ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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二つ名とその由縁 Ⅴ

「…………やれやれ、そういう事カ。回りくどい言い方をせずに、カー坊も最初っからそう言ってくれれば良かったのニ」

 

 アルゴの小言を聞いたカイトは、「すまん」と小さく呟いた。

 カイトが思いついた突飛な奇策――彼が『釣り』と表現したもの――は、上手くいけば獲物を見逃す気のないジョニー・ブラックとザザを、この場から追いやる事が出来るものだ。

 しかし、それを実行するに際して、必要不可欠な鍵となるものがこの場には欠けているため、アルゴにその調達もとい()()をお願いしたい、というのがカイトからの申し出だった。奇策の内容を出来るだけ簡潔に説明し終えると、アルゴは得心したように頷いた。

 

「そういう事なら、すぐにでも動くのが良さそうだナ。オレっちが戻ってくるまで、なんとか持ち堪えてくれヨ」

「ああ」

 

 カイトの返事を聞く前に、アルゴは動き出した。反転してジョニー・ブラックに背中を向けると、彼女はそのまま洞窟の奥へと駆け出した。

 

「逃がすかよお!!」

 

 敵前逃亡ともとれるアルゴの行動を見たジョニー・ブラックは、素早くダガーを肩に担ぎ、左手を真っ直ぐ前へと伸ばす。その直後、システムがモーションを検知し、ダガーが淡い燐光を帯び始めた。間違いなく、先ほどカイトもやられた《短剣》と《投剣》の複合ソードスキルだ。

 ソードスキル発動の準備が整うと、ジョニー・ブラックはすぐ様アルゴ目掛けてダガーを投擲した。洞窟に突如現れた彗星は、一筋の尾を引きながら一直線にアルゴへと迫るが、その進路を1本の剣が阻む。ジョニー・ブラックのモーションを見たカイトが、単発斜め斬り《スラント》でダガーを叩き落としたのだ。

 剣と剣がぶつかり、渇いた音が洞窟内を満たす。撃ち落とされたダガーが地面に転がり、残響音が徐々に収束して消える頃には、既にアルゴの姿はなかった。

 

「ここから先は通行止めだ。通すわけにはいかないな」

 

 そう告げると、カイトは口元に不敵な笑みを浮かべた。

 

「…………ああ、そうかよ。じゃあ、また地面に跪かせて、今度こそお前を殺す。その後で《鼠》も殺してやる」

「今度はさっきみたいにいかないぞ。…………キリト、そっちは任せたぞっ!!」

 

 離れた所にいるキリトに向けてそう放つと、打てば響くような声で返答がきた。これで1対1の状況が出来上がったため、ジョニー・ブラックとの戦闘中に横槍が入る心配はなくなった。

 

「そこまで言うなら、早速試してみるか? …………なあっ!?」

 

 そう言い終わる前に、ジョニー・ブラックは1歩、2歩と駆け出し、3歩目でソードスキルの予備動作(プレモーション)をとった。ソードスキルの射程圏内までカイトに近付くと、彼のアバターはシステムアシストに後押しされ、数メートルの距離を瞬時に駆け抜け、一気に肉薄する。短剣中級突進技《ラピッドバイト》だ。

 ジョニー・ブラックの突き出した剣の切っ先がアバターに届く寸前、カイトは下げていた剣を持ち上げた。(すんで)の所で防御は間に合い、武器同士が接触したことでどうにか直撃を免れたが、それだけではソードスキルの威力を相殺できるはずがない。剣を通して伝わってきたダメージがカイトを襲い、HPバーががくっと減少した。

 ノックバックによって吹き飛ばされはしたが、地面を転げ回るほどではなかった。バランスの崩れた体勢を整えると、利き脚で思いっきり地面を蹴り、敏捷パラメータ全開で駆ける。攻撃後硬直(ディレイ)から立ち直ったジョニー・ブラックがダガーを掲げるが、それよりも早く、カイトは彼の左脇を通り過ぎ様に横一閃を見舞った。

 急ブレーキをかけ、ジョニー・ブラックの背中側で立ち止まったカイトは、時計回りに回転し、振り返りながらの水平斬りを繰り出した。しかし、ジョニー・ブラックはこれに反応し、アバターに喰い込もうとした剣をどうにかダガーで防いでみせた。

 赤い光の粒がつい今しがた斬りつけた左脇腹から音もなく零れ、徐々に消えていく。ダメージ痕が完全に消えた瞬間、まるでそれを合図にしていたかのように、双方同時に動いた。

 

「うらあっ!!」

「おおっ!!」

 

