだ。体術単発水平蹴り《水月》が当たった瞬間、クリティカルヒットの
ノーガード状態で打ち込まれた回し蹴りによって、ジョニー・ブラックは地面を転げ回る。今度は敵が体勢を立て直す前に攻める気でいたカイトは、硬直が解けると同時に駆け出す心構えでいた。身体の自由を奪っていた呪縛が解け、右手の剣で最速の上段斬りを放つべく、利き足に力を込めた――――その瞬間、ソードスキルの硬直を狙っていたであろうザザが、猛然と飛び出してきた。
次の瞬間には鋭利な剣先がカイトの肩口を穿ち、赤いダメージエフェクトが散っていた。刺すような不快感が左肩を起点にして広がり、カイトは堪らず苦悶の表情を浮かべるが、それをよそにしてザザは第2撃のために剣を引き絞った。
「お…………おおっ!!」
怯んだ身体に気迫で喝を入れると、カイトは剣を上段に構えた。ザザの刺突が恐るべき速さで迫ってきたが、彼は無我夢中で、針のように細い剣を上から叩きつけた。エストックの剣先は使用者が思い描いていた軌道から外れ、カイトの腰から横に30センチずれた空間を貫いただけだった。
強引な防御を成功させたカイトは、すぐさま反撃に転じる。エストックを叩きつけるために立てていた剣を水平にし、横に薙いでザザを斬りつけた。文句なしの一撃を喰らったためか、ザザの赤眼が一層強い殺気を帯びてギラつく。
憎々しげな様子でカイトを睨みつけたザザは、大きく1歩飛び退いて距離をとると、エストックを水平にして肩の高さまで持ち上げた。それがソードスキル発動の
この瞬間、カイトの中で迷いが生じた。いくら攻略組のカイトといえど、自分のメインウェポン以外の武器で使用可能なソードスキルを全て熟知しているわけではない。ソードスキルの軌道や連撃数などの詳細な情報がわからないと、初動措置をどう取るべきかの判断が瞬時に出来ないのだ。
回避にしろ、防御にしろ、初手の軌道がわからなければどちらの行動もとることが出来ない。かといって、瞬時に第3の選択肢が都合よく閃くわけでもないので、判断に迷ったカイトの動きが止まった。
「ザザぁ!! どけえ!!」
しかし、突如響いたジョニー・ブラックの甲高い声で、カイトはハッと我に返った。
それと同時に、ザザは反射的にソードスキルをキャンセルし、大きく横に跳び退いた。
ザザがカイトの視界から消えると、そこには逆手に持ったダガーを肩に担ぎ、左手を真っ直ぐ前に突き出しているジョニー・ブラックの姿があった。ダガーが燐光を放っているので、ソードスキルなのは間違いない。そして2人の間には距離があるので、突進系ソードスキルで距離を詰める気だろうとカイトは予測した――――が、それはすぐに間違いである事に気付いた。
(…………ちがう、この距離を瞬時に詰める突進技はない!!)
カイトとジョニー・ブラックの間には、目算で10メートルを優に越える距離がある。これだけの間合いを詰める突進系ソードスキルは、短剣カテゴリどころか、全武器種探してもありはしない。
ならば、彼は一体何をしようとしているのか。その答えは、ジョニー・ブラックが次に起こしたモーションで判明した。
左足を一歩前に踏み出し、右手で保持していたダガーを思いきり前へ飛ばす。つまりは投擲したのだ。
「なっ…………!?」
カイトが驚くのも無理はない。現在確認されている遠距離攻撃スキルは《投剣》スキルのみだが、投擲出来るのは道端の石ころや店売りのピックくらいのもので、それより大きい物を《投剣》スキルで投げようとしても、システムが検知せず、ソードスキルは発動しないからだ。実際にカイトは《投剣》スキルを所持しているので、その点は十分理解している。
だが、彼が今までそうだと信じ込んでいた常識を打ち破り、ジョニー・ブラックはソードスキルを使用してダガーを投擲した。カイトの右肩に刺さった毒々しいダガーナイフが、それを証明していた。
「く、そっ…………」
毒づくカイトだが、体感覚は容赦なく遠ざかっていく。剣が右手からこぼれ落ちると、力の抜けたアバターはまず膝から地面につき、そのまま上体を前に倒してうつ伏せになった。
「ワーン、ダウーン」
カイトは倒れたまま、顔をゆっくりとぎこちなく、正面に向ける。たったこれだけの動作にも時間を掛けねばならないのが、非常に歯痒かった。
「……なん、で…………?」
そんなカイトの疑問に対し、ジョニー・ブラックは地面に伏したカイトを見下ろしつつ、ゆっくりと近付きながら答えた。
