ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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今回はいつもより少し長くなります。


第17話 激突と死闘の三重奏(後編)

 石畳が敷き詰められた主街区の道を、二つの影が疾走する。転移門広場から主街区の入り組んだ道に入り、右、左、左、右とジグザグに進んでいく。

 イベントボスの侵入によって犯罪防止(アンチクリミナル)コードが解除されている今、普段よりも人の姿は少ないが、それでも一般プレイヤーの姿が全くないわけではない。ユキは無関係な人を巻き込むのを避けるため、なるべく人通りの少ない場所を選ぶようにしていた。

 選んだ場所は主街区の端にある路地裏。周囲にはNPCの店もなく、宿が一軒あるのみ。ここなら誰も来ることはないだろうと考え、今まで動かしていた足を止める。

 腰に差した《アングウェナン》を抜き、後ろを振り返ると、暗い路地裏で月明かりに照らされているPoHが立っていた。

 ユキの後ろで常に一定の距離を保ち、迷わず追蹤したことから、少なくともユキと同等以上のスピードを持っているらしい。振り切るのは不可能と悟った。

 誰もいない静かな路地裏で大型ダガーを持ち、PoHの格好も相まって、その姿はまさに殺人鬼そのもの。例えるとすれば、十九世紀にイギリスでその名を馳せた切り裂きジャックといった所だろうか。

 

「地味な場所だな……」

 

 PoHはダガーの峰で肩を叩きながら、ポツリと呟いた。

 

「華やかな所が良かった? あなたにはここがピッタリだと思うけど」

「Huh、俺を前にしてよくそんな口がきけるな。中々肝が座ってるらしい」

 

 明らかな挑発。

 両者の間にピリピリとした空気が張り詰める。

 

「まぁ、あながち間違っちゃいねえがな。俺みたいな日陰者はここで充分だ。だが、お前はいいのか?」

「……何が?」

「こんな人の来ないような場所じゃ、あんたの仲間どころか、赤の他人にも自分の最期を刻みつけることなく死んでいくんだぜ?」

 

 目には目を、歯には歯を。PoHは挑発に対して挑発で返した。

 

「まだ何も始まってないのに、もう勝負は決まったみたいな言い方はやめて。……それに、私は死なない。みんなが待ってるから」

「……まあいい。折角そっちの考えにのってこんな場所まで来てやったんだ。少しは楽しませてくれよ」

 

 つま先で石畳をトントン、と叩く。

 フードからわずかに覗く口元を歪め、PoHが笑った。

 

「イッツ・ショウ・タイム」

 

 この世界最凶の男が、牙を剥く。

 先に動いたのはユキだった。《アングウェナン》にオレンジのライトエフェクトを纏わせ、短剣上位突進技《アーリー・スピルド》で先制攻撃を狙った。中位突進技の《ラピットバイト》より攻撃速度が速く移動距離も長いので、離れた敵との間合いを一気に詰めるのに重宝されるソードスキルだ。

 PoHとの距離を瞬く間に縮め、切っ先は身体の中心へと向かう。

 だがPoHも黙って立っているわけではなく、真横にスライドする。しかし、それだけではソードスキルを完全に避ける事は不可能。なので、短剣水平単発ソードスキル《スラッシュアーツ》の切り払いを、自身に迫る《アングウェナン》の腹部分に向かってタイミング良く放つ。

 結果、ユキの突進技は軌道を逸らされ、PoHの横を素通りする形で回避された。

 

(――っ!)