 短剣使いの身上は、攻撃速度とそれを活かした連続剣技であり、毒を使うという点を除けばジョニー・ブラックもその例に漏れない。自分の得意な戦闘スタイルに持ち込み、またさっきのように動けなくしてから楽しもうと考えたジョニー・ブラックは、怒涛のラッシュでカイトを押さえ込もうとした。

 しかし、いざ戦闘をしていくうち、その考えは実に安易であるということに、彼は遅れて気が付くこととなる。

 最初におかしいと思ったのは、アバターの肌をほんの少し掠める程度の一撃を入れればいいだけなのに、それが中々入らないと感じた時。

 次に、ソードスキルを使用しない独自の連続剣技を繰り出そうとしても、初手あるいは2手目で崩され、思うような展開に持ち込めず、抑え込まれているとわかった時。

 決定的になったのは、自分の攻撃は一切入らないのに、カイトからの攻撃は(ことごと)く入り、一方的にHPを削られているのに気が付いた時。

 

(どうなってやがる…………一度は殺す寸前まで追い込んだ筈なのに)

 

 ザザとジョニー・ブラックの2人がかりだったとはいえ、カイトはキリトが来る直前まで間違いなく絶体絶命の状況に陥っていた。それが、今となってはそんな姿など見る影もなく、ジョニー・ブラックを一方的な力で圧倒している。戦う相手が2人から1人になったというのもそうだが、それ以外にも理由はあった。

 1つは、戦闘に挑む時の心境が変化したこと。

 ついさっきまでのカイトは、これまで相対してきたプレイヤーの中で最も明確な殺意を向けてくる敵に対し、戸惑いと死への恐怖を感じていた。頭の整理が追いつかず、冷静さを取り戻す間もなく戦闘が始まったため、一先ず向かってくる剣を防ぐことに集中していたのだが、それはすなわち、敵の出方に対して後手に回り続けて、彼本来の戦い方が出来なかったということだ。

 しかし、心強い仲間が来てくれたお陰で戦闘は仕切り直しとなり、その際に生じた安心感と僅かな時間が、彼に落ち着きを取り戻させた。

 そしてもう一つは、純粋なプレイヤースキルの差だ。

 ジョニー・ブラックの実力は攻略組に引けをとらないし、PvPのテクニックも確かだ。どうすればプレイヤーの裏をかき、隙を見つけ、追い込むことが出来るのかを、彼は十二分に熟知している。

 そんなジョニー・ブラックをカイトが圧倒しているのは、攻略のみならず、PvPにおいても高度なテクニックを有する《黒の剣士》と、常日頃から何かにつけて――主に双方の意見が割れた場合の取り決めで――デュエルをしているからだ。

 攻略組トップクラスの実力を持つキリトとデュエルしていれば、否が応でもPvP戦闘の技術は向上する。いかに相手の虚をつくか、どうすれば隙が生じるのか、という考える力と一瞬の判断力、そしてそれを実行する技術を鍛え、時にはキリトの技術を盗むことだってあった。その甲斐もあって、カイトは同レベル帯のプレイヤーと行うデュエルで負けたことがほとんどない。

 

「クソッタレがあっ!!」

 

 思い通りにいかないことで痺れを切らしたジョニー・ブラックが、苛立ちを含んだ怒気と共に、ソードスキルの予備動作(プレモーション)をとった。

 それを見たカイトは、すぐに彼の選択したソードスキルが何かを理解した。ザザが使うエストックは兎も角、短剣カテゴリのソードスキルであれば、上位クラスを除いて技名と軌道は熟知しているからだ。繰り出されるのは、短剣3連撃ソードスキル《トライ・ピアース》で間違いない。

 そして、それに対するカイトの反応も早かった。素早く予備動作(プレモーション)をとり、《トライ・ピアース》の軌道上に剣がくるよう微調整するのを意識する。正面から打ち破るべく放つのは、片手剣垂直4連撃ソードスキル《バーチカル・スクエア》だ。

 正三角形の頂点を突くように繰り出されたジョニー・ブラックの連続剣技は、空間に正方形の軌跡を描くカイトの連続剣技により、全て迎撃された。ジョニー・ブラックのソードスキルはここで終了し、同時に使用後の硬直がアバターの自由を奪う。

 しかし、カイトの剣技はまだ終わっていない。《バーチカル・スクエア》の最終撃、大上段からの一閃を見舞うため、彼は剣を頭上高くに掲げた。

 

「おおおおっ!!!!」

 

 思わず漏れた裂帛の気合いと共に、剣が青白い残光を散らしながら真下へと振り下ろされた。技後硬直(ポストモーション)中のジョニー・ブラックに防ぐ手立てはなく、剣は肩口から入って無防備なアバターにしっかりとダメージ痕を刻みつける。