「知らねえみたいだから教えてやるよ。《短剣》と《投剣》をスロットに入れた状態で、熟練度が2つともある程度上がると、2つのスキルの複合技が使えるようになるんだなあ、これが」
決められた2種類のスキルを保有し、かつ一定の熟練度にまで達していた場合、複合技が使用可能になる、という噂をカイトは聞いていたが、どのスキルの組み合わせなのかまでは知らず、実際に目にするのはこれが初めてだった。
「タネ明かしを、した、ところで、こいつには、もう、必要ない、知識だろう?」
「あーほら、あれだよ、あれ、冥土の土産ってやつ。何でやられたのかはっきりさせた後で殺してやるっていう、俺なりの優しさじゃん」
そう言って倒れたカイトの近くまで来ると、ジョニー・ブラックはブーツの裏をカイトの頭に乗せてきた。ぐりぐりと足を捻りながら体重を加えると、彼の頭に鈍い刺激がジワジワと広がっていく。
「オレ達に言った事を撤回して、泣きながら詫びるんなら、見逃してやってもいいんだぜ?」
全くの嘘に決まっている、というのは考えるまでもなかった。見えはしないが、頭陀袋の奥で口元に笑みを浮かべている様子が、容易に想像できる。
「誰が…………そんな事、言うもんか…………」
「あっそ。ま、その強がりがいつまで保つか、せいぜい楽しませてくれよ」
ジョニー・ブラックはカイトの右肩に刺さったままだったダガーを抜き取ると、そこから逆手に持ち替えた。頭に乗せていた足をどけ、ダガーの刃先を倒れているカイトの背中に向けると、一切躊躇する事なくダガーを振り下ろした。
しかし、振り下ろしたダガーがカイトのアバターに届く寸前、新たな来客の声によって不可視の壁に阻まれたかの如く、ピタリとその動きを止めた。
「その辺にしといたらどうだ?」
「あぁ?」
間の抜けたような反応で、ジョニー・ブラックは声がした方向を見る。ザザも同じようにそちらを見やると、素早く構えを作った。
音もなく滑り込むようにして乱入してきた声の主は、全身を黒一色の装備でかためたプレイヤーだった。攻略組随一の強者――――《黒の剣士》キリトの姿を見た瞬間、カイトはつい今し方まで死を覚悟していた筈なのに、その心配は洞窟の空気に溶けて消えてしまっていた。
「…………随分と、遅かったな」
「これでも超特急で来たんだぞ。で、追いついたは良いけど…………これは一体どういう状況だ?」
オレンジカーソルの男が2人いて、そばには地面に倒れているカイトがいる。パーティーメンバーであるキリトの視界左上には彼のHPバーが表示されており、もっと言えば麻痺状態であることも確認済みの筈だ。それらを踏まえれば、ここで何が起こっていたのか想像するのは容易だろう。その上で、彼は圧を感じさせる冷ややかな声色でそう問いかけたのだ。
「…………こいつは驚いた。まさかこんな所で《黒の剣士》に遭遇するとはなあ」
ジョニー・ブラックの調子が、些か緊張感を増しているようにカイトは感じた。デスゲーム初期からその名を轟かせている《黒の剣士》の存在には、流石の彼らも警戒心を最大レベルにまで上げざるを得ないらしい。
「俺も、まさかこんな所でオレンジに会うとは思ってもみなかったよ。…………まあ、それはさておいて、あんたの足元で転がってるのは、俺の大事な相棒なんだ。それ以上手を出すなら、俺も黙って見ているつもりはないぞ」
「おいおい、お前さあ、状況見てからもの言えよ。命令出来る立場なわけ? オレらは今、動けないあんたのお仲間の喉元に、剣を突き立ててるようなもんなんだぜ」
両者共に1歩も引かず、目には見えない火花が散る。言葉で相手を威嚇し、出方を伺っているようだ。先程から一言も発していないザザはというと、剣を構え、キリトが何かしようとしたらすぐに動けるよう、彼の一挙手一投足を注視している。
純粋な剣の実力で言えば、キリトに軍配が上がるのは間違いない。しかし、カイトを人質にとられている状況では、そこをつけこまれて強くは出られない筈だ。
膠着状態が続く中、何も出来ずキリトの足枷になっている自分に対し、カイトは苛立ちと共に歯痒い思いを感じていた。自分が動けるようになって2対2の状況になれば、決して遅れを取ることはないというのに、と。
(…………いや、待てよ? …………2対2じゃ、ない)
イレギュラーな出来事続きでカイトはど忘れしていたが、本来なら今この場は『2対2』ではなく『
(…………アルゴは、どうしたんだ?)
