ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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今回はいつもより少し短いです。



第19話 悲しい事と嬉しい事

 最後の一体を葬ったことで、緊急イベントクエスト《星夜祭》の終了を知らせる鐘の音が鳴る。各プレイヤーの前にシステムウィンドウが表示され、獲得した経験値・コル・ドロップアイテムがまとめて与えられた。

 しかし、彼女にとっては鐘の音もウィンドウの表示も、最早どうでもよかった。

 

 ――残り10秒――

 

「あ……ああ……」

 

 悲鳴を広場に響かせたユキの声は小さく、細く収束していった。地面に座り込み、深く項垂(うなだ)れている彼女に声をかける者はいない。否、かけることが出来ない。何より悲しみを抱いているのは彼女に限った話ではない。

 

 ――残り9秒――

 

 今回の戦いで多くのプレイヤーがその身を散らし、数ヶ月以上の時を共に過ごした仲間がこの世界から永久退場してしまったのだ。

 そうでない者でさえ、安心して緊張の糸が切れ、そこにドッと疲れが押し寄せる。戦いは終わったというのに、歓喜の声をあげる者は一人だっていなかった。

 

 ――残り8秒――

 

「こんなの……嬉しくないよ…………」

 

 『彼は私を助けてくれた』

 本当なら死んでいたのは彼女だった。共に旅立ったあの日にした約束を果たすため、身を挺して庇ってくれた。

 

 ――残り7秒――

 

 しかし、もう既に彼はいない。仮想世界からも現実世界からも退場し、彼の笑った顔や怒った顔、些細な仕草やクセを見ることも、声を聞くことも出来はしない。

 

 ――残り6秒――

 

 『もっと話したかった。もっと一緒にいたかった』

 心に大きな穴があく。後悔が募ると同時に、デスゲームが始まった日に感じたものと同じ大きさの絶望が、あいた穴に入り込んで膨張を続ける。

 

「私の……」

 

 ――残り5秒――

 

「大事な人を……」

 

 ――残り4秒――

 

「返してよ……」

 

 ユキの瞳からは大粒の涙が溢れ、頬を伝うと落下して地面を濡らす。肩を震わせるユキの姿を後ろから見たアスナは、彼女にどう言葉をかければいいのかわからなかった。

 

 ――残り3秒――

 

 静寂に包まれた中央広場で唯一響く足音。小さかった音は次第に大きくなり、地面に伏して肩を落としているユキの近くまで来た。

 

 ――残り2秒――

 

 顔を上げると赤バンダナに侍姿のクラインが立っていた。右手で握り拳を作り、腕を肩の高さまで持ち上げる。瞳に溜め込まれ、溢れんばかりの涙のせいで視界がボヤけているが、拳の中に小さな結晶アイテムとおぼしき物が握られていた。

 

 ――残り1秒――

 

「蘇生! カイト!」

 

 クラインの声に反応し、拳の中にある結晶アイテムが輝き出した。エメラルドグリーンの光が小さな粒子に変換され、吸い込まれるようにカイトの立っていた場所へと向かう。上から下へ雪のように舞い落ちると光の粒子が凝集し始め、地面に近い場所を起点にして人の姿を形作っていった。

 最初に足を始めとする下半身から上半身へと続き、最後に頭が再構成される。そうして現れたのは、死の淵から蘇ったカイトの姿だった。彼は閉じていた眼を開け、キョロキョロと辺りを見回す。

 

「……あれ? オレ、死んだんじゃ――」

 

 言葉を言い終わるよりも早く、カイトに何かがぶつかった。その衝撃で身体がフラついたが、その場で踏ん張って堪える。顔を右に向けると、カイトの右腕に抱きついて顔をうずめるユキの姿があった。

 

「はぁっ!? ユキ?! えっ!? ちょっ!」

 

 死んだと思ったらなぜか生き返り、生き返ったらユキに抱きつかれるという突然の出来事の連続に思考が追いつかず、脳の処理速度を完全にオーバーしてしまった。カイトの顔は熟れたリンゴのように赤くなり、動揺から言葉が(ども)る。

 

「……よかった……本当によかった……」

 

 涙まじりの声で発したのは、心の底から安堵した彼女の気持ちだった。

 彼女にとってこの世界で二人目となる大切な人の死。その存在が戻ってきたのを確認するかのように、彼女は咄嗟に、そして無意識に、カイトを強く抱きしめた。

 そんな彼女を無下に引き離す事も出来ず、緊張しつつもされるがままのカイトは、空いている左手の指で照れ臭そうに頬をかいた。

 

「どうだ? 三途の川から戻ってきた気分は?」

 

 二人に近寄ってきたキリトが問いかけた。

 

「悪くはない……かな……。そっか、クラインが蘇生アイテムをオレに使ってくれたのか……」

 