 

 ユキは《アーリー・スピルド》による高速の突進に対し、剣の腹を正確にソードスキルで狙って躱したことに驚いていた。たった一回剣を交えただけで、PoHの持つ技術の高さが伺える。

 ユキは体制を立て直してPoHに向き直ると、今度はPoHが動いた。

 

「次はこっちから行く」

 

 PoHがユキに接近し、右手に持つ大型ダガー《鬼喰包丁(オーガ・チョッパー)》による左から右への水平切りで肩を狙う。ユキは姿勢を低くすることでこれを回避するが、右に振り抜かれたダガーは勢いを殺すことなく、相手の左肩から右胴へ切りつける袈裟斬りの軌道に変わる。咄嗟にバックステップで距離を取るが、わずかに反応が遅れたために、左肩を掠めた。

 そしてPoHの攻撃はまだ続く。

 先刻のユキと同じようにダガーはオレンジに輝き、短剣上位突進技《アーリー・スピルド》を繰り出す。

 

「くっ……」

 

 至近距離からの上位突進技を回避するのは不可能とみて、ユキは少しでもダメージを減らすための行動に出た。

 

「やあっ!」

 

 PoHのように、短剣水平単発ソードスキル《スラッシュアーツ》で剣の軌道を逸らすため、剣の腹部分を狙う。だが、PoHのようにはいかなかった。

 

「きゃっ――」

 

 ユキのソードスキルは当たらず、PoHのソードスキルだけが命中した。腹部に当たり、突き飛ばされ、赤いダメージエフェクトと不快感が発生。HPがガクッと減少する。

 石畳を転げ回るが、両手をついて飛び上がり、姿勢を直す。

 

「さっきのお返しだ。諦めずに何とかしようとするその心意気だけは認めてやる」

「……あなたに褒められても嬉しくない」

「素直じゃねえな。まあせいぜい死なないよう足掻いて足掻いて……足掻き続けな」

 

 PoHの猛攻は続く。

 横薙ぎ、振り下ろし、足払いと攻撃の手を緩めない。ユキも剣で斬り結び、時には回避することで渡り合う。お互いがお互いの隙を探り、時には切り、時には突く。両者一つもクリーンヒットはなく、小さなダメージの蓄積によってHPは減少していった。

 

 PoHの繰り出した首を狙った水平切りに対して、ユキは腰を落として剣で受けるーーのではなく、接触する瞬間垂直に立てていた短剣を斜めに傾けることで、《鬼喰包丁(オーガ・チョッパー)》は《アングウェナン》の刃を滑る。PoHの水平切りは大きく振り抜かれ、ガラ空きになった腹目掛けて短剣単発ソードスキル《セイド・ピアース》で突く。

 

「はあっ!」

 

 精一杯の力で放った突きはPoHに命中した……筈だった。

 

「えっ」

 

 PoHが目の前から忽然と姿を消した。

 否、ユキの頭上を前かがみに飛び越えた。一瞬で視界からいなくなったために、ユキにはまるで消えたように見えたのだ。

 

「惜しかったな」

 

 視界の外へ逃げたPoHは《セイド・ピアース》を回避しつつ、ユキの背中から肩にかけて切りつける。

 

「あ、ぐっ……」

 

 この戦闘で二度目のクリーンヒット。またしてもHPが減少した。

 

「Hey、もう終わりか? まだこんなもんじゃねえだろ?」

 

 明らかな安い挑発。幼い少女なら自身の力不足に苛立ち始め、のってくると思っていた。だがPoHは彼女を見誤っていた。ユキは毅然とした態度を崩さずに振り返り、真っ直ぐPoHを見据える。

 

「これぐらいで揺さぶられるような弱者ではない、か……。じゃなきゃこっちも殺りがいが――」

 

 言葉を言いきる前にユキは動いた。

 

「やああっ!」

 

 自身の持つ敏捷値を限界まで引き出し、高速の連撃。斬りつけ、突き、時にはフェイントを交えてPoHに襲いかかり、剣がぶつかるたびに火花が散る。

 それは止まることを知らず、一つ一つのモーションに切れ目が無い、流れるような動き。まるで流麗な剣舞を見ているかのようだった。

 だがそれでもPoHの身体に剣は届かず、ユキの攻撃は全て剣で捌かれる。ここまでくるとモチベーションの維持も難しいだろうが、それでも彼女は諦めなかった。

 

「チッ……」

 