カイトは地面に伏したまま、目線だけを動かして辺りを見回すが、彼女の姿は何処にも見当たらない。オレンジプレイヤーの存在に気付いたキリトが、彼女を危険な目に合わせないように離れた場所で待機させているのだろうか、という考えに至った――――まさにその時だった。
「…………待たせたな、カー坊」
カイトの耳がギリギリ捉えることの出来る極小のボリュームで、アルゴの声が聞こえたのだ。
そして次の瞬間、アルゴはシステムが認識できる最小のボリュームで、カイトを苦しめる不可視の呪縛を解いた。
「キュア」
ボイスコマンドを唱えると、結晶アイテムの砕け散る音が聞こえた。それは、カイトのアバターが身体の自由を取り戻した瞬間でもあった。
「…………あぁ?」
アルゴがカイトに囁いた時のは兎も角、コマンドを唱える時の声はシステムが認識出来る程度に出す必要があるので、近くにいたジョニー・ブラックの耳にまで届いてしまったようだった。仮に聞こえていなかったとしても、結晶アイテムの使用後に発する破砕音は洞窟内で反響したので、そこまでは流石に誤魔化しきれなかっただろう。
しかし、ジョニー・ブラックが状況判断するよりも早く、麻痺の解けたカイトは既に動き出していた。落とした剣を拾うと素早く立ち上がり、大きく跳び退いて距離をとると、半身になって剣を構えた。
ようやく状況を理解したジョニー・ブラックは、裏返った金切り声を出しながら、カイトを指差した。
「な、な、なんっ…………つーか、てめえ、どっから湧いてきやがった……!?」
前半はカイトに向けて、後半はアルゴに向けてだろう。人差し指の先がすっと横に動き、カイトの隣にいるアルゴを指差した。
彼らがいる場所は薄暗いが、見通しの良い一本道なので、本来ならプレイヤーが通り過ぎようものなら見逃すはずはないのだ。前触れもなく突然現れたアルゴの存在に驚くのは、無理もない。
「特別なことはしてないサ。キー坊とお喋りしてるあんたの横を、オレっちがこっそり通っただけの話だヨ」
さらりと言ってのけたが、これはアルゴだからこそ出来る芸当だ。プレイヤーのすぐそこを歩いても気付かれないとなると、《隠蔽》の派生スキルである《隠密行動》の熟練度が高い証拠だ。看破するには《索敵》スキルを取得している必要があるが、カイトでさえアルゴの存在に気付かなかった事を考えると、彼女のスキル熟練度は相当なものだろう。
次に取る《索敵》のスキルModは《看破力ボーナス》にしよう、と心に刻んだところで、カイトは目線をそのままにして隣にいるアルゴに話しかけた。
「サンキュー、アルゴ。ついさっきまで本当に死ぬかと思ってた」
「どういたしまして…………と、言いたいところなんダガ、礼を言うにはまだ早いゾ。この状況をどうにかしないと、安心して剣を納められないからナー」
カイトの身に降りかかっていた危機は脱したが、敵が剣を納めてこの場を去ってくれるまで、とてもじゃないが安心出来そうにない。寧ろ、1度ならず2度までも獲物を仕留める機を逃してしまったがために、フラストレーションが溜まっているかもしれないのだから。
そしてもし、その結果彼らが剣を向けてきた場合、負けることはないだろうが、同時に勝つこともないだろう。純粋な実力を考えれば攻略組である2人のが上だが、ルール無用の殺し合いの場合、最後の最後で『プレイヤーを殺す』ことに強い躊躇いを覚えるはずだ。
その一方で、PKすることに躊躇しないジョニー・ブラックとザザなら、いざという時にその手の心理的なストッパーが発動することはない。いくらカイト達がギリギリまで追い詰めたとしても、最後の一撃を躊躇った時に生まれた隙を突かれ、形勢逆転されることだっておおいにあり得るのだ。そうなってしまえば、結局元の木阿弥である。
「…………なあ、アルゴ。ちょっと頼みがあるんだけど…………」
「この状況で頼み事なんて、良い予感はしないケド…………オネーサンに言うだけ言ってみナ」
そう促され、カイトはジョニー・ブラックに聞こえないよう、極力声を抑えて手短に用件を説明しようとしたが、この時、彼はアルゴに今からやってもらいたい事を表現する言葉が浮かんだので、咄嗟にそれを口にした。
「悪いんだけど、アルゴにはこの先で釣りをしてきてほしいんだ」
言った瞬間、流石に説明を省きすぎたと思ったカイトは、チラッと視線をアルゴに向けた。
そこには、ポカンと口を開けて目を丸くしたアルゴがカイトを見つつ、頭上にクエスチョンマークを浮かべている光景があった。
《投剣》スキルの特性については、独自解釈が含まれています。
また、《短剣》と《投剣》の複合技は、原作であった《片手剣》と《体術》の複合技を参考にした独自設定です。