 4連撃ソードスキルの最終撃は剣に最も威力がのっているので、ノックバックも強烈なものだった。そして派手に吹き飛んだジョニー・ブラックを、カイトは肩で息をしながら、剣を振り下ろした状態で眺めていた。

 跪いた状態でキッと睨みつけてきたジョニー・ブラックを見返すと、カイトは見下ろしながら剣を横に払った。

 

「…………これでわかっただろ? まともにやり合えば、俺とあんたでこれだけの差が出るんだ。それでも続けるか?」

 

 カイトの問いかけは「これ以上やっても意味はないけど、やるなら容赦はしない」という最終宣告のような捉え方も出来る言い方だった。たった一撃でプレイヤーの自由を奪う麻痺毒を塗布した剣も、当たらなければどうということはない。このまま続けても、またカイトが一方的にHPを削る展開しかこないのは目に見えていた。

 そうやって自ら悟らせ、この場から引くかと思ったカイトだったが、ジョニー・ブラックはそんな彼の意に反した言動をとった。

 

「…………ああ、よくわかったよ。まともにやり合えば、勝負にならないってことは。……けどよお、忘れてねえか? これはデュエルなんかじゃねえってことをよ」

 

 ジョニー・ブラックは片膝をついた姿勢から一瞬の溜めを作ると、地面を滑るようにしてカイトに肉薄した。その行動に少々驚きながらも、カイトは降ろしていた剣を身体の前で構え、ダガーの切っ先を剣の腹で受け止める。接触の瞬間に発生した橙色の火花が双方を淡く照らすが、その時にカイトはジョニー・ブラックの双眸に怪しい影を見た。

 

(こいつ…………何を考えているんだ?)

 

 どうやらヤケになっているわけではないらしいが、かといってこの一見して無意味に思える突進に何か意味があるのかもわからない。

 

(狙いがわからない以上、まずは慎重にいくか)

 

 受け止めたダガーを捌き、隙の出来たところで脇腹に蹴りを1発見舞う。ダメージを与えるのが目的ではなく、敵の出方を伺うための牽制といったところだ。深追いはせず、カイトはジョニー・ブラックがどう出るのか探りを入れることにした。

 しかし、その後の敵の動きは、これまでと何ら変わりないものだった。ダガー片手に果敢な攻めをしてくるが、それらはカイトの剣に阻まれ、アバターに届くことはなかった。

 そうして何合目かわからないほど剣を交えた後、ジョニー・ブラックは確信を得た様子で呟いた。

 

「やっぱ、オレの考えに間違いはなかったみてえだなあ」

「…………何の話だ?」

「それはとぼけてんのか? …………いや、この世界で誤魔化しは出来ねえから、無自覚ってところか」

「だから、一体何の話をしてるんだよ!!」

 

 勿体振るジョニー・ブラックに対し、苛立ちを感じたカイトが語気を強めた。

 

「じゃあ聞くけどさ、お前、なんで()()()()1()()()()()()()()()()()()?」

「何を言って…………」

 

 そう言われて思い起こしたカイトの言葉が、不意に途切れた。《バーチカル・スクエア》使用直後の記憶を掘り起こすと、蹴りを1発入れたことを除けば、指摘された通り、確かに彼はジョニー・ブラックに攻撃をしていない。それまでの攻めの姿勢から一転し、全てジョニー・ブラックの剣を防ぐ守りの姿勢をとっていた。

 その事実に気が付いた時、カイトはその理由と、ジョニー・ブラックの考えていることを唐突に理解した。

 

 カイトが攻撃を止めた理由は、()()()H()P()()()()()()()()()()()が故に、誤って殺してしまうことを防ぐためだ。

 SAOにおいて自分以外のプレイヤーのHPバーをチェックする方法は、『パーティーを組む』、『ボス戦などの大型戦闘でレイドを組む』、『デュエルを行う』の3種類と言われている。これらいずれかの方法がとられていない場合、プレイヤーは他者のHPを見るどころか、相手の名前を知ることすら出来ず、わかるのはプレイヤーの頭上に表示されているカーソルがグリーンかオレンジかの違いだけだ。

 なので、今のカイトの目には、ジョニー・ブラックのカーソルが犯罪者を示すオレンジであることはわかっていても、HP残量がどの程度なのかまではわからない状態なのだ。

 これまでの経験則から、《バーチカル・スクエア》の最終撃と通常攻撃で与えたダメージ、そして敵の装備を考慮し、HPが半分を下回っていることは間違いない。だが、イエローゾーンで踏みとどまっているのか、既にレッドゾーンに突入しているのかまではわからないため、カイトは迂闊に手を出せず、無意識に攻撃の手を止めてしまっていたのだ。

