出だしは第50層フロアボス戦の直前となります。原作に沿って『金属製の仏像めいた多腕型ボス』でイメージしましたが、それ以外の名前等は独自のものです。
第11話 序章と第二のクォーターポイント
クリスマスイベントから3日後の12月28日。第49層が攻略されてようやくアインクラッドのハーフポイントに到達し、ゲーム開始当初は不可能と考えられていた全階層攻略も徐々に現実味を増してきた。このペースで行けば早くて一年、遅くとも二年後には現実に帰れると、プレイヤー達の間で希望が見え始めていた。
そしてさらに一週間後の1月4日、とうとう迷宮区最上階にあるボスの部屋を発見し、すぐに偵察部隊を結成してボスの偵察に向かった。
ボス部屋はまるでお堂のような造りで、部屋の中央には金属製の仏像めいた多腕型ボスが鎮座していた。武器を何も持っていない分攻撃速度は早く、掌底打ちや
第50層ボス攻略会議で以上の情報が偵察隊のプレイヤーから報告される。そして今回のボス部屋は大人数を収容できるほど広くないらしく、第一陣と第二陣に分けて挑むことが決定された。
第一陣にリンド率いる《聖竜連合》、クライン率いる《風林火山》とその他ソロ等がボス部屋で戦闘を開始する。
続いて第二陣はヒースクリフ率いる《血盟騎士団》が控える。こちらは第一陣の戦闘状況をみて突入する手筈になっている。
レイドリーダーを務める《聖竜連合》のギルドマスター・リンドが以前から《血盟騎士団》にライバル心を抱いているのは有名な話だ。今回のボス戦で《聖竜連合》含む第一陣だけでボスを倒し、『《聖竜連合》が攻略組最強ギルドの名を冠するに相応しい』というのを証明するための布陣でもあるようだ。
翌日、ボス攻略に参加するプレイヤー達が迷宮区最上階にあるボス部屋の前へと集い、各自装備やアイテムの最終チェックを行う。カイトは早々に準備を終え、壁にもたれて座っていると、前から頭に赤いバンダナを巻いた侍姿のクラインが近寄ってきた。
「よぉ、カイト。今日もお互い生きて上に進もうぜ」
「オレのがクラインよりレベルが上だから、死ぬ可能性はそっちのが高いぞ」
「うるせっ。まぁ今回も頼りにしてるぜ、《掃除屋》」
《掃除屋》。それはカイトの二つ名だった。
以前第37層で昆虫型のフロアボスを相手にした時があったのだが、その時のボスはHPバーが赤くなると大量の卵を産み、『ボスの部屋にいるプレイヤーと同じ数だけMobを召喚する』というタイプのものだった。一時的に戦線は混乱したのだが、複数のモンスターを同時に相手するのを得意としているカイトにとって、数が異常に多いのを除けばやることはいつもと変わらない。瞬く間に複数のMobを相手取り、次々と葬っていったのだった。
そしてボス戦終了後の《Weekly Argo》で『召喚されたMobの半分以上は彼一人で倒した』に加え、『第37層ボス戦で最も活躍したプレイヤー』と報じられて以降、自然と《掃除屋》の二つ名が定着したのだった。
ちなみに実際の数はカイト自身数えていた訳でもないからわからず、この報道は本人曰く『アルゴの誇張表現』らしい。
そしてクラインは、
「いや、今回オレの出番はないだろ」
「わかんねぇぞ。もしかしたらMobでちっさい仏様が出てくるかもしれんだろ?」
「なんだそれ」
クラインの冗談に思わず笑みがこぼれる。これはボス戦前の緊張をほぐすために行う、彼らなりのやり方だ。
デスゲームが開始されたあの日、広場に戻ったクラインが自分と同じビギナーの仲間を引き連れ、攻略組に追いつくのは並大抵の努力ではなかったはずだ。そんなクラインが初めて攻略組の仲間入りを果たした時に言った言葉を、カイトは今でも覚えている。
『やっとおめぇら二人に追いついたぜ!』