 激しいラッシュにPoHも思わず舌打ちする。カウンターを喰らわせる機会を伺ってはいても攻撃の手が休まる事はなく、防戦一方の状況に苛立ちを覚え始めた。

 しかしそれはユキも同じ。『ここまでやってなぜ届かない』という歯がゆい思いが焦りを募らせる。そんな焦りのせいなのか、モーションが今までよりもやや大振りになった。PoHはこのチャンスを見逃さない。

 PoHは一歩前進して距離を詰めると、振り下ろされる筈だった右腕の手首を左手の甲で受け止め、すかさず《鬼喰包丁(オーガ・チョッパー)》を勢い良く前に突き出した。ユキは後方に突き飛ばされ、HPが危険域(レッドゾーン)寸前まで減少する。

 飛ばされながらも空中で身体をねじる。地面に手をつくことで転倒するのを回避し、最後は両足で着地した。

 

「次はなんだ? それとも手詰まりか?」

 

 両手をダランとぶら下げる一見すると無防備な体制だが、殺気が空気中を、肌を、そして神経を通して伝わってくる。たとえ構えていなくとも意識は戦闘から外れていない。今の状態で斬り込んでもさっきと同じ事の繰り返しだと、ユキは悟った。

 命の残量にチラリと目をやるとあまり余裕のある状態ではない。彼女が次に取った行動は、敵に背中を向けて走ることだった。

 

「なんだ? 今度は鬼ごっこか」

 

 当然PoHが獲物を逃がすわけもなく、全速力で走る少女を全力で追いかける。

 この世界ではステータスの差は絶対であり、下の者が上の者に勝てる道理は決してない。敏捷値でPoHはユキの上をいっているのか、二人の距離はどんどん縮んでいく。

 そして二人が駆ける路地裏の一本道の先に待っていたのは、高くそびえる赤レンガの壁だった。横に抜ける道はなく、逃げ場はない。行き止まりだ。

 二人の距離は5メートルも離れておらず、捕まるのは時間の問題だった。

 

「チェックメイトだ」

 

 本来なら行き止まりの場合、文字通り行き場がないのだから歩みを止めるものだ。しかしユキの足は止まる様子がない。流石のPoHも違和感を覚えた。

 

(一体何を……)

 

 そう思っていると、ユキが前方の壁に向かって跳躍した。空中で水泳のクイックターンのように身体を小さく丸めて回転すると、行き止まりの壁に両足をつけて膝を深く曲げる。それと同時にソードスキルを立ち上げ、壁を蹴った際の反動とソードスキルによるシステムアシストの加速を利用してPoHに突進する。

 

「せやああああ!」

 

 これまでよりもさらに速い短剣上位突進技《アーリー・スピルド》が、標的目掛けて吸い込まれるように進んでいく。

 

「がっ――」

 

 短剣がPoHの身体を完全に捉え、剣でガードするのも避けるのも出来ずに大きく吹き飛ばされた。それと同時にクリティカルヒットの文字が浮かぶ。だがユキが着地するのと同時に、PoHがアクロバットな動きで姿勢を整えると――。

 

「Suck……遊びは終わりだ」

 

 ――そう呟いたPoHの姿が消えた。

 次の瞬間ユキの身体に衝撃が走り、突き飛ばされて背中から赤レンガの壁に叩きつけられた後、地面に倒れる。

 何が起こったのか理解出来ず、地面に伏した状態で顔を上げると、つい今までユキのいた場所にPoHが立っていた。彼の反撃をユキは目で追うことができなかった。

 

(まさか……今まで本気じゃなかったの……?)

