『只今より、緊急イベントクエスト《星夜祭》の概要を説明致します』
急遽アインクラッドに響いたアナウンスに、攻略組一同は騒然とする。51層転移門のアクティベートをした直後に発生したのを考えれば、それこそがこの状況を生み出した引き金なのだろうと、誰もが結論づけた。
『今から2時間15分後の日没と同時に、12体の《ホロスコープス》がアインクラッド第1層から第50層の中で、それぞれランダムに出現します。各《ホロスコープス》は最初に出現した階層のフロアボスを参照に、ステータスを決定します』
つまり第1層に出現すれば《イルファング・ザ・コボルド・ロード》と、第50層に出現すれば《アヴェストラル・ザ・アシュラ・ロード》と同等の強さを持つボスとなる。
『但し、イベント期間が一夜明ける毎に、《ホロスコープス》のステータスが階層一つ分上昇しますのでご注意下さい』
つまり、単純に考えてイベント開始当初から最短で1ヶ月強、最長で3ヶ月弱もすれば、アインクラッド第100層のフロアボスと同等の強さになるということ。
『《ホロスコープス》は転移門の利用が可能です。それに加え、《ホロスコープス》が滞在する階層の全域で、圏内の
主街区や村は『圏内』設定により、デュエルを除けばHPが減ることもなく、窃盗・強盗の類は一切出来ない。それが解除されてしまえば、オレンジプレイヤー達による圏内PK、あるいは犯罪行為が横行するかもしれない。
『また、イベント中は全プレイヤーのHPを可視化させて頂きます。以上で緊急イベントクエスト《星夜祭》の概要、及びその説明を終わります。それでは、皆様のご健闘とご活躍をお祈りします』
淡々としたアナウンスが途切れ、辺りは静寂に包まれる。死闘を終えたばかりで心身共に疲弊し、皆完全に不意をつかれてしまった。
突然のイベントに誰もが呆然としていると、ヒースクリフが最初に声を発した。
「全員、すぐに装備とアイテム類を整えよ! 一時間後、この場所で臨時攻略会議を開く!」
その言葉で全員が我に返り、各自が準備に取り掛かった。
ある者はNPCの店でアイテムを補充し、ある者は行きつけの鍛冶屋にメッセージを送る。その後転移門から続々と職人プレイヤーが現れ、すぐに鍛冶職人達の前に列ができ、30分としないうちに転移門広場は人で溢れた。一人ずつ順番に鍛冶職人が武器の研磨を行い、50層ボス戦の戦いで減少した耐久値を回復させていく。
各プレイヤーは前代未聞の緊急クエストに備えるための準備をし、ヒースクリフの言った一時間が経過した。攻略組が転移門広場に集合する。
「さて、急なことで諸君らも戸惑っているだろうから、まずは情報の整理といこう。アスナ君」
「はい。ですがその前に――」
アスナが言葉を繋ごうとした時、転移門から複数のプレイヤーが転移してきた。それは攻略組の者達からすれば、懐かしい顔ぶれであった。
「すみません! 遅れてしまいましたか?」
転移門から現れたのは、かつて攻略組で最大規模を誇ったギルド《MTD》幹部のシンカー・ディアベル・ユリエール・キバオウの四人だった。
「いえ、大丈夫です。まだ始める前でしたので。……さて、みなさん既にお分かりかと思いますが、今回は《MTD》の方々にも協力していただくため、私が要請をしました。よろしくお願いします。……それではみなさん、メニューからクエスト受注欄を開いて下さい。今回のクエストが項目に追加されていると思います。そこでクエストを選択すると詳細が表示されますので、確認して下さい」
アスナに言われ、全員が同じ操作をする。そこにはアスナの言う通り、クエストの詳細が確認できた。
まずはイベントボスについてだった。12体いる《ホロスコープス》の名前が上から順に、《ザ・アリウス》、《ザ・タウルス》、《ザ・ゲミニ》と続き、最後に《ザ・ピスケス》で終わっている。そしてボスの名前の右に『――層、――』とあり、今は何も表示されていない。
そこから先は
「ボスの出現地点はランダムとありますが、基本的には1層から25層を《MTD》のみなさんに、26層から50層を私達攻略組で担当します。私達の部隊構成は戦力を考えて後ほど細かく指示しますが、《MTD》の方達はシンカーさんの指示に従って動いて頂きます。ボスの出現が下層に偏った場合は問題ありませんが、極端に上層へ偏った場合は《MTD》の精鋭のみ派遣してもらいます」