 その事にジョニー・ブラックは気が付いたからこそ、あえて回復手段をとらず、そのまま戦闘を続行したのだろう。そして、本来なら対人戦だと慎重に使うタイミングを図るソードスキルを、今後は躊躇することなく使うはずだ。

 

 カイトの考えがそこまで至った時、またしてもジョニー・ブラックはカイトの懐に突っ込んできた。しかも今度は、ソードスキルの予備動作(プレモーション)付きだ。

 それを見たカイトも、咄嗟にソードスキルの予備動作(プレモーション)をとろうとしたが、耳に響く甲高い声がそれをさせなかった。

 

「ちなみにオレのHPは残り2割を切ってるぜ!! うっかり殺さねえように気をつけな!!」

 

 カイトの剣はソードスキルの燐光を纏う直前だったが、モーションが完全に入る直前で止めたところ、光は放射状に拡散して消えた。ジョニー・ブラックの言っている事が真実なのか怪しいところだが、それを嘘だと明言出来る確証もない。

 

「く……そっ…………!!」

 

 ジョニー・ブラックの剣はソードスキルの発動寸前まで光が強く瞬いているため、ステップ回避はもう出来ないと判断したカイトは、苦渋の決断の末にソードスキルで迎え撃つことをやめ、剣を真横にして切っ先近くを左手で支えた。彼が選択したのは、《2H(ツーハンド)ブロック》と言われる武器防御テクニックだ。

 両足でしっかりと踏ん張り、剣の(しのぎ)部分を相手に見せる姿勢になると、ジョニー・ブラックが真正面から急加速してくる。短剣中級突進技《ラピッドバイト》だ。

 連続技ではない直線軌道の剣技なので、剣の位置をギリギリまで微調整し、受け止めることには成功した。それでも、両手に感じる衝撃と(つんざ)くような轟音は凄まじく、カイトは紙風船のように軽々と吹き飛ばされてしまう。

 洞窟の壁に激突してから地面に転がると、行動不能(スタン)を示すアイコンが点灯した。身体は動かないため、視線だけを前に向けると、スキルディレイ状態のジョニー・ブラックがそこにいた。

 

(早く…………動けっ!!)

 

 スタンの時間は決まっているため、祈ったところで変わらない――――と頭で理解していても、祈らずにはいられなかった。

 そしてスタンのアイコンが消えると同時に、カイトはその場から素早く飛び退ったが、既に硬直状態が終わっているはずのジョニー・ブラックは、何故か追撃をしてこなかった。

 そんな彼をカイトが訝しんでいると、甲高い笑い声が頭陀袋の奥から聞こえてきた。

 

「ヒャハハハッ!! いいねえ、その必死な感じ。もっとオレを楽しませてくれよ!!」

 

 カイトが剣を血で染めたくないとわかっているジョニー・ブラックは、それをいいことに彼をジワジワと追い詰め、楽しみながらいたぶっていくつもりなのだろう。

 アルゴが来るまでの時間稼ぎにも限界が見え始め、カイトの気持ちに焦りが生じ始めた――――その時、そんな彼の焦燥を吹き飛ばしたのは、意外なものだった。

 それは、腹に響くような重低音。しかも、ブーツの底を通して伝わる振動のおまけ付き。

 

「…………なんだ……?」

 

 ジョニー・ブラックもそれに気が付き、耳障りな笑い声を止めた。同じように、戦闘中だったキリトとザザも手を止め、音のする方向に耳を傾けている。

 

「やっと来たか…………」

 

 しかし、この場で唯一、それが一体何なのかを知っているカイトだけが、不安の対極に位置する安堵の表情を浮かべていた。

 

「決着はまた今度だ、ジョニー・ブラック。それと、死にたくないならさっさとこの場から逃げることをおすすめするよ」

「ああ? 何を言って…………」

「ご想像の通り、俺はお前を殺せない。だけど、今から来るやつは違うぞ。一切躊躇せずに向かってくるからな」

 

 そうして会話をしている内にも距離が近づいているらしく、鼓膜が震えるような音は大きくなり、振動は足先から頭のてっぺんまで突き抜けるようにして強く伝わっていく。

 ここでようやく、その正体が何かを、そしてカイトが何を企んでいるのかを理解したらしいジョニー・ブラックは、ハッと両目を見開いてカイトを見た。

 その様子に不敵な笑みを返したカイトは、次いで視線をザザと対峙しているキリトに移し、あらん限りの声で彼の名を呼んだ。

 

「キリトっ!!」

 

 カイトから見ると、キリトはジョニー・ブラックとザザを間に挟んで位置的に最も遠い所にいたが、彼はそこから猛然とダッシュし、虚を突かれているザザ達の横を通り抜けた。それを見たカイトが洞窟の壁際まで移動すると、少し遅れて彼の元までやってきたキリトは、ロングコートでカイトを覆い、すぐにハイディングスキルを発動させる。

