原作の断片的な情報を元に構成しました。
2024年3月上旬。
オレンジギルド《タイタンズハンド》の壊滅とピナの蘇生から早くも二週間が経過し、現在の最前線は第56層。そして56層の一画にある小さな村《パニ》で攻略会議が開かれていた。
《パニ》には大人数が収容出来る洞窟があり、この中に設置されている巨大な机を攻略組の名だたるプレイヤー達が取り囲んでいた。そして数十人のプレイヤーが一堂に会していながら、洞窟内は静寂に包まれている。誰も口を開くことはせず、聞こえるのは
皆は考えているのだ。今自分達の前に立ちはだかっている障害に、どう対処すればいいのか、を。
その障害とは、56層フィールドボス《ジオクロウラー》。正体は爬虫類、さらに言えばカメレオン型のモンスターだった。
現在判明しているのはボスの姿と攻撃パターン。見た目は大きく、丸く突き出した目は顔の横についているため、ほぼ360度死角はない。四本の足にはそれぞれ鋭い
厄介なのは体色の変化に伴うステータス変化。通常は緑色だが、一定時間ごとに赤・黄・黒とランダムに変化することで与ダメージの増加、敏捷性の上昇、体表の硬質化に伴う被ダメージの減少といった変化が生じる。
トリッキーな特性とその強さからフロアボスに匹敵するとまで囁かれており、このフィールドボスの影響で攻略組は現在足踏み状態となっていた。
誰も妙案を出すことなく、ただいたずらに時間が過ぎていくかと思われた。だが会議の沈黙を最初に破ったのは、常に攻略に対し全力を注ぐ、一人の女性が発した声だった。
「フィールドボスを、村の中に誘い込みます!」
その案にこの場の誰もが、大なり小なり驚きの声を漏らす。
実際のところその作戦は実現不可能というわけでもない。各階層に出現する中ボス的位置づけのフィールドボスは、出現地点から大きく動かないタイプと長距離を移動できるタイプの二種類が存在する。《ジオクロウラー》は後者のタイプだ。
後者のフィールドボスが街や村といった圏内に侵入した場合、一時的にではあるが
「ちょっと待ってくれ!」
しかしこの奇抜な発想の発案者《血盟騎士団》副団長のアスナが提示した作戦を、《黒の剣士》キリトが待ったをかけた。
「村の人達はどうなる! それだとボスの攻撃に巻き込まれるぞ!」
「それが狙いです。ボスがNPCを殺している間に私達で攻撃し、殲滅します」
つまり『NPCを囮に使う』と言っているのだ。
「NPCはただのオブジェクトじゃない。彼らは――」
「生きている、とでも言いたいんですか? あれはオブジェクトです。常に決まった動作を繰り返し、消滅してもまた元に戻ります」
アスナの主張はあながち間違っていない。
彼らNPCはSAOのシステム上で動かされているプログラムの一種に過ぎない。道を歩けば一定の歩幅で決められたルートを寸分たがわず歩き、話しかければ誰に対しても同じ言葉と動作で反応する。
そしてプレイヤーとNPCをわかつ、決定的な違いがある。
「姿は私達となんら変わりません。ですが、あれに『意思』はありません」
「……それでもオレはその意見に賛同できない」
アスナの主張を全く理解できないわけではない。それでもキリトは首を縦に振ろうとしなかった。
(またか……)
同じように会議に参加しているカイトが、心の中でそう呟いた。
この二人の意見が対立するのは、何も今日に限った話ではない。過去にも幾度となくぶつかり、その数を両手で数えるには指が足りないほどだ。
アスナの意見は非常に合理的な判断と言えるが、キリトの意見もカイトはわからなくなかった。たとえ頭で『NPCはプログラム』と理解していても、自分達と同じ人間の姿をした彼らが傷つくのは見ていられない。
『物』として認識するか『人』として認識するか。小さくも大きい、それだけの違い。
(揉めて意見が纏まらないのも嫌だし、ここは――)
不穏な空気が洞窟内に漂う中、カイトの右手が頭上に挙がった。
「……何ですか?」
「いや……このままだと方針が定まらないし、いっその事
カイトの意見はわりとポピュラーなものだった。
プレイヤー間の揉め事を解決する手段の一つとして、
ここは剣技の世界。『自分の意見を通したければ剣で示せ』は、プレイヤーに広く知れ渡っている共通認識の一つだ。
「わかりました。私はそれで構いません」
「オレも。むしろそっちのがシンプルで良い」
両者の同意により、攻略組トッププレイヤーである二人、《閃光》と《黒の剣士》の対戦が決定した。
狭い洞窟内で戦う訳にもいかないので、一先ずは全員外に出る。
草の絨毯を敷いた大地の上でキリトとアスナは互いに距離をとり、会議に参加していた攻略組プレイヤーは二人を取り囲むようにして円を作り、観戦する。攻略組の、しかも上位に位置するプレイヤー二人の戦いだ。全員が期待の眼差しを二人に向けた。