流石にフロア攻略で何度も全体指揮を取っているだけあって、アスナの進行は非常にスムーズだった。
イベント開始まで5分を切った。
臨時攻略会議を終えると、各部隊毎に転移門で予め決めた層に移動する。転移門は《回廊結晶》のように大人数を一度に転移出来ないので、51層で固まったままでは、イベント開始時にスムーズに移動が出来ない。なので最初から各層に散り、イベントの開始を待つことにした。
第25層主街区《グランバート》。
転移門を中心にして民家が建ち並び、碁盤の目のように整頓された道のため、まず迷うことはないと言われている街だ。
《グランバート》最大の特徴は、主街区を囲うように建てられた巨大な城壁。高さは30メートルをゆうに超え、街の外の景色は城壁があるため、見ることが出来ない。主街区から見ることが出来る景色は、街の上にある空だけだ。
この層は巨人族の巣窟となっており、フィールドや迷宮区には人間の背丈をゆうに超える巨人族モンスターがうろついている。そのため、城壁に守られながら人々は壁の内側で生活している、という設定らしい。
そしてこの街にある転移門広場に、ディアベルとキバオウ率いる《MTD》の精鋭達が集結していた。
《MTD》は25層ボス戦以来、ギルド内で《復帰派》と《支援派》の二つにプレイヤーの役割を分けている。
《復帰派》はかつて攻略からドロップアウトしてしまったが、もう一度攻略組として復帰するのを希望する者達のことだ。今回《MTD》担当階層の戦闘は、主に彼らが行うことになった。こちらはディアベルやキバオウが所属している。
一方《支援派》とは、攻略よりもプレイヤー間の相互補助を主な活動にしている者達のことだ。彼らは今回、情報伝達、物資補給といった裏方に回ることが取り決められた。こちらはシンカーやユリエールが所属している。
「みんな、準備はいいかな?」
シアン色の髪をした盾持ち片手剣士のディアベルが、彼の率いるレイドパーティーのメンバーを見渡して問いかけた。
「オレ達は攻略から離れはしたが、諦めた訳じゃない。また最前線で戦えるように力をつけてきた筈だ。この戦いで、以前のオレ達とは違うってことを証明しよう!」
「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
《MTD》メンバーの声が主街区を囲む城壁によって反響し、街中に響く。その雄叫びは巨人にも負けないほどだった。
――――イベント開始まで残り4分――――
第30層主街区《マテリア》。
30層はフィールドに背の高い木々が生い茂る、まるでジャングルのような階層だ。この階層の建物は全て木造建築で、気候は南米のように暑く、時には予期せぬスコールに見舞われることもある。
「暑い……」
「でも、生き返る……」
「味が少し薄いのが難点だけどな」
そして主街区や各村には《クリープの実》にストローを挿して飲む、《クリープジュース》という名の、見た目ココナッツジュースのような物が、名物として売られていた。これは一定時間、体感温度を下げる効果がある。
30層についた頃にはまだ少し時間に余裕があったので、カイト・キリト・エギルの三人は転移門広場の近くにある店に向かった。店の屋外カウンターで三人は《クリープジュース》を立ち飲みしながら、イベントの開始を待っていた。
『最前線付近の上層では、討伐隊の人数を多く配置』そして『中層には
攻略組トップクラスの実力を持つ《黒の剣士》キリト、安定した戦闘が売りの《掃除屋》カイト、商人でありながら、攻略組のパワーファイターで一目置かれているエギル。彼らは《ホロスコープス》が中層に現れた場合に備え、待機していた。
「そういえばキリト、さっきのボス戦でラストアタック取ったんだろ? どんなアイテムがドロップしたんだ?」
《クリープジュース》に挿してあるストローから口を離し、カイトは疑問を投げかけた。
「あぁ。さっきエギルに鑑定してもらったけど、性能は魔剣クラスの片手剣だったよ。ただ要求筋力値が高いから、今はまだ使えそうにないな」