 そして、キリトがハイディングスキルを発動した直後、洞窟の奥からジョニー・ブラック達の目の前に大型モンスターが姿を現した。

 薄暗い洞窟の中でもはっきりと見てとれる両目は黄金色に輝き、上顎から生えている巨大な2本の牙と長く太い3本の尻尾が特徴的だった。整った灰色の毛並み、ぴんと立った耳、細く長い鼻先、プレイヤーの身の丈を優に超える狐型モンスターは、洞窟内で出現する《サーベルフォックス》の親玉とみて間違いない。巨大な体躯からは、このダンジョンのボスモンスターに相応しい威圧感を放っている。

 

「おいおい、こんなのがいるなんて聞いてねえぞ…………」

 

 ポツリと独り言でそう呟いたジョニー・ブラックは、ボスモンスターの圧力に押されて思わず一歩後ずさる。

 すると、その際発生した小さな靴音にダンジョンの主は反応し、両目でジョニー・ブラックを照準した。現実の狐は夜行性で夜目が利き、聴力が優れている生き物だが、それはゲーム内のモンスターにも共通しているらしい。

 

「ここまで、だな。逃げ切れる、保証は、ないが、ここは退く、ぞ」

「クソッタレが…………」

 

 毒づくジョニー・ブラックの傍らで、ザザは腰――おそらくはアイテムポーチ――に手を伸ばした。一方のジョニー・ブラックはというと、その場から飛び退き、着地した瞬間に反転して来た道を戻ろうと1歩踏み出した。

 そして次の瞬間、わずかな時間の間にあらゆる出来事が立て続けに起こった。

 敵前逃亡を図る獲物に対する、ボスモンスターの咆哮。

 アイテムポーチから取り出した何かをボスの眼前目掛けて投げ、ジョニー・ブラックと同じように反転してその場から逃走するザザ。

 逃げる獲物を追うため、駆け出すボスモンスター。

 そこに突如舞い降りた、反響する音と視界を白く染め上げる光。ザザが敵を足止めするために放った《スタングレネード》が炸裂した瞬間だった。

 

(……………………っ!!)

 

 幸いにもカイト達のいる場所はギリギリ効果範囲外だったらしく、行動不能(スタン)状態を示すアイコンは表示されなかったが、目の前で炸裂したボスは直撃したようで、その場から動かずに頭を振っていた。

 この手のアイテムで与えられる効果時間は数秒程度だが、ボスから逃げる時間を稼ぐには十分すぎる効果を発揮した。ボスがスタンから回復した頃には、ジョニー・ブラックとザザの姿はなかった。

 見失った獲物を探し、キョロキョロと周囲を見回しているボスだが、その隙を突いてカイトは飛び出し、大きく跳躍してボスの尻尾の付け根を振りかぶった剣で斬りつけた。ソードスキルを使わない通常攻撃だったため、大ダメージとまではいかなかったが、憎悪値(ヘイト)が自分に向くくらいにはダメージを与えられたとカイトは確信した。その証拠に、ボスは怒りの雄叫びを上げた後、黄金色の瞳がギョロッとカイトを見たからだ。

 

「カイトっ!! 何を…………!?」

「2人とも、こっちダ!! 走レっ!!!!」

 

 聞き覚えのある声にハッとしたキリトが振り返ると、10メートルほど離れた場所で口元に手を当てて叫ぶアルゴの姿があった。

 カイトはボスを斬りつけた後、躊躇うことなくボスに背中を向け、一目散にアルゴの元へ――正確には洞窟の奥に向かって――ダッシュし始めた。

 

「キー坊っ!! ボーッとしてる暇はないゾ!!」

 

 その言葉に動かされ、キリトもようやく足先を洞窟の奥に向けた。先頭をアルゴ、続いてキリト、最後にカイトの順で縦一列に走ると、彼らを追いかけようとボスも駆け出し始めた。走っている最中も、大型モンスターが走る時に生じる特有の振動と音がついてまわってきているのを感じた。

 

「この先に開けた場所は?」

「このまま道なりに走っていけば、じきに着ク。そこで迎え撃つゾ!!」

 

 アルゴの言う通り、全力疾走で洞窟を駆け抜けて行くと、彼らの視界が急に広がった。目測で縦横約30メートル程もあるドーム状の大部屋に飛び込んだ3人は、先頭のアルゴが部屋の右側、続くカイトが左側へ散開し、キリトは部屋の中央で振り返って戦闘準備に入った。

 

