ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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3章はSAOヒロインズに焦点を当てていきます。
一人目はシリカです。



第3章 -花と星と太陽の記憶-
第20話 竜なき竜使いと生命の花(前編)


 2024年2月下旬。

 新年早々に行われた激闘から、早くも2ヶ月が経とうとしていた。

 ハーフポイントのフロアボス戦と緊急イベントによって攻略組の数は減少。当初懸念されていた攻略速度の遅延は現実のものとなり、攻略組の面々は頭を悩ませる。

 現在の最前線は54層。そこの転移門広場でカイト・キリトの二人は今日の狩りを終え、宿に戻る所だった。

 

「それで、今日のメニューはどうする?」

「シェフのおまかせで頼む」

 

 キリトの言う『シェフ』とは、カイトのことだ。彼は以前からスキルスロットに余裕ができたら《料理》スキルを取得しようと考えていた。そして《料理》スキルを習得してから、朝・昼・夜の三食は全てカイトが作る事になっている。

 

「作る側からすれば、それが一番困るん――」

 

 カイトの元にメッセージの受信を知らせる通知音が鳴り、言葉を途中で切る。アイコンをタップして差出人を確認した。

 

「ごめん、アルゴからメッセージが来た」

 

 内容を確認したカイトは険しい顔つきになった。彼女から送られてくるメッセージの内容は大抵決まっている。

 

「またオレンジ絡みか?」

 

 中層以下は最前線と異なり、オレンジプレイヤーの絡んだトラブルがあとを絶たない。恐喝・強盗・最悪の場合殺人などの事件が、今もアインクラッドのどこかで発生している。

 そういったトラブルの解決依頼が情報屋のアルゴを仲介役として挟み、カイトに伝えられる事も珍しくない。その影響からか、《掃除屋》の名前は広がるばかりだ。

 

「正解。アルゴはこの近くにいるみたいだけど……」

 

 キリトの問いに返答しつつ、返信のメッセージを作成。送信ボタンをタップしてから五分と経たず、見慣れた姿が二人の前に現れた。

 

「お〜い。カー坊、キー坊!」

 

 真正面から二人の名を呼ぶ女性の声が聞こえる。頭に被ったフードから覗く金褐色の巻き毛。そして彼女曰く、両頬に描かれたチャームポイントである三本線のヒゲペイント。彼女こそがアインクラッドでも凄腕の情報屋《鼠のアルゴ》だ。

 

「急に悪いナ、カー坊。この後何か予定でもあったカ?」

「いや、特にないよ。……悪いなキリト、今日のシェフのおまかせはなしだ」

「ちょ、ちょっと待てカイト! それだとオレの夕飯はどうなるんだ?!」

 

 娯楽の少ないSAOでは食事ぐらいしか楽しみがない。食い意地の張っているキリトにとってみれば、NPCレストランよりも美味しい料理を作れるスキル保持者がいなくなるのは、死活問題に等しかった。

 

「うーん、そうだな……NPCのレストランで済ませてくれ。それか依頼の手伝いをしてくれるなら、夕飯はいつも通りオレが作るぞ」

「任せろっ! それで内容はっ?!」

敵討(かたきう)ちだ。仲間を殺したオレンジを、回廊結晶で牢獄に入れてほしいって内容。依頼者は《シルバーフラグス》っていう中層ギルドのリーダーらしい」

「そういうことダ。依頼者から監獄エリアに設定済みの回廊結晶を預かってル。先に渡しとくヨ。……それと、今オネーサンが追加の情報を送るからちょっと待ってナ」

 

 カイトに回廊結晶を渡したアルゴはホロキーボードを起動し、慣れた手つきで素早く情報を打ち込む。

 しかしアルゴが情報をカイトに送信する前に、新しいメッセージの通知音が鳴った。

 

「シリカ……?」

 

 送信者は2ヶ月前に偶然助けたビーストテイマーの少女、シリカだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人はアルゴと別れた後、第35層主街区《ミーシェ》に転移する。

 転移門広場に到着すると、すぐ側にある石段に座って俯いているツインテールの少女・シリカの姿があった。だが2ヶ月前にはいた筈のシリカの相棒、彼女がビーストテイマーと呼ばれるキッカケとなった《フェザーリドラ》のピナの姿だけは、どこを探しても見当たらない。

 

「シリカ」

「あ……カイトさん、キリトさん……」

 