「魔剣クラス!? ……でもクォーターポイントのラストアタックだと、それぐらいあってもおかしくないか。にしても片手剣か……いいなぁ……。今度リズにもう一本作ってもらおうかなぁ……」
「おいおいカイト。お前ついこの間、ユキに
そう言ってエギルが指差したのは、カイトが背中に背負っている《フロスト・パージ》だった。
「いや、勿論予備でもう一本作ってもらおうかな、って事だよ。こいつは、その……オレにとって大事な物……だし……」
「照れてる」
「照れてるな」
話の途中でつい、カイトはクリスマスの出来事を思い出し、頬が朱に染まる。
待ち合わせをして、プレゼント交換をして、挙げ句の果てにはイルミネーションで彩られた街を二人で歩く。それは他人から見れば、デートそのものだっただろう。
「照れてないっ! 兎に角、これはユキがプレゼントしてくれた大事な物だから、オレにとってこいつの代わりはない! 絶対!」
「おっ、今度は惚気たぞ」
「惚気たな」
カイトは顔を赤くしながら反論したが、うっかり余計な事まで口走ってしまった。
「の・ろ・け・て・ないっ! その前に惚気るの意味が違うだろっ! あれは付き合ってる相手との仲を得意気に話す事だっ! オレとユキはそもそも付き合ってないし、別にす…………そういう感情はないっ!」
「なんか今、間がなかったか?」
「何を言い直したんだろうなぁ」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
喋れば喋る程、自分を追い込んでいく。『墓穴を掘る』とはまさにこの事。
カウンターに顔を伏せ、口を固く閉じたカイトは、開始時刻まで一切喋らなかった。
――――イベント開始まで残り3分――――
第36層主街区《ホスリート》。
主街区の至る場所で煙突が立ち並び、そこから白い煙のようなものが、空に向かって昇っていく。煙突から出るそれは、工場から排出されるような有害物質の類ではなく、ただの湯気。そしてその湯気の発生源は、街の各施設にある温泉だ。
ここ36層の街と村の宿には必ず温泉があるのが特徴で、特に主街区の《ホスリート》は温泉の数と種類が豊富なことから、通称《温泉街》とも呼ばれる。
高い煙突と入り口にあるのれんをシンボルとする温泉宿もあれば、宿泊は出来ない日帰り施設だが、宿よりも温泉と設備の種類が豊富なスーパー銭湯もある。
36層が開通し、《ホスリート》を初めて見た時のアスナとユキはとても嬉しそうだったらしく、今でもこの街には二人にリズベットを加えた三人で訪れる事が多い。
そしてここには《血盟騎士団》のユキを筆頭とした、六人のパーティーが配置された。両手剣使いのアレッシオとレイモンド、盾持ち片手剣士のラザレフとモーガン、槍使いのエリックだ。
「それじゃあみんな、準備はいい? 今回は私がこのパーティーの指揮を取るから、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
返事をしたのは真面目な性格のアレッシオだ。
見た目が10代後半の彼だが、落ち着いていて大人びた雰囲気を醸し出している。
「ところでユキさん。少し前から剣が変わったみたいッスけど、それどうしたんスか?」
そう言って尋ねたのは、軽い口調が特徴のモーガンだ。見た目は中肉中背だが、《血盟騎士団》では屈強な
「これ? クリスマスにカイトから貰ったの!」
「なにぃ! 《掃除屋》の野郎、俺達を差し置いてなにやってやがる!」
「俺の嫁に手を出すなーー!」
最初に抗議の声を挙げたのがレイモンド、次がエリックである。普段からお調子者の二人は、《血盟騎士団》きってのムードメーカーだ。
ちなみに二人のこの発言は、ギルド内では恒例ともいえる、彼らなりの冗談である。
「お二人はこんな時でもブレませんねぇ」
呆れつつもどこか楽しそうなのは、この中で最年長のラザレフだ。
リアルで教師をしている彼は、誰に対しても優しく接してくれる。普段から紳士的な態度の彼を、頼りにしている団員も多い。
ユキのパーティーは終始和やかな空気を保ちつつ、その時を待つのであった。
――――イベント開始まで残り2分――――
第47層主街区《フローリア》。
