ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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第12話 乱入と混乱

「D隊! 右からの攻撃に注意しろっ! F隊は二手に分かれてD・E隊のフォローに回れ!」

 

 リンドの指揮でF隊が2人ずつに分かれ、D・E隊の助太刀に入る。

 あれ以降ボスの攻撃パターンに変化はない。各隊もボスの動きに慣れ、各々柔軟に対応していた。

 

「スイッチ準備! …………今だっ!」

「うおぉぉぉお!」

「どりゃあぁぁぁあ!」

 

 攻撃部隊(アタッカー)がスイッチし、アシュラロードにソードスキルを喰らわせる。たとえ防御力が高くても、それはHPが『減りづらい』だけであって『減らない』訳ではない。《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルでもない限り、HPの減少を止めることなど出来はしなかった。

 

「最初はどうなるもんかと思ったが、このまま案外あっさりいけそうだな」

「油断するなよ、クライン。そうやって余裕かましてる奴が真っ先に殺られるってオチはよくあるからな」

「何言ってんだ。(おとこ)クライン、侍たる者は敵前で気を緩めるなんて真似、絶対にしねえよ!」

 

 攻撃を加えた後に壁戦士(タンク)とスイッチし、今は一時後退中のカイトとクライン。2人は次の攻撃に備えてボスの隙を伺っていた。

 死者こそ出てしまっているが、それ以外は順調といえた。各自HPの管理は徹底しているし、何かあったとしても、G・H隊のフォローが早いおかげで危機的状況に陥る前に対処し、戦線は非常に安定している。

 

「全隊スイッチ準備! 今の攻撃が止み次第、もう一度突撃するぞ!」

 

 リンドの指示が再び飛ぶ。フロアにいる全プレイヤーの意識は目の前のボスだけに集中し、僅かな挙動を一つも見逃さない。耳に入るのは武器がボスの身体とぶつかる音、リンドの指揮だけ。

 

「了解!」

「――っ――――」

「了解…………んっ?」

 

 彼らは前方のボスだけに全神経を集中していた。倒すべき敵が目の前にいるのだから当然である。なので、ボス部屋入り口付近で待機している第二陣《血盟騎士団》の注意を促す声が、彼らの耳にうまく入らなかった。空耳だろう、と聞き流してしまう程に。

 

「なぁ、今声が――」

 

 次の瞬間、ボス部屋中に轟音が響く。音の発生源は部屋の後方、さらに言えば天井からだった。天井からフロアへと破片を撒き散らすが、すぐに破片はポリゴン片となって消失。それと同時に上から降ってきたのは、1体の仏像だった。

 現れたのは一面二臂で茶褐色の巨躯、中世的な顔立ちの仏像型ボス。右手には五鈷杵(ごこしょ)型のヴァジュラを所有し、着地の瞬間周囲に雷撃エフェクトを放って登場した。モンスターの頭上に、《ヴリトラハン・ザ・インドラ》の名前と、アシュラ王と同じ5本分のHPバーが表示される。

 

「もう1体……」

 

 もう1体のボスが参入したことで、プレイヤーに動揺が走る。

 過去にもフロアボス戦でボスを2体相手にした事があったが、正直今回その可能性はあってほしくなかったと誰もが感じていた。いや、そもそも最初からその可能性を視野に入れていなかった。心の中で小さな絶望の種が生まれる。

 

 そして、その絶望をさらに大きくさせる出来事が、続けて起こった。

 

 《ヴリトラハン・ザ・インドラ》が出現した天井の穴から、人より少し大きい4体の仏像型モンスターが降ってきた。それぞれ姿形は同じだが、刀・片手剣・槍・棍棒といった具合に、皆異なる武器を手に持った《ザ・ガーディアンズ》という名のモンスター達。こちらはHPバーが3本表示された。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 クラインに限らず、誰もが目の前で起こっている状況に思考がついていかない。

 ここは第50層、第2のクォーターポイント。25層と同じように、何かが起こると予想はしていた。しかし戦闘が順調に進むにつれ、誰もが心の何処かで淡い期待をしていたのだ。『これ以上何も起こらなければいいのに』と。

 

 だが、実際は違う。

 予想は裏切らず、期待だけを見事に裏切った。

 

 部屋の中央で2体のフロアボスと4体のMobに挟まれ、どれを相手にすれば良いのか、その判断に誰もが迷う。全体指揮を執るリンドも、討伐隊をどう分散すべきなのか、その判断と指示が咄嗟に出来なかった。