「カイト、ここまでの流れでなんとなく予想は出来てるけど、もしかしてあいつが…………」

「…………ジョニー・ブラック達のせいで忘れかけてたけど、あのでかい狐は俺達が今受けているクエストに関連しているやつだ。NPCの村長が言ってた《洞窟のヌシ》で間違いない」

 

 彼らがこのダンジョンに入ったそもそもの理由は、アルゴからの協力依頼を受け、所謂《捜索系》のクエストを攻略するためだ。いなくなった娘を探して欲しいというNPCの村長は、捜索対象がこのダンジョンにいるであろうことと同時に、ダンジョンの主と戦闘する可能性も匂わせていたが、その相手が今から迎え撃とうとしている狐型のボスなのだろう。

 

「来るゾ!!」

 

 アルゴが叫んだ直後、大部屋の入り口から巨大な影が飛び出し、狙いを憎悪値(ヘイト)が向いているカイトに定めて襲いかかったが、彼は横のステップで間一髪回避した。

 そしてこの瞬間が、この後繰り広げられる戦闘の始まりを告げる合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばカイト、いつあんな作戦を思いついたんだ?」

 

 無事に狐の親玉を倒した後、洞窟の奥でクエストの捜索対象である村長の娘(?)を見つけた一行は、帰りの道中で幾度となく進路を阻むモンスターを斬り伏せつつ、ダンジョンを出て数時間ぶりに外の空気を吸った。

 そして地上に戻ったキリトは、ふと思い出したように、少し離れて後ろを歩くカイトに向かって問い掛けた。

 

「あんな作戦って、どの作戦?」

「オレンジ2人に仕掛けたMPKだよ。俺達が救援に駆けつけてすぐ、アルゴには耳打ちしてただろ?」

「ああ、《釣り》の事か」

「《釣り》?」

 

 一般的には、『魚を釣る』といった用法で使われる言葉だが、勿論カイトはそういう意味で言ったわけではないのは、話の流れから察するに明らかだ。ならば何かの隠語、もしくは比喩表現なのかもしれないが、いまいちピンとこない呼び方に首を傾げたキリトを見て、カイトは即座に補足した。

 

「例えば、モンスターの中には離れた場所でもちょっとした戦闘音を聞きつけて寄ってくるやつがいるだろ? そいつらの索敵範囲の広さを利用した高効率レベリングスポットでのレベル上げは、キリトも経験がある筈だ。俺はそれを『自分をエサにしてモンスターをおびき寄せる』って意味で、勝手に《釣り》って呼んでるんだけど……」

「つまりは、今回オレっちがやったことをいうんダロ?」

 

 カイトの後ろをついて歩くアルゴが、そう言って2人の会話に割って入ってきた。

 

「そうそう。事前に聞いていたアルゴの情報と村長の話から、クエストを進めていくにあたって、ダンジョンのボスとの戦闘イベントは避けられないと思ってたんだ。だったら、遅かれ早かれ発生するイベントを進めるついでに、厄介な2人を俺達の代わりに追っ払ってもらえば、一石二鳥かなーって。まさしく今回のは『鼠をエサにして狐を釣った』って感じだな」

 

 とはいえ、ボスを引きつけるエサ役のプレイヤーには大きな危険を伴うので、誰にでも任せられる役目ではない。どんなモンスターにも追いつかれない敏捷値の高さと、万が一のことを考えて敵のタゲを外せられるくらいの《隠蔽》スキル熟練度の高さを併せ持ったアルゴがいたからこそ、カイトはこの作戦に踏み切った。

 

「即興で思いついた割には、機転も頓知(とんち)も中々利いてるじゃないカ。しっかし、オレっちを狐のエサ役に利用したのは高くつくゾ?」

「利用したのはお互い様じゃないか。そういうアルゴこそ、このクエストが()()1()()じゃ()()()()()()()()()だとわかったからこそ、俺とキリトに同行を依頼したんだろう?」

 

 そう指摘されたアルゴの顔が何とも形容しがたい表情となり、彼女は視線を斜め上に泳がせた。

 

「いや、そこはあれダヨ。誰にだって得手不得手、向き不向きはあるわけで、そこを補って助け合うのが仲間ってもんダロウ? だから、()()()が絡むようなクエストは今後も協力してくれると、オレっち非常に助かるんだけどナー…………」

 

 そう言ってアルゴが視線を向けた先には、前を歩くキリト――――ではなく、彼と同じペースで後ろをついて歩く、1匹の白い大型犬だった。

 別に道中でキリトにテイムイベントが発生したから連れているわけではなく、そもそもこの犬はモンスターですらない。その正体は、今回彼らがNPCの村長から探してほしいと依頼された捜索対象なのだ。つまり、村長が『娘を探してほしい』と言っていたがために、当初は迷い人を探すクエストなのだと思い込んでいたが、正しくは人ではなく犬だったらしい。