 

 今までとは違うPoHの動きは、油断していたとはいえ目で追うことができなかった。おそらくあの一瞬だけはPoHも本気で来たのだろう。

 

「Huh……興醒めだ」

 

 だがあれだけの衝撃を喰らいながらもユキのHPは一ドットも減少しておらず、注意域(イエローゾーン)のまま。つまりこれは圏内設定が発動し、システムによって彼女は守られたという証。そしてユキのパーティーメンバーがイベントボスを討伐した証でもある。

 

(みんな、やってくれたんだ……)

 

 間一髪で助かった事に安堵したユキを、PoHが見下ろす。

 

「自分の運の良さに感謝するんだな……。転移、《はじまりの街》」

 

 PoHは転移結晶を取り出し、コマンドを唱えてその場をあとにする。激闘を繰り広げていたかと思えば一転、辺りは静寂に包まれた。

 誰もいなくなった路地裏の角で呆然と座り込んでいること約5分、ピスケスとの戦闘を終えたアレッシオ達五人が駆けつけた。

 

「ユキさん、大丈夫ですか!」

 

 声を掛けられてハッと我に返る。俯いていた顔を上げ、いつもの笑顔で五人を見た。

 

「うん、大丈夫。みんなお疲れ様!」

「PoHは? あの野郎は何処に行きました?」

「《はじまりの街》に転移したみたい。でも今追っても別の所に逃げちゃってるかも……。ごめんね」

「いやいや、気にしないで下さいッス。それよりもユキさんが生きてて良かったッス」

「全くもってその通りですね。みなさん心配してたんですよ」

「そうそう。それにアレッシオが――モガッ?!」

「エリック少し黙ろうか」

 

 アレッシオがエリックの口を両手で塞ぎ、エリックがジタバタともがく。

 

「と、とにかく! 僕らは早く上層のメンバーと合流しましょう」

 

 アレッシオの言うとおり、当初の作戦は中層に出現したボスは短期決戦で撃破。その後、他の《血盟騎士団》のパーティーに合流して加勢する手筈になっている。

 五人が歩き始めるが、ふと後ろを振り返るとユキはいまだに路地の角で地面に座り込んでいる。疑問に感じたアレッシオが踵を返してユキに近付いた。

 

「どうしました?」

「……ごめん。その……腰が抜けちゃって……誰か肩を貸して欲しいなあ、なんて」

 

 最凶最悪のプレイヤーとの戦闘を終えたユキは緊張状態から解き放たれ、安心した結果腰を抜かしてしまった。いくら攻略組の一員といっても、中身はまだまだ子供なのだ。

 

「はいっ! それならオレが――」

「エリックは下心がありそうだから、他の人でお願い」

「ちょっ、触られたくない的なっ!? それ、オレ達にとってはご褒美ですよ?!」

『お前(あなた)と一緒にするなっ(しないで下さい)!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 照りつける太陽と青空の下、地面を彩るのは小さな花達。時折吹く風によって花びらが宙を舞い、空間的が彩られる。

 

 ――キンッ

 

 47層のフィールドダンジョン《思い出の丘》で、《血盟騎士団》はヴィルゴとの戦闘を続けている。

 

 ――キンッ、キンッ

 

 そして戦闘中の《血盟騎士団》の後ろでは二人の剣士がぶつかり合い、剣と剣の擦れる音が空気を震わせる。

 ぶつかり合うのはレイピアとエストック。どちらも相手を『突く』という行為に秀でた武器である。しかし、似たような武器でも重量はエストックのがレイピアよりも軽量であるため、同じ性能の武器ならエストックに軍杯が上がるというのが通説だ。

 そして二人の武器性能に大差はなく、それだけでみればザザの有利だ。しかし、プレイヤースキルの話は別問題である。

 

(この、女っ……)

 

 ザザが突きを繰り出すと、アスナも突きで応戦。レイピアの剣先で正確にエストックの先を当てる技量にザザも度肝を抜かれる。アスナの持ち味は剣速に加え、この針の穴を通すような正確さ。

 

「せいっ!」

 

 そして当初は拮抗していたかにみえた両者の間で徐々に差が出始め、それは頭上に表示されたHPバーが物語っていた。

 アスナのHPは未だ安全域(グリーンゾーン)なのに対し、ザザのHPは注意域(イエローゾーン)に突入している。いくらザザが『高』速の剣技を用いたとしても、『光』速の剣技をもつアスナには適わない。《閃光》の名は伊達ではなかった。