 そしてその迷いを、ボス達は見逃さない。

 インドラが動き出した。部屋の中央で右往左往しているプレイヤーの集団に突っ込み、右手に持っているヴァジュラを思い切り振り下ろす。

 

「固まるなっ! 散れ!」

 

 突然の行動に戸惑いながらもリンドの声に反応し、ヴァジュラ自体は皆反射的に回避した。直撃した者は1人もいない。しかし、それだけでは不十分だった。

 

「――っが!?」

「ぐあっ!」

 

 プレイヤーを狙ったヴァジュラはそのまま床に叩きつけられると、ボスの出現時と同じ雷撃エフェクトが着弾点を中心に走る。周囲にいたプレイヤーはHPが少しだけ減少した。だが、問題はそこではない。

 

(麻痺!?)

 

 ダメージを受けた者は、状態異常の中で最も避けたい麻痺状態に陥る。HPバーが黄色く点滅し、プレイヤーは力なく膝から崩れ落ちた。

 そこへガーディアンズの4体が武器を手に、追撃を試みる。それぞれが倒れているプレイヤーを切り裂き、突き、叩く。動けない者は抵抗することすら出来ず、安全域(グリーンゾーン)だった筈のHPが瞬く間に注意域(イエローゾーン)危険域(レッドゾーン)と下がり、最期にはその身をポリゴン片にして爆散した。

 最期の言葉は聞こえなかった。聞こえたのはガラスの破砕音のみ。

 

「う、うわあぁぁぁあ!」

「て、転移! 《パナレーゼ》!」

「転移! 《ミーシェ》!」

 

 麻痺状態になった無抵抗のプレイヤーを容赦無く襲う。そんな光景を見た者達が1人、また1人と恐怖し、転移結晶によって緊急脱出。だが誰もそれを咎めることはしない。寧ろそれは身の危険を本能が感じ取った、純粋な反応だからだ。

 

「キリト!」

 

 ヴァジュラの範囲攻撃を喰らいながらもただ1人、()()()()()()()()()()()カイトが、動けないキリトの元へ行き、アイテムポーチから解毒結晶を取り出した。

 

「キュア!」

「くっ……ありがとう、カイト」

 

 解毒結晶をキリトの背中に当ててコマンドを叫ぶと、麻痺状態が解除された。それを確認すると、すぐさま麻痺で動けない他のプレイヤーへ駆けつける。

 遊撃の役目を負っているG隊とカイト以外のH隊は、ガーディアンズに狙われたプレイヤーを庇っているため、現時点で彼が行うべき行動は倒れている仲間の救助が最優先と判断した。キリトは麻痺状態になりはしたが、HPはさほど問題視するほどではない。動けるようになったらあとは自力でなんとかしてもらう。ヴァジュラの攻撃を喰らった犠牲者1人や2人ではなかった。

 今度は《風林火山》リーダーのクラインの元へ行き、麻痺状態を解除しようとしたのだが――。

 

「カイト……逃げろ……」

 

 ――彼の隣で解毒結晶を取り出した時、インドラが目前に迫っていた。ヴァジュラを振りかぶり、今まさにクラインとカイトの2人をまとめて始末しようとしていた。

 

「くっそ!」

 

 解毒していては2人ともヴァジュラの打撃を直撃し、大ダメージが予想される。それならばいっその事ソードスキルで立ち向かい、完全に弾く、あるいは防げなくとも軌道を逸らし、ダメージを最小限に抑えるのが得策だとカイトは判断した。

 一先ずクラインの解毒は後回しにし、片手剣のソードスキルを立ち上げてヴァジュラを迎撃しようとする。

 

 しかし、その必要はなくなった。

 

 2人の前に赤を基調とした鎧に剣と十字盾を持った、《血盟騎士団》団長のヒースクリフが颯爽と現れたからだ。

 ヒースクリフは2人を庇うように立ち、身体の正面に十字盾を構えたのだが、不思議なことに盾がライトエフェクトを帯びていた。

 神聖剣中位不動防御型ソードスキル《パッシブ・ガードナー》とヴァジュラが衝突し、雷撃エフェクトが発生。しかしヒースクリフは麻痺状態にならず、技後硬直(ポストモーション)が解けると、あろうことか盾でヴァジュラを押し返し、盾を地面と水平にして打突攻撃を繰り出した。

 インドラが盾の打突によるノックバックでフラついている所に、ヒースクリフは垂直切りと水平切りで十字を描く、神聖剣中位二連重攻撃ソードスキル《ハルブレッグ・ディスカトール》で追撃した。