 ダンジョンのボスと戦闘を終えた後、一行は大部屋の奥に小さな洞穴を見つけ、そこで犬を見つけたのだ。村長の所に連れて帰るまでがクエストなのだが、ここでアルゴの犬嫌いが発覚し、仕方なくキリトが犬を連れて行くプレイヤーになったので、今は彼の動きに合わせて犬も行動するようになっている。

 

 後ろを歩く2人の会話を聴いていたキリトは立ち止まると、真っ白い毛に覆われた犬の頭を撫で、カイトを壁にして隠れているアルゴを見た。そして当然彼が立ち止まれば、すぐ後ろを歩いていた犬も立ち止まる。

 

「それならそれで、最初からそう言って頼めば良かったじゃないか」

「わああああっ!! 急に止まるなキー坊!!」

 

 どうやら極力犬とは距離をとりたいらしいアルゴは、足を止めてカイトが着ているコートの裾を掴み、彼を壁代わりにして後ろに隠れた。

 その様子を見たキリトは小さな笑みを浮かべたが、急ブレーキをかけられたカイトは苦笑を交えて肩を落とした。

 

「…………それは、情報屋のプライドと、個人的なプライドが半分ずつ邪魔したんだヨ。探す対象が実は犬だっていう予感はしたが、確信のない曖昧な情報を話すのはどうかと思う…………それに『鼠のアルゴは犬が苦手』なんていうのも間抜けな話だシ…………」

 

 『売れる情報はなんでも売る』と豪語しているアルゴは、情報に見合ったコルさえ渡せば、それこそ自らのステータス情報まで開示する。そんな彼女にも、知られたくない事の1つや2つはあるのだなあ、とカイトとキリトは2人して同じ事を思った。

 

「ま、コルを積まれれば話は別だけどナ!」

 

 しかし、それは要らぬ心配だったらしく、しおらしく見えたアルゴの様子は一瞬で元通りになり、いつもの快活な笑みをパッと咲かせた一方、カイトとキリトは顔を見合わせて苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日付は変わり、2023年9月16日、午前9時30分。

 アルゴからの協力依頼を受けて行ったクエストから一夜明け、カイトとキリトは昨日開通したばかりの第38層主街区を歩いていた。

 昨夜はアルゴと分かれた後、2人はすぐに現在ホームタウンにしている階層の宿屋に戻ったのだが、ベッドに入った瞬間に記憶は一度途切れ、次に目が覚めたのは午前8時をまわった頃だった。フロアボス戦を終えた後でアルゴとダンジョンに潜り、オレンジプレイヤーと命のやり取りを経てボスモンスターと戦うという、戦闘しっぱなしの1日だったためか、本人の思っていた以上に疲れが溜まっていたらしい。

 しかし、宿屋に着いたのが丁度日付を跨いだ頃だったので、8時間近くも熟睡出来たおかげか、頭は十分すぎるほどスッキリしていた。同じ宿の別室で寝ていたキリトを起こし、2人は身支度を整えて今に至る。

 開通から既に12時間以上経過しているため、街には多くのプレイヤーがいた。そのほとんどは中層以下を活動拠点にしているプレイヤー達で、アイテムショップや武器屋を見て回ったり、単に観光で来ていたりと目的は様々だ。

 

 メインストリートの道の端には、所狭しとNPCショップやプレイヤーの露店が並んでいる。カイト達はポーション類などの不足しているアイテムを補充するため、NPCが開いている店に立ち寄った。

 2人して目の前に表示されたウィンドウを眺めていると、アイテム一覧の下にアルゴが発行している新聞の名前が表示されていた。アルゴは作成した新聞をNPCショップに委託販売しているのだが、偶然にも彼らが立ち寄ったこの店がそうだったらしい。

 カイトがアイテムのついでに新聞も購入すると、2人は揃って道の隅に移動し、建物の壁に寄りかかった。カイトが購入した新聞を広げると、キリトが横から覗き込むようにして、書いてある内容を目で追っていく。

 中身はいつものようにフロアボス戦のことについてで、死者はゼロ、というのがまず最初に書かれていた。そしてボス戦に参加した攻略組の誰かに聴いたであろう内容も書かれていたが、そこからさらに読み進めていくと、カイトの頭に引っかかる内容が、彼の目に飛び込んできた。

 

『ボス戦も終盤に差し掛かり、誰もが勝利を確信したその時、レイドメンバーを優に超えるモンスターの大群が突如出現し、攻略組を襲った。しかし、窮地に立たされた彼らを救ったのは、たった1人のプレイヤーだった。その人物は瞬く間に敵の群れを殲滅し、一時は壊滅(ワイプ)しかけたレイドを立て直したのだ。そんな彼の一騎当千ぶりは、まさに圧倒の一言だっただろう』