 名を呼ばれたシリカは俯いていた顔を上げた。シリカの反応は弱々しく、力がこもっていない。二人を見た彼女は涙を浮かべ、声を絞り出した。

 

「ピナが……ピナが……」

「……取り敢えず落ち着こう、シリカ。そして何があったか、一から順に話してくれないかな?」

 

 キリトが促すと、シリカは涙を拭ってポツポツと語り始めた。

 

「……はい。……私、普段よく他の方達からパーティーに誘われるんです。それで今日もパーティーを組んで《迷いの森》で狩りをしていました。だけど、その中の一人とアイテムの分配で揉めてしまって……私が怒ってパーティーを抜けた後、一人でフィールドを突破しようとしたんです。でも私にはまだ《迷いの森》を一人で抜けるには力不足だったみたいで……モンスターと遭遇してピンチになった時、ピナが……私を庇って……それで…………」

 

 それが彼女の側にピナがいない理由だった。

 本来モンスターは単調なアルゴリズムしか持っておらず、プレイヤーにテイミングされている使い魔だとしてもそれは変わらない。使い魔が主人を守るために身を呈して助けるというのは、にわかには信じ難いが非常に高度なことなのだ。

 

「……私、ピナがいなくなった瞬間は頭が真っ白になりました。でも、ピナが折角命を張って助けてくれた事を無駄にしたくなくて……なんとか主街区まで辿り着く事が出来て、カイトさんにメッセージを送ったんです」

 

 全てを話すとシリカは座っていた石段から立ち上がり、二人に向き直った。

 

「攻略組のお二人なら、ピナを生き返らせる手掛かりを何か知りませんか? もしご存知なら、どうか教えてください! お願いします!」

 

 シリカは深く頭を下げて懇願する。カイトとキリトは顔を見合わせると頷き合い、目の前の少女に視線を戻した。

 

「わかった。オレ達で良ければ協力するよ」

「あ、ありがとうございます!」

「但しオレは別の用事があるんだ。だからピナの件はキリトに頼みたいんだけど……いいか?」

「ああ、任せろ。一先ずここは人が多いから、場所を変えよう。あとシリカ、ピナが死んだ時に何かアイテムがなかったか?」

「はい。あります」

 

 シリカはメニューを操作してアイテムをオブジェクト化すると、彼女の手に一枚の羽が現れた。

 

「良かった。それは使い魔蘇生に絶対必要な《心》アイテムなんだ。それさえあればピナの蘇生は可能だよ。それと――」

 

 キリトが右手を振って操作をし出した。するとシリカの前にトレード申請画面が表示され、ダガー・アーマー・ブレザー・ブーツやベルトといった装備類の名前が次々と連なっていく。

 

「ピナの蘇生手段は確かにあるけど、それはここよりも上層にあるんだ。だからこれでレベルの不足分を補って、道中はオレがサポートしよう」

「すみません。色々とお世話になりっぱなしで。あの、何かお礼を」

「別にいい……いや、やっぱ貰っとこう。シリカ、夕飯はこれから?」

「はい、そうですけど?」

「じゃあ材料費だけ貰おう。それでカイトに今夜の食事を――」

「あら、シリカじゃない」

 

 唐突に聞こえたのは女性の声だった。

 カイト・キリトの正面、シリカの後ろにいたのは槍を携えた赤髪の女性。年齢は若く大人の色気を醸し出しており、一言で言えば『大人のお姉さん』だ。線の細さと女性にしては高い身長から、彼女のスタイルの良さが伺える。

 

「ロザリアさん……」

「まさか森を一人で抜けれるなんてね……よかったじゃない」

 

 ロザリアと呼ばれた女性の言葉に抑揚はなく、シリカの無事を喜ぶ事も安堵している様子も伺えない。むしろどうでもいいとさえ感じられる。

 普通同じパーティーを組んでいた者が途中で別れ、その後無事を確認する事が出来たのならこんな心のない反応はしない。つまりロザリアにとって、シリカの生死はどうでもよかったのだろう。

 

「……そういえばあのトカゲが見当たらないわね。どうしちゃったの?」

 