別名《フラワーガーデン》とも呼ばれるこの層はその名の通り、辺り一面花だらけの層である。主街区のみならず、フィールドダンジョンでさえ至る所に花が咲き、赤・青・黄色といった様々な色の花達が場を鮮やかに彩る。攻略された今となっては観光地化しており、恋人同士で訪れるデートスポットとなっていた。
そんな美しい景観の中、凛とした佇まいでいるのは《血盟騎士団》副団長のアスナだ。ギルドの白い制服に身を包み、時折吹くそよ風が彼女の長い栗色の髪を撫でる。ここには彼女の指揮の下、《血盟騎士団》団員が三パーティー分集っていた。
「みなさんご存知の通り、先程のボス戦で死傷者が多数出た事に加え、ボスの出現地点が分散するため、通常のボス戦よりも少ない人数で挑まなければなりません。中層担当のプレイヤー達がボスを倒し次第こちらに合流する手筈になっていますが、不測の事態も考えられます。なので最初から救援はアテにするのでなく、私達だけで倒すぐらいのつもりでいきましょう」
「おぉーーーー!」
アスナの士気に、その場にいた団員全員が応えた。
――――イベント開始まで残り1分――――
ここで時間を少しだけ遡る。
それはイベントを知らせるアナウンスが、アインクラッド全土に響き渡った直後の事。場所はおそらくSAOプレイヤーのほとんどが知らない安全地帯の洞窟。
基本的に攻略組はレベリングスポットと迷宮区、中層プレイヤーはそれに加えてサブダンジョンぐらいしか訪れないため、アインクラッドにはどうしても未踏破地帯が存在する。
そして洞窟の内部には、複数のプレイヤーがいた。
通常、プレイヤーの頭上にはカーソルが示されており、ほとんどのプレイヤーはグリーンのカーソルを表示している。だが、この洞窟内にいるプレイヤーのカーソルは、ほとんどがオレンジ色を示していた。
『オレンジは犯罪者の証』
それは盗みや傷害といったシステム上の犯罪を行うことで、カーソルがグリーンからオレンジに変わる。一概にそうと言い切れないが、カーソルがオレンジというだけで一般プレイヤーからは忌み嫌われる存在である。しかし、ここにいる彼らにとってはそんな事気にも留める必要のない、ごくごく普通の事。
「何? 何? 今の? すっげぇ面白そうじゃん!」
はしゃいでいるのは頭陀袋のような黒いマスクを被った男。その反応はまるで、思いもよらない形でおもちゃをプレゼントされた子供のようだ。
「茅場、も、粋な、計らい、を、する、ものだ、な」
言葉を短く切りながら話すのは、赤の逆十字を彩ったフードマントを纏った男。髑髏を模したマスクの奥にある、アイテムでカスタマイズされた二つの赤い眼が不気味に光る。
「あっ、どうせなら殺した人間に点数つけて遊ぼうぜ。一人につき20点、攻略組ならプラス30点、二つ名持ちの有名人はプラス50点、ってな具合にさぁ。どうだ、ザザ」
耳を疑うような言葉が、頭陀袋の男・ジョニー・ブラックの口から発せられた。このデスゲームで最も行ってはいけない、PKもとい殺人を、彼は自分の趣味のように語る。そこには罪の意識など微塵も感じさせない。
そしてジョニー・ブラックが話しかけた髑髏マスクは、《赤眼のザザ》と呼ばれる凄腕のエストック使い。彼らは一般的なオレンジギルドよりも凶悪な快楽殺人集団のレッドギルド《
レッドギルドと言うが、システム上はオレンジ判定だ。しかし彼らは一般的なオレンジギルドとは違う事を誇張するかのように、自らをレッドギルドと呼び、一般プレイヤーからもそう呼ばれている。
「いい、暇つぶし、には、なりそう、だな」
「だろだろ! ヘッドもどうっすかぁ?」
ジョニー・ブラックがヘッドと呼ぶ人物は5メートル程離れた場所にいた。身長は高くポンチョで身を包み、フードを深く被っているその姿からは、隠しきれない不気味なオーラを放っている。
「折角茅場が用意してくれた祭りだ。俺達でスパイスを加えて、盛大に盛り上げてやろうじゃないか」
ポンチョの人物こそ、《
PoHの艶やかな美声が洞窟内に響くと、ラフコフメンバーは彼の言葉にニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
――誰にも知られず、悟られず、《
オレンジプレイヤーが圏内に侵入を試みる場合《門番》によって追い返されますが、『圏内設定解除中はその限りではない』という独自設定の元に話を進めさせて頂きます。