 

 心当たりがある、どころではなかった。内容が大袈裟な気もするが、崩れかけた戦線を立て直すため、その原因を排除するため真っ先に動いたのは、紛れもなくカイトだ。

 

『モンスターを一掃できるほどの剣技は、まさに《仮想世界の掃除屋》という呼び名が相応しく、今後も取材班は彼の活躍に期待したい』

 

「仮想世界の、掃除屋…………なんだ、これ?」

 

 カイトが気になったのは、記事の最後の一文にある聞きなれない言葉だった。

 そんな彼の呟きを聞いていたキリトが、隣から口を出した。

 

「それはきっと、アルゴがつけたカイトの呼び名じゃないか? 『Mobを一掃する』って所とかけてるんだろ」

「ふーん。…………でも、この記事を読んだ後だと、まるで俺が無双したみたいで大袈裟だよな」

「どう捉えるかは個人によるけど、少なくとも昨日のボス戦に参加したプレイヤーは、みんなカイトに一目置いているはずさ」

 

 そう言われ、カイトは視線を新聞記事に固定させたまま、昨日のボス戦を思い出した。

 単騎で敵の群れに飛び込むなど、冷静に考えれば自殺行為ともとれるような行動だが、当の本人にその気は全くないし、自分がやられるなどとは微塵も考えていなかった。緊張感を持って挑みつつ、1秒ごとに変化する戦況とその先を読んで冷静に動けたのは、今思えば自分でも意外だとカイトは思った。

 キリトとフィールドに出る機会が多いので気が付かなかったが、一対多の戦闘は意外と得意な部類なのではないかという考えが、カイトの脳裏をよぎった。

 

「それにしても…………掃除屋、か……」

 

 独り言のつもりで呟いたのだろうが、意味深なキリトの言い方が引っ掛かり、カイトは聞き流しかけた彼の言葉をすんでのところですくい上げた。

 

「なんだよ、何か気になるのか?」

「いや、たいしたことじゃないんだけど…………《掃除屋》っていうのは、ドラマとか漫画だと色んな意味で使われたりするけど、中には『法で裁けない悪人を成敗する』っていう意味で使ったりもするみたいなんだ。昨日のオレンジとの一戦は、元を辿れば奴らに襲われているプレイヤーをカイトが助けるために動いたのが始まりだったんだろ? なんか近いものを感じるな、と思ってさ」

 

 アインクラッドに法律はなく、誰かが誰かを裁くことが出来ないため、全ては各個人の良心、倫理観に委ねられている。もし人を傷つけたり盗みを犯せば、システムが犯罪者(オレンジ)と判断して様々な制限を課すが、それは十分な歯止めになり得ない。カーソルがオレンジになることを何とも思っていないジョニー・ブラックやザザは、まさにその典型的な例であり、『法で裁けない悪人』そのものだ。

 そう考えると、昨日のカイトがとった行動は、キリトが今話した《掃除屋》の意味合いとどこか似ている所があった。

 

「じゃあ、アルゴはキリトと同じ事を思いついたから、二重の意味で《掃除屋》なんて呼び名をつけたってことか?」

「いや、ただなんとなくの思いつきで言ってみただけだよ。アルゴもそうだとは俺も思ってないし、流石にそこまでは考えすぎな気もするから」

「まあ、それもそうか……」

 

 そこで2人の会話は途切れ、カイトは再び新聞記事に目を通し始めた。読み終えた新聞をストレージにしまうと、カイトは寄りかかっていた壁から背中を離し、足先を街の出入り口へと向けた。

 遥か彼方にある、浮遊城の頂へと続く階段を登るために――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回の出来事とアルゴの記事をキッカケに、《掃除屋》の名はアインクラッド中に広がり始める。

 そしてこの頃から、カイトは意図しない所でオレンジプレイヤーと幾度となく遭遇し、結果的には《掃除屋(スイーパー)》の意味に即した行いをするため、その名はさらに加速して知れ渡っていくのだが…………。

 

 それは、もう少し先の未来の話である。

 




原作において今後新たに明記されるかもかもしれませんが、拙作の独自設定として、自分以外のプレイヤーのHPを可視化する方法は文章中の3パターンのみとさせていただきます。

前回の更新からだいぶ間隔が空いてしまいましたが、外伝はこれで終了です。
最終話と銘打ってからも外伝の投稿を続けましたが、これにて当作品は完結となります。執筆開始当初はここまで長く、また、ここまで多くの読者に読んでいただけると思っていなかったので、非常に嬉しく思います。最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
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