拳を前に突き出し、野武士ヅラの笑顔でそう告げたのだ。『やっと』という文字にすればたったの三文字にしかならない言葉だが、それだけで彼の今までの苦労を察し、目に見えない汗が彼の頬を伝うのが見えた。
そしてクラインにとって初めてのフロアボス戦前に、肩に力が入っている彼を見兼ね、カイトは緊張をほぐす為に話を振った。
『クライン、何かこの場と関係ない事を考えてみなよ。クラインの興味がある話題とかさ』
突然そう言われたクラインは考え込み、ある話題を口にする。
『カイト……おめぇは胸と尻、どっち派だ?』
クラインの口から出た言葉はカイトにとって予想の斜め上をいくものだった。あまりに真面目な顔で聞いてきたので、カイトは吹き出し大笑いしてしまう。そんな彼の反応を見たクラインは『笑い事じゃねぇ! 大事な事だろ!』『いいか? まず……』と、あまりに熱く語り出し、たまたま近くにいたユキが若干引いてたのをクラインは知らない。
それで緊張がほぐれたクラインはカイトに礼を言い、初のフロアボス戦で見事な活躍をした。それ以降ボス戦の前はくだらない話題や冗談を言い合い、お互いがリラックスするための習慣のようなものと化していた。
「まっ、おめぇを頼りにしてるのは本当だからよ。頼むぜ!」
「カイト、クラインさん」
クラインの背中側から声がした。
そこには血盟騎士団の白い制服に身を包み、先日カイトがプレゼントした《アングウェナン》を腰に差したユキが立っていた。
「今日のボス戦、二人は第一陣だよね? 無茶はしないでよ」
「わかってるよ。心配してくれてありがとう」
「特に今回は……25層以来のクォーターポイントだから……」
「あぁ……それもわかってる」
二人にとっては忘れられないあの日の出来事。
巨人に殺されていく仲間達。仮想世界独特であるプレイヤーの砕ける身体と破砕音。あの日幾度となく見た光景と聞いた音は、今でも生き残っている攻略組プレイヤーの脳裏に焼き付いている。
そして何よりカイトとユキにとっては、初めて本当の『死』を覚悟した瞬間があった。二人の前に立ち、武器を高く掲げて振り下ろしの準備モーションに入る双頭の巨人。敵の動きはスロー再生をしているかのように
「私は偵察で実際に戦っているから分かるけど、本当に硬いからね。こっちの消耗が思ったより激しかったから、攻撃パターンを見極める事しか出来なかったけど……」
「それだけでもこっちとしては十分助かってるよ。情報なしで挑む事程怖いのはないから」
「違いねぇ。まぁなんにせよ、これでやっと半分だ。……なぁカイト、これが終わったらキリトも誘ってメシでもどうだ?」
「クライン、それ死亡フラグに聞こえるぞ」
「馬っ鹿野郎、
「へ? 私?」
てっきり男同士でご飯を食べる約束なのかと思っていたユキだが、どうやらそうではないらしい。若干口ごもりながらもクラインは誘いをかけてみた。
「私も一緒でいいんですか?」
「も、勿論ですっ!」
「んー……」
ユキは考える素振りをみせたが、すぐに表情は笑顔になった。
「わかりました。その代わり、美味しいレストランに連れてって下さいね!」
「よ、よっしゃあぁぁぁぁあ!!」
クラインは天を仰ぎながらガッツポーズし、雄叫びをあげた。突然の声に周囲のプレイヤーはビクッと肩を動かし、何事かとクラインを見るが、当のクラインはそんな事気にもしていない。
ユキは座っているカイトの隣に来ると、小さな声で話しかけた。
「クラインさんって面白い人だね。私、あの人の事ちょっと誤解してた」
「まぁ確かに面白い所もあるけど――――いや、やっぱいいや」
その後喜びの余韻に浸りながらクラインは《風林火山》メンバーの元へ、ユキは《血盟騎士団》の元へ戻ると、すぐにリンドの士気を鼓舞する声が聞こえてきた。