アスナからキリトに
システムが二人の
「あんたとは一度手合わせしてみたかったんだ」
「私は今までこれっぽっちも思った事はありません」
「……そこは乗っかれよ」
「なんで私があなたに合わせなきゃいけないんですか?」
開戦前から火花を散らす両者は剣を構えた。
キリトは腰を落として剣先を地面スレスレまで下げる。アスナは身体を横向きにし、レイピアを胸の高さで地面と水平になるよう持ち上げた。
……3……2……1……。
開始の合図が鳴ると同時に、キリトとアスナは利き足に力を込める。
二人の物理的距離は一気に縮まり、最初の間合いなど無いようなものだった。どちらも速さは五分五分――――と思いきや、スピードはわずかにアスナが
先制攻撃はアスナ。敏捷性に優れた彼女の鋭い突きがキリトの左肩を狙うが、キリトは持ち前の反応速度で回避しつつ、反撃に転じる。
右から左への横一閃に振られた剣がアスナの脇腹を捉えたかにみえたが、彼女は自身に迫る刃から逃れるようにサイドステップで躱した。キリトの剣は空振りし、何もない空を切って振り抜く。
一時的にキリトの攻撃範囲外へと逃れたアスナが右腕を身体に引きつけると、剣にライトエフェクトが宿る。
それを見たキリトはアスナのソードスキルに対抗するため、自身の剣にライトエフェクトを纏わせると、手首を返して迎撃体制に入った。
「やあっ!」
「はっ!」
両肩と首の三点を突く細剣三連撃ソードスキル《フィリアル・ティアー》と、切り口が獣の爪痕を描く片手剣三連撃ソードスキル《シャープネイル》がぶつかった。
剣と剣の衝突によって発生したノックバックを利用して両者は後退し、二人の間には再び距離が生まれた。アスナは凛とした表情を崩さず、キリトは口角を上げて微笑を浮かべる。
時間にしてみればたったの数秒であった。
両者が僅かな時間で交わしたのは、相手の目の動きを始めとする一挙一動に加え、剣の軌道とソードスキルの読み合いといった高次元の駆け引き。相手の体勢から次に予測される何通りものパターンを頭の中で瞬時にシミュレーションし、可能性の低いものを切り捨てて絞り込む。そうして得た回答に対し、最も適切な動きを決定・実行した。
二人の実力は現時点でほぼ拮抗しており、あとは一年以上の歳月を経て培った経験を信じるしかない。
そして高レベルプレイヤー同士の
そしてそれは二人にもいえた事。決着の時は意外に呆気なく、一瞬だった。
二人のHPがジワジワと削られ、どちらも半分に差し掛かろうとしている時、キリトがアスナに突進。そして攻撃範囲内に入る直前、ほんの一瞬だけ彼の左手が後ろにまわる。その手の動きはまるで背中に隠し持っていた
それに気付いたアスナはキリトが左手を思い切り振るのと同時に、彼の出鼻を
しかし、突き出された剣は無情にも空を切った。それは当然と言える結果。何故ならば彼は
キリトは『引っ掛かった』と言わんばかりの意地の悪い笑みを浮かべ、右手の剣でアスナの身体を切る。それが、彼と彼女の勝敗を決する一手となった。
システムがキリトを勝者と認めて《WINNER》の判定を下すと、周囲のプレイヤーから感嘆の声が漏れる。キリトは軽く息を吐いて剣を右に払い、背中の鞘に収めた。
攻略会議を終え、翌日にフィールドボスの討伐を行う事が決定。各プレイヤーはその場で解散し、それぞれで夜までの残り時間を過ごす。
「迫真の演技だったな」
会議を行った洞窟から一緒に出る時、カイトがキリトに話しかけた。演技とはつまり、先程アスナと戦った際にみせた左手の動作の事だ。
「手が馴染んでるからかな? 違和感なくやれたよ」
そう言ってキリトは左手を閉じて開き、掌を見つめた。
二人は少し前から迷宮区に篭り、スキルの熟練度上げを目的にひたすら狩りを繰り返している。迷宮区の隅で黙々と狩りをして、街には戻らずに安全地帯でテントを張り、キャンプをする。それを大量に抱え込んだアイテムが底を尽きる寸前まで行った。
「キリト!」
名を呼ばれたキリトが振り返る。エギルが小走りで駆け寄ってきた。
「さっきの
エギルは両手を腰にあて、白い歯をみせて笑いながら問いかけた。
「きっと馬が合わないんだよ」
「……というかキリトが極端に目立つだけで、アスナは他の奴に対してもキツイ感じだけどな」
事実、アスナが誰に対しても厳しい態度をとるのは、今に始まった事ではなかった。
ヒースクリフの立ち上げた《血盟騎士団》に入団する以前からその片鱗はあった。だがギルド入団以降、責任ある立場に抜擢された彼女は、自分にも他人にも厳しい性格が存分に発揮された。