 

「はあっ!」

 

 右肩を狙った突きをアスナは切り上げで弾くと同時に、ザザの懐へ侵入する。するとレイピアがライトエフェクトによって輝き出す。

 

「せやぁぁぁあ!」

 

 中段突き三回、往復の切り払いに続いて斜め切り上げ、最後に上段突き二回。アスナが装備するレイピアで上位に属する、細剣上位八連撃ソードスキル《スター・スプラッシュ》がヒットした。

 ザザのHPがこれまでよりも大きく減少し、二人の間にあった差はさらに大きなものとなった。

 

「大人しく監獄エリアに入るのをお薦めします。そうすれば命までは奪いません」

 

 勝敗は完全に決し、地べたに伏すザザをアスナが見下ろす。ザザにとってこれほどの屈辱は初めてであり、ギュッと唇を噛みしめた。

 

「《閃光》、次は、必ず、殺すっ!」

 

 ザザが取り出したのはボタン式の爆弾。

 スイッチを入れて放り投げると、アスナはバックステップで距離を取る。瞬く間に爆発し、爆発地点を中心に白い煙が舞い上がった。煙がはれて視界がクリアになると、先程までいたザザの姿は見当たらない。おそらく《隠蔽》スキルを使って逃亡したのだろう。《索敵》スキルを鍛えていないアスナに、ザザの追跡は不可能だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって30層のフィールドダンジョン《フラムジャングル》。こちらは防戦一方、その一言に尽きた。

 カイト・キリト・エギル各人がそれぞれ三人のプレイヤーを相手にひたすら剣撃の嵐に耐えている。一本の剣で三本の剣を防ぐのは不可能なので、時折回避も織り交ぜてはいるが、HPの減少は止められない。

 

(趣味悪いな、クソッ!)

 

 ラフコフメンバーは一度もソードスキルを使用していない。どうも彼らはソードスキルを使わずにじっくりゆっくりいたぶり、三人の誰かがシビレを切らすのを待っているようだ。

 

「ほらほら〜、やられっぱなしじゃ嫌だろ? やり返してもいいんだぜ〜?」

 

 人の神経を逆撫でするような言動に舌打ちをしたくなる。だがグッと堪えて彼らは耐えていた。

 

「カイトさん……」

 

 手を出すわけにはいかない。もしも出したのなら、すぐに人質となっているシリカの喉元にあてているナイフで彼女の喉を裂き、HPはゼロになるだろう。それだけは何としても避けたかった。

 

「それにしてもよく耐えるねぇ。そんなにあのおチビちゃんを助けたいの? いい加減諦めて自分の心配をしろって」

 

 カイトを含め、パーティーメンバーであるキリト・エギル両名のHPは注意域(イエローゾーン)に入っており、危険域(レッドゾーン)になるのも時間の問題。そろそろ我慢の限界だろうと、ジョニー・ブラックは感じていた。

 

「ぐわぁぁぁ!」

「エギル!」

 

 エギルがラフコフの攻撃をモロに喰らう。そのせいでとうとうHPが危険域(レッドゾーン)に突入した。

 

(私のせいで……)

 

 シリカは自分のせいで三人を巻き込んでいることに対し、心苦しい思いでいっぱいだった。元はと言えばカイト達に助けられた後、すぐに転移結晶で離脱していたら、自分がこんなところにいなければ……。

 

(どうしよう、どうしたら……)

 

 だが『たられば』を言っていても仕方がない。こんな自分でも何か役に立てることはないかと、シリカは考えを巡らせる。

 敵は11人。内9人はカイト達と戦闘中で、残り2人はシリカとピナを人質に武器を突き立てている。カイト達は下手に動けないし、ピナは拘束されているうえに口輪を装着させられているので、ヒールブレスもバブルブレスも使えない。