 シリカにとって今最も触れてほしくない話題を出した。

 使い魔はアイテムと違い、ステレージに収納する事など出来はしない。《飼い慣らし(テイミング)》スキルが一定以上あれば多少主人から距離を取れるが、基本的には常に主人の周りに寄り添って行動を共にする存在なのだ。それはビーストテイマーでない一般プレイヤーにも広く知れ渡っている情報、いわば常識。その使い魔が見当たらないのなら、その答えはたった一つしかない。ロザリアはわからないのではなく、わかっていながら聞いている。

 

「ピナは死にました……でも、私が絶対生き返らせます!」

 

 今までよりも一段と口調に力がこもる。それだけシリカにとってピナという存在は大きなものなのだ。

 

「ふうん……でもどうやって?」

「それは……」

「おっと、そこまでだ」

 

 シリカの言葉を遮るようにキリトが割り込み、手で彼女を制する。カイトもシリカの隣に並び立った。

 

「そこから先は有料だ。知りたかったら情報屋に聞いてくれ」

「あんた達誰? ……ああ、そういうことね。どうせこの子にたらしこまれたんでしょ?」

 

 ロザリアは交互に二人へ視線を移すが、彼ら自信を見るのではなく、二人の装備を見ていた。装備を見ることで二人がどの程度のレベルなのか値踏みしているようだ。

 

「残念ながら違うよ。兎に角、オレ達はピナを蘇生させるレアアイテムの存在を知っている。だから明日の今頃には、ピナが元気に飛び回る姿を見れると思うよ」

 

 カイトの発した『レアアイテム』という単語にロザリアの眉がピクリと動いたのを、彼らは見逃さなかった。

 

「へえ……じゃあ私はトカゲが無事に生き返るのを祈ってるわ。そのレアアイテムが誰かに横取りされないよう、気を付けてね」

「ご忠告ありがとう。肝に銘じとくよ……行こう、二人とも」

 

 シリカが二人の後ろについていく形でロザリアの横を通り過ぎ、転移門広場から主街区に建ち並ぶ建物へと向かう。

 シリカが通り過ぎた後ロザリアは振り返り、その口元を僅かに歪ませる。最上の獲物から極上の獲物に変化したことに喜びを感じ、内に秘めた感情を隠すことが出来なかった。

 

 

 

 

 2月も終わりに差し掛かり、徐々に日中の時間が長くなってはいるが、それでも太陽は足早に沈んでいく。35層主街区《ミーシェ》にある白い壁と赤い屋根の牧歌的印象を受ける街並みにも、ポツポツと灯りがともり始めた。

 三人は主街区にある、若い姉妹のNPCが経営する一軒の宿に向かった。扉を開ければ姉妹の声が重なり、旅の剣士達を出迎える。

 

「キッチンを使わせて欲しいんだけど」

 

 そう言ってカイトが姉妹の長女にコルを出し、長女は両手で受け皿を作ってそれを受け取る。

 

「ありがとうございます、旅の剣士様。それでは奥の扉が入り口になっていますので、そこからお入り下さい」

 

 コルを受け取った長女は左手で奥を指差し、三人を促す。そこには金色のドアノブに木製の扉があり、『Kitchen』の立て札が掛けられていた。

 

 アインクラッドでプレイヤーが調理する場合、携帯調理セット、宿もしくはプレイヤーが購入できる家の調理設備を使う場合に限定される。

 携帯調理セットはいわゆるキャンプセットだ。小さな鍋・フライパン・バーナーにナイフ等といった必要最小限の器具一式を指す。これさえあれば凝った料理は出来なくとも、トースト・BBQ・肉や魚や野菜を炒める簡単な調理は可能だ。当然カイトも所有している。

 そしてもう一つの調理設備を備えた建物は、各主街区や村に最低でも一軒存在し、宿の場合はNPCに一定のコルを支払えば設備の利用が可能となっている。さらに携帯調理セットと違い設備が充実しているので、少々凝った料理も可能だ。プレイヤーホームを持っていないカイトからすれば、このシステムは非常に使い勝手がいいと言えた。

 カイトが扉に手をかけて開けると、そこは少々手狭ながらも案の定調理器具が一通り揃っているキッチンだった。フライパン・鍋・オーブン、さらには釜まで常備されている。

 

「すごい……こんな所があるなんて、私知らなかったです」

「色々置いてあるんだな」

「オレもここは初めて利用するけど、まさか釜まであるとは思わなかった……」

 

 中に入った三人それぞれが抱いた感想を口にすると、後ろからNPC姉妹の次女の声が聞こえた。

 