 蘇生アイテムとはつい先日、クリスマス限定のフラグMob《背教者ニコラス》を討伐した際にドロップした《還魂の聖晶石》の事だ。キリトはドロップした《還魂の聖晶石》をより有意義に使ってくれる人物と確信して、クラインに直接手渡していた。

 

「でもクライン……本当に良かったのか?」

「何がだよ?」

「てっきりギルドメンバーにもしもの事があったら、使うもんだと思ったんだけど……」

「いいってことよ。ウチの連中は鍛えてるからな! 悪運の強い奴ばかりだから、ちょっとやそっとじゃ死にやしねぇよ! それに、元々これはキリトのもんだ。きっとこいつも同じ事をしただろうさ」

 

 隣にいるキリトの頭を少々乱暴にガシガシと撫でる。キリトが迷惑そうな目でジッと見るが、そんなのはお構いなしの様子だ。

 

「それと、いくらステータスが強くても中身はまだまだ子供なんだよ。なんでも自分達で解決しようとするな」

 

 諭すような彼の口調から真剣さが伝わってくる。

 50層のボス戦も《ザ・スコルピウス》との戦闘も、自分達の力で勝利への活路を切り開く事ができれば、あるいはそのためのキッカケを作れればと思い、自らの身を危険に晒しながら挑んできた。

 結果的に彼らは今回も生き残れたが、そんな無茶がいつまで保つのかはわからない。現に死にかけたのだから。

 

「大人に頼るのは子供の特権、子供に頼られるのは大人の特権だ。お前らはもっとオレ達を頼れ」

 

 そう言ってニカッ、と笑う。

 普段は親しみやすいくせに、時折相手を思い、的を得た発言をする。

 

(敵わないなぁ……)

 

 思わず、クスッと笑ってしまった。

 こんな彼だからこそ、《風林火山》のメンバーはクラインについてきているのだろう。

 

「ありがとう……」

 

 カイトは彼に対し、感謝せずにはいられなかった。

 

 そんな彼らとは逆に喜びを微塵も感じられず、行き場の無い怒りや哀しみを何処にぶつければいいかわからない者達がいた。

 

「畜生……何でレイモンドなんだよ……」

 

 この世界で出会った友の死を嘆き、哀しみに明けくれる《血盟騎士団》メンバー達。

 その中でただ一人、毅然とした姿勢を崩さずに佇む聖騎士の姿があった。

 

「たしかに彼に関しては残念な結果となってしまった。クライン君のように蘇生アイテムがあれば状況は変わっていたかもしれないが、それでも彼の蘇生は間に合ったか微妙な所だろう」

「……団長、どういうことですか?」

 

 アスナがヒースクリフに問う。彼は顎に手を当て、少しだけ考える素振りをみせた。

 

「クライン君が蘇生のために急いでいた様子からして、時間制限があるのだろう。おそらくアバターが消滅してからナーヴギアの脳破壊シークエンスが発動するまで、せいぜい10秒程度だ。熾烈極まるあの戦場で限られた時間の中、焦らずにストレージからアイテムを取り出して彼の名を呼ぶのは、中々に難しいと私は思うがね」

 

 ヒースクリフの評価は非常に厳しいものだった。言い換えれば『どちらにせよ、結果は変わらない』と言っているようなものなのだから。

 

「だが全ては憶測にすぎん。団員達の中で誰も蘇生アイテムを持っていなかったのだから、結果が変わることはない。我々に出来るのはレイモンド君の死を無駄にしないためにも、歩み続けるだけだ」

 

 淡々とした口調だが、不思議とヒースクリフが発するだけで団員達の心が奮い立たされる。これは彼のカリスマ性あってのものだろう。

 そして自分の所属するギルドの団長が発した声は耳に入らず、ユキは未だカイトの右腕に顔をうずめたまま、離れる様子がない。

 

「ゴメンな、心配かけて」

「……うん……すっごく心配した」

「それで、さ……そろそろ離れて欲しいな〜、なんて」

 

 ユキはうずめていた顔を上げ、潤んだ瞳による至近距離からの上目遣いで一言。

 

「やだ……」

 

 その仕草と声のトーンは、収まりかけていたカイトの頬を赤く染め上げるのに十分過ぎる威力を発揮した。左手で口元を隠し、顔を背ける。

 

(い、今のはヤバイ……)

 

 SAO特有の過剰な感情表現によって、彼の心情が顔全体に表れる。オーバーヒート寸前だ。

 ユキに至っては無自覚のため、小首を傾げてキョトンとした。

 

「ほら、周りの目も気になるし……」

 

 カイトが視線を周囲に泳がせる。つられて彼女も周りを見ると、近くにいるプレイヤー達の注目を二人で浴びており、それに気付いたユキは密着していた身体を離し、ほんの少しだけ距離をとった。

 無意識とはいえ、異性に抱きついていた事実にふつふつと羞恥心が込み上げてくる。カイトの顔に負けず劣らず、ユキの顔もたちまち赤く染まっていった。

 

(な、何か話題……)

 