 この世界は現実世界のように、質量で力の大きさが決まるわけではない。そうだと分かってはいるものの、インドラの巨躯が尻餅をつく姿に、助けられた2人は思わず唖然とした。

 

「す、すげぇ……」

「………………」

 

 クラインは感嘆の声を漏らし、カイトはポカンと口を開けて言葉が出てこない。2人が驚くのも無理はなかった。

 まず十字盾がライトエフェクトを纏い、ソードスキルを発動したこと。

 SAOには《盾》スキルというものが存在し、これは盾を装備している者ならば必ずと言っていい程スキルスロットを埋めている必修スキルである。防御力の上昇・被ダメージの軽減・その他のステータス補正といった恩恵を受けるが、武器カテゴリーに属しない盾がソードスキルを発動するのはあり得ない――――にも関わらず、ヒースクリフの十字盾はソードスキル特有のライトエフェクトを発したのだ。

 次に、盾でボスを攻撃したこと。

 SAOでは片手剣や両手剣をはじめとする武器で攻撃すると、敵にダメージを与えることが出来る。だが防具カテゴリーに属する盾で殴ったとしても、ノックバックの発生が起きるだけでダメージの発生はない。しかしカイトは確かに見たのだ。ヒースクリフがボスを盾で殴った際、敵のHPが僅かながら減少したのを。

 最後に盾の剣技を含め、インドラを突き飛ばしたソードスキル。アインクラッドに閉じ込められて約1年2ヶ月経つが、一度も見た事がない初見のソードスキルだった。

 

「ふむ……どうやら間に合ったようだね」

 

 美しく響くテノール声が、カイトの鼓膜を震わせる。振り返ったヒースクリフは涼しげな顔で2人を見た。

 

「……あっ――キュア!」

 

 呆気に取られていたカイトは、左手に握っていた解毒結晶でクラインの麻痺を解除した。クラインの身体が自由を取り戻す。

 

「なんだよ……今のは……」

「……人前で使うのは初めてだね。私の奥の手ともいえるエクストラスキル《神聖剣》だ。……いや、正確にはユニークスキルと表現するのが正しいかな?」

 

 ユニークスキル。

 それはエクストラスキルのように、一定条件を満たした者だけが習得できる特別なスキルの事だが、ユニークスキルはエクストラスキルと決定的な相違点がある。それはゲーム内で『たった1人にしか発現しないスキル』だということだ。つまりこの《神聖剣》と呼ばれるスキルは、SAOでヒースクリフにのみ使用を許されたスキルだった。

 

「このような状況では、私も出し惜しみはしない。全力でいかせてもらう。……さて、私がここに来たのは理由がある。カイト君に頼みがあったからだ」

「頼み事……?」

「新たな敵の出現と大量の離脱者が出た結果、今や戦線は完全に瓦解した。我がギルドの団員達には既に伝えてあるが、《血盟騎士団》は今から戦線を立て直すために動く。アスナ君達にはこの場で討伐隊の再編成を、私とカイト君はその時間を稼ぐため、新たなボスと4体の取り巻きを引き付ける」

「はあっ?!」

 

 カイトの代わりにクラインが声をあげた。ヒースクリフが言った事の解釈を間違えていなければ、たったの2人で今から5体ものモンスターを相手にすると言いたいらしい。

 

「正確には私1人でボスを、カイト君には取り巻きの相手をしてもらいたい」

「ふ、ふっざけんな! 自分が何言ってるかわかってんのか!?」

「無論だ。私はまだ耄碌(もうろく)するほど年を取った覚えはないからね。以前の37層の実績を踏まえ、彼が最も適性だと判断した」

「てめぇはこいつを殺す気か!」

 

 クラインがヒースクリフの胸ぐらを掴むため、右腕を伸ばしたが、その腕をカイトが掴んで静止させる。

 

「……何分だ? 何分保たせればいい?」

「お、おいっ! カイト!」

「とりあえずは5分といった所だ。それ以上は私も要求しない。討伐隊の再編成がされれば、私と君の元へはすぐに救援が来る手筈になっている」

 

 カイトはヒースクリフの頼みを断らず、引き受ける姿勢をみせた。

 

「わかった。やってみる」

「それならオレも」

「いや、クラインは他のメンバーの救援に行ってくれ」

「で、でもよぉ」

「気持ちだけ有難く貰うよ。俺は大丈夫だから」

 