「ここにあるものはご自由に使っていただいて構いません。食材も少しばかりなら提供できますので、必要であればお申し付け下さい。それでは失礼します」

 

 ぺこりとお辞儀をした後、ドアノブに手をかけて扉を閉める。キッチンに取り残された三人はその場で立ち尽くした。

 

「……さて、ここから先はシェフに任せるか。シリカ、何か食べたい物があったらカイトにリクエストしてみるといいぞ」

「いいんですか!? じゃあ、えっと……私、パスタが食べたいです」

 

 シリカのリクエストであるパスタの種類から、カイトは一つだけ候補を挙げた。

 

「パスタか……魚貝類を使ったやつでもいいか?」

「はい! お願いします!」

「よし、任せろ!」

「じゃあシリカ、オレ達は邪魔だからあそこのカウンターに行こう。そこからなら、カイトの作ってる様子も見れるぞ」

 

 キリトとシリカはキッチンに入った扉から出て右に曲がり、カウンター席へ移動する。ここのカウンター席はキッチンから直接料理を受け取り、そのまま食事が出来るようになっているため、料理を作る様子が直に見れるのだ。

 シリカが席に着く頃には、既にカイトは水色のエプロン姿になっていた。

 

「私《料理》スキル持ってる人の作る料理、初めて食べます」

「そもそも《料理》スキルを選ぶ物好きが珍しいからな」

「……ほほう、キリトは夕飯抜きをご所望か。そうかそうか」

「いやいや、カイトは別だぞ! オレが普段から美味しい物を食べれるのはカイトのおかげだからな! 感謝しきれないぐらいだぞ、うん!」

 

 うっかり口を滑らせたキリトの必死の弁明を、カウンターの向こう側から呆れた目で見るカイト。そしてキリトの必死な様子を、シリカは隣で小さく笑う。それはピナを失って落ち込んで以降初めて見せる笑顔だった。

 

 キリトの掌返しにため息をついて呆れつつ、カイトは調理を開始。

 まずは各食材をアイテムストレージからオブジェクト化し、現実(リアル)で例えるなら貝・にんにく・パセリ・トマト・チーズ・バジルに似た食材を順に並べる。包丁を食材の上で振ると、一瞬にして各食材がバラバラになった。

 鍋を二つ用意し、一つは水を張って麺を茹で、もう一つは別の料理で使うソースを作るためにとっておく。バラバラにした食材の内、いくつかはフライパンに投入。茹で上がった麺もフライパンに投入し、火にかける。あとは時間がくるまで放っておくだけだ。

 SAOの料理は調理手順が簡略化されているため、現実のようないくつもの行程を挟む必要がない。良くいえば簡単便利、悪くいえば味気ないといえる。

 そうこうしているうちにセットしたタイマーが鳴る。茹で上がった麺に調味料を加えて味をよく絡ませ、最後に三枚の皿に均等に盛り付ける。トッピングで刻んだパセリを加えれば完成だ。

 

「はい、召し上がれ」

 

 カウンター越しから二人の目の前に出されたのは、貝と麺が絡んだパスタだった。湯気とともに立ち昇るオリーブオイルとにんにくの風味が鼻孔を刺激し、食欲をそそる。

 

「いただきます」

 

 一緒に出されたフォークを手にとって麺をクルクルと巻きつける。口に運んで食べると、魚介の旨味が口の中全体に拡がった。

 思わずシリカは目を見開き、ゴクンと飲み込んだ後に一言。

 

「すっごくおいしいですっ!」

「そう言ってもらえると作った甲斐があるよ」

 

 料理の感想を聞いたカイトは微笑むが、彼は自分の食べる分にはまだ手をつけず、代わりに白い生地を円状に伸ばしていた。

 

「それは何を作ってるんですか?」

「ああ、折角釜があるからピザでも焼こうかと」

「ピザっ!」

 

 カイトの言葉に反応し、口元にパセリをつけたキリトが椅子から急に立ち上がる。

 

「ま、まさかこの世界でピザが食べれるなんて……」

「落ち着けキリト。そして座って口元を拭け」

 