ギルドで部下を引き連れて迷宮区のマッピングに
彼女に意見しようものなら、まるで教師が生徒の生活態度に、上司が部下の仕事ぶりに点数をつけるかのように、厳しい目で評価を下す。
そして他者に対する厳しい目は、同じようにそのまま自分自身にも向けていた。
攻略に関わる事以外の時間はほとんど彼女自身の強化、レベリングにあてられている。マッピングの合間に出来る隙間時間を使って、最前線の迷宮区に一人で篭る事もあった。
「はっは、違いねぇ。だけどキリト。今日の
エギルが冗談半分で言った。
「他人事だと思ってるだろ……」
負けた事に対する悔しさと、勝負に熱くなりすぎて冷静さを欠いた自分自身の両方に、憤りを感じていたのかもしれない。
「まぁなんにせよ、お前達二人はもう少し歩み寄れ。会議の度にあんなんじゃこっちとしても心配だ……。じゃあまた明日な」
エギルは右手を挙げ、二人に背を向けて去っていった。
「良かったな。当分の課題が出来て」
「お前も他人事だと思ってるだろ……」
カイトの言葉に反応し、キリトはすかさず恨めしそうな顔を向けた。
翌日の午前10時になる5分前。ジオクロウラー討伐のため、攻略組のメンバーが集合場所となった《パニ》の村へ一堂に会する。時計の長針が一番上をさす頃、全体指揮をとるアスナの声が響いた。
「皆さん、時間になりました。只今よりフィールドボス討伐に向かいます」
アスナの先導で討伐隊がフィールドに出向くその直前、彼女は真後ろにある村の入り口へ向かって歩くため、身体の向きを変える。そんなほんの一瞬の事だった。
(――ん?)
カイトは背をみせるわずかな時間に垣間見えた、アスナの表情を訝しむ。
「どうした?」
眉間に皺を寄せて不思議そうな顔をしているカイトが一向に歩き出さない。その様子をみたキリトが、思わず尋ねてきた。
「今、アスナが――」
何かを言いかけるが、途中で言葉を切った。コンマ数秒の出来事だったために確信は持てず、気のせいだという可能性もあった。
「――いや、何でもない」
キリトはそんな彼の様子をみて首を傾げたが、それ以上問い詰める事はしない。二人は並んで歩き、カイトは遠くにいるアスナの背中を見つめていた。
戦闘開始から14分が経過した。
「やあっ!」
アスナのレイピアによる華麗な剣技がジオクロウラーの眉間にヒットし、同時にフィールドボスが怯む。
間を作らずに畳み掛けるのはプレイヤー達のソードスキル。青・黄・橙・緑といった多彩なライトエフェクトを散らしながら、フィールドボスのHPが削られる。
(う〜ん、やっぱ勘違いだったか?)
現在カイトは後方でポーションを口にし、HPの回復に努めている。ジワジワと上昇を続ける命の残量を横目に、前方で大活躍するアスナを観察していた。
違和感を感じたのは討伐に出発する時のみ。それ以降は別段おかしな様子もなく、いつも通りのアスナがそこにはいた。
全体指揮を怠らず常時周囲を見渡し、自身も戦闘へ積極的に参加する。『完璧』『非の打ち所がない』という表現は全プレイヤーの中でヒースクリフが最も相応しいが、彼がいなければアスナに当てはまる言葉なのではないかと思うぐらいだ。
(完璧すぎてむしろ怖いくらいだけど……)
ポーションによってカイトのHPが満タンになり、中身の無くなった容器が割れる。カイト以外の待機組も再度突入するための準備に入る――――と同時に、戦闘開始から15分が経過した。
そこで一つの変化が訪れる。
――シャアァァァァァア!
今まで鳴き声をあげなかったジオクロウラーが初めて鳴いたのだ。
眼球がギョロギョロとせわしなく動き、口を大きく開けて威嚇の姿勢をとる。その変貌ぶりに思わずプレイヤー達は身構えた。
それに加えてもう一つの変化。それは――。
(――えっ?)
――ジオクロウラーの体色が徐々に薄くなっていった。
非常に濃い深緑の身体が段々薄くなり、鮮やかなミントグリーンへと変化していく。見間違いではないかと目を擦るが、目の前で起きているのはありのままの現象だ。
そして体色がある程度薄くなると、今度は身体の輪郭までもがボヤけていく。その進行は止まらず、最後には――。
「……消えた……?」
――56層フィールドボス・ジオクロウラーは、忽然とその姿を消したのだった。
原作の56層フィールドボス《ジオクロウラー》の名前は判明していますが、姿形や能力がわかりませんでした。なので名前から推測して爬虫類を元にイメージしたオリジナルとなります。
フィールドボスの移動可能範囲は独自解釈です。
また、フィールドボスが圏内に侵入した場合、圏内設定が一時的に解除されるのは独自設定です。
フィールドボスの霊圧が……消えた……?
詳細は次回で。