 現在のボス部屋は混沌としていた。

 麻痺状態で未だ動けない者、ボスと取り巻きの攻撃から庇う他のメンバー、そして依然として猛威を振るうアシュラ・ロードに手を焼いている者達。なにより強力な敵の出現に恐れをなし、転移結晶で離脱したプレイヤーが多すぎたため、圧倒的な人員不足に陥っていた。入り口で控えていた第二陣を加えても、ギリギリといったところだろう。

 そういった物理的影響もさることながら、心理的影響も大きい。

 離脱者はともかく、死者が多数出てしまったのが問題だった。目の前で仲間が死ぬ瞬間を見るのは、どうあってもプレイヤーの精神(メンタル)にショックを与える。その相手が親しい者ならば尚更だ。初期から攻略組として参加しているプレイヤーでさえ、微塵も動揺しない訳ではない。

 クラインも一ギルドのリーダーとして、仲間の安否が心配である筈だ。今の所ギルドメンバーに死者は出ていないが、刻一刻と変化する状況では1分後の未来も読めない。

 VRワールドとはいえ、今彼らが動かしている身体と精神は密接に連結している。彼の手助けはカイトとしても非常に有難いが、心に不安を抱えたまま武器を振るって欲しくはなかった。

 

「ヒースクリフの言ったように、5分は保たせる。その間にクラインは皆と一緒に戦線の安定を図ってくれ。やらなきゃいけない事は山程あるんだから、今この時間ですら惜しいくらいだ」

「…………」

 

 クラインの顔は、判断に迷っていた。ギルドメンバーの安否も気掛かりだが、目の前の友人を置いてこの場を任せるのも嫌だと、はっきり彼の顔には出ていたのだ。

 

「兎に角、多対一は慣れっこだから心配しないでくれ。5分ぐらいなら耐えられるさ。それに俺のためを思うなら、早く討伐隊の再編成をして、1秒でも早く駆けつけてきてくれよ。……だから早く行け」

「……わかった。おめぇがそこまで言うなら、そうする。すぐに助太刀に行くからな!」

 

 クラインはカイトに背を向けて走り出した。彼の言葉を信じて、必ず助けに戻ると心に誓って。

 

「……さて、と。まずはタゲ取りからか……。それにしても、こんな作戦をよくアスナが許したな」

「アスナ君もだが、ユキ君にも最後まで反対されたよ」

「そっか……」

「では行こう。私がボスを引きつけている間に、君は取り巻きを頼んだよ」

「了解」

 

 《聖騎士》と《掃除屋》が駆ける。

 ヒースクリフはボスとボスに相対していたプレイヤーの間へと入るように割り込み、盾でプレイヤーを庇う。そして先程と同じように《神聖剣》のソードスキルで立ち向かった。

 その隙にカイトは取り巻き4体のタゲを取るため、アイテムストレージから4つのアイテムをオブジェクト化した。それは見た目が泥団子のような物だった。

 

「……ふっ! ……だあっ! ……やあっ! ……せいっ!」

 

 泥団子は4体のガーディアンズの身体に命中。当たった瞬間泥団子は割れ、嫌な臭気を放つ。泥団子の正体は肥やし玉だった。

 通常敵モンスターの憎悪値(ヘイト)を自身に向けさせるには、攻撃を加えて上昇させるか専用のスキルが必要になる。それ以外で手っ取り早く憎悪値(ヘイト)を上昇させてモンスターの意識を自分に向けさせるのが、この肥やし玉アイテムだ。

 肥やし玉の臭気にあてられ、4体のガーディアンズはカイトにタゲを変更した。それを確認した彼はアシュラ王とインドラから距離を取るため、周囲に誰もいない部屋の隅へと誘導する。

 

(……とは言ったものの……正直5分でもキツイ……)

 

 今から戦う相手は、37層で殲滅したMobとはおそらくレベルが違う。その時のMobは数が多かったが、ステータス自体はそこまで脅威ではなかった。しかしあの時と違い『数』は少ない分、『質』の高い敵であるのは間違いなかった。

 

(……あれだけ堂々と明言したんだ。やれるだけやってやるさ)

 

 部屋の隅に来たところで立ち止まり、敵に向けていた背中を反転させて振り返る。

 

 誰の助けも来ない5分間、たった一人の戦いが始まろうとしていた。




ボスの名前はヒンドゥー教に出てくる神様の『インドラ』ですが、仏教で出てくる『帝釈天』の姿をイメージして書いてます。名前は違いますが、両者は同一神です。

取り巻き四体は帝釈天に仕える四天王(持国天・増長天・広目天・毘沙門天)をイメージしています。

解毒結晶を使用する際のコマンドが不明だったので、取り敢えずは『キュア』で代用します。

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