 

 そもそも人質がいなければカイト達がここまでおされるなどないはずだ。この状況を打開するには、人質であるシリカが動けば何か変わるかもしれない。

 だが同時に不安でもあった。彼女はあと一撃喰らえばこの世界から永久退場するだろう。『自分が死ぬかもしれない』という恐怖が彼女の頭をよぎる。

 

(それでも……私がやらなきゃ……)

 

 幸いにもシリカの装備は奪われていない。襲撃はあっという間だったため、ガタガタと肩を震わせて抵抗する素振りも見せなかった事から、ラフコフメンバーは彼女をすぐに殺せる準備だけして人質とした。見た目が子供というのもあって、油断もしただろう。

 シリカは決意を固める。ナイフを向けているラフコフプレイヤーはいたぶられているカイト達を下卑た笑みを浮かべながら見ており、既にシリカに意識を割いていない。チャンスはここしかなかった。

 シリカは腰に差した短剣を素早く引き抜き、ラフコフの右手の手首を突き刺した。

 

「なっ!?」

 

 驚いた拍子でナイフが首元から離れると懐から抜け出し、180度ターンして振り返った後、短剣を思い切り振り下ろして相手の右手首を切り落とす。切り落とされた部位は地面に落下すると、ポリゴン片となって爆散した。

 

「こ、このガキっ!」

「きゃあぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 ピナを捕らえていたラフコフプレイヤーが異変に気付き、毒ナイフでシリカに襲いかかる。たまらずシリカは目を瞑り、悲鳴をあげた。

 

「よくやった、シリカ」

 

 声と同時にヒュンッ、という風切り音が聞こえた。身体を強張らせて目を瞑っているシリカは何が起きたのかわかっていない。だが一つだけ言えるのは、いつまで経っても何も起きないという事。おそるおそる目を開けると、ラフコフ二人が地面に倒れる瞬間が目に飛び込んできた。

 唖然としていると背中側から回復結晶のコマンドが聞こえ、シリカのHPが一気に満タンになった。

 

「ありがとな、シリカ」

 

 声の主はカイトだった。シリカは状況の変化についていけていない。

 

「い、一体何が?」

「説明は後でするか……らっ!」

 

 カイトは腰のホルダーにあるピックを指の側面で挟みながら三本抜く。エギルに襲いかかっているラフコフ三人に向かって、投剣ソードスキル《トリプルシュート》でピックを投げる。三本それぞれが命中するとHPが黄色く点滅し、膝から崩れ落ちて地面に倒れた。

 

(麻痺!?)

 

 シリカは理解した。そして今まで気付かなかったが、目の前で倒れているラフコフも麻痺状態になっている。

 

(盾を持たない片手剣使い、それに麻痺毒のピック……)

 

 実際に会ったことはないが、特徴ぐらいはシリカも知っていたし、知り合いから話も聞いたことがあった。一時期中層に蔓延(はびこ)っていたオレンジギルドを次々と壊滅させ、監獄送りにしたプレイヤーがいる、と。

 

「もしかして……カイトさんは()()《掃除屋》ですか?」

「あー……シリカにとっては()()()()()()のが馴染み深いか……。どういう風に伝わってるかは知らないけど、多分シリカの知ってる情報は色々と尾ひれついてるよ」

 

 以前カイトは意図せずオレンジプレイヤーと頻繁に遭遇し、その都度監獄送りにした経緯がある。その光景を見たプレイヤーが伝言ゲームのように他のプレイヤーへ話したことで噂が広がり、中層以下のプレイヤー達にとって《掃除屋》は『オレンジから自分達を守ってくれるヒーロー』という、少々美化された意味合いで広まってしまった。

 

「そいつらしばらく動けない筈だから、安心して。さてと……」

 

 カイトはピナの元へ駆け寄り、ピナを拘束しているロープと口輪を外す。自由になったピナはシリカの胸に飛び込んだ。

 