 カイトは伸ばした生地に鍋で煮込んで作ったソースを塗り、その上に刻んだ食材をのせてトッピングする。あとは余熱を加えておいた釜に生地を入れて待つだけだ。

 出来上がったのはイタリア料理の一つ、マルゲリータのようなピザだった。

 ピザカッターで切り分けて食べると、パリッとした生地にチーズとトマト風味の酸味が絶妙にマッチし、バジル風の香りも良い引き立て役になっている。

 あまりの美味しさに、シリカの表情がさらに緩む。空いている左手で頬を押さえた。

 

「こんなに美味しい物、久しぶりに食べた気がします」

「……やっぱ美味しいって言ってもらえると嬉しいな。でもほぼ毎日作っているのに、久しぶりに聞くのは何でだろう?」

 

 カイトは目を細めてキリトを見た。

 

「……オレは口に出さないだけで、ちゃんと毎日思ってるぞ」

「そういうのは声に出して言えっ!」

 

 

 

 

 

 

 三人が食事を摂り終えて満腹になると、そのまま二階の宿をとってシリカの部屋に集合した。彼女に明日の段取りを説明するためだ。

 それぞれがテーブルを囲んで椅子に腰掛け、キリトが常時持ち歩いている立体地図アイテム《ミラージュ・スフィア》を机に置いて起動させる。すると立体映像が47層の詳細な地理を映し出した。

 わあっ、とシリカが幻想的な映像に魅せられて感嘆の声を漏らす。どうやら《ミラージュ・スフィア》は彼女にとって初見のようだ。

 

「もしかして、これが47層ですか?」

「そう。まずここが主街区の《フローリア》で、こっちが使い魔蘇生アイテムがある《思い出の丘》だ。ここからこう行く途中に橋があるんだけど、その先は一本道だから迷う心配はない。モンスターもそこまで強くないから、シリカなら充分倒せると思う」

 

 キリトは映し出された47層の立体映像を指差し、明日に通る予定の道を確認する。彼が懇切丁寧に説明している途中、カイトが扉の向こう側にいる気配に気付いた。キリトも気付いているがあえてまだ何も言わず、二人はアイコンタクトをとる。

 

「そして《思い出の丘》を進んで行くと、ビーストテイマーがいる時にしか咲かない《プネウマの花》があるんだけど、それが今回目的の蘇生アイテム――」

 

 そこまで言うとキリトは説明を途中で切り、あたかもたった今気付いたかのように振る舞った。

 

「誰だっ!」

 

 扉に向かって一直線に進み、勢いよく開ける。廊下には誰もいなかったが、階段を駆け下りる音だけが耳に入った。

 

「ど、どうしたんですか? キリトさん」

「オレ達の会話を盗み聞きしていた奴らがいたんだよ」

「《聞き耳》スキルなんて珍しいもの上げてるなあ」

 

 通常部屋の中の会話を聞こうと思ってもシステムの障壁に阻まれるため、必ずノックをしなければ会話は聞こえない。だが《聞き耳》スキルとなれば話は別だ。

 本来なら迷宮区などで探索する際に使う索敵系スキルなのだが、今となってはオレンジプレイヤー御用達スキルの代名詞となってしまった。このスキルを上げていればわざわざノックをしなくても、部屋の中の会話が丸聞こえになってしまうのだ。尤も《索敵》スキルを上げているプレイヤーには、すぐに気付かれてしまうのだが。

 

「さっきにしても今にしても、これだけわかりやすく餌をまいたんだ。明日は確実に釣れるだろうな」

「探す手間が省けて大助かりだよ。まさか向こうから来てくれるなんて」

「ええっと、一体どういう……」

 

 一人置いてきぼりのシリカは頭上に疑問符を浮かべる。事情を知らない彼女が二人の会話内容をいまいち理解出来ないのも、当然と言えた。

 

「……シリカ、転移門広場にいた時にオレが『別の用事がある』って言ってたのを覚えてる?」

「はい。だから明日は私とキリトさんで《思い出の丘》に行くんですよね?」

「いや、明日はオレも同行するよ。シリカが《プネウマの花》を取りに行くのとオレの用事は、最終的に一つに重なるから。理由は――」

 

 ふと現在時刻が目に入った。夜も更けてきたことだし、明日に備えるが良いだろう。

 

「――今日はもう遅いし、明日の道中で話すよ」




『特定の宿屋では調理場を借りる事が出来る』のは、独自設定です。

作中で出たパスタはボンゴレをイメージしています。今回はシリカがいたのでカイトはあえて鷹の爪(のようなもの)を入れませんでした。
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