 この状況を誤魔化すために、ユキは思考を巡らせる。

 そして考えた結果――。

 

「そ、そもそも何であんな危ないことしたの?! 今回は運が良かったけど、もしかしたら死んじゃってたかもしれないんだよ!」

「あ、あのままだとユキが危険だったから助けたんだろっ!」

「だからって女の子を蹴り飛ばすなんて乱暴だよっ!」

「非常事態だったし、ああするしか方法が思いつかなかったんだよ! それにオレが助けなかったらボスの攻撃をモロに喰らってただろ!」

「べ、別に……そんなことないもんっ! ちゃ、ちゃんと対応できたよっ!」

「嘘だっ! その顔は絶対嘘だっ!」

 

 ――誤魔化すために振った話が、なぜか口喧嘩に発展した。

 

「何言ってるんですか、ユキさん。あなたもあのPoHと一対一で戦うなんて危険な真似してたじゃないですか」

「はあっ!? PoHってまさか、ラフコフの?!」

「? それ以外に誰がいるんです?」

 

 そして二人の口撃が続く中、アレッシオが更なる燃料を追加した。カイトは彼の言葉を聞き逃さず、アレッシオを見た後に再びユキに視線を戻す。

 

「PoHとタイマンって何考えてるんだよ! そっちこそ危ないことしてるじゃんか!」

「それはしょうがないのっ! 放っておいたらボスとの戦闘を邪魔されて誰かが犠牲になってたかもしれないし、引きつけ役が必要だったの!」

「だからって――――」

「それは――――」

 

 二人の口撃はさらにヒートアップし、もう手が付けられない状態だった。

 

「キリトっ!」

「アスナっ!」

「えっ!?」

「何っ?!」

 

 周りもやれやれといった具合で呆れていたが、急に名前で指名されたキリトとアスナは驚いて声をあげる。

 

「ユキのが悪いよなっ?!」

「カイトのが悪いよねっ?!」

「え、え〜っと……」

 

 キリトはどちらに味方していいかわからず返答に困っていたが、二人の問いかけをアスナが一喝した。

 

「どっちもどっち……ですっ!」

 

 その一言でその場は一先ず終息し、二人とも借りてきた猫のように大人しくなる。

 

 《はじまりの街》上空を覆っていた分厚い雲は霧散し、いつの間にか肌を刺すように冷たい雨は止んでいた。

 曇天が晴れてクリアになった仮想の夜空に冬の星座が瞬き、剣士達の長かった戦いは幕を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し流れ、場所を移す。

 《星夜祭》の終了から二日が経過し、とある階層・とある家の一室。彼は自分専用の部屋にある椅子に座り、顎に手を添えて考え事をしていた。机上(きじょう)に設置してあるランプシェードの傘から漏れる光が、彼の顔を照らす。

 今回の戦いで初となるお披露目だったが、デビュー戦としては上出来といえた。攻略組のみならず、最後は普段目にすることのない中層以下のプレイヤーにも、強烈な印象を抱かせる事に成功した。

 その一方で、少々やりすぎたと感じる所もある。《ザ・スコルピウス》の最初に出現する地点が五十層というのは()()()()()()だが、攻略組の死者数が予想以上に多かった。

 

(今後に支障をきたすかもしれない……)

 

 予想される階層攻略の遅れは兎も角、本気で攻略に挑むプレイヤーの数が減りすぎるのは正直良くはない。

 道はまだ半ば。まだ見ぬ第三のクォーターポイントも控えており、こちらでも死者が多数でるのは容易に想像できた。アレを相手にするのは攻略組とはいえど、苦戦は必須である。

 プレイヤーには第100層の《紅玉宮》まで到達してもらう必要がある。ゲームはエンディングを迎えることで、初めて一作品として完結するのだ。それがこの世界を創造した彼の密かな、もう一つの目的。

 

(予定より早くなってしまうが、致し方ない……)

 

 彼は()()を縦に振ってシステムメニューを起動する。指先で一つずつタップし、とある項目が表示された。

 その項目の全てとはいかないが、この世界では神にも等しい権利を行使し、いくつかがロック状態からアンロック状態になった。これで時期が来れば、おのずと条件を満たした者の目に触れる事になる。

 どう動くかは授けられた者次第だが、少なくともゲームをより盛り上げるきっかけにはなるだろう。

 

(さぁ、ゲームはようやく折り返しだ。残り50層、存分に楽しんでもらおう)

 

 全てがシナリオ通りではつまらない。彼も過干渉するつもりはないが、時にはスパイスを加える必要もあるだろう。

 彼が水面(みなも)に投じた一つの石は、一体どんな波紋を、どんな波を生み出すのか。

 

 それは彼にもわからない。




見事生還を果たしました。一応主人公な訳ですし……というかこれしか展開が浮かびませんでした。

次回は番外編です。
2章は戦闘ばかりだったので、日常回を挟んでこの章を締めくくってから3章に移ります。チョコっとお待ち下さい。
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