『きゅるるるっ』

「ピナ! よかった……。あの、ありがとうございます」

「どういたしまして。それじゃあキリトに加勢――っと。その必要はなさそうだな」

 

 人質さえいなければ怖いものはない。キリト達は水を得た魚のように遠慮なくその実力を発揮し、ラフコフ勢を圧倒する。ジョニー・ブラックを除いた他二名は、エギルが取り押さえた。

 

「あとはお前だけだな、ジョニー・ブラック」

「……ちぇっ、まさかそのおチビちゃんのせいでゲームが台無しになるなんて思わなかったよ。まあ次会う時は別の面白いゲームを用意して殺しに行くから、楽しみにしてな」

「……次なんてない。お前を見逃すわけないだろう?」

「だろうね〜。だからさ……こうするんだ…………よっ!」

 

 ジョニー・ブラックが掌サイズの物体を宙に投げる。物体は突然空中で強烈な閃光と音を発し、その結果キリト達は目と耳を封じられた。

 その正体は主にモンスターやPKから逃れる際に使用するアイテム《スタングレネード》だった。

 

「くっ!」

 

 スタングレネードは相手の目と耳を数秒間封じる以外に、一定時間《索敵》スキルを使用不可状態にする目的もある。よって目と耳が回復したとしても、高度な《隠蔽(ハイディング)》スキルを持つジョニー・ブラック相手に、《索敵》スキルなしでは追跡も出来ない。視界が鮮明になる頃には、既にジョニー・ブラックの姿はなかった。

 

「逃がしたか……」

「それよりも全員無事で何よりだ。シリカも無事だしな」

「あ、あのみなさん、本当にすいませんでした。私のせいで……」

 

 シリカは自分のせいで皆を危険な目に合わせたことに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

「君が気にすることじゃないよ。それにシリカが勇気を出してくれたおかげでカイトも動けたし、助かることができたんだ」

 

 もしもあのままだったら三人は今頃死んでいたかもしれない。それどころか、シリカもあの後殺されていた可能性が高い。彼女の行動が、この場にいる全員の命運を分けたのだ。

 

「念のためシリカは安全な場所までオレ達と一緒に行こう。で……こいつらはどうする?」

 

 『こいつら』とは、カイトの麻痺ピックで動けなくなっているラフコフだ。流石に数が多すぎるので全員運ぶのは不可能だし、かといってオレンジプレイヤーをこのまま放置するわけにもいかなかった。

 どうしたものかと途方に暮れていると、カイトがすぐに解決策を提案する。

 

「回廊結晶で監獄エリアに送ろう。出口が設定済みのをちょうど一つ持ってるし」

 

 結晶アイテムはその利便性から今だに高価な代物だが、その中でも現段階においてモンスタードロップでしか入手できず、自由に転移場所を設定できる回廊結晶は非常に貴重なアイテムだ。その貴重なアイテムを惜しげもなくカイトは差し出す。

 

「やけに準備がいいじゃねーか」

「ほら、『備えあれば憂いなし』って言うだろ? オレンジと遭遇するなんてオレにとっては別に珍しくないから、それ用に一個は常備してるんだよ……。まあ、シンカーが協力してくれてるから出来るんだけどな。……コリドー・オープン!」

 

 カイトがコマンドを唱えると目の前に光の渦が発生し、ラフコフメンバーは監獄エリアへ送られることとなった。




前半の戦闘で息切れ……アスナの描写が少ないのはそのせいです。やってしまったorz

PoHが膝をつく姿が想像できず、その一方でザザがコテンパンにやられました。彼は犠牲になったのだ……。

カイトの二つ名には『対集団特化』と『オレンジ狩り』の二つの意味合いを持たせました。『オレンジ狩り』はそのままの意味ですが、『対集団特化』は別の本質があります。後に明らかにしますが、ヒントになりそうな描写は今後も載せていく予定です。

2章も終盤に差し掛かりました。予定ではあと2話+番外編1話で締めくくるつもりです。
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