「みんな! 偵察隊からの情報で知ってはいると思うが、今回のボスは強敵だ。あの忌まわしい25層のボスに続き、オレ達にとって第二の障害となるだろう!」
リンドの言葉だけがボス部屋前の空間に響く。
当時は異常なまでの攻略スピードによる弊害もあり、攻略組全体の平均レベルが
「だがオレ達は歩みを止める訳にいかない。厳しい戦いになると思うが、このメンバーなら勝てると信じている」
リンドの言葉に頷き、それぞれが持つ剣に自然と力が入った。
「いいか! 全員生きて、この層を突破するぞ! 準備はいいか?」
全員を眺め回したリンドが皆の表情を読み取った。誰もが闘志を
「戦闘……開始!」
リンドの合図で第一陣が気迫に満ちた声をあげ、一斉に部屋の中へとなだれ込んだ。全員が部屋に入ると、それを待っていたかのように暗かった部屋にポツポツと明かりが灯り始める。部屋全体が明るくなると、奥で静かに挑戦者達を待ち受けていた不動の影が動き出し、そこで漸くボスの姿をハッキリと捉える事ができた。
目の前にいたのは
50層ボス戦では第一陣・第二陣共にレイド上限の48人をAからHの八パーティーに分け、A・B・C隊は
臨機応変といっても、基本的な役割はA・B・C隊と同じように攻撃だ。ただし仲間の危機や不測の事態が起こった場合、リンドの全体指示がなければそちらを優先、あるいは自分の意思で自由に動く事を許されている。なので常に周囲に気を配り、広い視野と判断力を必要とされた。
重装備で身を固めた《聖竜連合》の
突っ込んでくるプレイヤーに対し、アシュラロードは高く掲げた腕を勢いよく振り下ろしてプレイヤーを襲う。腕一本につき防御力の高い
カイトが《フロスト・パージ》で片手剣三連撃ソードスキル《シャープネイル》を足の脛部分に喰らわせる。そしてこのソードスキルの『硬直時間が短い』という利点を活かし、ソードスキル同士を繋げるようにして、片手剣垂直四連撃ソードスキル《バーチカル・スクエア》を繰り出した。
目線だけ動かしてボスのHPを一瞥して確認すると、確かに事前情報通り高い防御力をもっているのであろう。他の
「いくらなんでも硬すぎだろっ!」
カイトがそう突っ込まざるを得ないほどだった。
そして突然、カイトの立っている場所が暗くなった。それはまるで上からの光が何かで遮られているかのように、彼を中心に影ができていたのだ。カイトが反射的にバックステップでその場を離れた次の瞬間、彼の立っていた場所はボスの掌が叩きつけられていた。あと一瞬遅ければペシャンコにされていただろう。
「し、死ぬかと思った……」
間一髪で回避できた事に安堵したのも束の間、今度は貫手による突きが自身に迫る。ボスの指先が肩を掠めたが、ギリギリで回避に成功した。しかし、ボスの貫手は勢いを殺さず、カイトの後方にいたプレイヤー達に向かって直進していった。
「ぐわあぁぁぁぁぁあ!」
「く、くそっ!」
貫手の攻撃で突き飛ばされた者や、直撃こそしなかったがフロアに着弾した際の衝撃で吹き飛ばされた者。カイトは床に転がっているプレイヤーの腕を掴み、一時的にだが部屋の後方へと後退した。
「早く回復を!」
「す、すまねぇ」
倒れていたプレイヤーに回復するよう促すと、カイトはアシュラ王に視線を戻す。事前情報で聞いてはいたが、思ったよりも攻撃速度と次の動作に入るまでの時間が早かったため、頭の中で描いていたイメージとの誤差を修正。そして、他の攻略組も六本の腕を活かした手数の多さに苦戦しているようだ。
しかし、まだボスの攻撃は続く。
カイトが駆け寄ったプレイヤー以外にも床に転がっている者が数名おり、その者達に対してボスの正拳突きによる追撃がくる。何名かは
「エギル! アシスト頼む!」
「任せろっ!」
宙に浮いているプレイヤーの1番近くにいたエギルと共にカイトも走り出し、フロアを強く蹴って高く跳躍した。それと同時にそれぞれがソードスキルを立ち上げると、システムアシストの恩恵を受けた2人の身体は、重力に従うことなく動く。
正拳突きを繰り出している腕に向かって、片手剣上段突進技《ソニックリープ》と、両手斧上位単発重攻撃ソードスキル《ウォー・スマッシュ》の切り上げがヒットし、拳の軌道が逸れる。拳は吹き飛ばされたプレイヤーの頭上を通り、なんとか死なせずに済んだ。
跳躍した2人が、ほぼ同時に着地する。
「ありがとな、エギル」
「礼はいらねえ。その代わりにこのボス戦でレアアイテムがドロップしたら、安く買い取らせてくれよ!」
「……相変わらず阿漕な商売してるな」
「おいおい、そこは『商魂たくましいな!』だろ」
傍から見れば『戦闘中だぞ!』と叱られそうな光景だが、裏を返せばまだ心に余裕がある良い傾向だ。
「馬鹿やってないで行くぞ、2人とも」
カイトとエギルの間をキリトが走り抜ける。先行した黒の剣士の影を追うように、2人も走り出した。
アシュラロードの素手による攻撃が《聖竜連合》の
そしてHPバーの1段目を削り切り、2段目の中程に差し掛かった頃、ある変化が起こった。
まず
間髪入れずに行う連続攻撃のため、スイッチする余裕もなく、防御力に定評のある
新しい攻撃パターンの
(体術スキル!?)
体術単発ソードスキル《
プレイヤーが使用する場合はいわゆるアッパーの動きになる。しかし、アシュラロードが使うと自分よりも身体の小さいプレイヤーに対して放つため、どうしてもアッパーには見えず、ただ掌で地面をすくったようにしか見えない。
そして偵察隊からはボスが体術スキルを使用するという事実を、この場の誰も聞いた覚えはなかった。
(HPの減少率? それとも時間経過が発生条件か? ……いや、それよりもアレは……マズイ!)
《
《
アシュラ王は肘を曲げて4本の腕を少し後ろに引き、人差し指と中指の2本を立てる
体術単発ソードスキル《
同じ単発ソードスキルの《
「あいつ、体術スキルを使うのか……」
カイトの隣にいたキリトがポツリと呟く。
順調かと思われたボス戦でとうとう戦死者が出てしまった。ポリゴン片となったプレイヤーを見て周囲に動揺が走る。
「うろたえるな!
全体指揮を取るリンドの指示がプレイヤー全体に行き渡る。変化する状況に即対応し、的確な指示を飛ばす彼の手腕にカイトは感服した。SAO最強プレイヤーといわれるヒースクリフと、美貌と実力を兼ね備えたアスナの二人がどうしても目立ってしまうが、彼もまた、攻略組トッププレイヤーの一人なのだ。
「A・B・C隊に加え、G・H隊も隙あらばどんどん行け! 仲間を死なせたくなかったら一撃でも多くダメージを与えろ!」
『おう!!!!』
ボス部屋にいる全プレイヤーが、リンドの指揮に呼応する。
アシュラ・ロードの攻撃に対抗するため、《聖竜連合》の
普段後方から彼らを見る機会が多い者たちにとって、今回ほどその後ろ姿を頼もしいと思ったことはない。攻撃を受けて尚微動だにしない彼らは、まさに攻略組にとっての『最強の盾』と呼ぶに相応しい。
「今だ! いけ!」
『うおぉぉぉぉぉお!』
そして『最強の矛』の役目を担う
カイトもアシュラ・ロードに剣技をふるうため、青白い残光を放つソードスキルを発動した。
そしてこの後、彼らは思い知る。
これは『本当の戦い』の序章にすぎないということを――。
ボスが使用した《球突》はジャンプで連載していた某格闘漫画から拾ってきました。
今回ちょっとずつ他のキャラにもスポットを当てたので、気のせいかいつもよりカイトの影が薄い……?